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社会改造の物語  作者: 小田雄二
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ある壺振りの話

第十章


 梅木組連合が仕切る条件で、賭博・風俗ビジネスが実質解禁されて半年、再び秋が来た。カジノ・シティ下関は、今も24時間体制で建設中である。梅木組連合は、県内全域で警察の指導を受けながら(実際は主導)働き、街や県民の安全を守りつつ、任侠活動を追求した結果、観光客が増え、県外からの労働者も沢山来てくれて穏当に遊んでくれるので、順調に利益を積み重ねていった。

 その中で、毎晩各地で繰り広げられる丁半賭博の場を盛り上げる“壷振り”という役目が職業として確立され始めていた。壷振りとは、丁半賭博において、サイコロ2個を壷に入れて丁半を現出させる役目だ。

 それまではただの進行役に過ぎなかったのだが、上半身裸に純白のサラシ、そして鮮やかに映える刺青、精悍な顔つき、淡々として冷静な客さばきは、徐々に注目を浴び始めた。そして胴元が求めるのは、張客を十分に楽しませて最後は勝つ壷振りだ。この二つの条件を満たした壷振りが、いつしか高収入の職業になっていった。Y県NG市仙崎、ここに駆け出しの壷振りがいた。名を安倍弘吉あべのひろよしという。梅木組連合の手塚興業に所属している18歳の若者だ。

 しかしこの男、18歳にはとても見えない風貌を持っている。身長156センチ、体重48キロ、四角い顔に細長い目、低い鼻、大きな口に白い歯がズラリと並ぶ風貌は20代後半にも見える所謂老け顔だ。男は顔じゃないというが、弘吉は愛嬌があって人気がある。彼は今夜も、仙崎の居酒屋の屋根裏部屋で壷を振っていた。

 熱気が充満した裸電球の下で、オールバックに髪をコテコテに固めた弘吉は、真剣な目をして両手を広げ、「はいります」と宣言すると、右手にサイコロ、左手に壷を張客に翳し、素早く空に六芒星の様な形を描いて素早くサイコロを壷に入れて、真白な盆に壷を置く。

「さぁー、はったはった。はっちゃいけないオヤジの頭、はっておくれよサロンパス! 御大尽の張客様様、半か丁か丁か半か、はってみなけりゃわかんないときたもんだ」

 威勢良く弘吉が満面の笑顔で誘い水をむけると、張客も威勢良く、「半! 」「丁! 」と木札を賭ける。中盆と呼ばれる者が、丁半がうまく同額になるように促して、同額になると、「盆中駒揃いました、いざ! 」と弘吉が壷を開ける。「し(四)に(二)の丁! 」と弘吉が宣言すると、歓声と溜息が交錯し、中盆が木札を器用に分配する。基本的にはこの繰り返しなのだが、弘吉は張客をのせるのが上手いのだ。

 都々逸調の口上で張客を和ませ、小さく負けて張客を放さず、最後には馴染み一人に勝たせて他をすってんてんにさせても憎まれない男だ。すった張客の帰り際に、「さよなら三角又来て四角。次は互角の一騎打ちと、又どうぞー 」等と笑顔で言われれば悪い気はしない。他にも、「破れかぶれの鳩サブレ! 」「そんなバナナの東京バナナ! 」と、こんなつまらないダジャレでも、絶妙のタイミングで言われればふと笑ってしまうもので、弘吉目当ての張客が増えるのも自然の成り行きだ。

 不思議とこの男、訛りがない。弘吉は幼い頃から勉強が嫌いで、運動も苦手、野球のルールも、サッカーのオフサイドも分からない、テニスの得点が何故15点からなのかも分からないし、点の数え方間違っているという程の少年だった。

 家はとことん貧しく、父親は飲んだくれで、母が魚などの行商で家計を支えていた。小学の頃から虐められてバカにされる日々が始まり、酔った父に学校に行きたくないと言うと、行かなくて良いと言われて、逆に怖くなって行くには行ったが、良い思い出は全く無かった。中学に入ると虐めが激化して、自分の初めての意思決定が、学校に行かない事だった。

 先生に学校に行かなくても勉強は出来る。と言われても、その勉強が大嫌いなのだ。父は相変わらず酔っては学校など行かなくて上等と賛同し、母はそんな弘吉に、仕様が無いから手に職を持てと知人に頭を下げて、大工や左官などの仕事に就かせるのだが、一週間も持たずに辞めてしまった。何しろ文字が良く読めないし、根気も無いから仕事を覚えられずにヘマばかり。そもそも仕事というものが、何が何やら分からないのだ。逆にいえば、だから心が歪まずに済んだのだが……。

 弘吉は不良になる事もなかった。何故わざわざ髪の色を変えるのか? 眉毛を剃るのか? 暴走族に入るのか理解出来なかった。しかし多少の興味はあったが、髪を染めるのもバイクを手に入れるのも金が無かったので、あれは見物するに限ると思った。但し目を合わせてはいけない。しこたま殴られるからだ。

 思春期に入り、女に興味が出てきたが、何故か全く口がきけなかった。女の裸ならコンビニで幾らでもタダで見れたし、雨上がりには濡れたエロ本が道に捨ててあったので、それを持ち帰って丁寧に天火で乾かして飽きる事無くそれを何度も見た。弘吉が唯一出来た友達、それは近所の幼い子供達だった。いつしか面白い顔のお兄ちゃんと慕われて、殆ど毎日鬼ごっこやままごと遊びにつきあった。子供達は喜んで弘吉と晩御飯に親が呼びにくるまで遊んだが、皆弘吉がバカだと知っていた。

 ある日一人の女の子の御爺ちゃんが、晩御飯に呼びに来た時、晩飯を一緒に食おうと弘吉を誘った。可愛い孫と遊んでくれる少年がどんな男か知りたかったのだ。弘吉は空腹だったので、断る理由も遠慮も無くついて行った。そこには、今まで見た事も無い程の御馳走がテーブルに並んでいた。それは極普通の、アジや海老のフライであり、サラダであり、ホカホカの御飯であり、そして家族の笑顔というものであったが、弘吉の家では殆ど味わったことのないものばかりだった。だから御馳走なのだ。

 女の子の名はゆい、祖父は孝蔵こうぞうと言った。孝蔵は弘吉と話をして、身元がわかると人懐こい笑顔が気に入った。帰り際に又来いよと言うと、弘吉は翌日唯達と遊んだ後本当にやって来た。孝蔵は迷惑やら嬉しいやらで、風呂に入れて飯を食わせ、自分が好きな、映画「男はつらいよ」を一緒に観た。すると、弘吉は一瞬で夢中になった。あの車寅次郎の名調子に、ほのぼのとした人情ドラマは、弘吉の胸の奥深くに入り込んで、涙を流させた。

 弘吉は涙目で、生まれて初めて映画を観たし、こんなに感動したこともないから、ありがとうございました。と手を付いて孝蔵に礼を言った。孝蔵は食後に映画でも観るかと「男はつらいよ」のDVDを軽い気持ちで選んだだけなのに、これ程感謝されるとは、それが驚きであり喜びだった。

「「男はつらいよ」ならまだこんなにあるよ」とずらりと並んだコレクションを見せると、弘吉は、信じられないという顔をして、お願いだから全部、いや、あと一枚だけ観せてくれと懇願した。

 それからの弘吉は、唯ちゃん達と遊んで孝蔵宅に上がりこみ、風呂に入って大飯を食い、「男はつらいよ」を観て涙を流し、額を絨毯に擦り付けて帰るのが日課となり、それが孝蔵の楽しみの一つに加わった。やがて弘吉は、映画の台詞を全部覚え、即興でどんなシーンも演じて見せた。それはもはや芸とも呼べるレベルで、孝蔵はそれを見て年甲斐もなく笑い転げたものだ。

 物真似をして孝蔵に媚を売ろうという下卑たものでなく、弘吉の心の底からの表現だからこそ面白いのだ。孝蔵は、洒落で弘吉にフーテンの寅さんの格好をさせてやると、四角い顔に細長い目に低くく横に広い鼻、大きな口の表情が、本物に見えてくるから不思議だ。語る口調まで都々逸調になり、口数も増えてそれが面白いのだ。

 御馴染みのテーマソングにのせて、「御爺ちゃん。元気かい? からだ大事にしなよ。この前小説をプレゼントしてくれてありがとうよ。だけど、おいらに漢字は失礼だよ。酷ってもんさ御爺ちゃん。御返しに今度おいらが大事にしている拾ったエロ本プレゼントするからね。

 そりゃ酷ってもんだろ御爺ちゃん。それから、おいらにゃ四つ上のねーちゃんがいる。それがおいらと違って頭が良い! 何たって中学卒業だ。中学中退のおいらとは別の世界のお人でさ、しかも理容店に住み込みで働いて、一人前の理容師を目指すなんざ、ちゃんと日本経済の将来までも見据えているどえらいお人でさー 」

 日頃退屈している老人が、フーテンの寅さんの格好をした少年に、こんな話を聞かされて面白がらないはずがない。孝蔵は町会長を勤めていたので、早速弘吉を夏祭りのステージに立たせると、大盛況で一躍街の人気者になった。弘吉は今までとは掌を返す様な世間の風を単純に喜んだ。今まで褒められたことなど一つも無く、バカにされ、殴られるのが関の山だった人生が、今じゃ店でニッコリ笑って「おばちゃん、元気かい? 」と声をかけるだけで、煮たこんにゃくがもらえる御身分だ。弘吉はそれを美味そうに平らげると「あんがとよ、からだ大切にな」と礼を言うと、手を合わされるくらいに喜ばれるのだ。

 それから、弘吉の天賦の才能が発揮されたのが、お正月に孝蔵宅でやった双六だった。わけも分からずサイコロを振ると、何故か出てほしい目が出て勝ってしまうのだ。悔しがる唯達にせがまれて何度やっても勝ってしまう。家に帰って帰省していた姉の利江から少ないお年玉をもらい、サイコロ遊びをして、やっぱり自分は出したい出目を念じてサイコロを振ると、それが8割方出る事が分かった。利江は、我が弟は一流のバカだと信じていたが、まさかこんな才能があるとは、嬉しいやら悲しいやら複雑な気分だったが、とにかく壷振りなら続くかもしれないと思い、母親と近所の手塚興業に行って修行させてもらう様に頼みに行った。

 弘吉には、なんでもいいから働いて金を稼がないといけない。という一念があったので、暴力団など全然怖くなかった。風貌やしゃべりの面白さや人を惹きつける魅力が見込まれ、弘吉は手塚興業の賭場の中盆を勤めて仕来たりを覚えると、壷振りを任されるようになった。この世界は厳しく、何もかもが口頭伝授で覚えが悪ければ鉄拳が飛んでくるだけに、彼は必至で覚えた。難しい理論や本を読む必要が無かったので彼はめきめきと上達していった。

 ただ格好良く壷を振れば良いのではなく、小さく負けて大きく勝ち、木札をうまく手元に持ってくるのが商売と分かると、弘吉は張客を笑わせながらそれを実現させていった。イカサマもやらずになんでそんなにうまくいくのか仲間内でも不思議がられたが、弘吉にはそれが出来るのだ。先輩の壷振りは、調子が悪い時に壷やサイコロに仕掛けをして出目を操作するイカサマを時々やるが、バレたらしこたま殴られて出入り禁止になってしまうリスクがある。そうなったら、ほとぼりが冷めるまで他のシマの賭場で壷を振って腕を磨くしかない。

 壷振りの仕事は、一日に一時間程場を仕切り、休憩を挟んで、もう一、二回仕切って歩合やチップをもらう。弘吉の様に人気が出ると、他の壷振りよりも一万円は高い大体3万円位手当てを貰えるのだ。弘吉はこの夜も場を守り立てながら利益を出して、仕事を終えて管理者の所に手当てを貰いにやってきた。賭場の管理者はノートパソコンでリアルタイムに金の動きを管理するのが仕事で、弘吉が仕切る場は他よりも金が良く動く事は一目瞭然だった。

「ようヒロキチ、御苦労さんじゃったね。はい、今日の分はこれだよ。明日又来て」と手当てを渡した。弘吉は通称でヒロキチと呼ばれていた。

「え、ありがとうございます。だけど伸さん、明日は一寸御休みをいただきます」

「珍しいねー。どうしたん? 」

「実は、明日はおいらのおっかさんの誕生日でね。おいらにとっちゃ、ちょいと特別な日なんで、今まで迷惑かけた罪滅ぼしにウールのセーターでもプレゼントしちゃおうかと…… 」と愛想笑いを浮かべると、伸さんと呼ばれた管理者は胸にジンと来た様子で、「それかい、ようわかった……。これでウールじゃのうて、カシミヤを買うておあげ、その代り、明後日には来なよ」と一万円札を二枚余計に渡して言った。親兄弟を大切に、強きを挫き弱気を助く。正に任侠道の実践は人の胸をうつのだ。

「ありがとうございます。この御恩一生忘れません。それじゃ明後日必ず伺いやす。ごめんなすって」弘吉は深々と頭を下げて手当てを翳して礼を言うと場を離れた。弘吉は嘘をつくほど器用な男ではないので、皆から信頼されていた。

 仙崎に面白い壷振りがいるという噂は有作の耳にも届き、その様子をビデオで撮影させて、有作は例の様に机に両足を乗せてコーヒーを飲みながら弘吉の壷振りの様子を見物していた。有作はギャンブルをやらないし、好きでも嫌いでもない。風俗ビジネスだって、大喜びして飛びつく歳でもない。ただ政策の一つとして扱い、解禁したまでだ。ただそれに従事する者に面白い奴がいると聞けば、そいつに興味があるのだ。

『確かにこいつは面白い奴だ。テンポが良いし歯切れも良い。全く、世の中が変われば、それに応じた奴が出てくるものだ。頼もしいねー』と笑った。その評価は秘書であるユリから手塚興業の手塚欣治に伝えられた。手塚は有作に褒めてもらって嬉しかったが、同時に弘吉をもっと大きな舞台で活躍させるべきとの有作の意向を理解した。手塚にとっても弘吉は可愛い存在であったが、日に日に成長して輝きを増す弘吉をここに留め置くのは惜しいと思う様になり、下関の賭場で弘吉を出してみる事にした。手塚は事情を弘吉にわかるように噛み砕いて説明すると、弘吉は納得して下関に赴いて存分に力を発揮した。

