四人
二人を遠巻きにしていた野次馬が散った頃。
「神殿に行くよ、二人とも! あんたたち二人、ボロボロだしさ?」
アリーナの指摘はもっともだ。原形を止めていない硬革鎧を着込んだロイ。ロイはその体のあちらこちらに打撲痕、そして両手から血を流している。一方でエクスは黒の上着は無残にも破け、それ以上に顔は腫れ上がり、色男が見る影も無い形相に変貌していた。
「ほら、二人とも!」
アリーナが急かす。
「ワシが奇跡を使ってやってもよいぞ? 先程の戦いは見事! 戦の神セリス様も大そう喜ばれたことじゃろうて」
見れば、ずんぐりむっくりとした体形の──ビア樽のような──鉱妖精がいた。鎖帷子の下から戦神の聖印を下げている。彼は遠巻きに今の戦いを見物していたらしい。
「じょるめみょひひぱりゃひゃらひゅひぃにぇきゅれ(どうでもいいから早くしてくれ)」
「頼みます。まず、彼から」
ロイは前に進み出ると、折れた歯の混じった血を吐きつつも、その鉱妖精に告げた。
◇ ◇ ◇
一転、"天国の花園"亭。
「ロイさん、おめでとうございます。お仲間が集まった用で何よりです。ご注文を承ります」
ロイたちをガストルンの向日葵が迎え、給仕娘カレンが今日も花のような笑顔を向けてくる。
「それじゃカレンさん、早速だけど麦酒を四つ。後は黒パンと煮込料理も四人前。頼めるかな?」
「もちろんですロイさん。それと、私の事はカレン、と呼び捨てになさってくださね?」
微笑みを絶やさず注文を聞くと、カレンはカウンターへと流れてゆく。
◇
「それでな、お前さん方は正しくこのガラムズ=ドラムルが手助けを必要としておる。そう、お前さ方にもわかるように言えば、一言でお前さん方は勇者の素質がある、そうピンと来た訳じゃ」
ドワーフは麦酒のジョッキを掴み、一息で飲み干すと息巻いた。
「ふぅ、もう一杯!」
ガラムズはカレンを呼びつけると麦酒のお変わりを注文した。
「確かに戦神の司祭は勇者の共をする、と聞いてるけど、与太話じゃないの? この法螺吹き」
「なにを言うかこの盗賊森妖精が! お前さんがた森妖精は生来生まれついての盗賊じゃろうが!」
アリーナが蜂の巣を突き、ガラムズが息巻く。
「適当なこと言わないでよ、この髭もじゃ鉱妖精!」
「だいたい、こんなチンチクリンのいうことなんぞ信用できるか、よりにもよって森妖精じゃぞ!?」
アリーナが混沌の渦を掻き回し、ガラムズが噛み付く。
「大幅に話が逸れているようだが……結局のところ、この四人で隊を組むことで良いのか? おい隊長」
不毛な口喧嘩を繰り広げている二人を他所に、エクスはロイに尋ねた。
「そうです、エクスさん。皆さんさえよろしければ、この四人で隊を編成したいと思います」
「そうか、じゃあロイ、てめぇ、これからどうするかぐらい考えているんだろうな?」
「まず、訓練場で軽く連携の練習をする予定です」
そう。まずは連携の訓練だ。そして、陣形なども試してみたいとロイは思っている。
「訓練場だ!? 子供の遊びじゃないんだぞ」
「だからこその訓練じゃないの、脳味噌まで筋肉なわけ? この屁垂れ魔導士は」
喧嘩がエクスまで飛び火した。どこまで喧嘩を売って回るのだろう、この盗賊娘は。
「誰が屁垂れだ、この俎板森妖精!」
「全くこの盗賊娘、手癖は悪いわ口も悪い。一体どこでどう育つとこうなるんじゃ?」
エクスが言ってはならない言葉を口にし、ガラムズが、誰しも思う疑問を口にする。
「悪かったわね! あたいは生まれも育ちもこのガストルン王国の首都ガストルン! 根っからのガストっ子よ!」
「ん? お前さんがた森妖精はこの辺りには住まんはず。北東の魔女の大森林からでも流れてきたのかの?」
ガラムズはかの魔境の名を口にする。
「取替子の捨て子で悪かったわね!」
「そ、そうじゃったのか。悪いことを聞いたの。妖精の悪戯じゃったとは」
「どうりで人間臭いと思ったぜ。人間に育てられたとはね」
「何度もそう言っているじゃない。あんたバカ?」
アリーナの罵詈雑言は止まることを知らない。
「訓練するにしてもロイ。あんた鎧を買い換えないとダメね」
「エクスにやられたからね」
「容赦なんかできるかっての」
「両者、真剣勝負じゃったからの!」
買い替え、と聞いてロイががっくりと肩を落とす。
「あたいが貸してあげてもいいけど?」
「どこにそんな金持ってたんだよ!」
アリーナが意味ありげにロイを見る。
「ふふん、だ。街中に隠してあるのよ、こんなときのためにね!」
「人様から盗んだ金じゃないか」
ロイはばっちり指摘する。
「お金はお金よ。それ以上でも以下でもないわ。でも、そんなこと言うんなら、あんたに貸してあげない」
「そんな!?」
指摘は図星だったようだが、アリーナはプイと横を向く。かと思えば、宙を眺めて意味深に呟きかける。
「さーて、どうしようかな~?」
「やはり盗賊娘じゃったの」
「よくやるよ、この娘」
みんな呆れていたが、アリーナに縋る他に当ても手段も無いロイであった。