召喚師
一夜明けて早朝。戻ってきたシロガラスに案内させてアジトへと向かう。念のため馬車は手頃な洞窟に隠して偽装魔法を掛けておいた。エンプライによる異様に手の込んだトラップもある。
賊のアジトは打ち捨てられた砦を改造したものだった。独特の円形をあしらった装飾とカーブを多用した様式から察するに、昔この辺りで栄えていたアルヴァレスタ帝国のものだろう。
アルヴァレスタ帝国と言えば召喚師軍隊で有名だった。内部抗争で滅んでしまったらしいが、確かに一時代を築いていたようだ。関連書籍は今でも書店に多く並んでいる。
「行くぞ。手始めにこの汚らしい門を吹き飛ばしてやる」
いつの間にか見張りを惨殺していたエンプライは、宣言通りに門を吹き飛ばした。
騒ぎを聞きつけて中から賊がわらわらと出て来る。昨夜もそこそこ揃っていたが、加えてこの人数だ。かなり規模の大きな賊らしい。いわくつきのルーツがありそうだ。
しかし我らが師匠は敵の数など気にしない。特に今のエンプライは、怒りでいつもより冷静さを欠いていた。
「エクステンション」
いつもより詠唱のトーンが低い。底冷えのするような声はまるで地獄から響く死神の誘いのようだ。まるで凍結魔法でも使ったかのように、ジョシュアの背筋すら凍らせる。
巨大な炎。
人間の灼ける臭いはとても不快なものだった。昨日からそうだが、今のエンプライは本当に躊躇がない。彼女がここまで簡単に人を殺せる精神性を持っているとは思わなかった。普段はもう少しぐらい手心を持った人間だった気がするのだが。
古びた砦に、エンプライの詠唱だけが響く。
一切の会話もなく淡々と行われる破壊活動。
「バニシング」
彼女は容赦なく砦のレンガを吹き飛ばしていく。アルヴァレスタ帝国の砦は今となっては貴重な文化物なのだが、彼女の怒りの前に文化的財産は意味を持たないらしい。街の学芸員が見たら卒倒しているだろう。
それにしてもこの空気は辛かった。いつもは優しい――わけではないが、ちゃんとジョシュアには弟子として接してくれている。こんなに人間味の薄い彼女を見るのは初めてだ。
気まずい雰囲気を打開するべく、ジョシュアは恐る恐る話しかけてみた。
「……師匠、怒ってます?」
その一声で彼女は少しだけ平静を取り戻したらしい。場に立ち込めた重々しい雰囲気がほんの少しだけ和らいだ。
ばつが悪そうに顔をしかめた彼女は一旦破壊の手を止め立ち止まる。
「……さっきまでは」
流石にやりすぎた自覚があるのか、わずかばかりの自己嫌悪すら感じさせる。
それにしても、あそこまでの怒りを引き出したあの馬車はなんだったのか。
「あの馬車、そんなに大切なんですか?」
訊ねると、エンプライは少しだけ考えてから言った。
「そこそこ長い付き合いだったからな……でもまあ、気は済んだ」
ようやくいつもの彼女の表情に戻り、ジョシュアはほっと胸をなでおろした。はぐらかされた気もするが、今はそれより彼女のほうが大切だ。
「帰りますか?」
ジョシュアの提案を、しかし彼女は却下する。どうやらただ怒りだけでここまで来たわけでもないらしい。
「いいや、駄目だ。他にも目的はある」
エンプライは倒れた族の鎧を指差し言った。独特の円形の装飾がなされた鎧は、よく見ればジョシュアも知るものだった。
「連中の鎧、あれはアルヴァレスタの正規軍が使っていたシロモノだ。それも揃いも揃って同じ鎧。連中は間違いなく正規軍の流れを汲んでいる」
どうやら彼女はかなり早い段階で彼らの正体に気づいていたようだ。怒りに身をやつしながらもその観察眼。やはり彼女は優れた存在であると改めて感じる。