「私、山口は北の外れ、長門は仙崎の田舎者安倍弘吉と発します。下関は南の海の玄関、この度縁あって初めて御邪魔して、見るもの全てが輝いて、その大都会ぶりに驚くことばかりでございます。

 私中学中退で文字がよく読めないせいか、自動車運転免許試験に落ちる事四回、未だ取れず。この度は贅沢にもハイヤーを使いまかりこしました。算数も空っきしで、札勘定で御迷惑をおかけするかも知れませんが、その時は潔く指でも詰めて引き下がる覚悟でやってきました。

 皆様今後ともせいぜい可愛がってやっておくんなさいまし。宜しく御願い致します」と弘吉が、髪をオールバックに固めて純白のサラシを身にまとい、両手を付いて堂々と頭を下げれば、その見事な口上に賭場で拍手が巻き起こった。張客捌き、壷振りの腕前、小さく負けて大きく勝つ技量。どれをとっても他の追随を許さず、その人気は鰻登りで賭場は大いに盛り上がった。

 手塚興業から弘吉をあずかった梅木組連合の藤城組の若頭、立石も舌を巻く程の見事さであった。

「井の中の蛙大海を知らず。というが、まさか井の中の蛙が、ウチじゃったとはのう。しかしこねーして、他の壷振りの腕前を見るっちゅうのはエエ勉強じゃ、皆も弘吉の腕前をよう見て習いや」

 立石は、他の壷振りにそう言って檄を飛ばしたものだ。そして立石は、今度門司で行われる賭場で弘吉を使えば良い宣伝になると思いついた。門司といえば、関門橋を渡って直ぐの北Q州市にある港街だ。その門司を縄張りとする黒潮一家が、藤城組と懇意な間柄で、予てから賭場をやりたいと言っていたのだ。

 しかし、有作が施政演説会で北Q州市と合併しようと発言する前の大事な時期である。もしそこへ弘吉をやって北Q州の警察に賭場が摘発されたら、とんでもないダメージを県と手塚興業に与えるリスクがある。

 門司の黒潮一家の組長藤堂秀治は、高々橋一つ渡っただけで、山口では毎晩賭場で大儲けしている現実が羨ましいを通り越して怒りすら覚えていた。そして警察の捜査網を掻い潜りながら、ヤクザを含む博打好きのネットーワークを構築して、日時と場所を決めて地下で賭場を開いていた。

 丁半賭博・ルーレット・ブラックジャックなど、場所を借りて直ぐ出来るものを用意したのだが、結果は藤堂の予想を裏切る結果だった。儲けが少ないのだ。立石から話を聞くと、動いている金はこちらの方が大きいのだが、壷振りやディーラーが未熟で、どうやら張客に持っていかれているのだ。

 そこで藤堂は立石に腕の良い壷振りを連れて来てくれと頼み込んでいた。そんな経緯があって、弘吉だったら十分に他の手本となりうるという事で、リスクを覚悟で立石は弘吉を説得した。

「ヒロキチ、今日も御苦労さん。いつもぶち勝ってくれて有難うよ」

「えっ、有難うございます。この度下関に初めて御邪魔しましたけれども、まぁ人々皆朗らか、女子は皆垢抜けて別嬪揃いで、魚も酒も又美味い! 正に天国です」

「はっはっは、おおそうかい、そりゃええ。ところで相談なんだがよ。今度門司で賭場が開かれるんだけども、御前さんそこへ行って、一寸壷振っちゃくれないか」

「えっ? 門司ですか。おいらは生まれてこの方関門橋を渡ったことがないんです。小学校の修学旅行も腹痛で休んだくらいで、実のところは先立つものの都合がつかなかったんですがね、いやぁだから一人で関門橋を渡って知らない土地に行くのは怖いんでさ」

 立石は今時弘吉があまりに出歩いていないことに驚きながら、往復の運転手をつけるからどうだ。と提案すると、今度は手塚興業の自分の親分である手塚欣治の指図であれば、喜んで行くと言った。立石は、今時珍しく物事の筋道を立てて応える弘吉に感心しながら、手塚の親分には俺の方から言っておくから、近々指図が出るだろう。その時は宜しく頼むと言って、その晩は弘吉に手当てを渡してハイヤーで帰らせた。弘吉の場合、手塚興業に謝礼を持たせて仙崎までのハイヤー代を出してやっても十分に採算がとれるのだ。

 人は誰でも筋道を立てて活動し、それがうまくいけば嬉しいものだ。誰にも義理人情を欠く事無く生きていけば気持ちが良いものだ。立石は、弘吉を見ていると、清清しい気分になった。腹に悪だくみを抱えつつストレスを抱えて生きていくのがバカらしくなる。噂じゃバカだアホだと聞いていたが、弘吉は礼儀正しいし、仁義は通す。受け答えもしっかりしている。勉強は出来ないかもしれないが、そんなものはこの世界ではどうでも良いことなのだ。

 立石は直ぐに手塚欣治に電話で説得し、三日の期限付きで弘吉派遣の了承をえると、仲間である黒潮一家の藤堂に電話を入れ、あんたが探している理想の壷振りが見つかった。名を安倍弘吉というから、くれぐれも用心してくれるなら今度の賭場に派遣させるから迎えを寄こす様にと声を弾ませて言った。

 受けた藤堂も喜んで、弘吉の腕前を尋ねて立石の話を信じた。そして賭場の日時と場所を伝え、迎えを寄こすと約束した。後は金の細かい話をして。弘吉の門司訪問が決定した。

「ほう、あんたが安倍弘吉さんね、黒潮一家の田之倉いうケチな者にござんす。宜しくおたの申します」黒潮一家から車で迎えに来た使者三人の内の一人が立石と弘吉に挨拶をした。

「早速の御挨拶、有難うにござんす。手前生国は、長門市は仙崎にござんす。名は安倍弘吉、人呼んで壷振りのヒロキチと申します。何分門司の訪問は初めての田舎者で、御迷惑をおかけ致しますが、何卒御容赦願いましての御挨拶にさせていただきます」

「わしが藤城組の立石じゃ。ヒロキチは腕の立つええ壷振りじゃけ、大事にしちゃってくれ」

 立石が笑顔で取りなすと、弘吉は笑顔で車の後部座席に乗り込んで門司に向かった。

「広くて美しい道路に、大きく美しい関門橋。私今初めて渡っています。美しい国…… 」

「ヒロキチさんよ、いちいちうるせーんだよ。静かにしてくれよ」

 弘吉は、初めて関門橋を渡る嬉しさと興奮に思わずはしゃいだので、久しぶりに注意されて、しょんぼりしてしまった。どうやらこの三人は自分を良く思ってないことがわかった。道中車の中でおし黙っていると息が詰まるので、弘吉は名前や歳や出身などを聞いて話を広げて場を和ませようとしたが、彼等にはそれが疎ましい様子だった。

「いやー弘吉君、話は立石のぅから聞いとうとよ。よう来てくれなはった。わしが黒潮一家の藤堂じゃ。硬い挨拶は抜きで、ささ、賭場に案内するきね。これから賭場は日に日に変わるから勘弁してや」

 藤堂は弘吉を諸手で歓迎し、挨拶もそこそこに賭場へ案内した。弘吉はニコニコしながら山口と比べて小さめの賭場を確認して、サイコロと壷の材質が安物で軽すぎる事を指摘し、自前の物を使いたいと申し出た。比較してみれば、なるほど確かに重さが違うし、転がり方も弘吉の物の方が良い。壷も今まで自分達が使っていた物は所々に隙間があって髪の毛がついていてイカサマの跡が残っていた。

 弘吉の壷は年季が入っていて隙間は無い。藤堂は弘吉の壷とサイコロを興味津々で眺めて、イカサマの無い事を確信すると、練習がてらに壷を振ってもらった。それだけでもその鮮やかさに藤堂は舌を巻いた。弘吉の様に華麗に壷を振る者は門司にはいなかった。

 そして丁・半を振り分ける練習を見て更に驚いた。地下で隠れてこそこそ隠れながら壷を振っていたのでは、誰も弘吉の様にはいかない。

「これじゃーまるでプロとアマの差があるわい。思う様に儲からんのも無理もないきね。弘吉君、山口じゃルーレットもあんたみたいなプロがおると? 」

「おいら壷振りなんで、ルーレットの事はさっぱりわかりませんが、おるんじゃないですか? 」

 運転手だった三人も弘吉の華麗な壷振りを見て、弘吉を見直すかと思われたが、ヤクザの世界はそんな素直な人間ばかりではない。彼等はこれから弘吉の中盆を勤める事になる。

 初めて門司入りした弘吉は、豚骨ラーメンを啜って腹ごしらえをすると、シャワーを浴びて身を清め、サラシを巻いて髪をオールバックに固め、本番の賭場についた。御決まりの口上。壷振りのデモンストレーション。張客がつくまでじっと構えて待ち、漸く張客が四人つくと、いよいよ壷振りヒロキチの本領発揮の時がきた。といっても殺気立ったものは一切無く、張客を和ませて、気持ち良く遊んでもらい、気がつけばものの30分でスッテンテンなのだ。

 弘吉は気の利いた言葉を張客にかけて更に張客をあおる。次は張客が六人ついた。いよいよ弘吉の壷振りにエンジンがかかる。様子を見に来た藤堂は弘吉の仕切りに目を見張った。金の動きが速い。そして額が大きい。まるで張客を催眠術にかけて丁か半かのサイコロ遊びに夢中にさせている様だった。そして小さく負けて喜ばせておいて、必ずばっさり取る。確率論では、半なら半に勝つまで倍の倍でかければ、必ず勝てるはずだが、弘吉はそんな理論をも利用する狡猾さも備えていた。

 そんな男は見たこと無い、彼こそが本物だ。弘吉は90分壷振りをやって、三百万円分の木札を戻した。休憩に近くの寿司屋に連れて行ってもらった。上寿司を握ってもらってそれを旨そうに食べた。弘吉が寿司を食べ、濃い目の緑茶を啜っている頃、弘吉の運転手の三人は中盆としてのミスを責められて酷く殴られていた。それを今では一般的に使われている盆暗という。

 優秀な者は誉めそやされ、ボンクラは制裁を浴びる。どこのどんな世界でも同じ事だ。特に金や利害が絡めば尚の事だ。それでも受け入れて、見返してやれば世界が変わるチャンスは幾らでもあるが、反抗して文句を言い、都合の良い言い訳ばかりする者には光はささない。そしてどんどん心は捻じ曲がる。休憩を終えた弘吉は、再び賭場に戻って大金を稼いでその日は終わった。

 弘吉は、上々の収益に藤堂に絶賛され、運転手達は、些細なミスと反抗的な態度を咎められて兄貴分からしこたま殴られた夜だった。下関まで弘吉を車で送る車の中は、険悪な静けさが支配していた。自分達には得意分野が別にある。決して中盆が本職ではない。自分達は、オレオレ詐欺(当時はそう呼ばれていた)と架空請求のプロだ。それだったらこんな中学中退の奴よりずっと稼いでいる。

 自分達は大学を出ている。それなのに何で中盆やらされて殴られて送り迎えをしなければならないのか。社長は全く分かってない。彼等はそんな不満を抱えていた。下関の藤城組の事務所に弘吉を放り出す様に降ろすと、明日又来ると言い捨てて門司に戻って行った。弘吉から見れば、彼等が何故不機嫌なのか分からずかける言葉も見つからずに、ただ黙って車を見送るばかりだった。

 翌日になり、弘吉が仙崎からハイヤーで下関の藤城組に顔を出すと、立石が上機嫌で迎えてくれた。藤堂社長は、御前を絶賛していた。期待以上の売り上げで、張客の評判も上々だと言って褒めてくれた。弘吉も嬉しくなって賭場の様子を話したが、運転手の様子となると顔色が曇った。

 立石は弘吉の顔色を察して、藤堂に電話して運転手を代える様に頼んだが、余裕が無くて代えられない。折角護衛の意味もこめて三人付けたんだ。彼等にはよく言っておくから堪えてくれとの回答だった。

 日も暮れて再び同じ運転手が事務所に来たら、又顔に新しい傷が増えていた。立石がさり気なく、弘吉に怖い思いをさせないように注意すると、藤城組のあんたの指図は受けねーと言い返された。弘吉は門司で二日目の賭場でも大活躍して張客の受けは上々だった。一方運転手達の働きは更に悪くなり、ふて腐れた態度が目立つので遂に中盆を外された。不穏な空気をあくまでも隠し、賭場の二日目も上々の収益を上げて終えた。

 そしてトラブルは派遣契約の最終日である三日目に起こった。弘吉はいつもの様に賭場を盛り立て、壷振りの手本を見せて最高収益を上げた後の事である。藤堂が、百万円の新札の束五つを渡した事から始まる。

「社、社長。いけません。おいらこんな大金、とてもいただけません」

「おいおい、早とちりするんじゃないよ、この金はな、御前さんの親分の手塚さんに工面すると約束した金だよ。間違いなく渡しておくんなよ。あー、しかしわしは御前さんが心底気に入ったと、御前さんみたいな気持ちのエエ極道は滅多におらんたい。

 わしはこの街が好きなんと同時に、賭場も好きなんよ。この先門司でも賭場を自由化して欲しいところやけど、こればかりはわからんばい。それでもわしは御前さんとは一期一会にしとうないから、手塚さんに金を工面しちゃるったい。又機会があったら来てな。まっこと有難うね。これがほんまもんの壷振りじゃと、ええもん見せてもろうたよ」と涙声で弘吉の両手を握った。弘吉も人情というものが胸にジンと伝わって、両目から涙が流れ出した。

「そういう御事情でしたら、確かに御預かりします。本来ならば口も利けない程の御方にここまで良くして頂けるなんて、おいらは三国一の幸せ者です。立石さんにも御連絡して組同士の結束が尚一層固くなる様にお祈りします。この度は本当に有難うございました」

