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神様の日記帳  作者: ユウ&ユキ
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クリスマスの奇跡〜全盲な彼女と気まぐれな彼〜

君はこんな話を聞いた事があるだろうか。

狭い路地を歩いていると、以前には無かったはずの神社が姿を表すこと事がある。

その神社には本物の神様がいるという事を。



 十二月二十五日、クリスマス。


 この日は様々な人が恋人と過ごし、友人と過ごし、家族と過ごすだろう。


 これはそんな日に二人の男女に起きた、切ない奇跡の物語。



・・・・・・・・・



 とても気まぐれな彼はある日、気まぐれな行動で目が見えない彼女に話しかけた。


『大丈夫ですか?あなたですよ、そこのお姉さん』と。


 彼と彼女はその後、彼が彼女の目の代わりとなって何度も会うようになり、何度も遊びに行った。

 入院することになった彼女の元にも、ほぼ毎日通っていた。


 そして少しずつ彼は彼女に惹かれていき、出会ってから一年が経とうとする今日には、既に誰にも代え難い存在となっていたのだ。


 あと一日で、出会って一年となる今日。

 十二月二十四日、クリスマスイヴにも彼は彼女の病室にいた。




「そんでよ、あいつらと一緒に介護施設のクリスマスパーティーのボランティアに行かされたんだよ」


 彼、龍弥(りゅうや)は病室に来るといつも何かしらの話題を持ってくる。

 むしろ話題を作るためにボランティアなどに参加してるのではないか、と彼女、紗結(さゆ)は思っていた。


「えぇ!龍弥には全然似合ってないよ!」


 紗結はおかしそうに笑う。

 しかし雰囲気や喋り方はこんなでも、根は優しいことを紗結は知っていた。


「だろ!?なのにあいつら無理矢理連れていきやがって……なんとか上手くいったからいいんだけどな」


「でも良い経験できたじゃん!」


「ポジティブに考えりゃ、そうなのかもしれないけどよぉ……」


 龍弥は苦笑いをして頭を掻いた。

 龍弥自身は、自分はそういう善行は自分には似合わないと思っていたからだ。


 それは別として、龍弥は紗結の様子が少しおかしいことに気付いていた。


「……なあ紗結、なにかあったのか?」


「えっ!?なんで分かるの!」


「そりゃお前、紗結が俺を見れない分、俺は紗結のことを見ているようにしてるからな!」


「えぇ〜、なんかそれ嫌だ……」


「え……そ、そんな……」


 少し本気で落ち込む龍弥。あまり他人に何かを言われても気にしない龍弥だが、紗結に対してだけは別だった。


 紗結は龍弥の声色と雰囲気から、本気で肩を落としていることを判断する。

 やはり目が見えないと、その他で状況を判断する能力が高まるようだ。


「ふふふっ、冗談だよ。間に受けすぎ!…………いつもありがと」


「おっ……おぅ……」


 そんなぶっきらぼうな返事に紗結はもう一度笑った。


「それで、何があったんだ?」


「その……実は来月に手術を受けられることになったの」


「良かったじゃねぇか!!!」


 今までは金銭的な問題から、目が見えない理由である脳の手術を受けることが出来なかった。

 龍弥からすれば待ちに待った知らせであった。


 しかしすぐに龍弥は、紗結の元気がないことに気付く。

 そして一年間、紗結を見続けた龍弥はすぐに理解した。


「……大丈夫だ。日本の医者は優秀なんだから」


「分かってるよ、分かってるけど。でも…………怖い」


