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社会改造の物語  作者: 小田雄二
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千葉秀樹の躍動

 梅木を誘拐した源田の家に一人乗り込む千葉……。これは『超法規SP』で、三十対一の死闘での原文です。


第十三章


 ユリとの電話を終えた後、千葉は頭の中で思いを巡らせた。あの源田が素直に梅木を開放するだろうか? 一人で来いというのは、無用な衝突を避ける為か? それとも俺を殺すつもりなのか? どちらかわからなかったが、その両方かもしれないし、案外素直にポンと返してくれるかもしれない。

 しかしとてもじゃないが、あの源田の家に丸腰で行くのは危険と判断して、出来る限りの準備をする事に決めた。明日何かあって自力で梅木を奪還する事態になった時に困らない様に、色々なケースを想定して準備をしよう……。その詳細が、凄まじい速度で頭の中を駆け巡っていたので、ソファにもたれかかって暫く目を閉じて上を向いていた。

 ふと目を開けると、すけこましの雅が隣に座り、大河原と舎弟二人がニヤニヤしながら千葉を見ていた。

「千葉ちゃん、意外と睫毛が長いんやね。ユリさんと言えば、あの閣下の別嬪秘書じゃろ? 東大卒で元アイドルちゅう話やないの、あんたもやるときゃやるのー、このこのー 」

 すけこましの雅は本当に女好きしそうなニヤけた笑みを浮かべながら、肘で千葉を突いてきた。この男にだけは知られたくないのに、そんな時に限ってちゃんと横にいるものだ。

「御前! なんで、いつの間に来たんだよ。それにどうしてこんなヘンな色のスーツばっか着てんだよ」

 千葉は思わず照れ隠しに雅の首を絞めて揺すった。

「千葉ちゃん、あんたが好きな天然鰻の蒲焼じゃ、少し冷めたけど食べや」

 大河原もニヤニヤしながら、二人前の重箱を差し出した。

「これはこれは、ごっちゃんです。腹へってたんすよ。おい雅! お茶淹れて来い」

 千葉がそう言うと、雅は「承知」と千葉の真似をして身軽に会議室を出て行った。

 千葉は、鰻重二人前をペロリンと平らげると、明日こちらから連絡するまで、誰も電話するなと言い残して、事務所に止めてある梅木送迎専用のベンツを乗り出して、Y県庁舎の最上階にあるSP本部に顔を出し、武装を整え、自宅に帰ってシャワーを浴び、珍しく素面でカロリーメイトとビスケットを食べて眠った。

 翌日、千葉は午後3時の約束に遅れない様に、カーナビを使ってY県北Q州市戸畑区の源田の自宅に向かった。千葉はサングラスをかけて、特製ベンツを大人しく走らせているのだが、他の車はそのド迫力を敏感に感じ取って距離を置き、殆どが道を譲った。

 源田の家は、広く大きな日本屋敷で、その周囲を高さ5メートルはある高い塀で囲んで防犯カメラを取り付けている。広く頑丈そうな第一の門の前で千葉が車を停めると、電動で開いたので潜った。そこは白い砂利を敷き詰めた前庭で、駐車場のつもりなのか、車が百台は楽に止められるスペースがあった。

 既にスポーツカーや高級車が三十台位停めてあり、源田宅は既に大勢の用心棒で賑やかである事がわかった。源田の屋敷に入るには、ここを通過して更に第二の門を通る必要があるのだ。その前庭のほぼ中央に、源田にいつも付いていた不知火が笑顔で立っていた。

 年齢は30歳位か、身長は約2メートル。筋肉質で頭に髪の毛が無いが、髭が濃いので口ひげを伸ばしている。

「よぉう、千葉、約束通りに一人で来たな。ここで車を停めて、歩いて奥の源田さんの屋敷に行く事になっている。俺が案内するから、早く車から降りるんだ」

 このベンツには、集音マイクとスピーカーが付いていて、周囲の音を聞く事ができ、インカムマイクで声を発する事もできる。千葉は、マイクのスウィッチをONにして言った。

「不知火だな、梅木会長は、無事か? 」

「ああ無事だよ。屋敷まで俺が案内するから、早く車を降りるんだ」

 千葉は、不知火の顔色と、車から降りろと繰り返しているところを不審に思った。

「何かある…… 」と直感した。不知火との距離は約十メートル、位置は第二門を背にして、千葉のベンツの正面から右斜め、そしてこんな広い庭の真中で車から降りろとしつこく促す理由は。……。

「おいおい、ちょっと待ってくれよ。どうして梅木会長がここにいないんだ。直ぐに連れて来いよ。俺等はそれで帰るから。それに会長宅で若い者を二人捻り殺したのは御前だろう。言いたい事は山ほどある。全部文句だ。御前なんかと一緒に歩けるかってんだ。そんなに急ぐ事ないだろう。まだ3時には少し早いだ…… 」

 千葉が言い終わらないうちに、パァーンという大きな銃声と同時に、ベンツの左側運転席のフロントガラスに衝撃が走り、千葉は反射的に伏せた。

 しかし防弾仕様のベンツのフロントガラスは、狙撃用ライフル、スプリングフィールドM14から放たれた7.62mm弾の直撃を受けてもヒビ一つ入っていなかった。千葉は、ここから約70メートル先、第二の門の先にあるブッシュに潜む狙撃手の人相を確認した。狙撃手は命中の手応えを感じながら千葉が無事なのに驚き、再びライフル銃を構えたところだった。

 だがこの一撃で、千葉の中の凶暴性が爆発してしまった。千葉はすかさずベンツをマニュアルモードに切換えて、一速にギアをセットしてアクセルをベタ踏みした。砂利場でベンツにこんな操作をしたらどうなるか? ベンツは獰猛な獣と化すのだ。エンジンが大きく咆哮し、ホイルスピンして激しく砂利を巻き上げながら、暴れ馬の様に車体を振りながら前進した。

 千葉は巧みにハンドルを操ってギリギリで車体バランスを保ちながら不知火目掛けて突進した。不知火はまるで熊にでも出くわした時の様に血相を変えて、ベンツに背を向けて走って逃げたが、ベンツは不知火を跳ね飛ばした。不知火の身体は高く宙返りして、ベンツのフロントガラスに噛り付く格好でぶつかり跳ね飛ばされた。勿論千葉がそうなる様にベンツを操ったのだ。

 本当は素手で殺してやりたいところだったが、今は選んでいられない。

「1ダウン」

 千葉は呟き、ライフルの狙撃手の位置を確認した。狙撃手は千葉がベンツを走らせてからも撃ってきたが、あまり当たらなくなった様だ。大した腕ではない。それに当たっても全く無害なのはもうわかっている。千葉は走りながら、フロントガラスについた不知火の血を、ウォッシャー液を出してワイパーで拭き取った。

 すると今度は、車の陰に隠れていた男達6人が9mm拳銃弾を撃ってきた。しかしベンツの車内は、銃撃の中でも快適で、9mm弾などポコポコ音がするだけで全く受け付けなかった。千葉はワーグナーを聴きながら、撃ってきた男達を確実に狩っていった。男達は、自分の最強兵器(彼等にしてみれば)と信じていた拳銃が、全く通用しないと知ると、信じられないという顔をして逃げ惑った。