 見かけはどうあれ、僅か十八、九の若者からこんなにしっかりした言葉を聞けば、大人として胸が熱くなる。藤堂は、馴染みの寿司屋で深夜の打ち上げを催して隣に弘吉を置いて色々な話をして楽しい時を過ごした。勿論運転手三人を除いてだ。弘吉はほろ酔い気分で小便に立った帰りに、他の客が、山口の梅木組の話をしていたのに気がついた。

「よう兄さん達。今梅木組の話してたねー。まー飲みねー、飲みねー 」と酒の入った徳利を持って二人のテーブルに着くと景気良く酒を注いだ。

「ああ、こいつぁどうも、あんた山口のもんかい? 」

「長門は仙崎の生まれよ。そういう兄さんも山口の? 」

「下関の井崎ちゃ。今日は漁連の寄り合いで三次会の流れって奴だよ。なーに家まで近いけー関門橋渡ったら直ぐなんじゃ」

「そうかい、そうかい。そんでよ、梅木組ってなそんなに有名かい? 」

「そういう事なら、わしらちぃと詳しいで、そりゃあんたそうだよ。だって梅木組っていやー山口のヤクザを統一したんで」

「おうよ、皆梅木組連合の何々って名乗ってさ、極道の道を極めようって話よう」

「そうだよ、正しくそれだよ! ちゃーんとわかってくれちゃってるねー。嬉しいねどうも、よう大将! ここに特上握りを二人前ね、おいらの驕りで握ってやっておくれ。で、ででさ、梅木組連合のどこの誰を知ってんの? 聞かしておくれよ」

「梅木組連合のかい? そりゃーなんたって福龍会の大河原さんだろう。福龍会といやー前のナンバーワンじゃったけど、県の方針に従ってシャブからスパーッと手ぇ切って梅木組についたんで、そんで合計七人の男が彦島の海に浮いたんで、プカーっと」

「福龍会の大河原さんね、そりゃそうだよね、ヘヘヘ、それじゃ兄さん他はどこ知ってんだい? 教えておくれよう」

「他かー、その他ねー、あっそうだ! 」

「そうだ! それだよ」

「あんた梅木組の会長さんの右腕の千葉秀樹知っちょうか? あの男がね、今回の動きの鍵を握っちょるとわしゃ思うんじゃ。あの顔はタダモンじゃねーよ」

「あ、ああ、そうかい。兄さん達楽しくやってくんな、邪魔したな」弘吉は、酔って気が大きくなって、ついついあの兄さん達の口から、手塚興業の安倍弘吉と名前がバシッと出てくるのを本気で期待していたのだが、ガッカリした。「あーあ、おいらなんて、まだまだなんだなー」と呟いて、黒潮一家の座に戻った。

「弘吉の兄さん、ほら、飲みなよ。今のくだり、結構面白かったぜ。まるで森の石松みたいでさ」

 後藤と名乗ったパンチパーマが笑いながら弘吉に話しかけてきた。後藤は壷振りを目指しているらしく、弘吉を尊敬していると持ち上げると、弘吉は急に機嫌を取り戻して、壷振りのテクニックを話し始めた。

 深夜三時を過ぎた頃、漸く御開きとなって、例の運転手が弘吉を下関に送る事になった。黒潮一家の藤堂達から見送られて帰途につくと、弘吉は車の後部座席に身体を沈めて深い酒臭い息を吐いた。

「御機嫌じゃないですか、弘吉さんよ」

「ああ、楽しい酒だったー。この三日本当に面白かったよー 」

「そりゃ良かった。だけどあんたのせいで俺達は殴られっぱなしすよ。気分最低すよ。おまけにあんたウチの親分から五百万も貰ったんだって、納得いきませんねー 」と言うと、三人の目が弘吉の腹のサラシに入った札束に集まった。弘吉は思わず両手で腹を庇い蹲った。

「おいおい、止してくれよ。これは大事な預かり物なんだ。藤堂の親分さんが気前良く融通して下さったんだ。あんたらにいちゃもんつけられる筋じゃねーよ」

「いちゃもんじゃねーよ! どうもアンタ鈍いなー。その金をよこせっつってんだよ」

 運転手達は遂に本性を現して、弘吉を脅しつけて金を奪おうと牙を向いた。その覚悟を決めた目と右手に握られたドスと呼ばれる柄の無い短刀を見せつけられては、とても冗談とは思えない。弘吉は車内の密室で、思わぬ絶体絶命の大ピンチだ。弘吉はこのピンチを切り抜けようと必死で考えて対応した。

「わわ、わかったよ兄さん達、つまりおいらがこの金をやれば、すんなり帰してくれるんだよな」

「そうだよ。やっとわかったかい」

「なんだよ、怖い顔をしていると思ったらそんなことだったのかい。いいよ、ハイヤー代にしちゃ高い気もするが、怪我しちゃしょうがない。こんな金そんなに欲しけりゃあげるよ。あーびっくりした。そんな物騒なもの早くしまいなって危なくってしょうがねー 」と言うが早いか弘吉は、信号待ちで停車したタイミングを見計らってドアを開けて外へ飛び出して夜の闇に逃げた。運転手以外の二人が罵りながら弘吉の後を走って追いかけた。

 運転手は車を左の路肩に停めて追いかけた。弘吉は意外に逃げ足が早く、三人をうまくまいた。三人は息を切らしながら小さな公園にさしかかったところで止まった。

「畜生、あの野郎どこ行きやがった」

「こんな田舎道逃げ切れるわけがねぇ。きっとガタガタ震えながら隠れてんのさ」

「なーにまだ遠くに行けるわけがねー。じっくり探すさ」

「しっかしなんであの四角いダサ顔が上にウけんの? わけわかんねーし」

「きっとああいうのが、爺いウけすんだよ、信じらんねーけどさ」

「あれでヤクザとは笑える。とんでもねー卑怯者じゃん」

「ああ俺等に超ビビッて逃げたもんなー 」

「まったく、山口のどこっつったっけ」

「仙崎の手塚興業だよ」

「これやけ、仙崎の田舎者は好かんとや、手塚の親分はどういう教育しとうとや、全く最低たい。仙崎もんは皆クルクルパーやけ」と言って三人が大声で笑い出した時、公園に溜まっていた枯葉に飛び込んで息を潜めていた弘吉が怒りに震えて飛び出してきた。

「コラ御前らー。言うに事欠いて、親分の悪口までほざきやがって! クルクルパーはのう、おいらだけじゃ! もう勘弁ならねー、てめぇらそこに並んで手ぇついて詫びいれやがれコノヤロー! 」いつもは温厚な弘吉だが、この時ばかりは鬼の形相で怒った。しかし顔や身体には隠れていた時の枯葉が付いていて、イマイチ三人をビビらせるには迫力が足りなかった。

「おーやそんなとこに隠れよったん? 弘吉さんよ、全然わかんなかったー 」

「もう逃がさねーぜ、サラシの金出しな」

 弘吉は怒りに任せて飛び出して啖呵を切ったまでは良かったが、全く効果がないと悟ると急に恐ろしくなってきた。振り返れば、自分は苛められ殴られてばかりの人生だった。そんな自分が、今まで見た事も無い大金を初めて懐に入れた途端に、今やヤクザ者三人に囲まれて金をよこせと迫られている。弘吉は、サラシに差し込んでいた新札の束を抜き出して投げつけた。

「ええい、持ってけ泥棒め。その代り、藤堂の親分さんには洗いざらい全部言うちゃるけーのー、そしたら御前らもう終いじゃ」

「死ねば」と三人の内一人が言うと、右手でドスを抜き出して弘吉に向かって突進した。弘吉はどうすれば良いか分からず、両足が竦み両手を突き出しながら精一杯に腰を引いた。男はドスの刃を上にして柄を右手で握り締めて左手で保持すると、弘吉の腹に刺し込むと上に抉った。

「ぁああぁ、ぃってえぇ…… 」弘吉の全身から脂汗が噴き出し、腹筋がキュッと締まってこれ以上の刃の侵入を防ごうとしたが、男は更に両手に力を込めてドスを掻き回して内臓をズタズタにしてから離れた。

 ほんの一瞬の出来事で純白だった弘吉のサラシは、鮮血で真っ赤に染まり、弘吉は腹を抑えながら力無く仰向けに倒れた。大声で叫ぼうにも声にならない。そこに別の男が刃渡り約20センチのダガーナイフを手にして弘吉に迫った。弘吉は苦痛と恐怖に慄きながら必死の形相で後退りした。男は弘吉の上に馬乗りになると、ダガーナイフを両手で握り締め、無言で弘吉の胸めがけて振り下ろした。

 弘吉は仰向けの状態のまま両手で男の手首を掴み、凶刃を止めて必死で身を守った。男は無言のままダガーナイフの刃先を弘吉の胸に落とそうと更に力をこめた。弘吉の抵抗も空しく、ダガーナイフはゆっくりと胸骨の部分に徐々に刺さり始め、やがて胸骨を貫いた。弘吉は激痛に顔を歪めて息を吐いたと同時に口から血を吹くと、男の顔にかかった。男はそれにかまわず胸からナイフを抜くと、更に弘吉の胸めがけて振り下ろした。弘吉は渾身の力を振り絞って、両手で胸を庇ったが、男は弘吉の胸をザッカザッカと刺し続け、弘吉の抵抗は遂に止まった。しかし男は、弘吉が死んでも尚執拗に深く、酷い、取り返しのつかない傷を負わせた。

 もう一人の男は、月明かりを頼りに弘吉が投げ捨てた新札の五百万円の束を拾ってポケットに分けて入れた。気が済むまで弘吉を刺した男は、公園の水道で弘吉の血が付いた顔や両手を洗った。そして三人は、車に戻ると黒潮一家の事務所に向かった。弘吉が絶命した小さな公園は、カブトムシ公園といった。住宅街の一角で、子供達がブランコや砂場で遊ぶところだった。

 弘吉の血に塗れた遺体は、早朝犬の散歩に来た老人が見つけて警察に通報して発覚し、財布から身元がわかり、直ぐに手塚、立石、藤堂に知らせが入った。手塚は弘吉の両親に連絡してすぐさまカブトムシ公園に駆けつけた。弘吉の遺体は、既に警察が引き取っているが、弘吉が絶命した場所を確認せずにはおれない。

 安倍弘吉は、名も知れない小さな公園で運転手に刺されて死んだのだ。面白い顔の小男で、笑顔が魅力的だった。ヤクザにしては犯罪歴が無く、誰も殴った事はなく、むしろ少年時代は殴られてばかりだった。貧乏には慣れていて金に無頓着で、気にした事もなかった。

 汚いなりでいれば、誰かが服をくれたものだし、たまには風呂にだって入れてくれたものだ。腹が空いても家で母親が飯をつくってくれるし、壷振りになってからはいつも誰かが飯を食わせてくれた。そんな男が初めて手にした大金、それも預かった金で、それが元で命を落としたのだから皮肉なものだ。

 中学中退で取り柄といえば、子供と遊ぶのが大好きな素朴な少年が、唯の祖父孝蔵に見出されてから運が向いた。壷振りで入ってきた多少の日銭は、全部母親に渡していた。父親に渡すと飲んでしまうからだ。弘吉は、DVDの中の寅さんに憧れて彼から日本語を習った様なものだから、急に口数が増えて山口弁が少なく、分かりやすくて多くの人を和ませた。

 それは物真似ではない。物真似ならばネタは三分も持たないが、寅さんの口調で、自分の率直な優しい想いに満ちた言葉が出る様になったのだから、自然に相手の胸を熱くするのだ。その短い人生の中で、弘吉は恋をしたのだろうか。それも、もうわからない。正直で優しい、思いやりと愛嬌のある男だった。壷振りの抜群の腕を除けば、およそヤクザ者には相応しくない男だった。そんな男が、自分の親分を貶されては流石に黙ってはおれずに本気で怒った。何があっても落ち葉の吹き溜まりに隠れておれば助かったかもしれないが、世話になった手塚の親分の事を思うと、黙ってはおれなかったのだろう。この事実を手塚が知れば、手塚はどれほど余計に泣いた事だろうか。

 弘吉を刺した三人組は、約半年前に藤堂一家に入ったが、いつまでたっても下っ端扱いであった。挨拶もろくにしないから評判が悪く、難癖をつけられては兄貴分から殴られてばかりいた。それでも携帯とコンピュータに異常に詳しいので、兄貴分達は困った時は頭を下げて操作方法を教わらなくてはならないという複雑な存在だった。

 彼等は携帯電話とパソコンとネットを駆使して他人を騙して脅して兄貴分も驚く程の大金を毎月淡々と引っ張ってきた。稼ぎ高では十分に貢献しているのに、ヤクザの世界では全然評価されないのが理解出来ず、苛立ちが募っていた。そんな時に弘吉の運転手を命じられた。

 彼等から見れば、弘吉等は運転免許も持てない余所者の単なるバカで、高い評価を受ける理由も魅力も全く理解出来なかった。そのバカが五百万円の現金を持っていると知れば、奪い取る程の価値が出た訳だ。もしあのバカが、五百万円をやる代わりに全部藤堂にぶちまけると言いさえしなければ、殺すつもりはなかった。彼等にとっては、全てが明るみになってからのリンチが死ぬ程怖かったのだ。そしてもう後戻りは出来ない。となれば、このバカ一人を殺して金取って口を封じる。という選択肢が一番にきたのだ。

 これで、仁義も義理も人情すら理解しない人間は、人殺しは出来るがヤクザにはなれない事がよくわかった。彼等の歪み捻じ曲がった精神は、暴力団に入りヤクザになっても直るどころか、理不尽な暴力によってますます荒んだ。そして、価値を認めれば人殺しも淡々とやってのける短絡的な人間は、ヤクザ者より恐ろしいかもしれない。有作が施政演説で言っていた心の闇が大きい人間とは、彼等の様な人間なのかもしれない。そして学校で、職場で、社会で、そうした人間が実際増えているのが、未来に深く暗い影を落とすのだ。彼等は黒潮一家に入った時から偽名を使い、出身も住所もデタラメの履歴書を出していた。暴力団というものは、何か問題がない限りそういう情報の裏取りをしない。尤もそれでは遅すぎるのだが、名前も住所も嘘を伝える事を想定していなかった。

