迷宮
日も落ちて、酒場に楽士の唄が流れる。
楽士は竪琴を掻き鳴らし、唄を吟じた。
「ここに唄いますのは名も無き勇者の勲しにして、魔王討滅の物語。さぁ、老いも若きもお聞き召しませ、
『魔王アスタリーゼ、麗しき魔王は魔法もて。
勇者は魔王率いる蒼い悪魔と戦い至る。賢者と従者も戦い至る。
恐るべきは蒼い悪魔なり。次々と同胞を呼んでは勇者らを囲みたもう。
されど勇者、光の奇跡にて悪魔を全て葬りたる。
されど魔王、邪悪な鎌にて魂を刈り取らん。
先に一人、従者が勇者の盾となり散りたもう。
勇者、従者の命を糧として、魔王に一矢報いん。
勇者、剣にて魔王の胸を貫き至る。
聖なる力、賢者、命を賭して剣に注ぎたもう。
魔王の力、大いに削がれたる。
魔王の最後の力もて、賢者ついに破滅に至り。
されど勇者、ここに魔王を封じん。
封印の水晶にて、魔王を封じん』
拙き唄にて、お耳汚し」
ガストルンの勲しで広く知られる唄である。
ロイは身震いする。明日、その魔王の古巣、ガストルン迷宮へ潜るのだ。
「ロイさんは知ってありますよね? これから潜られるのですもの。当然ですよね?」
「何をですか? カレンさん」
気を利かせたのか、給仕娘がそっと耳打ちしてきた。
「もう。そんなに硬くならず、そして呼び捨てで良いって言いましたのに」
「ごめんごめん。ついいつもの癖で。で、なんの話だっけ?」
「ガストルン迷宮のことです。王城の地下に広がる大迷宮で、遥かな昔、封印された魔王アスタリーゼが創造したとされる迷宮ですよ」
「ああ、もちろん知ってる」
硬さを隠しきれずにロイは答えた。
ガストルン迷宮。
それは、王城の地下に広がる大迷宮だ。
過去、魔王アスタリーゼが創造した大迷宮と言われている。遥かな過去、魔王アスタリーゼはこの迷宮から魔物を放ち、地上を支配しようとしたことがあるそうだ。魔物を召還し、使役し、人間たち「死すべき定めにある種族」を苦しめる。ただ、この魔王の野望も一人の勇者を支えた仲間たちの手によって封印され、道半ばにして費えたと伝説に言う。その勇者の子孫こそ、このガストルン王家の祖なのだそうだ。
「明日、俺達は迷宮に潜る。この四人で行う初めての実戦だ。少しだけ緊張している。実を言うとね」
「命を大事に、ですよ!」
カレンが少しだけ微笑む。ロイの気が少しだけ和らいだ。
「なんだい? それ」
「遠い異国で使われたお呪いの言葉だそうです」
ロイは遠い異国を思った。遥かな東、秘密の霧に包まれた国、幻の国キタイ。遥かな西、ノスフェラトゥの国、永遠のミンタルカムイ皇国。
「そうなのか。ありがとう。『命を大事に』。うん、わかった」
「ではロイさん、くれぐれもお気をつけて」
「ありがとう」
ロイは、カレンの心遣いが嬉しい。
◇
ロイは明日のことで頭がいっぱいで、中々寝付けないでいた。板一枚で隔てられた、隣の寝息さえ聞こえる小部屋に備え付けられた簡易寝台の上で、彼は考える。明日は無事に終わらせる。そして明日だけでなく、明後日、明々後日、そしてその先もずっと生き残ってみせると、彼は心に誓って目を瞑るのだった。
◇ ◇ ◇
そして迎えた翌日。一行は王宮の一角にある地下への入り口に来ていた。
入り口は薄暗く、その奥から瘴気が漂って来るようで、ロイの背筋が寒くなる。
「光竜騎士団の者か?」
入り口の両側には、直立不動の衛士が二人、槍を持って立っている。誰何されたロイは、素直に応じた。
「そうです」
「ならば、税は免除だ。せいぜい死なない程度に精を出してくることだ。最近は死人が多くて困る」
ロイたちは八十八番隊。全滅した隊名が再び使われているのだとしたら、とんでもない人数がこの迷宮に送り込まれて、帰って来ていないことになる。
ここは地獄の一丁目。今日の返り血は、明日に己が流す血。
何が起こるかわからない。それがこのガストルン迷宮。地獄の口は空いていて、今も犠牲者の生き血を啜ろうと待っている。
◇
地下へと向かう階段を下りる。
暗がりで何も見通せない。それに何より、寒さがロイの身に染みた。
「寒いわね」
とは森妖精だ。
「こうも寒いとは思わなかったぜ」黒服が闇に融けて同化する。
魔導士も同じ感想らしい。
「地上とは大違いですね」とはロイの弁。
「こういうときは酒でも飲んで温まるのが一番じゃわい!」
と、有言実行、早速酒を飲み始めている神官戦士がいた。