旅の仲間
訓練場に顔を出した二人を一人の男が呼び止める。
「おい、ロイにアリーナだったか?」
「ブローディ教官?」
教官のブローディである。未だにロイは彼から一本も取れていない。
「お前達暇そうだな。俺が一つ揉んでやろう」
「ロイは……大剣だな? アリーナ、お前は好きな得物を選べ」
教官に促され、アリーナは得物を選ぶ。
「ここは短剣か。この軽さ、確かにあたい向きだ。もう片方の手には小盾でも持つかな」
アリーナは剣を宙に投げては一回転させ、剣を落とすことなくその柄をまた掴んでみせる。
「よし。訓練を始めるぞロイ、アリーナ。二人がかりで来い!」
「では、遠慮無しで行きます。アリーナ! 俺は右から行く! 左を頼む!」
ロイはヤル気だ。
「そうなの? じゃ、あたいは左から」
ロイは右から、アリーナは左から攻める。丁度ブローディを挟み撃ちするかのように駆けた。
阿吽の呼吸ではないが、ロイとアリーナ、初手から中々の連携を見せてくれる。
ブローディは自分を挟み込もうとする左右に目を光らせ、
「挟み込もうという腹だろうが、好きにはさせんよ」
丸盾を前面に構え、ブローディが地を蹴る。
地面が大きく抉られ、ブローディがロイに正面から切り込む。ブローディの長剣はロイの大剣と甲高い音を立てて衝突し、鉄の焼ける匂いと共に火花が舞った。
背中を襲おうと跳んで入る影一つ、アリーナはショートソードでブローディを突き刺そうと前に出る。
が、いきなり横から殴られてた。たちまち体勢を崩して、そのまま転ぶ。
ロイは見る。ブローディがアリーナを丸い大盾で殴るのを。
ロイは腹を強かに叩かれた。ブローディーがアリーナを殴った勢いを殺さずそのままに、長剣を繰り出してきたのである。
「戦いの最中によそ見するやつがあるか!」
ロイは腹に来る鈍痛に呻く。ロイもアリーナと同じく地面に転がりつつ、教官の怒声を聞いた。
◇ ◇ ◇
嫌な予感は当たるものだ。
騎士団本部に戻るなり、ロイは八十八番隊にサッシ騎士団長に呼び出しが掛っていることを知る。
ノックを三回。
「失礼します。騎士ロイ、参上しました」
「入れ」
ロイの言葉に、扉越しに硬い男の声が返ってくる。
ロイは硬く分厚い欅の扉を押し開く。重い感触の後にやって来たのは白い陽光だった。
天窓からの柔らかい光で部屋は満たされていた。そして、そんな部屋に置かれた樫の木で作られた机の向こうに座る男が一人。
長身で眼光鋭く、金髪を短く刈り揃えたこの男。絶えず貧乏揺すりを繰り返している男だ。
名をジェズアルド=ゼ=サッシ。この光竜騎士団の団長である。
「新人を紹介する。魔法使いを必要としていたな?」
有無を言わさぬ重い言動。サッシの目が光る。
「使って見せろ」
サッシは机の上に肘を突き、指を組みつつ命令した。
「はい」
あまりの言葉の圧力に、ロイは思わず承諾する旨を伝えたのである。
「期待している」
「は、はい!」
ロイの返事する声は裏返った。
◇
「旨めぇ、まじ旨めぇ!」
申し訳程度の肉と、芋を牛の乳で煮ただけの温かいだけが取り柄の煮込料理を前に、黒パンを煮込料理に漬けてふやかすや、食い千切るようにパンを食う。そして最後に煮込料理を腹に掻き込む黒衣の男。黒髪茶眼。服装も黒色。容姿は美形だが、目つきが悪く、近寄り辛い。サッシの紹介した魔導士であった。
「あの……」
ロイが話を切り出そうとするが、目の前の青年はいきなり口を押さえて、
「厠はどこだ!?」
「え? それなら奥に入って右の──」
暫くして、頬がげっそりとこけた青白い肌の青年が現れる。
「あ? ああ。……俺に話って?」
「あなたは魔導士ですよね? それもアルデウム王国、それも魔導士養成機関である<塔>出身の?」
青年の目が細まった。危険な光を帯びてくる。
「それが、どうかしたか? それがどうかしたかと言ってるんだよ俺は! えぇ!?」
突然、大声を上げ始めた青年を見て、ロイは途端にオロオロし始めた。
「落ち着いてください、落ち着いて。深い意味はないんです」
「あぁ!? てめぇ、適当なことを言ってると後で殺すぞ今殺す!」
椅子が転がった。青年の目が獣の目となっている。
「なにもあなたのことを深く詮索しようなんて思ってませんから! 落ち着いてください!」
「……そうか。悪ぃ、驚いたろ? 大声を上げて済まなかった」
「いえ、こちらの不注意です。前もって話を聞いていたのに──」
「ざっけんなてめぇ! やっぱりあれこれと俺のことを嗅ぎ回るってるじゃねぇか!! どうしようってんだてめぇはよ!!!」
卓が食器ごと引っ繰り返った。青年は一匹の野獣と化した。
「すみません、落ち着いてください、今のはただの言葉の綾でして、悪気はないんです」
「なんだとてめぇ!」
青年の怒鳴り声は続く。
「あなたのことを悪く言うつもりはこれっぽっちもないんです、信じてください! お願いですから!!」
「……そうか。怖がらせたな。悪かった。謝る」
ロイは冷や汗を流しながらも、このように粘り強くこの人物との信頼関係の醸成に努めたのである。