 三人は弘吉を刺した後、事務所に戻ると手短に今後についてミーティングを行い、先ずは奪った五百万を、刺した二人が二百万、もう一人に百万に合意の上で分けた。それから連絡用に渡されていた携帯電話とオレオレ詐欺に使っていた多数の携帯電話のICチップとメモリを破壊した。

 そして事務所にある全てのコンピュータのハードディスクとメモリを物理的に破壊して自分達がいた証拠を抹消し、自分達が触った可能性がある所を丁寧に拭いて指紋を消した。彼等に前科は無いので指紋を残しても問題無い様だが、将来を考えて消しておく事は重要だ。これによって黒潮一家には多大な損害が出るだろうが、もはや知った事ではない。

 弘吉に馬乗りになって胸や腕を刺した男は、自分のデニムのボトムスが血に染り、上着も返り血が付いていたので、事務所に置いてあった予備のジャージに着替えて持ち帰った。自分達が黒潮一家に存在した痕跡を僅か30分たらずで洗いざらい消し去り、シートにべったりと血が付いた黒潮一家の車に残された指紋を丁寧に拭き取ってから、キーを挿したまま返し、各々の車で、それぞれのアパートに戻った。室内の身分を証明する様な物と、逃亡に必要な現金と最低限必要な品を持って、小倉駅で待ち合わせて、大阪行きの新幹線に三人で乗り込んだ。もう彼等は黒潮一家にも、北Q州にも未練はなく、戻るつもりもない。先へ進むだけだ。彼等は何食わぬ顔をして大阪で自分を含んだ他人名義の銀行口座の預金をコンビニのATMで引き出すと、再び新幹線に乗って東京へ向かった。これからは金がものをいう時代だ。それが全てだ。俺達は三人で東京でのし上がってやる。と誓いの様なものをたてて不適に笑った。


 第十一章


 弘吉が殺されて三日が経った。悲しみの葬儀が終わり黒潮一家の藤堂は、警察に積極的に協力して、あの三人のクソガキどもは直ぐに捕まると思ったが、警察の捜査は一向に進展しなかった。御法度であるヤミ賭博は、現行犯摘発出来なかったので不問となって、強盗殺人事件の捜査本部が管轄の小倉署で立ったのだが、逃げた三人の本名はおろか年齢、住所も不明、手掛かりになる顔写真も指紋も無く、事務所のパソコンと携帯電話のデータは消失、三人が事務所に乗ってきていた車を手がかりに捜査して身元を割り出しても、住所、氏名は全てデタラメであった。

 唯一残してあった免許証のコピーも、偽造であることが判明したのでは、警察は聞き取りによる情報を頼りにするしかなかった。警察の聞き取り調査によれば、三人の背格好は普通160センチ位で中肉。いつも三人でつるんでいる。個人的な話は殆どしない。したとしてもそれを警察が裏付け捜査をした結果、個人を特定する事は出来なかった。コンピュータと携帯電話のプログラムに詳しく、何を考えているのかわからないそこそこの悪三人組。その条件に該当する人物は、北Q州市だけでもゴマンといる。藤堂自身がヤクザの裏の世界で独自に調査しても、三人の正体はおろか弘吉を刺した後の消息は全くわからないのだ。

 警察は三人組の似顔絵を作って氏名・住所が不明のまま指名手配したが、殺到する情報に有力なものは全然なかった。この事態に業を煮やしているのは藤堂だけではない、手塚も梅木も又その一人だ。県外警察の通り一遍の捜査は、まだるっこしさを感じていた。被害者が弘吉でなければどうでもよいのだが、奴らがやったんだとわかっているのに、名前も住所も不明で、既に逃げられて捕まえられない。というもどかしさなど初めての経験なのだ。

 この日は、小倉署に特別に許可を得て、藤堂、手塚、梅木、千葉が同席し、そしてTV会議システムで有作とユリが参加するという異例で特別な日だった。Y県内ならば三日もあれば犯人を捕まえられるところなのに、手掛かりすら掴めない事態に苛立った梅木は、千葉を通して電話で有作に事情を説明したのだ。有作は話を聞くと、Y県警の多古崎本部長に電話して小倉署の署長田中と交渉を命じて漸く実現の運びとなったのだ。

 警察の捜査会議に県知事や暴力団が介入するなど、Y県外では前代未聞の事だが、戦略家の多古崎本部長が小倉署の田中を説得したのだ。有作は弘吉をDVDで観て気に入っていただけに、ヤクザに刺されて死んだと聞くと、驚きと落胆の気持ちを隠さなかった。沈痛な面持ちで、『あいつは将来ウチの丁半賭博の花形になる男だった。全く惜しい奴を亡くしたな……。

 こうなったからには、俺達は、弔いとケジメは必ずキチンとつけんといかんな』と、口を固く結んだ。まるでヤクザの親分の様な台詞である。

 そう言ったからには、自分もTV会議システムで知事室から参加すると言い出して、ユリに日程の調整をさせたのだ。今回の捜査会議は、小倉署の会議室で行われ、小倉署の田中署長、捜査担当の大谷警部、藤堂、手塚、梅木、千葉とTV会議システムの有作だった。このTV会議システムは、ただ小型HDCCDカメラと液晶HDモニター、マイクとスピーカーを置いただけではない。

 視線追従カメラといってY県庁舎の知事執務室に座っている有作の視線を瞬時に追いかけて、相手を自由に撮影するシステムで、執務室には複数の特殊な透明フィルムを通して有作の視線を別カメラで撮影し、それに応じて会議室のカメラが作動して投影する仕組みになっている。相手の視線や眼光を重視する有作の注文を受けてY大学が発明したものである。会議室では千葉がセッティングを行い、同席者同士の紹介と挨拶を簡単に済ませていよいよTV捜査会議が始まった。

 これまで捜査の進展が芳しくないせいか、全体の空気は重かった。

「えーそれでは始めます。殺害された血液が黒潮一家所有の車のシートに付いていた事。そして、事務所内に残っていた血液が安倍氏のDNAが一致したことから、黒潮一家に所属していた氏名・住所不明の三人組が実行犯と見て間違いないとして行方を捜査しております。そして今回は、殺害された安倍弘吉氏の検死解剖の御報告からです。少しショッキングな映像になりますので、注意しながらこちらを御覧下さい」

 大型液晶スクリーンには、弘吉の遺体が解剖用の台座に横たわった状態で映し出された。全裸だが、顔と急所には白い布が被せてあった。血の気がない身体は青白く、綺麗に洗われて酷さはあまり感じられない。身体が幾分小さく見えるのは、大量出血によるものだ。しかし臍の部分に縦に長い傷一つと胸と両腕の部分には、無数の傷が赤黒い線として残っていた。担当の大谷警部が緊張感を持って説明を続けた。

「えー、腹部には刺し傷は一つしかありませんが、長さ七センチにわたっており、大腸や小腸を深く抉っていました。えー、胸の刺し傷の方は合計八箇所。胸骨や肋骨を突き壊して肺や胃、胆嚢、肝臓、心臓を刺しておりました。それから両腕には多数の庇い傷が認められます。

 直接の死因は出血性ショックによるもの。腹部には所謂ドスと呼ばれる刃物、そして胸部には、ダガーナイフか、両刃のナイフが使用されたものと考えられます。所謂ドスは、黒潮一家事務所から17本発見されており、3本紛失している事がわかっています」

「つまり、三人組が持ち出したままと? 」

「実は、奴らは常日頃からウチのドスを持ち歩きよって、多分ドス持ったまま逃げたと思いよると」

 手塚の問いかけに藤堂が応えた。

「えー、傷口の性質の違いから、犯人は最低二人、一人がドスで突いて、安倍氏が倒れたところに別の犯人が馬乗りになって胸部を何度も刺したと考えられます。この殺害方法の残虐性から見て、かなり被害者を恨んでいた事が窺えます。それに犯人は、残虐行為を楽しむ傾向があると考えられます」「事件の目撃者はまだ出ちょらんそ? 」何とか新しい手掛かりはないかと手塚は問いかけたが、「犯行時刻が深夜だったもので、皆寝込んでおって、まだ現れておりません」

 それから梅木や手塚が幾つか質問をしたが、新しい手掛かりは無く、相変わらず三人組の正体も事件後の足取りも掴めていなかった。大谷警部は、この後も現時点でわかった事を報告した。

 三人組の専門は、パソコンとインターネット、携帯電話を駆使した、架空請求やオレオレ詐欺で、毎月200~300万円位の金を黒潮一家にもたらしていた事。しかし組織の中では浮いた存在だった事。を説明した。

 犯人達は素性・経歴を偽って黒潮一家に入り、手掛かりになりそうな証拠を殆ど漏れなく消している点からみて、予てから弘吉を殺害しようと、入念に計画を立てて実行したものと考えている。と述べると、千葉が異論を挟んだ。千葉の任務は梅木の補佐と護衛であるから、今回の捜査会議にあまり興味を持っていなかったが、梅木が興味を持っている以上は、自分も参加して気がついた事は指摘しておくつもりで聞いていたのだ。 

 この三人組が計画を立ててまで、弘吉を殺害する程の動機があるだろうか? と言うのだ。三人組は最初から偽名で嘘の住所と経歴で入っているが、これは何かあった時には直ぐに逃げられる様に準備していただけではないのか。弘吉と三人組の接触は、送り迎えの車の中だけであり、期間も僅かに三日。弘吉はおよそ人から恨まれる様な男ではない事を考慮すると、これで計画的に殺す程の恨みが出るとは思えない。

 すると今度は、珍しく梅木が言葉を繋いだ。千葉の意見に同意しつつ、弘吉が受けた傷口に言及した。腹の傷は、正にヤクザの刺し傷で、苦痛を長く味わわせしめるが、致命傷にはならないものだ。しかし胸の傷の方は無茶苦茶だ。弘吉が両手で庇っても、肋骨も御構いなしに縦に何箇所も刺している。これは必死の小者の手口じゃ。と言った。千葉が、やった事あるんすか?と小声で問うと、梅木はブルブルと顔を横に振った。

 千葉は梅木の発言に成る程と相槌をうってから更に言葉を繋いだ。それにこの程度の証拠隠滅行為など、今時事前に入念に計画など立てなくても、一寸考えれば誰でも出来るレベルだ。考えられる唯一の動機は、弘吉の派遣契約最終日に預かった五百万円の金だ。これなら奪う価値が十分ある。今時ではフラグが立つというらしい。

 殺害したのは、口封じ程度の動機ではないのか。だから突発的な殺しではないかと主張した。しかし、それを聞いた田中署長が、我々は犯罪捜査のプロである。これまでの経験から導き出した推論に素人が異論を挟まんでくれ。とやんわりと言い出すと、今まで静観していた有作が遂に声を発した。

『これは捜査会議だから、同席者の発言は自由にさせてやって下さい。俺も警察ではないが、意見を言わせて貰うよ。ここまで話を聞いた感じでは、こいつら相当ワル賢いぞ。

 ただのチンピラ同士の、喧嘩の末の事件じゃなさそうだ。君等も油断だらけで捜査状況は相当不利だな。皆毎日一生懸命捜査していると思うんだけど、藤堂さんなどは三人の顔を知ってんだから、何とか本名くらい割り出せよ。

 それに奴らが毎月実績出しているのに、浮いた存在なんて酷いな、これじゃ当然不満出るよ。藤堂さん、実績出した奴は誰だろうが認めてやらないと、部下は離れていくよ。ところでチバ、御前なら弘吉を殺した後どうする? 』と、有作はニヤニヤしながら千葉に質問した。

「お、俺すか? 」千葉は急にフられてびっくりした様に声を上げたが、自分は絶対こんなヒドイ事はしない。と前置きして、「もし仮に私だったら、その日の内に北Q州を離れますね。行く先は人込みに紛れ易い大都市を目指します。例えば大阪とか名古屋とか東京ですね」

『成る程ね、それで、どうするんだ? 』

「生きる為に出来る事をやって金を得ますよ。奴らなら差し詰め、架空請求やオレオレ詐欺ですか。それで毎月あれ位稼げるんなら、それやりますね」

「えー、我々もそれ位は想定しています」大谷警部はその意見に賛同した。

『ほう、それで奴らが市外に逃亡したとして、名前も顔も分からないのにどうやって捜査協力を要請するの? 』と有作が机に両肘を突けて手を組んで問い質すと、大谷警部は黙り込んでしまった。有作は、少しガッカリした様な口調で言葉を続けた。

『君らさっきから手掛かりが無い無いと項垂れているけど、本当に無いの? 』

「えー、それは目下捜査中でして…… 」

『いやいや、俺にそんな話するなよ。本当に手掛かりはないのかって訊いてるんだよ』

「あります。あるはずです」

『だから、それは何? 』

「それは先程も申し上げましたが、捜査中でして…… 」

『子供か御前は! ま、いいや、県外の人に詰め寄っても仕方がねーや。奴らの専門はオレオレ詐欺なんだろ? そしたら、その被害にあった人の中には肉声を録音したデータがあるんじゃないの? それを付けて御宅(小倉警察署)に被害届けを出した人もいるんじゃないの? 』有作は、まるで子供を諭す様な口調で、ユリが丁寧に淹れてくれたコーヒーが入った大きなマグカップに口を付けながら大谷警部に問うた。

「えー、はー、はい、あるんじゃないでしょうか」

『あのさ、そういうの調べなきゃー。連中の顔も名前も住所も掴めないなら、せめて声だけでもゲットしてよ』

「わかりました…… 」柔道で鍛えた頑丈な顔と身体を持った大谷警部は歯切れの悪い返事をした。まるで声がわかったところでどうなるというのか? と言わんばかりだ。有作はそんな大谷の様子にかまわず再び千葉を見据え、『チバ、御苦労さん。これは任務外だが、これからそちらの大谷警部さんが、奴らの肉声データを調べてくれるから、それをゲットしたら、藤堂社長に聞いてもらって確認とって、間違いないデータをユリに送ってくれ。いいな』と言うと、千葉は「承知」と言った。