 自分の頭の中をいじくり回される。それはとてつもない恐怖だろう。

 特に紗結は目が見えなく、余計に周りに対して怯えることがある。


 龍弥は紗結を落ち着かせるために、優しく抱きしめた。

 目の見えない紗結にとって、スキンシップは安心できる要因の一つであった。


「安心しろって。それに悪いことばかり考えてんじゃなくてよ、楽しい事考えようぜ!」


「楽しいこと?」


「そう、楽しいことだ!目が見えるようになったら色んな景色が見える。今降っている雪も見ることが出来る!」


「それは……楽しいね」


 紗結はそれを想像してみた。

 もう十年以上も昔の光景しか、記憶には残っていない。

 だからこそ、その光景を見たいと、強く思えた。


「そうなったらまた色んな所に行って、一緒に色んな景色を見よう。どうだ、楽しみだろ?」


 龍弥は紗結にそう言って笑いかける。たとえ見えていなくても、そんなのは関係なかった。

 紗結は、頷きながらその見えない目から涙を流していた。


「うん……うん!龍弥、ありがとう」


「気にすんな」


 龍弥はガシガシと紗結の頭を撫でた。

 それは彼氏が彼女にするような優しいものではなかったが、紗結の心からは、いつのまにか不安は無くなっていた。


 龍弥は外に降る雪を見る。


 龍弥も紗結の目が見得るようになる手術ができるのは、嬉しいことだった。

 外に降る雪を一緒に見て、そしてクリスマスを一緒に過ごす。

 そんな日を夢見ない日はなかった。


 しかしそれと同時に、龍弥はひどく緊張し始めていた。

 紗結の目が見えるようになったら、その時に告白をしようと決めていたからだ。

 まだ少し先のことだが、それでも緊張する。


「それじゃあ、また明日来るわ。クリスマスプレゼント、何か欲しいものあるか?」


「何も見えないし、龍弥が来てくれればそれでいいよ」


「そ、そうか……。まあ楽しみにしとけ!じゃあな!」


 龍弥は扉が閉まり切るまで、手を振り続けている紗結を見ていた。

 目が見えるようになるかもしれない期待と、妙な胸騒ぎを抱きながら。



・・・・・・・・・



「しっかし、女ってのはどういうのが好みなんだよ」


 病院を出た後、龍弥は大通りの雑貨店に来ていた。

 今まで女性との付き合いが少なかった龍弥は、クリスマスプレゼントに困っていた。


 街は雪が降り、イルミネーションで飾られ、サンタの姿をした人もチラホラと見かける。

 街の広場にある大きなクリスマスツリーの下には、何組ものカップルが座っていた。


 特に、龍弥が羨ましがることはない。

 なぜなら明日は、想い人とクリスマスを過ごすのだから。


「これか……?いや、あいつは目が見えねぇから無しだな」


 クリスマス仕様のキーホルダーを手に取って悩むみ、そして戻す。

 かれこれ一時間はこんな様子だった。


「ペンか?それとも花束?いや、それは絶対に無い」


 結局、悩んだ末に御守りを一つ買っただけだった。

 街を歩いていると、ふとケーキやが目に入る。

 龍弥は、紗結が甘いものが大好物であることを思い出しす。


「あっぶねぇ、そりゃクリスマスにはケーキ必須だろ」


 そう言ってケーキ屋に入る。

 見た目が少しチャラい龍弥が、家族連れの多いケーキ屋に入る事は少し気が引けたが、ここにきてケーキを買わないという選択肢は無かった。


 案の定、子供に指を指されたり視線を受けたりしたが気にしない。

 少し長い行列の最後尾に並んだ。


(あいつが好きな果物はイチゴにバナナ。それによく食ってたケーキは……確かチョコ生クリームだったな)


