魔神召喚
ここに勇者、現れ出でたり。だが勇者、その力、未だ眠りたもう。
勇者は募る、共に行く仲間を募る。
一人は慧眼の賢者、賢者は勇者の力を見抜きたる。
一人は戦の神官戦士、戦の神の司祭は勇者の印を見抜きたる。
一人は森の者、勇者に命拾われし彼女は勇者の心を見抜きたる。
かくて四人は迷宮に挑む。其は大迷宮、魔王アスタリーゼの手になる魔宮なり。
四人は行かん、死地へと赴かん。
今こそ行かん、四人で死地へと赴かん
今こそ勇者、ガストルンの魔宮へと赴かん
~名も無き勇者の勲し~
◇
闇の中に輝きがあった。
輝き出す魔法陣。
目の前には伝説の魔神王アスタリーゼが使用したとされる大鎌。
それが聖女の血で描かれた魔法陣の中央に置かれていた。
金糸銀糸であつらった豪華絢爛たるローブに魔導王イスカリオテは身を包み、一心不乱に呪文を詠唱する。
骨と皮ばかりになった自らの体は軋み、我が身の限界を教えてくれているが魔導王に詠唱を止める気配は一切無い。
ラス魔法王国は強かった。今のままでは勝てないのだ。数々の軍団を送ったが、芳しい戦果は今だ現れず。
それではいけない、と思う心が呪文の集中を乱すかに思われたが、そこは流石の魔導王である。
集中を乱すどころか、イスカリオテの不断の詠唱に力がこもり、濃密な魔の気配はより濃くなるばかりであった。
地鳴りにも似た音とともに、打ち捨ててあった聖女の屍骸が宙に浮き、大鎌がその手に握られるや、その掴んだ指先から白磁の肌はそのままに、漆黒の色の衣装をまとった麗しき女人が姿を現す。
漆黒のドレスに血の色を宝玉をあしらわれたネックレスが輝く。蝙蝠めいた皮膜ある翼や頭部には、山羊ににた立派で大きなねじくれた角が生えている。しかし異形を意味するそんなものなどは目に入らぬがことき麗貌である。
紅く光る口元には妖艶さを漂わせ、頭部には角の邪魔にならないように配置された白銀の額冠を被っている。
そこにはまだ幼さを残していた聖女の面影は無い。背丈はイスカリオテよりも高いだろうか。漆黒の髪、黒の瞳を持つこの悪魔、血の色をした唇を同じく紅い舌が嘗め取る。
「我は汝が主。魔導王イスカリオテ。汝が名を聞こう」
「はぁ?」
女悪魔の美麗な顔が一瞬にしてゴミ屑を見つめるがごとき悪相に変る。
イスカリオテは今、何か意味不明な単語を聞いた気がした。悪魔語であろうか。イスカリオテは途惑うも、
「我は汝の召喚主。汝の名は?」と繰り返す。
虚ろな眼窩に魔力の迸りにもにた紅い灯がともり、
「汝が名は?」と再度呼びかける。
女悪魔は眼前の骨を睨み付け、
「わたくしの名はアスタリーゼ。そんな事より、わたくしは眠いの。あなた、わたくしの名前を聞いて満足して? 用が済んだのであれば死んでくれるかしら?」
「ここは魔力の檻。出ることなと適わぬ望みよ。魔神王アスタリーゼ、我イスカリオテと契約の儀を」
「はっ」
アスタリーゼは鼻で笑う。
「では骨、あなたの後ろにいるのは誰だと思う?」
「なに!?」
声はイスカリオテの背後から聞こえた。
魔法陣の中には──なにも無い! イスカリオテは急ぎ振り向いて──。
「バカな、結界の檻の中から移動など!」
「滅びなさい。この間抜け」
弧を描く白銀の軌跡を残し、アスタリーゼの大鎌が一閃する。瞬間、骨が砕け散る音が響いた。
「そん……な」
アスタリーゼはまだ何か言いかけていたミイラ頭を踏み砕く。
「で、ここは一体どこなの? って、ああ、骨は滅んだのね。早まったわ。しかし、面倒な」
アスタリーゼは欠伸した。