 有作はあっさりと、これで事件は解決したも同然という表情を浮かべて、他に仕事があると言って勝手に中座してしまった。会議室にいた千葉以外の者は、肉声データについては盲点の手掛かりだと思ったが、それが何の役立つかわからなかった。なのに肉声データを得る手筈を決めると、とっとと抜けてしまう有作の真意が掴めなかった。

 しかし千葉だけは完全に理解して苦笑いしていた。

「なんだ、あの人は……。 こっちがあれこれ手配してやったのに…… 」田中署長が憤然とすると、「いや、あの方はやはり素晴らしいです。今回も一寸話を聞いただけで、最高のヒントをくれました。田中署長、大谷警部、藤堂社長、犯人逮捕に是非肉声データが必要なので、宜しくゲットして下さい」と念を押して頭を下げた。後は梅木と最後まで捜査会議に付き合った。梅木は千葉に、今夜は小倉に泊まりでしっぽりじゃ。と耳打ちしてニヤリとする。

 この捜査会議の翌週、有作は施政演説会を行い、北Q州市民に向かって県を跨いだ市町村合併の支持を仰いだ。そして一週間後、注目の結果は意外にも投票率が北Q州市民の90%を超えて、賛成が80%を超えた。有作は、これを北Q州市の民意として受け止めて合併活動を開始した。

 先ずは、自らがメディアを使って演説を行い、北Q州市合併の支持を得た事実を伝え、次に治安維持活動に入る。有作の合併活動で、治安が乱れて市民生活に迷惑がかかってはいけないからだ。これには戦略家のY県警の多古崎本部長(警視監)を起用して、福岡県警と北Q州市の警察のトップと会談させて、警察組織の改革交渉を任せた。

 多古崎は、有作がM市の市長時代からの施政構想を深く理解して賛同した志士の一人で、県内の抵抗勢力の説得に尽力した実績がある。次に新警察のトップである田辺知明本部長(県庁付け)を起用して、北Q州市の検察、裁判所のトップと会談させて、民事は残して刑事部のみの廃止交渉を任せた。田辺も同様に有作政策の志士であり、実際にY県の治安維持効果を実感して、その有効性を信じた者の一人だ。

 それから、北Q州市の陸海空の守りを、海上保安庁を廃して、自衛隊(陸上・海上・航空)に一本化して、更に富野に位置する陸上自衛隊富野分屯地の組織改革には、西村修吾自衛隊Y県地方独立本部長に交渉を任せた。西村も有作政策の志士で、中央政府から独立してまでY県を自ら(県の財政)守ろうと息巻く有作に惚れた頼もしい男だ。これまでY県の税務署が、捜査権と強制執行権を行使して他に見られない程の厳しさで税を確実に徴収するのは、この大事な治安維持にかかる経費を自前で賄っているからに他ならない。

 豊かな自然、清らかな水、そして県民が安全に暮らせる安全保障は高くつくのだ。そして、北Q州市の市議会と市役所の改革は副知事 立花春彦を起用した。有作は、余程の大問題が発生すれば別だが、既にY県の県政をドラスティックに変えた自分自身が、北Q州市合併活動に直接関わる気はなかった。彼等が、嘗てY県で一人で改革を訴えて必死に説得した有作を信じた様に、真剣に自分の政治構想を力説すれば、必ず理解を得られるはずだと教えてやりたいし、自分の部下を信じているのだ。

 北Q州市の市議会はY県と同様に市長だけ残し、市長は十分に収入のある者にやらせて報酬をカットする。幾ら口で良い事を言っもタダでもやるかと問われれば、殆どが二の足を踏むというものだ。その代り、それでも立つ者こそが本物なのだ。事務仕事はオンライン化して、パソコンや携帯電話等から、いつでも登録や申告、届出が出来る様にして人員を削減する。おそらく北Q州市程度の規模ならY県から直接管理出来る。

 そして屎尿やゴミ処理、治安を維持する警察官や自衛官、消防士などの実際に現場で働く部署や実作業者の給料を上げる。更に現場で深い知識と経験を持ってバリバリと働く個人の業績が高い者の給料を上げる。そして役職や管理職者の給料を下げる。という北Kの役人が驚く措置を実施するのだ。

 それは有作の、次の様な揺るぎない信念に基づいている。

『日本の官僚は、不思議な事に公務員人材をキャリアとノン・キャリアに分けて優秀な人材をキャリアとして甘やかし、温存する慣習がある。キャリアと認められた人材は、現場実務に晒される事無く、順当に出世して厚遇されるが、ノン・キャリアの人材は、捨て駒の様に扱われて愚直に働かされて消耗を強いられるのだ。しかし俺の人材起用はその逆だ。部下を大事にする指導者でありたいが、優秀な人材程人使いは荒い方だと思う。それでも県内公務員の受けが良いのは、コミュニケーションがうまくいっている上に、働いた実績に対して高額な年俸を与えるからだろう。しかし実績が悪いとクビをきる公正な実力主義を貫いているからだと考える。

 そう、公務員報酬は年度予算毎に計算しやすい年俸制がベストだね。例えば、プロ野球のチームの様に優秀なプレーヤーは、年俸を何億円ももらえるが、その理由は真似の出来ない良い仕事、貴重な仕事をするからだ。当然の対価と言っても良い。しかし現役を引退して出世してコーチや監督になると、収入は減少するだろう。これには、若い間は仕事も遊びも盛んで、家庭を持てば、家のローンや家賃、子供が出来れば、教育や養育に色々金が要るだろう、だから働き盛りで良い仕事をする人にこそ給料を増やして消費経済を回してもらえば社会の景気に良いじゃないか。

 そして、やがて歳をとって体力と能力が落ちて、実績が下降線を辿れば年俸を下げる。しかし、同時に自然に遊びが小さくなり、家やマンションのローンが終わり、子供も育って独立すれば、もうそんなに大金は必要無くなるものだよ。否、そうじゃないと言う者は、自分の人生設計をさっき言った様に改めるか、出世を望まず定年まで一級の仕事の結果を残し続けるべきだ。難しいがね。だから俺は、出世して人を動かす権力を持った人は、代わりに収入を下げた方が、バランスがとれて良いと考えているんだ。その根拠は簡単で、権力を持った人は実際に現場で働いていないからだよ。

 勿論ヒト・カネ・モノを動かして大きなプロジェクトを成功させて自治体の繁栄に貢献した管理職は、望みの褒美を与える』

 この制度は理想的で良さそうに見えるが、実際役職を持った公務員の賛同が得られるものではなかった。しかし、現場で働く公務員から見れば、待ってましたとばかりに歓迎される制度でもある。有作は、権力なんぞぶっ飛ばして数の上ではどちらが有利ですか?と訴えて活路を見出したのだった。

 そうなると一部の権力者が、有作の政策に、メディアを使ってネガティヴ・キャンペーンを展開した。それは県外のメディアも面白がってこの構図を大きく報道した。

「有作市長の制度改革は、無茶苦茶で、今までの年功を蔑ろにして組織の崩壊を招く危険なものだ」

「昇進して俸給が下がるのは納得出来ない。実績が悪いと解雇される冷徹な面がある」

 人事院も有作の制度変更案を、公務員の身分保障に重大な影響を与えると抗議したが、有作は、

『そもそも公務員など出世せんでも良い。政治家が公務員を評価して、年俸を決めてやれば良いんだ』と反論した。

『どうせ彼等はどんなに激しく怒っても抗議文書を山程送ってくるだけだから放っておけば良い』と煽った。

『実際優秀な人が出世して高給をとり、組織防衛に策謀し、予算のブンドリに知力を尽くし、余った予算は無駄遣いだ。やがては政治家までも操る始末では、そんな自治体の未来は、醜いもんだよ。そんな実例は幾らでもあるじゃないか。いうなれば、自治体衰して爺肥え太る。だ。

 そんな社会が果たして良いもんかねぇ。だが、俺が知事として統治する自治体だけは、大勢の働き盛り、二十から四十代がバリバリ働いて、充当な俸給を得てじゃんじゃん金を使ってくれた方が、金が回って社会が活性化すると信じるよ。民間企業の待遇にまで口を出す気は更々無いが、公務員については、知事としてその理想を貫くね』この制度改革こそが、有作が前の施政演説で言っていた。

『……税金で給料貰っている方や刑務所や裁判で税金を沢山使って何とも思ってない人々は気の毒な事になります…… 』なのである。

 過去、Y県内でも、この改革には多くの反対する団体が現れたものだ。何せ今まで税金無駄遣いして何とも思っていない人々から、その力を奪い去ろうとしているのだから当然である。しかし有作はそれを想定に入れていたからこそ、暴力装置である自衛隊と警察を真っ先に説得して味方に付けたのだ。有作は、M市市長に就任した時、自分の私産で市の負債、Y県知事に就任した時にも県の負債を全額支払った。その行為は法律で禁じられていたが、金利無しの立替投資の名目で、条例で通した。

 だから財政の建て直しに真剣に口を出して行動に出るのだ。そして伝家の宝刀の『コミュニティ反逆条例』を振りかざし、それを根拠に、今まで甘い汁を吸ってきた人々を、全員一旦解雇して、市町村議会を一旦廃止し、存在する自称政治家や公務員、特殊法人や財団職員の全員を、ブルドーザー部隊(注1)によって、全員職務業績やスキル、ヴィジョンを厳しく審査して復職か外すかに分け、外された者はそのまま辞職か身辺整理の後県外に出した。彼等は公的には配置換え扱いとなった。これはY県全域で実施された為、権力者の恐怖は最大限に達し、あらゆる詭弁を使って必死で組織防衛と保身を図ってきたものだ。

 そして遂に決定的な事件が起こった。ある大物キャリア公務員のKが、「鈴木有作県知事は、これからも県知事でいたければ、直ちに、この強引な政策を止めよ」とメディアを使って有作批判を重ねて訴え始めた。

 有作の推進する構造改革とは、中央政府が謳っている改革に比べて、決して容易な事ではない。時には生命の危険を伴う一大事業であった。そんな中、「これからも県知事でいたければ…… 」というKの言葉は、聞き捨てならなかった。まるでこれ以上続ければ、自分の政治家生命か、自身の生命に危険が及ぶかもしれないという警告にとれる発言だったからだ。

 有作は、Y県警の同志からKが妾宅にいる情報を得て、深夜武装した自衛官五人と突入した。有作はココを勝負時と睨んで、正に命のやりとりをする覚悟を持ってKと対決し、Kを引退させる事に成功したのだ。自分のやっている事が無茶苦茶なのはわかっている。しかし今のままでは県の財政は破綻するだけだ。ならばどこかで転換点をつくらなくてはならない。

 この政敵Kさえ黙らせれば、一気に自分の政策は軌道にのるとふんだのだ。有作は、命をかけて県の将来についてKと話し合った。Kが公務員の職務権限と権利と俸給との関係を熱く主張しても、有作は最後まで話を聞いた。そして有作は県知事としてこれ以上の借金はもう出来ない。あなたの主張を通せば、県は発展が見込めないどころか破綻する。そうすると公務員の俸給など払えなくなる。あなたが望む制度を維持したければ、財政が立ちなおる政策を出してくれと要求すると、Kはそんなものすぐ出るわけない。と言ったので、有作は、ならば自分の政策を推進していく他ない。邪魔をするな。と言った。

 夜も明けかけた頃、Kが折れて県が衣食住を保障する条件付きで、遂に全財産の放棄と引退の決断をし、誓約書にサインした。後日、Kは誓約通り全財産を税務署に差し出して、辞表を提出してくれた。メディアにも有作との対立に終息宣言を発表して、刑務所に入った。刑務所といっても、Y県では、他県とは性質が全く異なる。重罪人は悪人島送りで県内の刑務所はガラ空きとなったので、当座の生活に見通しの立たない者の衣食住を保障する為にあるのだ。勿論牢屋で暮らすが鍵は無いし、刑務官もいない。三度の食事(自給自足だが)と着替え(囚人服だが)と掃除(当番制だが)を無料で提供し、そこに住んでいる限り税は免除で医療(過度な延命治療はしないが)は無料だ。Kは妻に離縁されて一人で刑務所に入って、顔見知りを見つけて今では楽しく暮らしている。

 有作にとって抵抗勢力の代表的な存在だったKが失脚した事で、残った彼等は怯み、改革がやりやすくなった。残るは法治国家日本が認めた法律と公務員の身分保障制度と特異な構造(天下り)である。しかし有作は、彼等の鉄壁と自負していた構造にユリと毅然と立ち向かった。私利私欲を捨てて政治や公務に携わった者の一生を、国が手厚く保護する。

 これ自体は至極当たり前の事で、この部分を議論すれば、完膚なきまでに敗北してしまう。しかしこれには弱点があった。このシステムは、公僕皆が私利私欲なく職務を忠実に遂行し、経済が発展し、財政が安定している間だけに成立するという事だ。確かに戦後復興を果たし、高度経済成長時代はそれで良かったかもしれないが、バブル崩壊以降景気が低迷して税収が減少すると、忽ち財政の重い負担となっている。しかしそれでも、彼等は保身の為の法律や構造(仕組み)を沢山作っているのだから、経済がどうなろうと赤字も黒字も関係無い、税金なんていくら使っても気にしない。極論すれば国や自治体の財政破綻も興味がないのだ。

 有作はそこを突いた。更に彼等は、借金なら幾らしても構わない、地方自治体は財政破綻しても国(中央)が保障してくれるし、全国の国民から税金を徴収して対応すれば良い。と考えており、勿論それでも自分達は絶対に安泰でその為の法整備や身分保障制度は万全。と考えているところが大問題なのである。有作はその点を県民にわかりやすく・鋭くアピールし、抉る様にメディアを使って演説を繰り返した。

『今まで政治家や役人の言う通りにしてきたら、財政は破綻寸前だ! 一体この事態をどうしてくれるのですか? 理屈や法律はどうでも、破綻という現実に対して責任を取ってもらおうじゃないか! 

