すれ違い師弟
「こいつは私の使い魔でも指折りの個体だ。お前も私の弟子なら使いこなしてみせろ」
そう言って引き渡されたのは小ぶりの暗黒竜だった。魔界と呼ばれる地域に生息する、ドラゴンの中でも上位に食い込む逸材。漆黒の鱗は鋼のように堅く、大きく裂けた口からは鋭い牙が覗いていて見る者を圧倒する。
「他にもいろいろ居るには居るんだが、町中で使役するにはどうにも不便な連中ばかりだ。そいつが一番いいだろう」
これで勝って来い。彼女は言外にそう言った。
いくら小ぶりとは言え、暗黒竜など普通の魔物使いが使役できる魔物ではない。こんなものを預けられたら、相手がどれだけ優れた魔物使いだろうが勝って当たり前だ。
今のジョシュアにとって、それはどうにも不信感の裏返しに感じられた。
酒場での発言は未だにジョシュアの胸に引っかかっていた。弟子の魔物使いとしての実力を、彼女はきっと信頼していないのだろう。
悔しかった。
「……僕はそいつを使いません。僕は僕の使い魔で戦います」
「おい待て。お前は使い魔なんて持ってないだろう」
彼女の指摘は、正しい。
しかしそれでも、彼女の一番弟子であるジョシュアにはプライドがあった。与えられた勝利ばかりを享受して、なにが一番弟子だというのだ。
「明日の朝までに見つけてくればいいんでしょう!?」
ジョシュアはそのまま宿を飛び出した。夜の闇を走り、人気のない所に移動する。
この街の近くにだって魔物は居るはずだ。知識を総動員し、狙いを定める。
「サクション!」
魔物寄せの魔法――周囲に生息する魔物を引き寄せる魔法だ。戦闘訓練などに使われるものだが、今回はこれを使って強い魔物を探す。
幸いにも魔物自体は豊富に生息しているらしい。すぐに何匹もの魔物が現れた。しかし――
デュラバゴス、ゴキブリオス、ベギンゲージ、ブラッドローチ、メイジモグラ――どれも駄目だ。この程度の魔物では、鳥竜種を従えるクラスの魔物使いには勝てない。
この地域ならば、ベビーメタル、モータルヘッド、ゴシッグメード……このあたりが狙い目だ。それならなにが来たってある程度工夫で戦える。扱いきれるかどうかは……気合だ。
呼んでは追い返し、呼んでは追い返し。夜は時間の流れがわかりにくい。星の動きから推測すると、三刻は続けていただろう。
それからまた、かなりの時間が経った。もう息も絶え絶えだ。辛い。魔力もそろそろ残りが少ない。疲弊からか、なんでこんなことをしているのかすら一瞬思い出せなくなる。
やめたい。
でも、投げ出したくない。
ここでやめたら飛び出してきた意味が無い。何もできずに戻ったら、彼女はますます僕を見下げることだろう。それだけは絶対に嫌だ。たとえその下を離れることになっても、彼女に失望だけはされたくない。
僕は、師匠の一番弟子だから――
「サクション!」
一心不乱に唱え続ける。
願いに引き寄せられたかのように、遂にそれは現れた。
「あ、あれは……」
闇夜に映える白い翼から放出される魔力は七色に輝き、白銀の輝きを染め上げる。鋭角的なフォルムはしかし力強さと同時に美しさを内包しており、しばしば芸術品にも例えられるほど。多くの伝説にその名を刻む、親しみと敬愛を込められた存在。その名は、その名は、その名は――
「ギラガサギ!?」
なぜだ、ここには生息していないはずなのに。
夜空を見上げれば、そこには無数のギラガサギの群れが飛んでいた。信じられないほどに美しいその光景に、ジョシュアは思わず息を呑む。
そうか、渡りだ。この時期のギラガサギは住処を移すために渡りをする。その中から一羽がこちらに引き寄せられたのだ。
これは奇跡だろうか。またとないチャンスの到来に、俄然ジョシュアのやる気が湧く。
ギラガサギは強力な魔物だ。これなら――
「そうだ、首輪を――」
使役契約を結ぶ上で首輪は必需品だ。ジョシュアはエンプライに内緒で持ち歩いていた首輪を取り出し、ギラガサギに飛びかかる。大きな羽を押さえつけ、首根っこを掴む。
詠唱と共にこれを巻きつけて初めて、使役の魔法は発動するのだ。
暴れるギラガサギ。ジョシュアは叫ぶ。
「彼の者を――!?」
しかし流石の力だ。すでに疲弊したジョシュアでは簡単に振り払われてしまう。しかし根性だけなら撒けていない。もう一度掴みかかるジョシュア。時には魔法で牽制し、振り払われ、また掴みかかり――
いつしか東の空がほんのり明るくなっていた。
このままでは夜が明けてしまう。
最後の力を振り絞ったジョシュアは羽をむしりとる勢いでしがみつき、強引に首輪を巻きつける。
「彼の者を我の下僕として縛り束ねることを認めよ。この革の輪はそのための供物である。これを以て理として契約せよ。――ディバインド!!」
※
夜が明けた。
ジョシュアはまだ戻ってこない。
あの馬鹿弟子は、一体どこをほっつき歩いて居るのだろうか。
いつもひとりで行動させる時は撹乱魔法で隠れて監視しているのだが、今回は気分が乗らなかったのでしていない。
もう日は登り始めている。時間の指定はしないなかったものの流石にいつまでもすっとぼけているのは不味い。エンプライは一人だけでもと広場に赴く。
「お弟子さんは居ないのかな?」
嫌味ったらしく言うメアリーに、エンプライは強く言い返すことができなかった。
「私の弟子だ……決して逃げたわけではない」
自信はなかった。
もしジョシュアが逃げ出していたら?
このまま姿を表さなかったら?
考えたくもない。それでは目的を果たせないし、なにより、なにより――
「……お待たせしました」
聞き覚えのある少年の声に、エンプライは振り返る。
「ジョッシュ……!?」
「こいつが "僕の使い魔" です……!」
ジョシュアは戻ってきた。
それを見て思わず泣き崩れそうになったことには、自分が一番驚いていた。
用語解説:ギラガサギ
鳥系の魔物はどちらかと言えば魔族に近しい存在であることが最近の研究でわかっている。
古来の魔竜種を祖先に持つとも言われており、事実鳥系の魔物には伝説級の存在も多い。
ギラガサギは伝説と呼ばれるほどではないが、通常遭遇するような魔物の中ではトップクラスに強い魔物だ。
その鋭いくちばしと肉体硬化から放たれる翼の斬撃はどんな魔物でも切り裂くという。
その白く大きな翼は見たものを魅了し、長い首から生えた飾り羽は満月の夜に七色に輝くとも言われている。