 千葉は逃げる奴を撥ね飛ばし、轢き潰し、車の陰に隠れた奴は、その車に体当たりして潰した。ライフルの狙撃手が今度はRPG―7を抱え出して、狙ってきたのには苦笑した。

「当ててみな。兄さん」

 千葉は笑いながらベンツを荒っぽく走らせて見せた。まるで生き物の様に目まぐるしく動くベンツに業を煮やした狙撃手は、ベンツの動きを予想して対戦車擲弾を発射させた。千葉からすれば、対戦車擲弾などは、戦車などの動きがのろい的に有効で威力があるもので、素早く動く乗用車が相手なら、まず当たらないと確信していた。当たらなければどうという事は無い。

 千葉は、目に見えて飛んでくる対戦車擲弾を冷静に見ながら、急ブレーキ・急ハンドルを切ってターンして難なく避けた。弾は赤いフェラーリに直撃して大破炎上させた。

「残念だったな、兄さん。今度はこっちの番だぜ」

 千葉は電動サンルーフを開けて、立ち上がって半身を出すと、コルト・パイソン有作スペッシャルを右手でグリップし、伸ばした右腕がブレない様に左手を添え、相手の左目のやや下に照準がくる様に構えた。狙撃手は次弾を撃つ為に二つ目のRPG―7を持ち替えて構えたところだった。標的まで70メートルの距離で仰角は、拳銃の射程外だが、千葉は超精密射撃体勢で狙いすまして、その軽い引き金を引いた。パッゥグォーンという感じの銃声と同時に放たれた357マグナムダムダム弾は、70メートル先の名も知らぬ狙撃手の額に当たり、頭蓋骨と脳を粉砕して天国へ送った。千葉がこんな芸当ができるのも、ダムダム弾の中でも弾の直進性が優れたものだけを使い、コルトの銃身がクラスAで、やや右上にそれる癖を知っているからである。

 サンルーフを開けてから、立ち上がって狙って撃って、運転席に戻る。一連の動作は時間にして僅か十秒。千葉にとってこの十秒が、自分が撃たれる最大の恐怖で非常に長く感じた。だから徹底的に男達を攻めたのだ。「8ダウン」千葉は八人を沈黙させたのである。

 千葉はサンルーフを閉じて補弾すると、後部座席から防弾仕様のフルフェイスヘルメットを出して被り、付いていたチェーンを座席シートのヘッドレストの金具に付けた。これは衝突等の衝撃から首を守る為の道具で、所謂ムチウチ避けだ。それからクロス式のシートベルトで身体をしっかり固定した。ピカピカだった防弾仕様のベンツは、もはや傷だらけだが、あれ程の銃弾を浴び、千葉が我がままに荒っぽく運転しても、パンクしていないし、車体に穴一つあいていないのは感心した。

 千葉にすれば、これまではほんの遊びだった。カシオソーラー式電波時計に目をやると午後3時10分過ぎで、これからが本番なのだ。千葉はクロス式のシートベルトを確認してから、アクセルを踏んで時速百キロで第二の門を潜った。

 源田の本宅は、建坪二百はある和式木造二階建て。美しく整えられた広い庭には、拘りの庭石が多数あり、純白の化粧砂利が禅を思わせる紋様を描いて、長い縁側の前に小宇宙を醸し出し、手入れの行き届いた松の木が計算されて配置され、大きな池には小さな橋がかかり、上物の鯉が優雅に沢山泳いでいる。暴力団の組長の家というものは、大勢が集まって色々な儀式や会合を行う事が多いのと、子分達に組長の威光を示す為にも、見栄をはって、豪華に大きく作る場合が多いのだ。従って源田も若くして組長の座についた分、勢いをアピールする為に、豪華さを強調していた。そしてこの家の住人は、源田に御新造と子供が五人、七人の御手伝い。そして人質の梅木がいて、乱暴な用心棒が大勢いるし、犬もいれば猫もいる。既に千葉は、SP専用の光回線から軍事用衛星画像を見て、源田の本宅の情報は殆ど頭に入れていた。

「第二門を潜って約三十メートル先に高さ三メートルくらいの芝山がある。そこを…… 」

 千葉は轟音を上げながらベンツを百五十キロに速度を上げ、左手にある富士山に見立てた芝山に突っ込んだ。ベンツは高くジャンプすると、家の方に方向を変えて車体を大きく傾けながら一回転して巨大な大砲の弾の様にバリバリとアルミサッシを突き破って五十畳はある日本間に突っ込んだ。夜はシャッターを降ろして防御しているのだが、小春日和の昼下がりではアルミサッシまで開けていた。尤もシャッターがあった所で役に立ったかは疑問だ。

 千葉は、前庭の段階で梅木を救出出来なかった場合は、こうやって源田宅へ侵入する計画だった。源田が自分を殺そうとしたのはわかった。それは想定内で、これからの展開は、彼等にその選択が間違いだったと思い知らせてやるのだ。庭の演出である芝山をジャンプ台にして華麗なベンツ一回転は、千葉が車内で重心を巧みに移動させて実現させた芸当であった。

 計画通りにベンツを日本間に着地させた千葉は、スピンターンしてすかさずギアを1速に切換えて、アクセルとブレーキを巧みに使って暴れ回った。虚を付かれた用心棒達はうろたえ慄き、逃げ惑いながら轢き潰されるか、壁とベンツに挟まれるか、空しく拳銃弾をベンツに浴びせ、その兆弾が味方を傷つけるのが関の山だった。千葉が車毎侵入してきた衝撃は、二階の一番奥にある源田の寝室に軟禁されていた梅木と梅木を監視している源田を大きく揺らした。地震かと思ったが、その後に湧き起ったけたたましい悲鳴、怒号、銃声が、梅木に「千葉ちゃんが来た」と直感させた。

「何か? 地震か? おい梅木さんよ、下手な真似するなよ。なあに、こっちには三十人からの部下がおるんたい。千葉はもうじき死んで楽になるんたい」

 源田は慌てながらも冷静さを取り戻して梅木にトカレフ拳銃を向けて警告した。源田は携帯電話で不知火に状況を確認したが、出ない。千葉が一階で暴れまわっているというのに、他の部下にかけても全然通話できない状況は、今どういう事なのか…想像すると恐怖が身体を駆け巡った。そこへ戸畑興業の幹部坂之上が、血相を変えて寝室に入ってきた。

「げ、源田さん。大変です! 千葉が、車毎突っ込んできて家の中で滅茶苦茶暴れてます。弾がきかんので手が付けられません! 」その間にも家が衝撃で何度も揺らぎ、相変わらず銃声や悲鳴が聞こえていた。千葉が本当にたった一人でやって来て、まさか車毎突っ込んでくるとは、誰も予想していなかった。靴を脱いで家に上がる習慣の日本人にとって、土足どころか車で上がってくるなど、たとえ強面の暴力団ですら、全く考えつかなかったのだ。

「なにぃ! な、なんちゅうやっちゃ…… 」そこへ今度は大きな爆発があって、家全体が更に激しく揺れた。千葉は、大広間で大暴れた後、柱を避けて壁を突き破って、大接間に移動して暴れ回った。

 人がベンツに取り付こうが、撃ってこようが、ベンツをまるで巨大なハンマーの様にブン回し、人、壁、家具を構わず破壊しまくった。死にたい奴は別だが、逃げたい奴は家から出て行けばいいのだ。

 そこへ用心棒の一人が、拳銃弾が通じないのならと考えたのか、ベンツが奥のカラオケルームに飛び込んで暴れていた時に、手榴弾(二個)のピンを抜いてベンツの下に転がして、非常口から逃げ出したではないか。千葉がサイドミラーでそれを見落とす筈もなく、激しくホイルスピンさせて方向転換させると一直線に庭へ逃げ出した。