 これだけ地域社会を疲弊させておいて、それでも安穏と身分保障されると思ったら大間違いだぞ。世間様がそれを許さねえ! ここで自分らだけはまともに暮らしていけると思うなよ! 恐ろしい復讐にあう事間違いなしだ。私は県知事として、そんな無残な光景を見たくない! その為の改革であり、市町村合併なのだ!第一に財政を立て直さねばならない。そして税金の無駄遣いを無くして、金を稼がなくてはならない!私はその為に来た』

 有作は火の出る様な眼光で聴衆に訴え、少し間を置いて、今度は優しく語りかけた。

『公僕(公務員)は、私利私欲を捨てて公の為に働くものです。ところが、現代の公僕は、財政を破綻させても尚、自分の保身と利益を追求してやまない者が多すぎる。この点について、公僕でありながらその働きをまっとうしていない事は明らかです。従って辞職は勿論、蓄財産は全て没収します。

 衣食住は県が保障するから安心して下さい。これまでの皆さんの蓄財は。今日のこの日の為のものでした。日本の公務員は、世界に誇れるレベルの優秀な人材だという事は知っているし認めます。しかし優秀な人材ほど昇進が早くて現場からすぐに離れていく傾向がある事が残念でなりません。

 そこで私は優秀な人材ほど現場に出てもらい、しっかり働いてもらってその対価を支払います。彼等の年俸は、今の数倍になる事でしょう。彼等が経済的に豊かになれば、卑劣な賄賂や買収に屈する事はありません。万が一、賄賂らしきものを受け取ったら、県税務署が全ていただきます。勿論公共福祉事業のためです。

 管理職や役職の方には絶対的な指揮権力を与える代わりに、給与を現在の9/10をカットします。そのかわり、優秀な部下を適切に使って担当分野毎にプロジェクトを企画・実施の成果に対して、成功報酬を支払います。失敗したら責任を追及します。失敗が年に2度重なれば…引退してもらいます。昇進も試験に合格したら昇進するのではなく、成果をあげた者に昇格してもらいます』

 有作の命を懸けた演説は、県民から圧倒的な支持を受けた。抵抗勢力の代表格だったKはもういない。後はヒステリックな犬の遠吠えクラスの反対意見のみだ。有作は最後の仕上げとばかりに抵抗勢力を集めて公開討論会を開いた。有作の人気とあまりに痛烈な批判に抵抗勢力はタジタジだった。「そ、そんな無茶苦茶な事が許されるわけが無い…… 」

「あり得ない、有り得ないぞ! 」

「国民の財産の保有は法律で保証されているんだぞ! もしそんな事をしたら、あんたを訴えてやる! 」と息巻くと、有作は動じる事無く応えた。

『どうぞ、御自由に。あなたも私も日本国民です。そしてあなたは公僕なのです。公僕とは、私利私欲を捨てて公の為に働く者です。一生懸命公に尽くした公僕の一生を公が報いる。これが恩給というものですね。私はこれから恩給を、お金で支給する形を廃止します。理由はいたって簡単で、財政がもはや破綻寸前だからです。

 無い袖は触れませんが、それでも公僕の一生を保障しようとすると、どうしても団体共同生活サービスしかありませんね。ところが今まで失敗ばかりしてきた公僕どもに限って蓄財の方は一人前なものです。このような事態に至っては、“公の財は、公に返せ”それだけです。

 この上に天下りだ、退職金だ、恩給だ。なんて冗談にもならない。たとえ彼等の全財産を没収したところでその累積損失はとても追いつかないのはわかるよね。誰が私を訴えるのも自由ですが、かかる費用は、税務署が資産を差し押さえてびた一文使わせませんよ。全くの無駄金だ。そんなお金があったら、私は子供達の未来に投資する! 』

 集まっていた自称政治家や役人や特殊法人役員達は、有作の異様な圧力に震えていた。それでも口々に不満不平を言うので、遂に有作は一喝した。

『一体何が不満だというのですか! さっきっから自分本位の不満ばっかりだ! あなた方の財産を没収するとは言っていない。今からその気になってどうするのですか? 財産没収強制引退は最悪のケースであって、後でブルドーザー部隊が決める事です。文句を言う暇があったら自分の仕事をしっかりして輝かしい業績を残しなさいよ。それが認められれば何も不利益もない筈です。

 それにY県での引退生活は、もう財産なんか必要ないんですよ。あなた方はもう歳をとっていて体力も落ち、子供達は独立している。本当にこの世でまだ何がしたいのですか? 贅沢品ですか? ベンツに乗りたいですか? Y県ではもう乗れませんよ。酒が飲みたいのですか? 酒なら地酒の造り方教えますから自分達で作ればタダですよ。女ですか? もう体力がおっつかないでしょう。一流ブランド品に身を包んでおしゃれでもしたいのですか? 御冗談を!

 食費は共同農作業でタダ、たまに御馳走を食べたって誰も文句言わないですよ。医療費もタダ(但し過度な延命治療はしませんが)、テレビや映画は見放題、清潔なベッド、本を読みたければ図書館へ行けばタダ。何の心配も要りません…… 』

 有作とユリは、彼等の不満を完全に圧倒し、ドンドン良い仕事をさせて地域や人々を活性化する為に必死に県内全域ではっぱをかけて回った。これまで有作は、ユリと幾度となくこのような事を経験してきた。現体制を変えて前に進む為には、この作業だけは自分が直に立ち向かわなければならない。彼等の必死の自己保身や組織防衛の主張をガッチリ受け止め、全力で説得しなければ人の心は動かない。これは誰もやりたがらない仕事だが、有作とユリはY県統一の時は只管やり遂げてきた事だった。それと同じ事を北Q州市に於いては、信頼する部下にやって欲しいのだ。

 容易でない事は知っている。だからこそ、彼等にそれをやり遂げてもらいたい。有作は期待を込めて部下の尻を叩いて旗を振るのだ。それから三ヶ月が経った西暦20XX年一月、F県北Q州市は、正式にY県と合併し、Y県北Q州市となった。これによって北Q州市民はY県民となり、日本国の法令とY県の条例によって統治される事になる。有作はメディア演説で、喜びに満ちて部下の活躍を称え、新しいY県民を歓迎した。有作の計画は更に広がる。これで大規模造船業社に仕事が頼める。多分福岡県全域までは楽に合併が進むだろう。


注1 ブルドーザー部隊 鈴木有作が美祢市市長時代に召集した有識者達の呼称。対象人物を一旦解雇して吟味し、有能と認められた者を残し、コミュニティをミス・リードして財政を傾かせた人々を特定して社会的地位と財産を没収して、恩給の代わりに集団共同生活施設に送り込む強制力を持つ。有作が県知事になっても辣腕を振るって、Y県統一に大きく貢献した。


第十二章


 北Q州市合併がなった。と言っても人の暮らす街が急に変わるわけではない。北Q州市は人口100万人を超える政令指定都市(西暦20XX年当時Y県全体の人口は約150万人)であり、産業も経済もY県と片を並べる程の規模なのだから、本当に一つのシステムに統合するのには時間はかかる。数字の上ではY県と合併する必要は何もない様に見えるのだが、市政の実情は、財政が火の車で、行き詰まりの感が否めなかった。

 そこに有作がY県県知事になって県政の構造改革に成功し、財政を立て直して県民の税金を下げた実績は大きく注目されていた。その他に治安を守りながらカジノと風俗ビジネス解禁という大胆な政策を実施して、中央政府からモデル地区という名目で黙認を得た事は決定的な話題となった。

 そして不安視されていた治安の乱れを見事に解消し、更に向上させる事に成功した実績はかねてから賞賛されていた。そこに有作が施政演説で、合併という誘い水を向けると、北Q州市民は自分達の未来を、既存の市政・福岡県政よりもY県政にかけてくれたのである。有作がそれを意気に感じないわけがない。

 有作が創設したブルドーザー部隊は人員を大幅に増やして、腕によりをかけて、まるで芝刈り機の様に税金を無駄遣いした者をどんどん刈り上げていき、市議会を廃して市長と市会議員の俸給をゼロ(0)にすると、辞職者が続出し、再選挙を行う事になった。地元の事情は地元が一番わかっているのだから、無俸給でもかまわないという人の立候補者を募ると、案の定民間企業の社長や会長が立候補してきた。これはむしろ、有作が待ってました。というべき状況で、そういう自由競争の勝者ともいうべき人の才能を発揮してもらえば、今までにない施政が期待できるというものだ。

 その見返りに自分の会社に公共事業を優先的に受注するくらいは許す。但し、その受注金額は公表されて、人件費がピンはねされる事なく確実に労働者に渡る様に、日本労働者党に厳しく監視されるのだから、不正があれば直ぐに摘発される。その効果は徐々に現れてきた。

 有作は合併前に市民にわかりやすい様に、北Q州市破産まであと何時間と表示した破綻時計という時計型の表示をホームページに掲載していたのだが、その秒針の進む速度が遅くなった。警察組織の改革も順調に進行中で、北Q州市の治安を守ってきた警察官は年俸制になり現場で働く者に厚く、階級が上がる程責任が重くなり年俸が下がる仕組みは、当初中々受け入れられなかったが、予算が限られている事実を粘り強く説明すると、遂に了承され、最終的に北Q州市の全警察は、警察庁の監督・管理からY県に移譲された。

 刑法犯罪に限定して検察、弁護士を交えた裁判は廃止されて、薬物投与による自白の信憑性と物的証拠の裏付けが取れた段階で、有罪と認定する事になった。悪人島は、受刑者の人権を侵害していないか?という意見が強かったのだが、予算が限られている現実と、刑務所が廃された現状を鑑みると、凶悪犯をコミュニティに置く事は危険を感じる。と説明し、最終的には凶悪犯の人権擁護する団体が、悪人島に移り住んでまで援助するのであれば、その行為を禁止しない事で決着した。これによってY県と同じシステムで北Q州市の治安を、警察と新警察で維持し、更に大きな脅威は陸・海・空の自衛隊が守る事に決まった。

 日々着々と進行する合併作業に対して、暴力団統一作業は大きく遅れていた。北Q州市に存在する暴力団は、黒潮一家と戸畑興業の二つだけだ。黒潮一家の方は、山野組系であり、安倍弘吉の事件もあって、組長の藤堂は即座に梅木組系に入り警察の管理下になる事を承諾した。後は任侠道の追求を誓い、如何にしてこの街でギャンブルと風俗ビジネスを定着させていくか、積極的に参画してくれたので問題はない。

 しかし問題は佐竹会系の戸畑興業の方だ。組長の源田忠治(30歳)は、暴走族上がりの不良で、黒潮一家に頼る事無く、広域暴力団の佐竹会の援助を受けながら、自分で戸畑興業を立ち上げた男だ。源田は大柄で腕っ節が強く、好戦的な性格で、組員を鍛え上げて日本のヤクザにしては自動拳銃、自動小銃、手榴弾、携帯式対戦車擲弾発射器RPG―7まで持ち、武力を重視した暴力団である。源田は怖い者知らずの無鉄砲さで小さな地元暴力団を五つ吸収してのし上がり、今では黒潮一家と肩を並べる勢力になっている。

 黒潮一家も、今の縄張りが確保できているのなら、まるで飢えた狂犬みたいな戸畑興業と正面から争うつもりはなかった。その源田が、梅木組の傘下に入れと言われて、はいそうですか。と素直に受ける訳が無い。それに戸畑興業の後には佐竹会という、広域指定暴力団が控えている。梅木組の後に控える山野組とは対立関係にあるのだから話は簡単にはいかない。

 山野組は日本最大の広域指定暴力団で、梅木組もその傘下に今も形式的に入っている。今のところ山野組は、梅木組の弾けた拡大傾向を静観している。実際梅木組の後には警察・自衛隊と県知事がガッチリ固めて、勢力を拡大している状況では、これまで通りのやりかたで筋を通すのは実際怖いものがあるのだ。

 黒潮一家の藤堂は、梅木と千葉を自分の事務所に招き入れて、戸畑興業と源田について語って聞かせた。もしここで、北Q州で自分達が下手を打てば、黒潮一家と戸畑興業の喧嘩では済まず、北Q州を舞台に山野組と佐竹会の全面抗争になりかねない。万が一そうなったら、有作は自衛隊を総動員して相手が戸畑興業・佐竹会だろうと必ず喜んで潰しに出るだろう。しかしそれで大規模抗争に巻き込まれる市民はどうなる? 街はどうなる? 有作の支持はどうなる? 千葉はそれらを想像しただけで、思わず頭をぶるぶる左右に振ったものだ。

 有作は政治家である。コミュニティの合併中のドサクサで、地元の暴力団同士の抗争など、軽く見るのは当たり前である。まとめて総攻撃した後の県政支持に降りかかるリスクを冷徹に計算しても、躊躇せずに命令を出す筈だ。そんな大きな意志に基づいた施政構想を貫く思考パターンの持ち主が有作なのであって、千葉はそれを理解出来ない。

 だから有作は、県知事として多くの部下を従えて辣腕を振るい、千葉もその一人として尽力しているのだ。しかし、千葉の立場からすれば、力ずくで解決(ぶっ潰した)した後の処理を考えると、ここは絶対に慎重にいきたいものだ。

 有作にそこまで動いてもらわなくても、何とか任務の範囲で片付けたいが、時間が無い。事態は日に日に深刻さを増していて、有作が合併を宣言した以降、治安維持に警察組織や暴力団の体制が整う前に、その翌日から北Q州市は、黒潮一家と戸畑興業の主導で、ギャンブルと風俗ビジネスが始まり、殆ど好き勝手に拡大を始めているのだ。

 梅木と千葉は、源田と何度か会って話をしたのだが、一筋縄ではいかずに状況は難しい。源田は背が高く、いかつい顔と体つきをしていた。性格は強気で野心家の印象があるが、知的なところがない。縄張りと利権に拘り、これまで通り佐竹会系で黒潮一家と睨み合いながら生きていく方針を変えず、梅木組など介入の余地が無い事を主張するのみであった。

