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取り換え子

 木々は春を謳歌おうかし花がさす。冬の訪れの前に飛び立った鳥たちが異国から戻って来て巣作りに励む、そんな日々。

 この日、街の大通りを行きいかう人々の影を次々と踏んで渡るように歩く少女、いや、みどりの瞳が印象的な銀髪の森妖精エルフがいた。革のベストに革のスカート。長く伸ばされた銀色の髪は後ろで一つに束ねている。そんな馬の尻尾を垂らしながら彼女は歩く。

「しけてるなぁ……帝国から来たって言うあの商人、もうちょっと持ってると思ったんだけど。普段は金を持ち歩かないとか。うん、そうかもしれない。と、言うことはあの商人が金を持ち出すときには屈強な用心棒が、って訳ね。もう手を出すのは止めますか。他行こう、他。他」

 彼女、アリーナの生業はスリだ。彼女はスった財布の中身だけ抜いて川へ投げ捨てる。革の財布を餌と勘違いしたのか、魚が競って啄ばんだ。そんな頃、彼女は鐘の音を聞いた。時刻を告げる鐘。鐘の音は三つ。三つ時《三時》だ。

「もうそんな時間か。そろそろ帰らないと母さんが心配するかも?」

 アリーナは病の床についているであろう母を思う。

 ここは港へと続く大通り。道行く人は、商人、親子連れ、旅人、そして傭兵と様々だ。

「とはいえ、四つ鐘までもう少しあるか。もうちょっと仕事しますかね! さて、次は誰にしよう?」

 生活のため、と理由をつけた度胸試し。実行するたび味わうギリギリの緊張感。そして無事成功したときの達成感。

 アリーナは目を細め、獲物を物色する。同業者を見つけた。一人、二人、いや、三人か。彼らの目先にいる人物……女。手提げ鞄オモニエールを持っている。

 アリーナは同業者に譲ることにする。三人もいたのでは話にならない。彼らの獲物を奪うのも後々のいさかいの種を撒くだけだろう。

 アリーナは道行く人の影を渡り歩くように人ごみを縫ってゆく。その先で獲物を見つけた。こちらに歩いてくる金髪の少年。年の頃は彼女と同じ程度だろうか。傭兵が使うような巨大な大剣を担いでいるのが嫌でもわかる。アリーナが見つめるのは腰紐に挟んだ皮袋。アリーナは丁度獲物に衝突するように、影踏みの要領で人ゴミの中を移動してゆく。


 アリーナと宙を抜いたままの少年の軌跡が交わる。アリーナの手が皮袋へ伸び、瞬時に抜き取る。

 だが。

「あ痛ぁ」

 アリーナは思った以上の衝撃に路上に倒れた。


 ◇


 アリーナは先ほどちょうだいした皮袋の中身に目を落とす。


「王国金貨二枚。最低。しけてるわね。見掛け倒しの商人や職人と同じで、騎士見習いと言っても、所詮はこんなものか」

 裏路地を行くアリーナは皮袋を捨て去り、二枚だけの王国金貨だけをせしめる。

 とはいえ、今日一日の収穫は交易金貨で三十三枚分。いつに無く大漁だった。

「これなら母さんの薬を買って、そうだ、肉と卵を買おう。母さんに栄養のあるものを食べさせなきゃね!」

 アリーナの脚は自然と早くなる。

 肉、卵、香草、芋。そして薬。

 アリーナは広場の露店でそれらを買い、下町にある自宅へと急いだ。


「母さん、ただいま! ちょっと待っててね、今夕飯を作るから。今日は美味しい物が食べれるから。これを食べて早く元気になってね! ねぇ母さん? 母さ──」  


 アリーナは寝台に横になっている母親の様子を見に行く。

「って!!」

 母親を揺する。

 冷たかった。脈を取る。止まっている。悟ったアリーナは絶叫する。


「母さん? 母さん! 母さん! 返事をしてよ、一人にしないで!!」

 アリーナは母アンナの体を抱きしめ揺さぶり続けた。


「母さん!!」

 アンナの冷たい体に、アリーナの慟哭が染み渡る。

 その晩、暖炉に火が焚かれることは無かった。


 ◇ ◇ ◇


 数日後。

 アリーナは母親の遺品を整理していた。と、言っても大した物は無く。

 戸棚に小物が少しと、本が数冊。


「これは──母さんの日記帳──」

 アリーナは本の合間に母アンナの日記帳を見つける。文字を読むのが得意ではなかったが、なんとかアリーナは読もうと努力するのだった。


「不憫な子、高貴な出の王女様。妹君であったばかりに。国王陛下も非情。我が子だというのに、殺せ、なんて」

 何度読むのを止めようと思ったことか。近所に住む娼婦のロザリア姉さんに読んでもらおうと思ったことか。だが、アリーナの予感は当たった。これは他人が読んで良いものではなかったのである。

 そう、アリーナは母親の過去に戦慄した。下町も下町、スラム街の一角に住む片親の親娘がの母親が、まさか宮廷づきの乳母だったなどと誰が想像できようか。


「ただでさえ不吉な双子、それも妹姫が取り替え子(チェンジリング)森妖精エルフなんて」

 アリーナは文字を口に出して目を見開き、同時に手を口に当てた。手が震える。魂が震えた。


「この子は私が育てる。王宮にはばれなかった。いえ、たぶん知っていると思う。でも私の心情的支持者はいるみたい」

 もう、アリーナの目は文字を追うことを止めはしない。


「イーリス=レギーレ=オリーヴィア=ガストルン。これが姫様の名前」

 震える唇が小さな小さな声で名を口にした。

 すると、申し訳程度に飾ってあるアリーナの描いたアンナの顔の、絵の裏で、何かがボォッと光を出して、それはまるで蛍のように、暫く明滅しては消えた。


「ああ、アリーナ、どうか無事で。愛しの我が子アリーナ」

 アリーナは目から溢れ出る涙を拭わざるを負えない。だけど、泣いてばかりではいられない。

 涙を拭くと、流し終えるまで涙を拭くと、もう涙は枯れていた。


「全てを知りたいのなら、絵の裏を探しなさい。でも、これだけは守って。命が惜しければ、知った秘密を誰にも明かしてはいけない。秘密は秘密のままに」

 涙を振り切ったアリーナの心はすでに決まっていたのである。


 次の日、アリーナは絵の裏に隠してあったネックレスを、自分のみが知る、秘密の隠し場所へと埋めた。

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