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「次の町にはな、この魔法石を買いに行く予定だったんだ」

 先日入手したエメラルドグリーンの魔法石を地図の上で転がしながら、楽しそうにエンプライは言った。

「じゃあ目的地を変えますか?」

「いや。もうすぐ近くまで来てしまったし、それに次の目的地は少々ルートが面倒でな。物資の買い足しもしたい」

 確かに街の喧騒はもうすぐそこまでに迫っている。ここのところゆっくりできない日が続いていたし、できることなら羽根を伸ばしたいところだ。

 しかしそんなジョシュアのささやかな願い事は、師のたった一言で地に落ちることとなる。

「それともうひとつ。ここはりんご酒の名産地なんだ」

 その声は心底嬉しそうで……ジョシュアは強く否定することができなかった。

「お酒……飲むんですか?」

「いいだろ別に。自制できないそこらの連中と一緒にするな」

「まあ、そうですけど……」

 たしかに彼女は悪酔いするような人間ではない。尋常じゃない量の酒は飲むが、ザルなのかそこまで酩酊したことはこれまで一度もない。多少絡み酒のケはあるが、いつもより若干鬱陶しくなる程度で特に実害はなかった。

 ならばなぜジョシュアは絶望したのか。

 それはジンクスの問題である。

 彼女が酒を飲むと、決まってとても良くないことがジョシュアの身に降りかかるのだ。それも確実に。

 忌々しい記憶の数々が蘇る。

 例えば彼に夜中に使いを頼んだのを忘れてそのまま小屋の鍵を締めてしまったりだとか、あるいは彼女の積んだ酒瓶に蹴躓いて頭を打ちそのまま三日ぐらい寝込んでいたりだとか、エトセトラ、エトセトラ。

 これはもはや呪いと言っても差し支えないような精度だ。高位の魔族は酔うと親しい存在に災いを振りまくというが、これは強力な魔力を持った人間にも適応されるのだろうか。

「まあ確かに飲めないお前は退屈だろうがな。ここはリンゴジュースも美味しいらしいからそれでも飲んでろ」

 機嫌がいいからかジョシュアのこともちゃんと考えてくれているようだ。そういう問題ではないのだが。

「ほら、もう着くぞ。今日はここで宿を取るから準備しろ」

 ぼちぼち日が暮れて、いよいよ酔っぱらいの時間といったところか。絶好の――あるいは最悪のタイミングで馬車は街へたどり着く。馬車停めに馬車を預け、二人は夜の街へと繰り出した。

 どこもかしこも酒場だらけ。鬱陶しい呼び込みを軽くいなしつつ、早くも一軒目を決めたらしいエンプライはジョシュアの手を引き歩き出す。

「ここで一番高いりんご酒を貰おうか」

 マスターに一番近いカウンター席を陣取るなり、彼女は開口一番にこう言った。

「ウェルズ・ベルクだね。ボトルを開けよう」

 豪華なラベルに包まれたボトルをジョシュアが眺めていると、不意に背中の方から威勢のいい女性の声が聞こえた。

「同じものをアタシにもくれ」

 ガーネットを連想させるウェーブのかかった赤のセミロング。浅黒い肌は人種ではなく日焼けによるものだろう。ズボンの裾から少しだけはみ出した臀部の白い肌から、ジョシュアは露骨に視線を外す。目のやり場に困る露出の多い衣服は、トランジスタ・グラマーな彼女の体躯を際立たせていた。

「メアリーか。またツケで飲むのか?」

 どうやらここの常連らしい。マスターの怪訝顔など意に介さず首を振り肯定の意思を伝え、エンプライのすぐ隣に腰掛ける。

「見ない顔だね。ジョブは?」

 早くも飲み始めていたエンプライは、初対面の相手にも関わらず懐からマスターオーダー――魔物使いの証である――を取り出し答えた。

「エビルマスターだ」

「魔物使いか。奇遇だな、アタシもだよ。さしずめ表の見慣れないユニコーンはあんたの使い魔ってところか」

 そう言う彼女の肩には、小さな鳥が止まっていた。小さいながらもツメや嘴は鋭く尖っている。鳥竜種のなにかだろうか。

「隣の坊やは?」

 メアリーと呼ばれた女性は、続いてジョシュアに興味を向ける。

「こいつは私の助手兼弟子だ」

 エンプライの説明に、メアリーは怪訝顔をした。

「そのわりには魔物使いに見えないが?」

 確かにジョシュアは魔物を使役していないし、それらしい出で立ちなども意識していない。しかし将来的には――

「こいつにやらせるつもりはないからな」

 それは初耳だった。エンプライの弟子になるぐらいなんだから、自分もエビルマスターになるものだとばかり思っていた。

 違ったのだ。

 お前を跡継ぎにするつもりはないと言われたようで、思いの外ショックだった。

「なんでまた」

 同様の疑問をメアリーも持ったらしい。彼女の問いに、エンプライは少し口ごもってから答えた。

「……素養だ」

 しかしメアリーは納得していないようだった。ジョシュアも納得していない。誤魔化すようなこの言い方は、一体なにを意図したものなのだろうか。

「ははーん。そんなこと言っちゃって、ホントは教えるのが上手くないだけなんだろう?」

「なんだと?」

 エンプライに挑戦的な瞳を向けた彼女はちらりとジョシュアを見やり言う。

「見たところ坊やは魔物使いにも向いてると思うよ。なんならアタシの弟子になるか?」

 ちょっと迷う。

「迷ってんじゃねえ」

 見抜かれていた。

「フン、私は別に使い魔の扱いを教えてないわけじゃない。いいだろう。そこまで言うならこいつの実力を見せてやる」

 不穏な流れ。これはもれなくジンクスによるものだろうか。しかし、今は――

「明日の朝。中央広場でこいつと使い魔バトルしろ。こいつが負けたらそんな不出来な弟子はお前にくれてやる」

「いいね、乗った。アタシもちょうど優秀な弟子が欲しかったところだ」

「貴様ごときに私の一番弟子が倒せるかな?」

「泣いて謝っても返してやらないからな」

 どうやらとても酷いことに巻き込まれてしまったようだが、今のジョシュアの心を締め付けているのはその事実ではなかった。

 あんなことを、言われてしまったのだから。

用語解説:デイライトドラキリア

日中でも問題なく生活できるドラキリア。ギガンテスサキバスやホモ・メガデウスに並ぶ上位魔族である。

主食は他生物の生き血であるが、ギガンテスサキバスにとっての生気と同じで別にしばらく摂取しなくても生活できるし、普通の食物を栄養源にすることもできる。

ただ好物であることには間違いないので、長期間摂取しないと禁断症状を起こす個体もままある。

特徴は尖った耳であり、見ただけでわかるため人間社会に溶け込むためには工夫が必要である。

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