 並びならがケーキの一覧を見ていく。

 狙うはイチゴが乗って、バナナが間に挟まっているチョコ生クリームケーキだ。


「…………よっしゃ、あった」


 目的のケーキを見つけてつい声に出してしまう龍弥。

 値段が少し高いが、そんなことどうでも良かった。バイトを増やせばどうにでもなる。


「あれ、二つ下さい」


「少々お待ちください」


 店員は、目的のケーキを二つ取り出してクリスマスの柄の箱に入れていく。

 並んでいる間に、いつの間にか残り二つになっていた。


 金箔がかけられているそれは、やはり龍弥からすると高かった。



・・・・・・・・・



 そのあとは街中を気の赴くままに歩いていた龍弥は、いつの間にか人通りの少ない道を歩き、見たことのない神社に辿り着いていた。


 雪の勢いも強くなり、かなり積もってきていた。

 街灯に照らされた雪は綺麗な真っ白だ。


 龍弥は神社のベンチに座り、コンビニで買っておいた期間限定、辛い肉まんを取り出した。

 流石にもう冷めていたが、猫舌である龍弥からすれば悪くはなかった。


「…………辛っ!こりゃやり過ぎだろ!」


 あまりの辛さに舌を出す。

 寒い外気と時々舌に乗る雪で、辛さが落ち着いてくる。

 そしてまた辛い肉まんを頬張る。そしてまた舌を突き出す。


 食べ終わった龍弥は、特にやることもなくそのまま雪が落ちていくのを見ていた。


(来月に脳の手術か…………、不安なのは紗結だけじゃない)


 想い人が手術を受けると聞いて、少しも心配しない人はいないだろう。

 そう、龍弥は思う。


 そして龍弥は、自分が神社にいることを思い出した。


 龍弥の足は自然と動き、自然な動きで賽銭を入れて手を合わしていた。

 しかし何を願うか、それがいくつもあり決まらなかった。


(ここは普通に手術が成功するように、でいいか。……いや、違うな、俺の本当の願いはそうじゃない)