 やがて、もう誰にも止められない爆発が続けて起こり、爆音と爆風と共に家の窓ガラスが割れて飛び散り、色々な物が飛び出してきた。ベンツも同様に背後に激しい炸裂波を感じながらも、無事に庭に飛び出して華麗にスピンターンを決めて難を逃れた。ベンツのリアとフロントガラスには、誰かの肉片と血がべったりと付いてきたので、再びウォッシャー液を出してワイパーで拭き取った。

 千葉が車内から注意深く周囲を見回すと、源田宅の一階部分は静まり返って、もう生存者はいない様子だった。家の外も誰もいない。上を見ると、自衛隊の攻撃ヘリ、アパッチがフル装備で浮かんでいた。おそらくマスコミの取材用ヘリが近づかない様に警戒しているのだろう。

 千葉は念の為にマイクのスウィッチをONにして、「梅木連合の千葉だ。みんなよく戦った。もう終わりにしようや。源田さんへの義理は通したはずだ。まだ足腰立つ者がいれば立ってくれ、病院へ行って治療しよう」と言って生存者を確認したが、立ち上がる者はいなかった。

 これは戦争ではない。だから逃げてもいいし、追うつもりもない。まさか死んだふりをして力をためておいて、千葉に不意打ちをしかける必要などないのだ。千葉は漸く、クロス式シートベルトとフルフェイスのヘルメットに繋がったチェーンを外し、山羊皮の手袋をしてベンツから降り立ち、おやつが入ったリュックサックを担いで、源田宅に身軽に入りこんだ。勿論右手にはコルトを握っている。千葉はボディと股間にグラスファイバー製の防弾性のプロテクターも付けているので、頭部、首、胴体、急所は一応守られているが、隙のない用心深い動きは相変わらずだ。

 千葉は先ず、充満している悪臭に顔を顰めた。炸薬、血、肉、内臓、糞尿…… それらが爆発で生焼けになって混ざった匂いだ。それが鼻をついた。それに目には、無残な死体の数々、五体満足なもの、バラバラなもの、骨・肉片、血……。それから家具調度の残骸、壁の大穴、無数の弾痕、吹き飛んだ襖、剥け散った畳等々、それらが手榴弾の爆発によって混ぜ返された光景が映った。千葉はこれまでに幾度か凄惨な光景を見てきたが、女子供の遺体が無い分まだマシだと思った。

 しかしこれが、源田に対して自分の至らない対応が招いた結果だと考えると、自嘲的な気分になった。「手榴弾を投げた奴等はとっくに逃げたんだろうな。御前らも、とっとと逃げ出せば良かったものを…」千葉は小さく呟くと、頭を切換えて任務を遂行する。

「源田さん、約束通り一人で来たぜ。梅木会長を渡してもらおう。出て来い」千葉は二階に通じる折曲がり階段の踊り場で、身を潜めながら聞こえる様に大きく声をかけたが、返事が無いので、下の階段辺りにあった棒を二階の踊り場に放り投げた。それは棒ではなく、誰かの右腕だった。すると、悲鳴と共に拳銃を乱射した者がいた。幹部の坂之上だった。千葉は右腕を放り投げると同時に階段を上がっていたので、必死の形相でトカレフ拳銃の四発目を撃つ前に右手をコルトで撃ち抜いた。「ぎゃぁぁ」と悲鳴をあげて転げまわる坂之上を、千葉は二階部分を警戒しながら襟首を掴んで既に安全を確認している階段口に引きずり込んだ。気の毒な事に弾は右手に直接当たって血に塗れて穴が開いた様だ。

「御前、坂之上だよな」

「すまん。俺が悪かった。殺さないでくれ。頼む! 」

「大きな声出すな。殺すつもりは無い。質問に答えてくれ。梅木会長と源田さんは二階にいて一緒だな」と尋ねると、坂之上は大きく頷いた。

「二階には他に用心棒はいるのか? 」坂之上は首を横に振った。

「俺は御前や源田さんに恨みはない。梅木会長を迎えに来ただけなんだ。それをどう間違ったもんかね。梅木会長の所に案内してもらおう。立て」千葉はそう言うと、左手で小柄な坂之上を前に吊るして肉の盾にし、右手にコルトを構えて背中を壁に付けながら、慎重に梅木と源田がいる一番奥の部屋に向かった。「この部屋だ…… 」坂之上が小声で言うと、千葉はドアノブに手をかけたが、ロックされていた。住宅用の鍵は、それ程頑丈なものではなかったので、思い切り蹴ってドアを開け、坂之上を部屋に放り込んだ。

 案の定、源田が慌てふためいて相手を確認もせずにトカレフ拳銃を乱射している隙に、千葉はコルトで源田の銃を撃ち跳ばした。気の毒な事に坂之上は源田に撃たれて死んでしまった。千葉は源田の銃を狙って撃ったのだが、人差し指が引き金にかかっていたらしく、骨折した様で、源田は銃を落として激痛に悶絶した。千葉はそれを観察しながら大股で近寄り、トカレフ拳銃を拾い上げて弾倉を抜いて部屋の外の廊下に投げ捨てた。

 死んだ坂之上などもう気にしない。梅木は千葉の姿を見て感激した様子だったが声が出なかった。何故なら、自分を助けに来てくれた男の姿は、長い手足に逆三角形の体格で、いつものイタリア製ダークスーツを着てはいるが、頭部と首を守る防弾仕様のフルフェイスヘルメットを被っていたので、まるで仮面ライダーの様なヒーローに映ったからだ。

 千葉は、コルトの銃口を源田の眉間に向けた。フルフェイスの為、表情は確認できない。

「源田社長さん。こんな時、俺に何て言うんだ? 」と笑った。源田は、右手の苦痛も忘れて、顔は血の気を失い呆然としていた。

「……わしが悪かった。頼むこの通りじゃ。許してくれ。……下さい。ごめんなさい」

 源田はこの期に及んで千葉に土下座をした。

「あんたの口からそんな言葉は聞きたくなかったな。潔く殺せと言うのかと思ったよ。この一件、どう治めてくれるんですか」

「か、金か。金ならある。このベッドの下が金庫になっておって、一億はあるんじゃ、これでどうか」

「開けろ」と千葉が言うと、源田は素直に右手の痛みを堪えながら、跪いてキングサイズのベッドの下にある金庫を開けた。何しろ相手は自分の用心棒三十人をたった一人で全滅させた怪物なのだから、大人しくいう事をきく他無い。中には現金百万の束が並んでいて、トカレフ拳銃もあったのだが、源田はそれを取ろうとしなかった。余程背後から撃たれたくなかったのだろう。

「社長、ベッドのシーツを風呂敷代わりにして、キャッシュをつめて下さい」千葉が梅木にそう言うと、梅木はまるで千葉の手下の様に素直にパッと従った。救出の感動を分かち合う時間などない。「これは俺への慰謝料としてもらってやる。俺は命乞いをする奴を殺す事はない」

 千葉は金庫内のトカレフ拳銃の弾倉を抜いて放り出すと、預金通帳と実印を奪ってポケットに入れた。

「あんたには、家族がいたな。今どこにいる? 心配するな、危害は加えない」

「……多分向かいの嫁の寝室に集まっていると思う」

 千葉は、罪の無い源田の妻と子供達は助けたいと思っていた。既に逃げ出してくれていれば、それはそれで構わない。

 千葉が、二十畳くらいある源田のマスターベッドルームを見渡すと、贅沢な家具・調度や酒類が並んでいたが、壁に据え付けられたエックス型の赤い磔台が眼にとまって眉を顰めた。よくよく見れば、その周囲には鞭だの蝋燭だの目隠しだの猿轡だのがあった。