 そして、有作知事が北Q州市合併を宣言なされた以上は、我々はギャンブルと風俗を自由にやらせてもらう。シャブは止めない。こんな態度を変えないのだ。思わず千葉は有作を呪った。

「Y県の時は、トノが全てのヤクザ組織の会長・組長と面談して、要・不要を判定してくれた。後はSPが不要判定の者を悪人島送りにして、残ったヤクザが恐怖して割とスムーズに事が運んだ。今度は全くそれが無い。自分達の手で全部やれということか…… 」

 千葉は又しても有作のニカッと笑った笑顔を思い出して再び頭をぶるぶる左右に振った。

「この強欲な男に最も似合わないのは、平和的な交渉なのだろう。結局のところ戦って絶滅が一番というところか、しかし今はSPや自衛隊の援軍を頼みたくないし、梅木・黒潮連合でかかれば…… 多分勝つ。だがそれも社会的な影響を考えるとやりたくない」

 千葉は熟考の末に、源田を評価した。つまり、自分はお山の大将で、怖いものは何もないから誰の指図も受けないし、下にもつかない。自分が好きにやって、邪魔するものは潰す。たとえ負けてもその時はその時だ。という考えなのだ。千葉は源田に、我々にきった啖呵に覚悟はあるのか訊いた。

 千葉は初めて源田に凄みを見せた。

「世の中に強くて大きい者は幾らでもいる。あんたも長生きしたいなら、自分が不様に消える事も考えに入れた方がいい。その時はもう遅いんだぜ。これは交渉ではない。

 あんたとは何度か話をしてきたが、あんたの言い分は、我々と全然合わない。我々のいうことをきけば、これまでのガキの台詞は忘れてやる。生きる道も与えてやる。悪い様にはしねえよ、楽しくいこうや。しかし断れば、あんた、確実に死ぬぞ」

 源田は、相手にここまで凄まれたのは初めてであった。この千葉と名乗る男は徒者ではない。と直感した。あの目のギラツキ様がハッタリではない事が伝わり、源田は微かに怯んだ。いつもの源田なら、直ぐに言い返すか殴りかかるところだが、千葉に隙が窺えないので黙りこくって千葉を睨むにとどまった。ヤクザの世界ではこの一瞬で勝負がついた。

 このやりとりを静観していた梅木も、源田がオチたと確信したものだ。しかし源田はギリギリのところで、時間をくれ、又連絡する。と言ってこの場での決着を避けて帰ってしまった。梅木も千葉も藤堂も、漸く源田が折れそうだ、その糸口が見えてきた感触を感じて、顔を合わせて笑った。

 梅木はホーと溜息をついて酒が飲みたいと騒ぎ始めた。梅木は物事が一段落すると、無性に酒が飲みたくなるらしい。千葉も嫌いではないのでニヤニヤしていると、藤堂が今夜は自分が小倉で一席もうけると言い出して、その夜は、といってもまだ明るい内から源田の怯みっぷりを肴に、芸者を七人呼んでドンのチャンで遊びまくった。北Q州の暴力団合併も漸くこれで加速すると安堵し、多いに歌って脱いで、踊り、騒いで酒も料理も女体も楽しんで盛り上がった。

 午前1時を回ったところだった。後は舎弟を迎えに来させて梅木と千葉は並んでベンツの後部座席で仲良く眠り込んだ。千葉がSの自分のマンションに戻って風呂に入ってサッパリした後、携帯の電源を入れると、ユリからメッセージが入っていたので聞いてみると、明日(つまり今日)午前十時から上宇野令の陸自駐屯地で、組員特別訓練の第一期生の終了式があるから、梅木氏と必ず正装で出席して下さい。トノも出席するんだから絶対遅れちゃダメよ。と聞いて溜息をついた。

 ということは、後5時間しかないじゃないか……。午前十時、快晴の下で、Y県の上宇野令の陸自駐屯地で、第一期の組員特別訓練の修了式が行われた。年齢は十代から三十代の志願したヤクザ者達は、当初50名いたが厳しい三ヶ月の訓練に耐えられず三十名に減っていた。しかし修了式を迎えた男達の顔も動きも精悍で、梅木も千葉も安心した。

 そして優秀な成績を残した五名が拳銃携帯のライセンスが付与された。千葉の立案から、志願者募集、カリキュラムの考案、受け入れ準備に時間を要しての、漸く今日の第一期生の修了式ということで、有作は時間を調整しての出席となった。梅木と千葉は、前日の遊び過ぎと寝不足、深酒の疲れた顔色を有作に悟られない様に緊張した面持ちで、機敏に行動していた。梅木も一言挨拶をした後、自衛隊の壮麗なマーチ演奏に乗って有作とユリが正装で三頭立ての馬車で登場し、修了式の参列者に対して厳粛な祝辞を述べた。

 修了式が無事に終わった後、有作は千葉と梅木に歩み寄って握手をした。

『よう、チバ!久しぶりだな。もう何人殺した? 』

「4~5人です」

『前と全然増えてねーじゃねーか』

「俺は敵と認めないとカウントしないんですよ」

 有作は成る程ね。と応じると、コルト持ってるか? と尋ねた。千葉は勿論です。と応えて懐からコルト・パイソンを抜いて見せた。有作はコルトを受け取ると、を懐かしそうに慣れた手付きでマガジンを開いて実弾を確認した。

『どうだ、こいつの調子は? 』

「銃身の仕上げが抜群で、照準とのバランスが絶妙ですね、精密射撃にも向いています。正直この御陰で生きていられる様なものです」

『御世辞が旨いな、どれ、景気付けに久しぶりに撃ってみるか。射撃場へ行こうぜ』

 有作は皆の元気な顔を見て上機嫌で、西村修吾Y県地方独立本部長の案内で射撃場まで歩いた。第一期生達も有作の腕前を一目見ようとぞろぞろついてきた。射撃場に付くと、有作はレンジに立って暫く愛銃を構えて照準の確認や、抜き打ちの練習をして、実弾を込めたり抜いたりしていた。しきりに千葉と何か談笑している。

 左利きである有作は、右手でグリップを握って左手で弾を込めると、器用に左手に持ち替えて射撃体勢に入る練習を始めた。その動作が徐々に速くなっている事はユリにもわかった。有作は真剣な表情で、コルトの撃鉄を起こしてから30メートル先の標的に向けると、特注仕上げの軽い引き金を引いた。鋭く大きな轟音を発して357マグナム弾は、標的板の中心から大きく外し一番左端に着弾した。千葉はこの意外な結果に言葉に窮しながらも、何しろ久しぶりですからねーと庇って言った。

 見物の第一期生も少しザワついたが、有作は気にも留めずに手馴れた様子で補弾すると、今度はファニングの練習を始めた。やがてコルトを腰だめに構えて、引き金を絞ったまま素早く右手で撃鉄を起こして速射した。第一期生達はその速度に驚いた。そしてその着弾に更に大きな歓声を上げた。

 傍で見ていた千葉もユリも西村も信じられない。という顔をした。有作はそれに構わず、再び補弾するとファニングで更に六発ターゲットに撃ち込んだ。第一期生を含んだ全員は、有作の射撃の腕前が少しも衰えていない事を確認して驚いた。

『ま、こんなもんだ。よく手入れしているな。これからも頼むぜチバ。俺は帰るから』と笑顔で言って馬車に向かった。その後を真紅のミニスカートドレスのユリが小走りに追って行った。

 その一連の光景を見た千葉は、有作に対して、まるで少年の様な憧れを抱いた。この世には、自分よりも凄い人はいるんだ。決して驕るなと示された気がした。第一期生などは立ち上がって歓声と口笛や拍手で有作とユリの後姿を見送った。有作が放った計十二発の弾丸は、ターゲットに縦横一列に、ほぼ等間隔の、十字クロスを描いていたのだった。


 その日の深夜、千葉は自宅で寝ていたところを携帯電話に起こされた。寝起きで苦労しながら相手を確認すると、福龍会の大河原からだった。

「何ですかこんな夜中に…… 」

「おお千葉ちゃん、夜分にすまん。実はの…梅木会長の家が襲われて会長がさらわれた。多分戸畑興業の仕業じゃろう」

「何ですって! 」千葉はベッドから飛び起きて着替え始めた。

「他に被害は? 」

「御新造様(妻絹代)と御子さん、それと御手伝いさんは無事じゃが、守りについちょった舎弟が二人、殺されたそうじゃ」

「警察に連絡は? 」

「まだじゃ、わしもさっき御新造様から連絡を受けたばっかりじゃ」

「直ぐに御新造様に110番じゃなくてS警察署に直接連絡する様に指示して下さい。番号は、XXの0110です。俺も直ぐ社長宅に行きます」

「すまんのう。わしも今から行くけぇ、会長宅で落ち合おう」

 千葉は「承知」と言って電話を切った。顔を洗って身支度を整え、カロリーメイトを一気飲みしてからキシリトールガムを口に放り込んで、愛車濃紺のRX―8に乗り込んで、静かに梅木社長宅に向かった。今社長をさらう奴といえば、戸畑興業の源田しか考えつかない。

 しかし愚かな奴らだ。それでアドヴァンテージがとれるとでも考えたのか? それが信じられない。まぁさらう位だから直ぐに殺しはしないだろう。しかし次の一手が又、下らないんだろうなー。何なんだこの茶番は! 千葉は、少し楽観的に考える様にしてRX―8を走らせて梅木宅に到着した。広い庭には、パトカーが一台、大河原の黒いロールスロイスが停まっており、警察官三人と大河原と舎弟二人は既に到着していた。

 警官は鑑識を呼んでいるのか、パトカーのデジタル無線で連絡をとっていた。大河原と舎弟は三人でタバコを吸いながら立っていた。千葉を見つけると、手を上げて挨拶する。腕時計を見ると、午前4時過ぎ、いつもなら朝刊が来る頃だ。千葉は山羊革の手袋をつけて車を降りて大河原の方に歩いていった。

「どうも、とんだ事で…… 」

「全くじゃ、警察もさっき来たところで、色々調べようところっちゃ、鑑識呼ぶって言いよったで。御巡りさん、会長宅に入ってもエエですかね」

「ああ、そりゃぁエエですけど、現場保存で御願いします。ただ遺体があるんで、御注意下さい」と警察官の一人が応えた。Y県の暴力団は、警察の支配下にあるので、他県よりはかなり自由なのだ。

「それじゃ、向かいましょう」千葉達は、警察官に目礼して千葉を先頭に大河原と舎弟の順に屋敷に向かった。

 玄関の前の左手には早速男の遺体があった。千葉がLEDライトで照らすと、梅木が守りにつけていた三田という二十代の威勢のいい奴だった。

「見て下さい、大河原さん。三田ですよ。身体はうつ伏せなのに、顔は上を向いて倒れている。首の骨を折られたんでしょう。手足が不自然で、頭が玄関の方に向いているから、おそらく賊に向かっていって逆に素手で首を折られて振り飛ばされたんでしょう。所謂秒殺ってヤツです……。可哀想に……。」

 千葉は遺体に歩み寄り、三田の開きっぱなしの瞼を閉じてやり、手を合わせた。それから引き戸をあけて広い玄関に入ると、奥にもう一つの遺体があって、檜の床に血だまりが出来ていた。ヤクザ風の縦縞のダークスーツにノータイで、白ワイシャツの男、櫻田が半身を起こして両足を伸ばしたままの状態で、左胸にドスが刺さったまま事切れていた。櫻田は三田の兄貴分で、調子の良い男だった。媚びながら笑う癖を持った笑顔を思い出すと千葉は気の毒で仕方が無かった。

「大河原さん。そこにドスの鞘が落ちてるでしょう。おそらく櫻田は賊にドスを抜いてかかっていったんですね。しかし逆に、そのドスの刃を横向きにされて肋骨を避けて心臓に刺し込まれた様です。それに口の周りに紫の痣があるでしょう。あれは口を塞がれた状態で刺されて死んだ証拠です。櫻田の右手を見て下さい。血が付いています。

 多分賊は、ドスを持った櫻田の背後を取って口を塞ぎ、声が出ないようにしてから、ドスを持った右手を力づくで心臓に刺し込ませたんでしょう。後は櫻田の死を確認してから、奥の方に遺体を丁寧に置いたのです。ドスはそのままの方が出血が少ないし、乱暴に扱うと血がひどくなりますからね。

 それは帰る時に血だまりを踏んで足跡を残さない用心の為でしょう。櫻田の無念は、察するにあまりあります。櫻田、相手が悪かったな、大人と子供位の力の差がないと、こんな事にはならない。櫻田がドスを抜かなくても、多分三田の様に首を折られたでしょう。よくやったぞ……。」

「……そうじゃぁ、御前らは逃げもせんで会長を守ろうと、ようやったのう…… 畜生、よくも…… 」

 涙脆い大河原は千葉の話を聞きながら顔をくしゃくしゃにして、溢れる涙や鼻水も構わずに、手を合わせて拝んだ。大河原の舎弟も手を合わせてながら声を抑えて泣いていた。彼等にも思い出があるはずだ。千葉も沈痛な面持ちで冷静になろうとしていたが、目は潤んでいた。

 広い洋間のリビングでは、御新造の絹代が立ったまま警察官に事情を説明していた。警察官はメモを取りながら録音もしていた。大河原は絹代を見つけると、ハンカチで涙と鼻水を拭きながら腰を低くして何度も頭を下げながら挨拶をした。勿論千葉も責任がない訳ではないので頭を下げた。絹代は三十代の和風美人で、千葉は女将さんと呼び、猫の顔に似ていると思っていた。

 梅木とはいつも会っているが、女将さんとは滅多に会う事はない。しかし会った時はいつも着物を粋に着こなしていて、小学生の息子二人と娘一人(子供達は子供部屋で寝ていて無事)を可愛がる優しい母親のイメージが強くあった。気が強くて凛とした姿勢は、梅木も適わない姉御肌の女だ。しかし今回ばかりは、青白い顔をして寝巻きに薄化粧を施して、警察官に対して神妙に証言していた。