 そうして龍弥は、この見たこともない神社で願い事をした。


『いつか、目が見えるようになった紗結と雪を見れますように』と。




 〜♪


「うおっ!」


 ちょうど夜中の十二時を回った頃、龍弥がベンチで黄昏ている時、スマホが鳴った。

 このメロディーは家族ではない。紗結だ。


 龍弥は慌ててスマホを開いて確認をする。

 音声メッセージが送られてきていた。



『メリークリスマス、龍弥。

 外は雪が降ってるのかな?風邪引くから外にいちゃダメだからね。


 今日で私たちが出会って一年になりました。この一年は目が見えなくなる前よりも楽しい一年でした。


 龍弥がいてくれたから、あの時、話しかけてくれたからこその一年でした。きっとあの時も、『気まぐれ』で話しかけてくれたんだよね?そんな気がします。


 実はあの時、とても心細かったです。龍弥ならもう気付いてたかな?一人でどこへ行けばいいのかも分からなくて、それに………あの日、余命宣告されたから。


 本当はこんなに長く生きられなかった。お医者様はすごく驚いていました。私は龍弥のおかげだと思います。あなたのおかげで、私はこんなに生きられました。


 私のことは忘れてください。この先、私のせいで龍弥の人生を狂わせてしまうとしたら、耐えられない。だから忘れて……っ。


 うぅ……ひっく………。


 こほん。ごめんね、取り乱しちゃった。

 私は、あなたのおかげで幸せな人生を送れました。ありがとう、龍弥。バイバイ』



 それを聞いた龍弥の心臓は今にも爆発しそうなほど、大きく鳴っていた。

 頭が混乱し、目の前がぐるぐる回っていた。


 スマホの画面の明かりが切れる。それと同時に龍弥はベンチから立ち上がって走り出した。


 しかし勢いのあまり雪の中に転ぶ。

 それでもすぐに立ち上がり、雪が吹雪く中、病院へ駆け出した。




 龍弥が病院へ着いたのはそれから三十分後のことだった。

 頭には雪が積もり、靴は水を吸い込み、手袋をしていない手は真っ赤に鳴っていた。


 病院の前には、顔見知りの看護師がいて手続きなどはしないで入らせてくれた。


 病院内に龍弥が走る音が響く。

 エレベーターが上がっていくのが、とてもゆっくりに感じれた。

 もう電気は全て消え、静まり返っている病院は余計に不安を掻き立てていた。


 エレベーターが止まり、やっと二百二十一番、紗結の病室の前に着く。


 龍弥は恐る恐る扉を開けた。


 病室の中では、明るい月明かりに照らされた紗結が横になっていた。

 龍弥にとって、いつもの光景なはずだった。それなのにどこか冷たさを感じさせる。


 龍弥はゆっくりとベットの側まで行き、紗結の顔を覗き込んだ。

 それはとても綺麗な寝顔だった。寝ているだけのように見えるのに、動く気配は少しの感じることができなかった。


「紗結…………」


 龍弥は紗結の頰に手を当てる。既に、人とは思えないほど冷え切っていた。

 龍弥は、自分が今、何を考えているのかが分からなくなっていた。


 龍弥は、机の上に手紙と紙袋が置かれていることに気付く。


 紙袋には龍弥が選んだ御守りと同じ種類の御守りをが入っていた。

 手紙には涙の跡と、一言が書かれていた。


『愛してます』


「……ぁっ……紗結……。なんで…………俺も愛してるのに……伝えさせてくれよ、紗結。…………うわぁぁぁぁぁ!!!」


 龍弥は手紙を握りしめたまま、膝をついて大声で泣いた。


「神様っ!なんで……っ!紗結を、返してくれよっ!」



・・・・・・・・・



 その後は待っていてくれた医者と、紗結の家族が入ってきた。

 しばらくして龍弥は家に帰され、気付けばクリスマスの夜になっていて、自分は街のクリスマスツリーのベンチに座っていた。


 御守りと手紙は、ずっと握りしめていた為ぐしゃぐしゃになっていた。


 龍弥は何もやる気が起きなかった。生きる希望を失くしたかのように、一人でツリーを見ていた。

 周囲からは楽しげな声と音楽が聞こえてくる。


 龍弥は、ようやく自分がプレゼントとケーキをあの神社に忘れてきていることに気付いた。

 しかしすぐに忘れようとする。もう渡す相手はこの世にはいない。


「そうか……紗結はもういないのか……」


 ようやくその事実が頭に入ってきた。

 音声メッセージの内容と、手紙の言葉を思い出す。

 龍弥は涙を流し、死のうと考える自分の頭を一発殴る。




「大丈夫ですか?あなたですよ、そこのお兄さん」


 幾度となく聞いてきたその声。聞き覚えのあるその言葉が、龍弥を勢いよく振り向かせた。


「メリークリスマス。……ただいま」


 そこには、神社で忘れてきたはずの御守りを付けた紗結がいた。


「紗結っ!!!」


 龍弥は駆け出し、紗結を強く抱きしめた。

 龍弥は自分の見た光景、そしてその香りが夢のように感じる。

 だって紗結は死んだはずなのに。


 それでも、溢れる感情は止まらなかった。


 龍弥は一度紗結を離して、顔を見る。

 それは何度も何度も見てきた紗結の顔。しかし違うことが一つ。目を開けていた。


「……おかえり、紗結」


「うん、ただいま……龍弥」


 紗結は、その目ではっきりと龍弥を捉えていた。

 そのずっと願い続けた光景に、龍弥は涙する。こんなに嬉しいことは今まで味わった事が無かった。

 紗結は龍弥の頰に流れる涙を優しく掬う。


「ねぇ、一つ、直接言いたい事があるの。いい?」


「……当たり前だろ?」


 雪は、イルミネーションの光を優しく反射していた。クリスマスソングはその瞬間にちょうど終わって、紗結の声をよく通した。




「あなたのことを愛してます」


 紗結は龍弥を抱きしめ返した。



「目の前で、あんなに真面目に頼まれちゃあねぇ」


 イチゴの乗ったチョコレートケーキを頬張る少年がひとり事を喋っていた。


「僕はいつでも暇だしね。本当は高くつくんだけど、今回はこのケーキで許してあげようかな」


 少年は筆を取り、机に向かってノートを開いた。


「僕が愛した君達が幸せになれるように」


 少年は筆を動かす。

 クリスマスの奇跡、と。

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