「御前SMの趣味があるのか、まさか社長に何かやったのか! 」と語気を強めた。

「いいえ、滅相も無い。これはほんの御遊びで…… 」梅木にも確認したが、梅木は源田からの拷問を恐れて、何でも調子良く話を合わせて機嫌をとっていたので拷問はなかった。と言うので安堵したが、「こんなものにかけられたらどんな思いがするか、御前を磔にしてやる。こっち来い」

 千葉は源田を磔にして鍵をかけると、梅木にシーツに包んだ札束を背負わせて、向かいにいるという源田の妻子の部屋に入った。源田の妻子から見れば、千葉は自分の家を破滅した悪者で、完全武装したその姿は異様に映り、思い切り敵視されたのは、千葉にとっては心が痛んだ。

「奥さん、源田さんは、ある野望を持って、我々に挑んで敗れたのです。それはもうどうする事も出来ません。あなたも組長の妻ならわかるはずです。とは言っても、俺はあなた方を助けます。これは組長の通帳と実印です。残高は二億円はあるようです。

 ここはもう危ないから、これを持って今すぐ逃げなさい」

 千葉はそう言って源田の妻に通帳と実印を渡して道を開けた。源田の妻子は、無言で千葉を睨みながら部屋を出て行った。源田の妻子が一階の凄惨な現場を見たのか、悲鳴と子供の泣き声が聞こえたが、彼女達が転がる様に家を出て行くのを二階の窓から確認すると、千葉は背負ってきたリュックサックからせっせと何かを持ち出しては、二階の要所に取り付け始めた。

「千葉ちゃん。何しよん? 」

「決まってるじゃないですか、爆弾仕掛けてるんですよ」

「決まっちょるんかいのう」

「そうですよ。ささ、下に降りましょう。下にも仕掛けるんですから…… 」

「ああ、それかい。しかしこの札束ちゅうのは重いのう」

「一億だと10キロはありますからね。それに嵩張るし、だけど嫌な重さじゃないはずです…」「まっそりゃそうじゃの…… 」

 千葉と梅木が一階に降りると、その凄惨な現場を見て、そしてあの匂いで梅木も小さく悲鳴をあげた。

「これじゃあ子供が泣くはずじゃ。お化け屋敷だってこれ程じゃない」と言うと、千葉は苦笑いしながら、梅木のユーモアのセンスを褒めた。そして再びせっせと要所に爆弾を仕掛けた。強力な粘着テープのシールを剥がして取り付けるだけだが、その場所が重要なのだ。そして梅木は、今や見るも無残な姿の防弾仕様ベンツを見て再び嘆いた。

「まだ買うたばっかりじゃっちゅうに御前…… 」

 しかし、この車と千葉の存在がなければ、自分は今頃源田に何をされていたかわからない。それを思うと、千葉ちゃん又しても有難う。と苦しい笑顔で言うしかなかった。千葉も底抜けの笑顔で、でも車内快適ですよ。と後部座席のドアを恭しく梅木の為に開けてやると、梅木は慣れた様子で乗り込んだ。

「さぁ、帰りましょう! 」と千葉はベンツのエンジンをスタートさせて源田邸の裏側の細い道から帰路についた。途中梅木に爆弾の起爆スウィッチを押させると、二階部分に仕掛けた爆弾の箱から激しい火柱が上がった。源田の豪邸は直ちに火災になって、炎は勢いを増して、時々小爆発を起こした。数分後、今度は一階部分が同様の火柱が上がり、上も下も大火災となった。

 梅木は源田の豪邸から大きな炎と煙が出ているのを面白そうに見物していて源田の事は口にしなかった。千葉は振り向きもせずに車を運転していた。これは千葉にとって、色々拙い物を燃やして煙と灰にする大事な作業であった。科学的に引き起こされた高温火災は、豪邸を瞬く間に燃やし尽くすと、一階も二階もガラガラと崩れさせ、最後の大爆発で周辺酸素を燃やし尽くして一瞬で炎を消し去るという離れ業を実現させた。二人を乗せた防弾仕様の傷だらけのベンツは、自衛隊がしいた通行規制ゲートを潜り抜けて、梅木連合にとって安全地帯である小倉北区に入った。

 協力を約束してくれた自衛隊は、この事件を事前通告無しで行った軍事演習だとマスメディアに通達し、周辺地域の交通をシャットアウトしてくれていた。

 勿論約束通り戸畑警察も入れる事はなかった。千葉と梅木が出た後は、自衛隊員百名が現場に入って死体の回収などを行ってくれて、事件性を隠蔽してくれた。裏の世界では、梅木組の男(千葉)が、たった一人で源田組長の家に乗り込み、三十人からの子分を皆殺しにして、あの戸畑興業を壊滅させた。という情報が広がった。

 千葉と梅木が乗ったベンツは、誰にも止められる事無く、関門橋を渡ってS市に入ると、二人はホッとして真っ先にベンツのSディーラーを訪れた。マネージャーは、ボコボコになった防弾仕様の車体を見て仰天した。高級且つ高性能、耐久性に優れたベンツを、一体どうやったらここまで無残な姿に出来るというのか……。しかし彼等は店の上御得意だ。金に糸目はつけないし、金払いも良い。早速次のベンツを買ってくれるに違いない。

 そう思うとマネージャーは、満面の笑みを顔に貼り付けて梅木と千葉を恭しく出迎えた。千葉は梅木が後部座席から降りる時、シーツの中からさり気なく札束を抜き取ったのを見逃さなかった。

「いやーハンドル操作間違っちゃってさー、民家に突っ込んじゃったんだよー。おまけにアクセルとブレーキ間違えちゃってそのまんま家突き抜けて畑に突っ込んじゃったよ。参っちゃったねー」と咄嗟に思いついた嘘八百を並べて、とりあえず今から乗って帰るベンツと、同じ防弾仕様のベンツをくれ。とまくし立てた。

 マネージャーは、それは大変でございましたねー。御怪我はありませんでしたか? 立ち話もあれですからどうぞ中にお入り下さい。と二人を丁重に商談ルームに招き入れた。

 二人が商談ブースの椅子に座って一息つくと、梅木が千葉に、車の注文は好きにしていいから商談はあっちでマネージャーとやれ。と言い出した。千葉が不思議に思い、理由を訊くと、わしは生きるか死ぬかの修羅場くぐってきて、九死に一生を得た男なわけ! とわけのわからない事を言い出した。千葉は、その修羅場なら自分だって渡ってきたし、今日だってちゃんと御助けしたでしょ。と言うと梅木は、わしはあんな危ない夜を過ごしたのは初めてなわけ! と返したのには流石に変だと思った。そう言えば梅木は車の中でも口数が少なかった。さては源田に何かされて頭が変になったのかと本気で心配した。

 そこへ例の様にビジネススーツを着こなした、インテリ風で都会的な風貌の女がスペシャルブレンドのアイスコーヒーを上品に出してきた。その際の女を見る梅木の目つきが尋常でなかったので、梅木が今猛烈に欲情している事がわかった。

 千葉は苦笑しながら、俺商談はあっちでやりますよ。と気を利かせて席を離れた。確かに九死に一生を得た後は、酒場で盛り上がるし、無性に女が抱きたくなる心理は、わからないではない。それが梅木にとっては今で相手があの女なのだろう。