「そして連中の親玉……アルヴァレスタのアークサモナーは貴重な魔法石を身に着けている。使うアテもあるしできれば欲しいんだが……」
話をさえぎる不気味な声。
「そう簡単には行きませんよ」
噂をすれば影。どこからともなく現れたのは、ボロボロのローブを身にまとった細身の男。ローブには鎧と同じ装飾がなされている。こいつがアークサモナーだ。
「出たなサモナー。魔法石をよこすなら見逃してやってもいいぞ」
先程までなら出会い頭に殺害していたことだろう。こいつはとても運がいい。
「私にもメンツというものがございましてね。ここまでコケにされた上に逃げ出すなら死んだほうがマシです」
しかし彼はとても愚かな選択をしたようだ。
「なら死ね」
エンプライの爆裂魔法。しかし爆炎の中から現れたのは無傷のアークサモナー。周囲には先程まで存在していなかった土塊が転がっている。
「ゴーレム、奴らを殺しなさい」
魔法陣から次々と現れるのはゴーレムだ。先程の一撃もこれで防いだのだろう。ゴーレムはその太い足でこちらに迫ってくる。
「ジョッシュ、お前はゴーレムを片付けろ」
エンプライは構え、サモナーを睨みつけたまま言った。
「わかりました!」
こうして頼られると気分がいい。
さあ露払いだ。考えろジョシュア。
ゴーレムは泥を固めて作った人造生命体だ。衝撃に弱く、特に雷魔法を受けると泥の結合を維持できなくなり瞬く間に崩れ去るらしい。しかしここは屋内だ。ディガンマは使えない。
そうこうしている間に、ゴーレムは陣形を組んでジョシュアに襲いかかる。
上が駄目なら横だ。
「なら……エレズマー!」
落雷ではなく、手元で生み出した電撃を打ち出す魔法。原理が違うので威力には欠けるが――これなら天井に妨げられることもなく、効率的にゴーレムを破壊することができる。
「任せてくださいよ、師匠!」
ジョシュアは次々現れるゴーレムを、怒涛の勢いで破壊し続けた。
※
エンプライがひときわ巨大なゴーレムを一撃で屠ると、サモナーは不敵に笑った。
「なるほどあなたはゴーレムジェネラル程度では相手にならないようですね……では」
彼が杖を振るうと、エンプライの周辺に八つの魔法陣が浮かび上がる。湧き出た影の姿、それは――
「デイライトドラキリアです……あなたの魔法も通じませんよ」
デイライトドラキリア――ギガンテスサキバスに並ぶ強力な魔族だ。その特性は一切の魔法攻撃の無効化。普通の魔法使いでは勝ち目がない。
普通の魔法使い、では。
「私の力を舐めてもらっちゃ困る……!」
ディープクリムゾンの瞳が妖しく輝く。
エンプライの周囲に巨大な魔法陣が浮かび上がる。巻き込まれたドラキリアは金縛りにでもあったかのように一斉に動きを止めた。
「そんな、まさか……私の召喚獣だぞ……!? それにドラキリアに魔法は……! 馬鹿な、……まさかその瞳、もしやあなたは……!」
なにかに感づいたらしいが、もう遅い。
「どうだろうな」
動けないドラキリアの横を悠々と通り抜け、エンプライはサモナーの頭を鷲掴んだ。
「消えな」
次の瞬間、サモナーの身体は内部から燃焼。衣服ともども一瞬で灰燼と化した。ゴトリとエメラルドグリーンの魔法石が転がり落ちる。
召喚師を失ったドラキリアもその存在を維持できなくなり、チリひとつ残さず消滅した。召喚獣とは、相変わらず哀れなものだ。
背後から聞き慣れた声がする。
「師匠! そっちはどうですか!?」
どうやら向こうも片付いたらしい。エンプライは魔法石を拾い上げ、とてとてと駆け寄ってきたジョシュアに振り向く。
「今終わった。魔法石も手に入ったし帰るか」
エンプライがそう言うと、彼はとても嬉しそうに返事をするのだった。