2 囚われの少女たち
西暦2036年11月――Blade Chain Online (ブレイド・チェーン・オンライン) BCOが正式稼動してから一週間が経過していた。
初日こそ混乱した人が多数だったが、前例があったのが幸いしたのか、囚われたプレイヤーたちは規模が様々な集団を成していった。
テスターと非テスターという身分違いなプレイヤーがいがみ合うことがなかったのは、テスターたちが立ち上げたギルドORDERがその楔になったからだった。
精神的に大人な人間が多く、ギルド一つでまとまる事ができたのは、日本という国の教育の賜物とも言える――のかもしれない。
現実世界と同じようにBCO内も、11月の寒さと紅葉から粉雪へと魅るものを変え、紅から白へと色が移りゆく。
BCOの初心者が集う"始まりし街"、その街の中も季節感の漂う仕様になっている。
そしてプレイヤーの気分とは違い、Winter Eventと文字が宙に浮遊しネオンのように鮮やかに光を放ち街中を照らしている。
「わぁ~お雪だねマユ」
「ですなナユ氏」
ナユとマユは初期装備のまま、始まりし街の中央に近いベンチに座って溜め息を吐く。
BCOのオープン初日、この二人もHMC:Head Mounted Connectでこの世界へとログインしていた。
そして、彼女たちの間で俯くもう一人も同様にこの世界にいた。
「ね……これからどうなるのかな?」
そう呟いたコトハは自身の知る限りの過去の事件を例に上げる。
「私たちと同じように閉じ込められた事件が昔もあったらしいんだけど、その時は生きて帰ったのは6割だったって聞いたよ」
「確か人数も一緒ぐらいだったでしょ?4000人近くはゲームで死んじゃったってことになるよね――無いわ~」
ナユの言葉にコトハは溜め息を吐きながら、「無理だよ私――」と言う。
「フルダイブなんて殆ど初めてだし、お母さんに剣道習えって言われて習いに行ったけど、運動できないところお父さんに似ちゃったし」
ますます俯くコトハにナユとマユは顔を見合わせて頷く。
「コトハ氏~悩んでいても始まりませぬぞ」
「そうだよ!コトハっち!テスターさんたちも頑張ってるし!昔の時より案外大丈夫だって!」
二人の言葉にコトハは、「こんな時にもぶれないよね」と呆れ笑顔。
しかし、二人の言葉にコトハも納得し、悩んでいても現状がどうにかなるわけではないと理解していた。
実際、時間は止まることも巻き戻ることもあるはずがないのだ。コトハは勢いよく立ち上がって「よ~し!」と声を張る。
そんな彼女を見て二人は顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「ギルドとかを作ってはどうだろうか……と、唐突に挙手して言ってみる私」
と左手を上げたマユに、コトハとナユは「ギルド?」と首を傾げる。
ゲーム内でもその目元に赤いメガネを着用しているマユは、それを触りながら自身の記憶を呼び覚ますように話す。
「ギルドを作る利点として、ある程度の他ギルドの情報が入ってくるし、さらにギルド経験値とかギルドマネーとかあるらしい、のでギルマスとサブマスがいればギルドとして成り立つ――ゆえに!ナユ氏がギルマス!それを補佐するのが拙者!」
「私は?私はなにすればいいの?」
コトハの視線にマユは、「マスコットですな~」と口の端に笑みを刻むと、ナユも「ですな~」と語尾を真似た。
始まりし街のギルドホームの値段にマユナユは目を丸くする。
「10万フィラ!!ぼ、ぼったですぞ!」
「ぼっただ!ぼっただ!」
ワイワイと言い出した二人にコトハは冷静に言う。
「大丈夫だよ、この初心者専用ガイドにヴァルーンっていう風船みたいなモンスターがフィラ集めに丁度いいって書いてあるよ」
その言葉にマユは、「小っちゃいイを小っちゃいエに変えてどうぞナユ!」と振ると、本当に言いそうだったためにコトハは急いで口元を押さえた。
そんなコトハの手を冷静にレロレロと舐めて、ヒャイ!と彼女が手を除けると、「そんなことしなくてもさすがにフ*ラとか言わないよ」と言うナユ。
「言ってるし!言わないって言う前に言っているし!」
チョップの猛攻に対してナユは、「禿げちゃうよ~」と笑みを浮かべる。
「とにもかくにもお金ですな!で!どうしますかお二方!」
「……ファミリアってギルドがあってさ、そこが初心者のレベリング?をしてるらしいんだけど――」
コトハの言葉にナユは、「別に三人で余裕じゃない?」と言う。
その言葉にコトハは眉を顰めて彼女の肩を掴んだ。
「命がかかってるんだよナユちゃん!」
「……そうだった、へへ、忘れてた……私たち今そういうのだったんだよね――」
一瞬にして空気が重たくなる一同、だが、マユの一言でナユは急に笑顔になる。
「ファミリアにイケメンがいるかも知れませぬな~、拙者はミステリアスなチョイ悪オヤジなんかが好みですぞ」
「いいねチョイ悪オヤジ!コトハはどんなのが良い?アレかい?年下がいいのかい?このお胸も母性のそれなのかい?」
そう言いながらコトハの胸に手を近付けていくナユ、だが、コトハはその自身の胸を両手で隠して小さい声で呟いた。
「胸は遺伝なんだもん……」
「え?ショタが好みですとな!」
マユの言葉に今度は大きな声で、「遺伝なんだもん!」と言うコトハ。
そんなコトハにマユは二ヘラと笑みを浮かべて立ち上がる。
「さーコトハ氏ナユ氏、いざ!ファミリアへ――基!いざ!チョイ悪オヤジのもとへ!」
「いざいざ!」
マユとナユの勢いに引っ張られ、コトハも右手を上に持ち上げる――が、その手はあまり乗り気ではなかった。