 千葉は歩きながら色々考えていると、吹き出しそうになって、マネージャーをベンツの展示コーナーの方に誘い出して、たった今から客を全部帰して店を閉めて俺達だけにしろ。迷惑料なら払う。そして俺とあんたは、車の商談だ。と言って梅木がいる商談ブースがマネージャーの死角に入る様に立ち位置をとった。

 マネージャーは、この二人が強引な事を言い出すのは覚悟していたが、今度は本当に理由がわからないで、怪訝な顔をしているその後では、梅木が、あのビジネススーツの女に土下座して札束を差し出して、必死に御願いをしているではないか。千葉にはその光景が見えて笑いを抑えるのに苦労した。素人の女が、いきなり金を出されてヤクザの親分に御願いされたら、イエスというものだろうか? しかも場所は、商談ブースの中だ。結果は、女は受けてくれた様だ。梅木の尋常じゃない喜び様でそれがわかった。後は大きな声を出してくれなければそれでいい。

 千葉は笑いを堪えながらもマネージャーと外に出て、防弾仕様のベンツの御代わりと今日乗り出せるベンツの交渉をしていた。やがて千葉が車を決めて戻ってくると、梅木と女の商談は既に終わっていた。まるで鶏の交尾の如くの早業だ。女は迷惑そうにスカートに付いた液体をティッシュで拭きながら去って行った。

 梅木はこれですっきりしたらしく、爽快な笑顔で全ての見積もりを承認し、財布が無いので前金としてベッドのシーツに包んだ札束を持ってきた。今回の買い物の金額は二億円を超えた。千葉がもう終わったんですか? と冷やかすと、梅木は真面目な顔をして口元に手を横に引いて、チャックじゃと小声で言った瞬間、千葉は声を殺して笑った。しかしシーツの中の札束は、あくまでも千葉の物なので、梅木は後で払うと約束して丸くおさまった。マネージャーは、ベッドのシーツに無造作に包まれた大量の札束を不審に思ったが、そんなことを口に出したらどんなことになるのかわからない。と気を回し、必死に笑顔を取り繕って何事も無い様に札束の勘定に入った。

 マシンを使って正確に数えてくれたので、千葉は自分で数える手間が省けた。シーツの札束は一億四千三百万円だとわかり、女にはおそらく二百万払ったのだろう。運の良い女だ。普段の梅木は女に不自由していないから、そんなに払ったとは驚きだ。しかし煩わしい税務署に申告せずに済む大金が手に入った事で、千葉には笑みが溢れた。

 意外な事だが、千葉は食事と女と酒代は梅木に払ってもらっていたが、それ以外は報酬を要求した事がなかったので、梅木にしてみれば一流のボディガードを必要経費で済ませている事になる。千葉と梅木は例によって強引にピカピカのベンツをディーラーから乗り出すと上機嫌であった。梅木は携帯電話で自ら事務所に電話して無事である事を強調し、千葉の活躍で源田と戸畑興業は壊滅したと伝えて、喜びを分かち合った。修羅場を潜り、ディーラーの気取った女への一念を果たした梅木の口は滑らかで、電話で誰とでもよく喋り捲っていた。もうこれで北K統一はなったも同然で、景気の良い話に花が咲き、今夜は流石に休んで、日を改めて大いに宴会をやろうという事になった。千葉は運転しながら時々話に応答していたが、だんだん笑いが堪えられなくなって見晴らしの良い所で車を停めて、一人で飛び出し、海に向かって大声で叫んだ。「梅木社長のー、バカヤロー! 」色々あったが、千葉は生き残った喜びを爆発させた。


第十四章


 梅木奪還作戦の翌日、今回の千葉の行動は梅木会長の護衛・補佐任務に含まれて、計四十一人の殺害(陸自調べ)、と源田宅放火については不問(立件無し)とされた。そして、陸上自衛隊北Q州支部の上層部の間では、上空から撮影した千葉の動画データが話題を呼んでいた。

 この動画データは時間にして50分、当然Y県庁にも極秘扱いで届けられ、有作は勿論、ユリも直属の上司である等々力もSPのメンバー達もオフィスで視聴した。その感想は色々だったが、SPの面々は、千葉ちゃんのキレっぷりは相変わらず凄い。(笑い)で、等々力は、何故あそこ(ライフルで狙撃された時)で抑えられなかったのか。と怒っていた。

 有作の感想は、『俺の責任で、あいつを野に放ってるんだ。あれくらいやるだろう。まぁ自衛隊の協力で揉み消してくれたから良かった。ユリ、チバには始末書の提出と減俸5%三ヶ月を通達しておけ。それから今後金遣いが急に荒くなると、税務署のあのオバちゃん(大野さやか署長)が騒ぎ出すから自重せよ。とも伝えておけ』とユリの目を見ながらニヤニヤしながら言った。

 有作は最後のシーンを見て、梅木が担いでいたシーツの中身が札束だと見抜いていたのだ。しかし流石にその後、梅木がベンツ・ディーラーの女に二百万使った事は知らないであろうが、そんな事は県にとってはどうでも良い事である。有作にとってヤクザ同士の抗争などは、ほんの胡麻粒位の問題であって、今は北Q州市と協力して、あるプロジェクトに夢中で奔走しているのだ。


 この年の5月の第一週、初夏を思わせる抜ける様な晴天の下で、全Y県民が待ちに待った恒例の『パーティー』がいよいよ始まる。今年は合併した北Q州市の市民も恩恵を受ける事になるので、役所は事前の説明に全力を注いだ。これからの一週間は、Y県民全員と外国人は、浮かれて楽しみ、そして未来について思いを馳せながら鋭気を養うのだ。日本労働者党が県内全域の公園と、その周辺を七日間借り切り、県内全域に数ある飲食店、コンビニやスーパーマーケットや百貨店の小売店は、24時間体制で食料と飲み物・料理や惣菜を県民と外国人に無料で提供するのだ。

 Y県民(身分証明提示)と外国人(パスポート提示)ならば、誰でも外で飲食する場合に限り、酒・タバコ以外は無料で好きなだけ公園周辺で飲食出来るのだ。そして、ところどころにステージが設けられ、地元のミュージシャンやアイドル、芸人達が、様々なライヴショウを繰り広げ、御祭りムードを盛り上げる。そこは有名無名の料理人、芸人達にとっても自分の技量を試し、名を売る絶好のチャンスだ。勿論人件費や材料費などは全てY県が払う。

 そんな事をすれば忽ち不正が横行しそうだが、通報やランダム査察によってもし不正が発覚すれば『悪人島』直行。という十分すぎるプレッシャーを受けているので、皆正直に申告する。そしてサービス提供者は、全員パーティーの参加者から客観的な評価を受けてY県が集計し、順位付けして上位3位に賞金とカップを授与して称えた。

 これは県内では栄誉として無料観光ガイドマップで紹介されて、今後の商売繁盛に直結するので死に物狂いでサービスする。パーティーに参加した県民は、延べ数千万人に達し、皆が明るく賑やかに大いに飲み、食べ、踊り、歌い、楽しい時を過ごすのだ。夜になると大半は家に帰って眠るが、公園内にテントを張っても構わない為、家族や友人、恋人同士が、テントの中で仕事や学校生活、政治・経済や自分達の生き方やそれぞれの未来、今存在しないもの、これからあるべきものについて、自由に語り合う。この『パーティー』をきっかけに新しい友人・恋人・同志を見つけるのもOKだし、子作りに励んでもらっても構わない。『パーティー』は県民の活性化の為に有作が企画したもので、日本労働者党の党首になってから恒例行事と位置付けている。

