5 初体験
ランダムスポーンのフィールドやダンジョンと、固定のスポーンとでは危険度に違いが出る。
レベリングにおいて前者は偶発的に強敵との戦闘が発生し、場合によっては回復アイテムやHPの無い状態での戦闘が起こりうる。
故に、倒したら一定時間のインターバルがある固定スポーンのモンスターの方が、低いレベルでのレベリングにおいては効率が良く何より安全である。
トリンボー、スライム相当のモンスターではなく、ゴブリン相当のモンスターで、多少攻撃を仕掛けてくる。
数百体も狩れば、すぐにレベル6ほどにはなれる初期の固定スポーンモンスターだ。
小さい体に短い手足、攻撃は尻尾を振り回す、そんなトリンボーを前にコトハがBJの前に立つ。
「可哀想だよ!イジメないであげて下さい!」
「って言ってもだな~倒してもまたスポーンするしな」
マユとナユも、「確かにカワイイよね」、「でござるな」とコトハに賛同するとBJは頭を掻く。
BJはしばらく考えて話始めるのは、昔からよく使われている話だった。
「コトハちゃん?だっけか……キミ牛や豚、鶏を見たことはあるかい?」
「あります――」
「それ食べたこともあるかな?」
「あります」
「その時、可哀想だって思ったかい?」
「……いいえ」
「どうして?キミがそのモンスターを可哀想だというなら、牛や豚や鶏も可哀想って思わないかな普通?」
「だって……私が命を奪たわけじゃないし……」
「なら命を奪わなければ食べられないとしたら――キミはどうするんだい?」
「……野菜しか食べません――たぶん」
「へー野菜だって生きてるのにかい?」
マユは内心"屁理屈だなー"と思ってはいたが、この時は事の成り行きを見守っていた。
何せ彼女とナユは既に何度もFDVRMMOで同じようなモンスターを退治してきたからだ。
「………でも無理だもん――」
「コトハちゃん、キミはカワイイからそのモンスターを狩れないっていうのは分かった、でもな、この世界で可愛い姿のモンスターに友だちが襲われたら……キミはどうするんだい?」
「そんなの!助けるに決まってます!」
マユは冗談で、「コトハ氏~」と彼女の胸に抱き付いてみたりする。
「カワイイモンスターを狩るのかい?友だちの為なら――」
BJの言葉にコトハは大きく首を縦に振る。
「なら友だちを助けられるようにそこのモンスターも狩らないとな、マユちゃんもナユちゃんも今からそいつと戦うんだ、経験はしといた方が間違いないと思うぞ」
「経験ですか……」
ジッとトリンボーを見つめるコトハはその潤ませた瞳に、「無理です~」と涙目になる。
すると、満面な笑みを浮かべるマユが片手剣を持ってコトハに言う。
「いいでござるかコトハ氏、あのモンスターは切ったり刺されたりすると興奮しちゃうダメな子なのでござる」
「え?」
戸惑うコトハに、片手剣をトリンボーに素早く二回斬りつけたマユは笑みを浮かべて言う。
「ほら、コトハ氏――あの表情を見てほしいでござるよ」
確かにトリンボーは、相変わらずのまん丸な瞳でマユを見ていた。
「でも、怖がってるように見えるけど――」
「いやいや、それはコトハ氏の勘違いでござる、こうして、こうして、こうすれば――」
三回斬ったマユはニコリと笑みを作りコトハを見る。
「ほら――こんなに喜んでるでござるよ」
マユの行動に見慣れているナユは、「でた~ブラックマユ~」と呆れた笑みを見せる。
「どうしちゃったのマユちゃん!サイコパスだよ!」
コトハは完全にマユに怯えた様子でナユにしがみ付く。
さすがにそのガン引きの様子に、マユは慌てて、「じょ!冗談でござるよ!」とコトハの手を掴んだ。
そんなやり取りを傍から見ていたBJは、「仲が良いんだな~三人とも――」と言う。
それから、数十分かけてようやくコトハは剣でトリンボーを一回斬りつけた。
さすがに剣道を習っているだけあって、その立ち振る舞いは様になっていた。
そして、マユとナユもFD経験を活かし次々にトリンボーを倒し、気が付けばレベルは5になっていてBJはその日はそこまでとした。
三人はその日、コトハはモンスターを退治するという経験をし、マユとナユはシステムアシスト無しの剣の戦いをBJとコトハから学んだ。
帰り道、その日の話をしながら帰る三人は途中で声をかけられる。
「キミたち、ひょっとして初心者かい?カワイイね~」
マユは最初妙な男に話しかけられたと思い振り向いたが、そこにいたのは彼女が、「綺麗――」と口に出すほどに整った顔をした女性だった。
「綺麗?ボクのことかい?ありがとう~キミたちもカワイイから気を付けて帰るんだよ~」
そう言うと黒く長い髪を靡かせて女性は去っていく。
「綺麗な人だったね」
「でもボクって言ってた」
「でござるな――」
三人は歩き去る女性の後ろ姿をジッと見つめながら、その姿が見えなくなるまで視界に捉えていた。