 が、大河原と梅木と舎弟の為に、気丈にもコーヒーを淹れてくれた。こんな状況なのに、こちらが恐縮したくらいだ。千葉は、絹代に挨拶をした後、梅木を連れ去った相手は大体見当がついている。誘拐する位だから直ぐに殺されるとは考えにくい。必ず糸口を見つけて救い出してみせるから信じて安心してくれ。と言って、絹代の心労を幾分か和らげた。既に千葉はそれ程までに信頼を得ていた。

 そして千葉は、S署の警察官に対して、北Kの戸畑区に本拠地を置く戸畑興業との合併についてイザコザがあって、彼等が梅木を人質に連れ去った可能性がある。更に二人の犠牲者については、余程の体格差がないとあんな遺体にはならない。戸畑興業との交渉時に何度か見かけた事がある社長の源田の右腕で、不知火という男なら可能だろう。と証言した。

 警察官は真摯に絹代と千葉の証言に耳を傾けて、大変参考になります。と言った。漸く鑑識が到着して、現場検証や遺体の運び出しなどが始まって、家の中がいよいよ騒がしくなり、梅木の子供達が起きて母親を呼び始めたので、絹代はリビングから子供部屋に向かって行った。

「しかし千葉ちゃん、相変わらず冴えちょるねー。俺も源田の仕業じゃと思うちょったんじゃけどね」

「まー断定は出来ませんがね、俺はそう思ってますよ。後は警察が捜査して救出してくれるでしょう。それにしてもこんな事して何になるんでしょう。全く理解できません」

 源田が梅木組の傘下に入るのを拒んでいるのは知っている。しかしそれで梅木会長を誘拐したところで、事態を逆転出来るとでも考えているのだろうか? もしそうならそれが怖い。源田の要求が金ではなく、合併の白紙撤回であれば、自分の推察の証明になるだろう。しかし、たとえ梅木会長が誘拐されてもこの方針は変わらない。

 それは、この計画立案者が梅木会長ではなく、鈴木有作だからだ。自分の任務は梅木会長を御守りする事でもあるのだから、今は最悪の状態だ。自分は警察と協力して、必ず会長を取り戻さなければならない。

 俺が怖いのは、源田の思考パターンだ。もし奴が、会長を誘拐して拷問にでもかければ、白紙撤回できるぐらいに考えていた場合、会長の身が危ない。そしてその可能性は高いだろう。それで万が一会長の身に何かあったら、俺は源田を許さない。

 最初は冷静に自分の推察を語っていた千葉は、梅木の身に危害が及ぶ可能性を自ら導き出して、源田を許さない。と言った時、冷酷な殺人者の顔になっていた。大河原と舎弟二人は、最初は成る程と聞いていたのだが、次第に千葉が恐ろしい殺し屋に見えてきて全員が引いた。舎弟は無意識に居住まいを正し、正座した程だ。大河原は、千葉の話を最後まで聞いて笑みを浮かべて頷きながら応えた。

「成る程、千葉ちゃんが会長を思う気持ち、ようわかった。それに千葉ちゃんの推理、流石じゃの、わしもそねー思うで。じゃけどの、わしも歳をとったせいか、源田ちゅう男の気持ちもわからんじゃないんじゃ、そりゃあのー、極道にゃ、論理とか理屈がわからん奴もおるっちゅう事じゃ。

 そうじゃろ、皆が千葉ちゃんみたいなキレもんじゃったら、極道になるもんはおらんごとなって、皆エリート堅気で? じゃけどの、世の中ままならんもんで、中にゃわけのわからんもんも出てくるっちゅうことじゃ、それでも皆生きていかにゃならんじゃろ。

 わしが梅木組に入ったんはの、鈴木有作閣下に男気を感じたからなんじゃ、多少バカでも生きる道を示してくれたからなんじゃ。あの御方はの、わしの話を穏やかに聞いてくれての、理解してくれたんで、むしょうに嬉しかったのう。そして閣下は、わしの目を見て、それでY県をこれからどうしたい? ちゅうてわしに訊いてくれたんじゃ。このわしにで! わしはそれこそ必死で応えたら、閣下は笑いながら、梅木に力を貸してやってそれを実現してくれ。ち言うてくれたんじゃ。

 わしも難しい事はようわからんし、旨い事も言えんけども、源田がバカなんは皆知っちょるんじゃけー、それを千葉ちゃんが、いう事をききやすい様に持っていくのも大事じゃなかったかいの。ちゅうことっちゃ。勿論、会長誘拐が源田のしたことじゃったら、もう取り返しのつかんことじゃし、既にわしらの若いもんを二人も殺めちょる。

 へて万が一、会長を傷つけちょったら、もう同情なんぞできんけどいや、千葉ちゃんにも、もう一寸極道はバカじゃちゅうのをわかってもろうて、それでうまく持っていってくれりゃー、誘拐まではいかんかったかもしれんなー。と思うたんじゃ。すまんのう、長々と言うてしもうて、ただ千葉ちゃんには、それをわかってもらいとうてのう。どうじゃろうか? 」

 千葉は大河原の言葉が身に沁みた。その人間力というか、温かみというか優しさが尊いと思った。思わずハッとしたものだ。そして源田に対する自分の言動を思い返すと、思い当たる事があった。千葉は源田に対して交渉などはじめからする気もなく、力でいう事をきかせようとしていた。果たして、あの状況で、トノ(有作)や大河原さんだったら、自分と同じ様な対応はしなかったであろう。

 自分がヤクザの扱いを、人の扱いを全然わかっていなかったのだ。だから源田の思考パターンがわからなかった。わかろうともしなかった。大河原の言う様に、自分が源田を追い詰めて奴なりの答をだして、この様な凶行に走らせた可能性は否定できない。千葉はソファから降りて、絨毯に土下座して大河原に頭を下げて詫びた。

「申し訳ありませんでした。大河原さんの御言葉を聞くまで、俺は全然気がつきませんでした」

「そんな、土下座までせんでもええよ。千葉ちゃん。あんたはキレもんの上に物分りもええのう。大丈夫。もしも源田が会長をさろうたんなら、千葉ちゃんとわしらで団結して救出したらそれで取り返せるけーな」

「……そう言って頂けると助かります。実は、さっき源田の携帯にかけたんですが、電源を切っている様子で、連絡がつかないんですよ」

「千葉ちゃん。ここは、下手に刺激せんで焦らん方がええじゃろ。ここは冷静に向こうから連絡が来るんを待ったほうがええ。どうせさろうた連中は、事務所かここに連絡して来るはずじゃけ、それに警察とも連携した方がええの」

「そうですね、もう県警(Y県)には通報してるんだし、後は北Kの警察体制がまだ整っていないのが心配ですが、基本は警察と連携でいきましょう」

 千葉は、ふと外を見ると、世の中にはいつもと変わらぬ朝が来ていた。警察官と鑑識は、ずっと休む事無く粛々と現場検証作業を続けていた。千葉と大河原は絹代に挨拶をして、必ず梅木を奪還すると言い残して、一旦梅木宅からひいて事務所で相手の出方を待つ事にした。

 源田から直接連絡があったのは、その日の夕刻であった。梅木をさらったのはやはり彼等であった。梅木組の事務所の会議室で、電話をスピーカーモードにして、誰もが源田の言葉を聞き、誰もが会話に入る事が出来るようにしていた。会議室には、千葉と大河原を始め、梅木連合の組長クラスが顔を揃えて息を潜めた。千葉は込み上げてくる怒りを抑えて、梅木会長の安否を訊いた。千葉は梅木が梅木連合の会長になっても社長と呼び続けていたが、ここでは会長と呼ぶ事にした。源田は、梅木は無事で食事も十分に与えていると言った。声を聞かせる様に頼んだが、今ここにはいないという理由で拒否された。

 会長誘拐の目的と要求を訊くと、意外にも合併話の白紙撤回ではなく、合併には応じるが、梅木連合ナンバー2の地位の保証を要求してきた。梅木会長もそれを呑んだらしい。だから梅木を丁重に扱っていると付け加えた。

 この要求には、千葉も大河原も、又他の組長クラスの男達も顔を見合わせた。図々しいにも程があるというものだ。と組長の一人が文句をつけようとしたところを千葉が目配せをして首を横に振って制し、会長が承諾したのなら仕方が無い。要求を全て呑む。他にも何でもするからとにかく会長を無事に返してくれと哀願した。

 源田は、いつも生意気な口を叩いていた千葉が、これまでにない低姿勢できたので悦に入っていた。序に調子に乗って、梅木に電気ショックを加えようとしたら、素直に要求を全て呑んだから、ヘタレもんだと一同に伝えた。これには、会議室にいた全員が怒りに満ちた。

 気の短い幹部が怒声を上げようとしたのを、今度は大河原が制した。千葉が再び目配せをして一同を黙らせると、要求を呑むんだから、頼むから会長を無事に解放してくれ、と再び哀願した。すると源田は、千葉はヤクザ者ではなく県庁から派遣された役人だと指摘して、梅木を返す代わりに千葉は県庁に戻れと要求した。どうやら千葉の存在が煙たいらしく、千葉を梅木組から分離して、ゆくゆくは自分がナンバー2におさまって、梅木組を実質的に支配してやろうという考えなのだろうか。

 千葉はこのわかりやすい要求にも、御安い御用だと引き受けた。そして梅木をいつ解放してくれるのかと源田に訊いた。源田は散々御託を並べて勿体ぶった挙句に、明日の午後3時、俺の家に千葉一人で来い。そしたら開放してやる。と伝えた。千葉は口癖の「承知」と言って、これが自分の最後の仕事だと応えると、源田は待ってるぜ。と言って電話が切れた。

 梅木組の会議室の緊張感が、この瞬間に少し緩んだ。千葉と大河原は、心配で集まってきた組長達を納得させなければならない。源田の要求を呑むと言ったのは、梅木奪還の為の方便で効力は無い。千葉は県庁に戻る事はない。と説明した。

 実はヤクザ社会は、絶対服従の縦社会で、意外にも口約束が重要で、それを周囲に知らしめる為に「杯を交わす」などの儀式が必要なのだ。それでこの世界が成り立っているといっても過言ではない。だから源田は、要求を呑むと言ったらそれを疑わないし、後で然るべき儀式を要求するつもりなのだろう。当然その前に暗殺の心配があるが、戸畑興業は不知火を始めとする強い手下が沢山いるので心配していないのだろう。それから会議になり、梅木奪還作戦は、明日の午後3時に、警察と千葉が連携して対応する。と決めて解散となった。

 千葉は相変わらずの不味い例のインスタント・コーヒー(梅木組の人々はこれが好き)を拒否して、舎弟に買って来させたブラックの缶コーヒーを飲みながら、S署の担当官沓掛警部に電話をかけて、新しい動きを連絡した。梅木会長誘拐の犯人は、戸畑興業の源田で、先程本人から電話があった事、明日の午後3時に源田宅に迎えに行く旨を伝えて、協力を要請したのだが、沓掛警部の返事は意外なものだった。今朝発覚した梅木会長誘拐事件は、捜査会議の結果、戸畑興業の仕業である可能性が高い事は明白であるから戸畑警察署に協力を要請したところ、確たる証拠無しに協力など一切しない。と言うのだ。

 現在北Q州の警察組織の改革中であり、戸畑署の署長である国木野という人物が、頑冥に抵抗している事実を伝えてきた。おそらく国木野は、戸畑興業と癒着している可能性がある。であれば彼はブルドーザー部隊に処理される事になるが、明日ではとても間に合わない。と言った。

 S署としてもY県警としても、明日の話では、警察組織の管轄ルールを破ってまで戸畑の地で警察活動をする事は出来ない。戸畑署の改革前に自分達がこのルールを破る事は出来ない。というものであった。千葉は落胆したが、大きな改革には時間がかかるという現実も理解出来た。そして戸畑署の頭越しにS署が出張れば、戸畑署に抵抗の口実を与えかねない事情も理解した。

 国木野を始めとする戸畑興業と関係がある人物達は、近い内にY県のブルドーザー部隊によって処分されるだろうが、明日の話では間に合わない。そこで、千葉はY県自衛隊の担当官に電話すると、北Q州の自衛隊は陸・海・空に於いて掌握が終わっており、明日の3時は協力出来る事がわかった。千葉は、明日午後3時から戸畑興業の源田宅で大きな事故があるかもしれないが、何があってもおさまるまで絶対に戸畑の警察を入れさせないでくれ。それから空からの侵入も防いでくれ。トノには俺から連絡すると要請し、了承を得た。

 千葉は小さくガッツポーズをすると、今度は菊沢ユリの業務用携帯に電話した。時間は午後7時を過ぎていて留守電になったので、ユリのプライヴェート携帯にかけて、事情を説明してトノに報告しておいてくれと伝えた。ユリは、何故千葉一人で行くのか納得しなかった。危ない事は控えてくれと言った。どうして千葉はそうなのかと問い質してきたが、それは千葉の方が聞きたいくらいだ。きっと任務がそうさせるんだろう。と応えると、ユリはトノの言葉を思い出せと言った。

『命をかけてとまでは言わん』だろ? と千葉は笑った。しかしユリが笑わずに沈黙しているので、少し気まずい空気を察っすると、そうだ。今度一緒に食事に行こう。と言うと、五体満足だったらきっと。と言ったので、千葉は約束して電話を切った。

 事のなりゆきで、千葉とユリの初めてのデートが成立した。今まで仕事を通して色々やりあったが、次第に互いに意識する様になって、今回梅木が誘拐されて、その奪還の為に警察の協力は得られなかったが、自衛隊の協力を取り付けたとあれば、千葉の生死に関わる大仕事には違いないのだ。しかもたった一人で立ち向かうなど、まるでアクション映画の一シーンの様で、それがユリの心を揺さぶり、固いガードを開く効果があったのだろう。しかし当の千葉は、自分の生死に関わる仕事だとは全然考えていなかった。命をかけるのは御免だが、大河原の加勢を断り、ここは一人で梅木会長奪還を引き受けた。


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