『全ての県民は、一年の内一週間位、底抜けに楽しんで、充実している時に、自分や取り巻く環境を認識して、未来について語り合って欲しい。今年は大のお祭り好きである北Q州の皆さんも、存分に楽しんで欲しい。お祭り騒ぎも大歓迎。勿論ドが過ぎれば怒られますが、そこは素直に撤収して下さい。

 話題は何でもいいんだ。恋愛や結婚、生き方、物理・化学、仕事や勉強とかね。歌を作ったり、物語を作ったりしてもいい。県民の一人一人が自分を見つめなおして、このままでいいのか? これからどうしたらいいのか? なんて事を満たされた環境で話し合える機会があっても良いと思う。それが1%でも現実になって世の中に良い効果がもたらされれば良いじゃないか。

 そしてサービス提供者は、必死で働いて腕を磨き、県の生産能力を高く維持して欲しい。これから国際都市を目指すのだから、世界中の人々が訪れる準備を今から始めてもらいたい。他の地方自治体は、犯罪者を裁判して刑務所に入れて衣食住を保障する為に税金を使っているが、県ではそんな事に税金を使わない。私は、真っ当に生きている人々にこそ税金を使う。御祭り気分で皆に食事を振舞っても全然問題無い。

 それが長過ぎると堕落するから、一週間と決めた。しかし『パーティー』が原因で犯罪が増えたり、皆が望まなくなれば、一日ずつ期間短縮したり、止めてしまっても何も問題無い』と語った。

 『パーティー』の運営は、県の職員や青年団や地域ボランティアがあたり、治安の維持は警察と暴力団梅木組連合が24時間体制で行った。浮かれてハメを外しすぎて秩序を乱す者や、食べ物を取り過ぎて無駄に捨てたりする者は、多少ブン殴られてイエローカードを渡されて3枚になると、二度と『パーティー』に参加できなくなるので、暴れる者やマナー違反者は少ない。その『パーティー』が始まると、学校や会社、工場は連休に入るから、車の通行量は激減して、街中が歩行者天国の状態になり、老若男女が外に出て自由に大いに楽しんだ。

 リチャードと有作は知事室で握手を交わして、この日も御決まりの位置に座った。

「北Q州市の合併はうまく行っている様だね。データを見て驚いたよ。北Q州市とY県の経済規模が同じくらいなんて、Y県はどんだけ小さかったかってとこさ」

『そう、Y県は三方が海で、山ばかりで人口が少ないわ産業は細いわ、どうしようもないところさ。ところが人々には草莽崛起の思想があった。ここが薩摩と組んで近代日本を構築したんだよ。勿論先人達は、イギリスに御世話になった。無鉄砲に戦争して大負けして賠償金は幕府に払わせてね。

 それから後はおアメリカにも随分お世話になったよね。まっ、そんな事は今関係ないが……。ところで前に頼んでおいた件、何か分かったかい? 』

「今調べている最中だ。何かわかったら直ぐに知らせるよ。これがうまくいったら凄い事になるから私も期待しているんだ」

『だろうね、俺も楽しみだ。ところでそちらのカジノ・グループの編制は決まったのかい? 』

「ああ勿論だとも。今のところアトランティックシティ(注1)のマリッツィオ・ファミリーが、ディーラーと売春婦を伴って百人くらいで来る手はずになっている。名前からわかると思うけど、イタリア系だ。来たら、なんと言ったっけ、あの……ユメキにテリトリーの打ち合わせをするんだろ? 」

『梅木だよ。奴はもう相当ビッグになってるぜ。何とか穏便に頼むよ』

「OK。ところで聞いたよ。あの千葉が、一人で敵対組織を潰した話をさ」

『ああ、そう言えば、チバの作戦行動を撮った動画ファイルがあるんだ。観るかい? 』

「是非とも」有作とリチャードは、ユリが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、千葉の動画ファイルを視聴した。

 リチャードも見かけは紳士だが、その実CIAのエージェントだ。これまで色々な経験を積んできただろうし、色々なものを見てきたはずだ。そういう意味では目が肥えているはずなので、有作はリチャードの感想が聞きたかった。早速巨大スクリーンに動画を映し出すと、リチャードはまるで映画でも観る様にリラックスして映像を見はじめた。

 有作が時々状況を説明すると、リチャードはそれを聞きながら自分なりの見解を述べた。彼は千葉の用意周到な点と、射撃と運転能力を高く評価し、是非ウチ(CIA)に欲しい人材だと感心した。

 有作は、リチャードが褒めていたと、チバに伝えておくよと笑った。もしも源田があの時常軌を逸して、梅木を殺してしまったとしても、チバは戸畑興業を壊滅させただろう。

「面白いものを見せてくれて有難う。ところで話題を変えるが、カジノ・シティに入る他の外国マフィアはUSA以外にどれくらいになるんだ? 」『USA以外では……、そうだなロシア、中国、台湾、韓国のマフィアから打診を受けている。それから、県外の日本のヤクザからも打診があるよ。今は二十といったところだ。他にも要請があれば、話は伺うつもりだ。

 勿論、皆梅木グループに入ってもらうのが条件だ。マフィア本体までとは言わないが、県内でカジノ・風俗ビジネスをやるんだったら、Y県支部でいいじゃないか。とにかく好き勝手にやられて不毛な諍いを起こされたら元も子もないからね。皆オトナなんだから、テリトリーを守ってその中で好きに商売してくれれば、何も問題はないだろう』

「その利益の為には場所が肝心になる。それを決める方法はどうする? 」『カジノ・シティという事で、ここは一つダイスで決めようじゃないか。その場所でそれぞれが商売をするんだ。5年に一度くらいでローテーションしてもいい』

「成る程、カジノ・シティだけにトリック(イカサマ)無しで御願いしたいね。で、やっぱりドラッグは駄目なのか? 」

 リチャードはCIAとして、粗利の大きい麻薬ビジネスを決して諦めない。しかし有作との体面上は、それを噯にも出せないジレンマがある。出来る事なら有作の方から話題にして欲しいと願っているのだが、未だその兆候は見られない。リチャードはこれまで色々な権力者と会ってきたのだが、麻薬は嫌いでも麻薬ビジネスに興味を示さない者は有作が初めてであった。

 これ程子供の様な純真さで政治を掌る者を見た事がないのだ。リチャードは内心ここでも、時期がまだ早いのだろうと判断した。しかし有作は、そんなリチャードの腹を知っているのだ。

『NOだ。くれぐれもマリッツィオ・ファミリーに言っておいてくれよ』

「私がマフィアなのではないさ。忠告はしておくが、監督・指導は任せるよ」

『OK。こちらも国際都市を目指しているんだから、監督・指導・交渉は職員や警察官、梅木組の連中にやってもらうから、色々な外国語を習得させんといかんな』

「外国人の犯罪も薬裁判と島流しか? 」

『凶悪犯にはそのつもりだ。島流しが嫌なら動かぬ証拠付きで母国の大使館に叩き返してもいい。事前に良く説明するよ。凶悪犯の人権ってヤツがそんなに尊重して欲しけりゃ、ここで悪事を働かない方がいい。とね』

「彼等の稼業がスレスレの際どいところだからね、恐らく本体は警戒してY県には居住しないだろうな」

『そいつは御自由にだ。ただ、Q州には住まない方が良いと忠告しておくよ』

「何故だい? 」

『直にK一帯がY県と合併するからさ。引越しばかりになっちまう』

 有作がそう言うと、リチャードは笑った。しかしこれはジョークではない。

「成る程、御忠告は伝えておこう。国際問題にならない様に皆配慮して、利益を上げていこう。しかしここはハッキリさせたいところだが、もしマフィア同士の抗争が勃発してまったら、どうするつもりなのか聞いておきたい」

