演習
ロイはアリーナと買い物だ。
硬い革鎧を新調し、剣を見て回る。
「ロイは大剣だよね?」
「いや、この前エクスとやり合ったとき思ったんだ。盾があれば、あの魔法を盾で防げたんじゃないのかって。とは言え、両手での斬撃も捨てがたい。だから」
「だから?」
ロイが考えているところにアリーナが割って入った。
「だから、片手でも両手でも扱える剣、雑種剣を買おうと思う」
と、片手半剣、すなわち雑種剣を探す。見つけたまでは良かったが、
「高いわね。ええと、お金足りないんだけど?」アリーナがロイの言葉を代弁してくれた。
「……この短剣で」
「いいの?」
苦渋の選択を迫られるロイ。
「手で殴るか棍棒よりはマシだろ!?」
「棍棒も便利だと思うけど?」
いつ砕けるかわからないような信頼性に劣る武器、木製の棍棒を持ち歩くわけにはいかない。
「勘弁して、勘弁してよ、苛めないでアリーナ!」
「いまからが面白い、弄りがいがあるところだったのに」
「いいから止めて止めて!」
真剣な眼差しで棍棒を物色していたアリーナを陳列棚から引き剥がすロイだった。
◇ ◇ ◇
訓練場に、今日も演習の汗が流れる。
「鉱妖精の鎚矛は重いんじゃい!」
「これでもくらえ!」
ガラムズが案山子を割った後に光が着弾する。案山子は粉々に吹き飛んだ。
「ガラムズ! エクスの呪文に合わせて!」
「むぅ」
鉱妖精は髭を擦る。
「これでもくらえ!」
「どっせい!」
案山子が粉々に吹き飛んだ跡地にガラムズの鎚矛が潜り込む。続けてロイが切り込んだ。
「あたいは接近戦じゃなくって、これが良さそう」
と、スリングを手に取った。
「ちょっと石ころが持ち運びに不便だけど」
「ねぇみんあ、もう一度いいかな?」
「てい!」投擲紐の玉が案山子に命中し、
「これでもくらえ!」光弾が炸裂し案山子は四散。
「うおりゃ!」鎚矛が地面にめり込み、
「この!」短剣が横手から振り下ろされる。
「なんかこの、地面相手じゃ面白みに欠けるのう」
「案山子相手じゃぁな」
「なら、俺相手に汗流してみるか? ヒヨッ子ども」
現れたのはブローディ。訓練場を取り仕切る教官のブローディだ。
「ヒヨッ子だ? おい、誰に向かって──」
「そうじゃ、わしを甘く見てもらっては困るの!」
「では、軽く揉んでやろう」
食って掛かろうとしたエクスの鼻っ面に剣の柄で殴りかかる。
「痛ぇ!?」
「なんじゃ!? いきなり上から!?」
そしてそのまま剣の腹で鉱妖精の頭を叩くや後ずさる。
「ざけやがって、これでもくらえ!」
エクスは距離をとったブローディに対して魔法を放つ。光の線がブローディの足元を抉って爆発した。
「外した!? 俺が!?」
「神よ!」
神の拳が敵を打つ。
ブローディはよろめくも、
「もう一度行くぞ!」と、地を蹴って、
「糞が、これでもくらえ!!」
白刃は横手に流れてブローディ、エクスの前に現れては彼の腹に剣の柄を埋め込み、
「もう一人」と、またもガラムズの頭を狙って、今度は強かに殴る。命中。
「もっと真剣に訓練するんだな。死ぬぞ?」と言い残し、ブローディは去る。
『く』の字に折れて悶絶するエクスと、頭に大きな瘤を作ったガラムズだけが残された。
◇ ◇ ◇
そしてその日の夕方のこと。
夕飯の席で皆に作戦を説明してゆく。黒パンと、麦酒、そして煮込料理が卓の上に人数分置かれている。
「地図は高いので買いません。それに今回はそんなに深くは潜る予定はありませんから不要です。皆さん、まずは迷宮の雰囲気に慣れましょう。まず一回戦闘を経験して、まだいけそうだと思っても帰って来ることを目標としましょう」
「そんな悠長なこと言っていていいのかよ」
ロイの宣言に早速エクスが噛み付いた。
「死んで全滅するよりマシですよ。迷宮で全滅したら最後、死んだ俺達の肉体は屍鬼に、魂は幽霊にされて迷宮を漂うって噂なんです。もっとも、そんな存在に生まれ変わりたいのなら止めません、魔導士さん」
「そんなの真っ平ごめんだ」
誰でも嫌だ……と思いたいロイがいる。
「そうですよね? ですから、慎重に慎重を期すんです」
「面倒ね、最初から最下層に行って敵の親玉ぶち殺したほうが早くない?」
どうやらこの盗賊娘は、よく話を聞いていなかったらしい。
「アリーナ、君も俺の話を聞いていたんだろ?」
「ちと慎重が過ぎとらんか、ロイよ」
早速、麦酒を飲み干した、この神官戦士も異論があるらしい。
「ですから、今回は迷宮の雰囲気を味わってみるだけです鉱妖精さん。エクスさんもガラムズさんも血の気が多すぎますって。死にますよ、簡単に」
「そんなこと無いって。魔物なんて俺の魔法で一撃さ」
「そうじゃとも。わしの鎚矛で脳天を一撃じゃわい」
二人の認識を変えるのは難しいと感じたロイだった。
「だ、そうよロイ?」
「作戦通りいく。生き抜くことが目標なんだ」
茶化すアリーナに真面目な顔でロイは答えた。