『ケースバイケースだ。ウチ(Y県)には御存知の通り、SPという組織がある。これは事件が起きない事が評価されるんだ。彼等が暗躍するだろうな』

「盗聴も有りか? 」

『勿論だ。CIAでは別に驚くべき事じゃないだろう。SPがそれで監視して未然に防ぐだろうな。それでも不足ならば、抗争しているエリアを封鎖して自衛隊が御相手するだろう。その時は派手なドンパチを覚悟して欲しい』

「抗争エリアを封鎖するとは、考えたな。それじゃ確かに元も子もない。有作はどうしてこちらの質問に卒なく即答出来るんだい? 政治家だからというのもわかるが。あらかじめもう決めているのか? 」

『そうだよ。何故そんな事を今更訊くんだい? 今度それらをまとめた小冊子を配る事にするよ。外国マフィアは皆それをパスポートに付けとくと良い。こちらとしては、彼等には外国の地に商売しに来たという目的を忘れて欲しくないんだ。だからどこかとどこかが勝手に抗争すれば、利益とテリトリーそのものを奪うのだ。退場という事だね。

 そうすれば頭にのぼった血が引いて、待てよ、俺達は一体何をしにここに来たのか? と思い出すはずだ。下らない覇権争いがしたかったら、県外でやれば良い。東京なんかどうだ治安は好い加減で良いぜー。俺はここでは純粋にマフィア・ビジネスで鎬を削ってもらいたいんだ。わかるだろ? そうすりゃ人気が出て客が増える。県民だけじゃない、他県や海外からも客が殺到して商売大繁盛さ。それが俺の狙いなんだ』

 リチャードはここで、自分が有作の話についつい乗ってしまうのは何故だろう? とふと考えた。「マフィア・ビジネスで鎬を削れ。か。旨い事を言うじゃないか。マリッツィオには私から説明しておくよ。但し他のマフィアには君から説明・説得を頼む」

『流石はリチャード。話が早いね。OKだ』

「ところで、梅木組に日本のヤクザを統一させる計画はどうなっている? 」

『遅れてるね。多分決め手にかけるんだな。だが、チバのあの作戦行動が噂になって、北Q州エリアの統一は、スムーズに行ったよ。この噂をうまく利用すれば、他のエリアでも仕事がやりやすくなるだろう。梅木組には悪魔がいるぞってね。そうだ、外国マフィア連合が梅木組と手を組んだとなれば、決定打になるかもしれないな』

「さっきゴタゴタは御免だと言ってたのは誰なんだ? 」

『梅木組が制御したものなら問題無い。だって梅木組は警察組織の一つだからね。日本のヤクザは、数と力と外人に弱いものだ』

「私もそう思うが、マフィアの方だってそんなに高等な訓練や教育を受けてきた訳じゃないんだ。そんなに急に一緒になるかな、そしてうまくいくのかな」

『彼等だって戦力としては自衛隊に敵わないのはわかっていると思うよ。だから下手に刺激しないで落としどころを探るさ』

「ディープだな。わかったよ。最近有作は北Q州の会社をよく巡っている様だが、今度は何をする気なんだ? 」

『これは、君だけに話す事だけど、北Q州と言えば造船の街でね、佐世保などにある造船ドックに客船を沢山発注したんだ。金は俺の資金プラス投資会社から資金を調達してさ、ソーラー発電と逐電システムでスクリューを回転させて推進するカジノ・エンターテイメント客船だ。凄いぜ。これをバケーション・ビジネス計画と名付けたんだけどね…… 』

 有作はリチャードに、バケーション・ビジネスの構想を初めて語り始めた。きっかけは、自分が毎年休暇を約一ヶ月とって、自家用の大型客船で、家族とクルーで海外旅行を楽しんでいた時の事だった。有作は外国に出て、色々な人々と触れ合い、様々な文化や歴史、芸術に接した。

 勿論事前に寄港する国の許可を得ている。船出から十日間は、船でのんびり暮らしてこれまでの疲れを取り、目的地に寄港したら、十日間はレンタカーや列車に乗ってホテルを泊まり歩いて観光や買い物をする。そして帰りの十日間で徐々に時差取りをしながら体調を整えて帰国するのだ。勿論県の職員全員に年に一回一ヶ月の休暇をとる権利を与えている。

 ギリギリの人員整理で毎日が激務になったのだから、唯一の楽しみが、一ヶ月連続の休暇を交代でとっても問題は無いだろう。有作の妻は、海外旅行に出ると、必ず地元のスーパーマーケットや市場に立ち寄る事を楽しみとしていた。そこへ行けば、地元の人がどんなものを食べ、どんな暮らしているかが大体わかるというのだ。

 確かに市場で不機嫌な顔をしている人はいないものだ。そしてパンとハムと卵、野菜、コーヒー・ジュースなどを買い込んで、翌日の朝食や昼食にすると、まるで地元の人になった気分を楽しめるのだそうだ。有作は、なるほど旅行はそういった楽しみ方もあるんだな。と感心し、又妻から学んだ。

 有作の船(キャリー号)の外観は、純白で無駄の無い流線型のフォルムに、銀色の強化プラスチックソーラーシステムを持っており、陽光を浴びると、七色に輝く美しいデザインであった。船内には、Y県大学が発明したキャパシタを搭載し、蓄電池システムで無公害、低騒音で高速推進する能力がある。

 設備も元々カジノやショウを提供してビジネスをする為の設計なので、カジノ施設、ナイトクラブ、レストラン、特設ステージ、ゲームセンターやフィットネス・ジム、小型の日本庭園や茶室を装備していた。各船室に、大型HDテレビとパソコンを備え、インターネットやテレビ番組や映画は勿論、ラジオも自由に楽しむ事が出来る設備を有しているので、快適そのものである。

 このような美しく充実した船を寄港先の港に泊めていると目立ってしまい、港々で地元の人々から、船内を是非見学させて欲しいという要望が多数あった。仕方なく日時を決めて見学させたところ、カジノをプレイしたい、ショウが観たい、もっと日本庭園が見学したい、茶室でお茶を楽しみたい、日本食を食べてみたい。等の希望が多くあったので、次の休暇の前に専属クルー達を訓練させてカジノとショウの営業を行ってみた。

 勿論事前にその国の政府に働きかけて献金をして、港を仕切るマフィアに金を渡してスマイル・コントラクト契約を締結してからだ。有作は期せずしてバケーション中であるにも関わらず、世界中の表と裏の社会の政治家や裏社会のボス達と会見し、親交と利害関係を結ぶ様になった。有作達(家族とボディガード二人)は目的地に着くと、十日間程度レンタカー(リムジン)で各地を巡り、ホテルに滞在しては観光や買い物などして十分遊んで帰ってくると、信じられない程の利益を生んでいた。

 遊びに来て儲かるなんて……と悪い気がしたものだ。それもそのはずで、船は自前で燃料費はゼロ。食事は釣った魚を料理して、米・パン・肉・野菜などの費用はそれほど高くない。クルーの一か月分の人件費を払っても余りあるカジノやショウの利益を十日間足らずで稼ぎ出してしまったのだ。有作は、これはビジネスになると思った。客船と専属クルーをもっと増やして、客(県民)をケアしながら国内や世界中を旅行できるビジネスを始めよう。と考えた。県民の見識を広める効果があるし、外貨獲得や、大人数が出先でお金を使えば、海外の地域経済に貢献出来るのだ。

 有作はリチャードに構想を話した後、バケーション・ビジネス部を立ち上げ、実現の為に、その素晴らしさや楽しさをマス・メディアを使って説明し始めた。その為には、県民(1年以上連続で県内居住が県民たる条件)誰でもが年に一ヶ月のバケーションが自由にとれるようにしようと訴えた。

 その為には県内の産業や仕事の手順をマニュアル化して、誰でも代わりに仕事が出来るワーク・シェアリング化を達成する必要がある。しかしそれを実現させると、雇用の促進につながるのだが、反面人件費が嵩んで、会社の負担が増大する弊害があるのだが、有作は社員の給与を下げる企業が出ると予測して、それでも充分生活出来る様に生活物資の価格を下げる政策を開始した。

 減税は、既に人員整理と効率化で実行中だが、その他に県民全員が一ヶ月間の生活に必要な物資の品目と量を県庁が調べて、メーカーに大口発注して単価を下げ、税金を使って県内全域の小売店に配分するのだ。こうすると民間各社の企業努力を無駄にする事になるのだが、有作は生活必需品に限定して品質はそのままに最安値を県民に提供する為にはこれしかない。と議会に訴えて議決した。

 更に、生活保護や失業手当のシステムを変えて、御金を受給者に振り込むのではなく、フード・スタンプ(注2)制にして、働いて現金を得て生活していこうという意欲を刺激した。

 そして県内全域で毎日大量に廃棄される食料を、役所が回収して無料で分配するシステム確立の準備を始めた。会社や工場の組織の中で、誰でも出来る単純な仕事ならば、マニュアルを作成してそれを読んで作業出来る様にするのは簡単だが、研究、開発、設計、プログラミングなどの特殊な分野おいては実際難しい。しかしそれでも有作は各地に赴いて、経営者を説得して出来るだけマニュアルを作成し、プロジェクトに従事する人材を、メインとサブに分けて二名以上配置させる義務をとりつけた。プロジェクトの進捗チェックや引継ぎなどを管理者に任せて、これも二名以上配置させれば、支障を最小限に止められるはずだ。

 有作の夢の一つであるバケーション・ビジネス構想は、県民と議会への演説と説得によって徐々に理解が進み、行ってみたいと希望する県民が増え始めたのだが、民間企業の経営者側からは苦情が出た。ワーク・シェアリングは良いとしても、社員に年中の休みの他に一ヶ月も休まれたらたまらんらしい。


 有作の巧妙なところは、文句を言う者の話をとことん聞くところだ。何故なら彼等も又県民だから、時間を惜しまず、じっくりと聞く、そして腹が減ったら一緒に県庁舎のキャフェテリアで飯も食いながら、政治家として県民を良い方向に導いていく。という自分の理想を熱く語ると、相手は有作を理解し、信頼する様になる。

 流石に一対一というわけにはいかないが、どんなに目を三角に吊り上げてやって来た者でも、有作に直接会って交渉に入ると、悉くすっかりひっくり返ってしまうのだ。有作も又会社経営者であり、日本労働者党の党首であり、無報酬で県知事を買って出ているという変わり者で、そんな男が何の野心も感じられず、唯々県の産業の発展と繁栄、県民の生活の充実と人間としての開放を追及する強い意志を感じれば、反対論を言いに来た者も余程の反対論拠を持っていないと気も変わってしまうというものだ。

 何とかY県を繁栄させて、県民全員が安心して楽しく暮せる様に協力すれば、自分等も又安心して楽しく暮せる様になる。と思わせてしまうのだ。そして有作も又、家庭を持つ夫、父親でもあり、男であるので、あくまでも指導者としての発言として、猥談にも付き合って距離を縮める。

『皆さんもビジネスに精を出して、そこそこの財をなしたのなら、散財せずに子供をじゃんじゃん産ませて認知して欲しい。奥方に文句言われてややこしい事になったら、私に電話して下さい。私が奥方を説得して仲良くなりますよ。女だって恋をしてじゃんじゃん子供を産みなさい。そして愛情をもって育てなさい。

 世間じゃ、やれ男の時代だ。男尊女卑だ。いやいや今や女の時代だ。男女平等だと、とんちんかんな事を散々マス・メディアが触れ回ったが、その結果どうなった? 男も女も片意地はって孤立してしまった挙句の小子化だ。子供のいない社会に未来は無い。皆さん、子供だった頃を思い出して下さい。自殺する程の苛めがありましたか? 実子を虐待死させるバカ親がいましたか? いつの間にか子供には辛い社会になってしまいましたね。

 私はこの事態について、政治指導者としてもう黙っていられないのです。しかし! 私は今ならまだ引き返せると信じている! 国としてはどうでも、県知事が本気で信じているんです。皆さんも信じて下さい。そして事態の改善に向けて動き出しましょう!

 結局のところ突き詰めたら、男は精を出しまくり、女も子供を沢山産んで育てるのが、世に生まれた性というものでしょう。社会は男と女で出来ている。そして大人と子供と老人で出来ているんです。決して切り離してはなりません。もうマス・メディアの戯言に惑わされてはなりません。私を含めた団塊の世代以降の者が好き勝手にやった結果、老人ばかりの国になってしまった。

 しかし私は思い直してこのY県だけは、子供に満ちた明るく楽しい社会にしようとしているんです…… 』

 などと猥談に繋げて未来の社会論を述べられると、ついつい惹き込まれて聴き入ってしまい、少子化対策には、男女が出会い仲良くする時間が必要。その為には休みが必要。そこでバケーション・ビジネス。という論法になるのだ。ここで笑いが起こり、有作は、一年に一度で無理なら三年に一度でどうだ。ええいそれじゃ、バケーション中は無給でどうだ! と畳み掛けると、遂に乗った! と声がかかり、拍手が湧き起った。

 有作は漸く賛同に至ったところで、満面の笑顔で恭しく優雅に御辞儀をして、それじゃ船が出来たら一般公開して旅行希望者を募集するから、自分の会社の社員が応募しても苛めない様に。と釘を刺して、交渉は終わった。

 これまでどこの自治体もやらなかったバケーション・ビジネス。そしてそれを実現させるの為のワーク・シェアリング。それに伴う雇用の促進(特に世界的に高い技術を誇るものの受注減に苦しむ造船業の梃入れ)と人件費削減と対応策。県民二百万人を計算に入れた生活必需品の一括発注・分配に政治介入。有作の理想が、又一つ実現に近付いていく。これ以後、プロジェクトの監督・進捗管理は秘書の菊沢ユリが行い、実務は副知事立花春彦が行い、有作は次の理想プロジェクトに移行する。費用は一ヶ月一人十万円で、外国旅行が安全に出来る様に設定したところ、未だ船が出来てもいないのに問い合わせが殺到した。


注1 アトランティックシティ アメリカ合衆国東部ニュージャージー州アトランティック郡に位置する観光都市。マリッツィオ・ファミリーは、ここでホテル・カジノを経営している。

注2 フード・スタンプ アメリカ合衆国で低所得者向けに行われている食料費補助対策。県知事有作はこれを模倣し、県内の生活困窮に至った者にICカードを支給して、役所で申請して月に一度相応額の電子マネーがチャージされる。食料と生活必需品のみに使用可能で、酒・タバコ等の嗜好品は購入出来ない。偽造・換金や売買は重犯罪となる。



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