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爆炎の外で

「そろそろ白子が食べたい」

 旅にもようやく慣れてきたある日の夕食。エンプライは唐突にそんなことを言い出した。

 確かに前の白子の日から一月が経とうとしている。タイミング的には妥当だが、しかしうまい話ではない。

 白子なんてそう簡単に手に入る食材ではない。大型の魚類や両生類などそう都合よく生息しているものでもないし、行商が取り扱うような品物でもない。

 小屋に住んでいた頃は近くの街によく入荷していたのだが、この近くにそんな都合のいい街などあるのだろうか。

「我慢とか……できないんですか?」

「実はもう三日ぐらい我慢してる」

 ダメ元で訊ねてみたが、駄目だった。

 が、彼女も考えなしに我儘を言ったわけではないらしい。

「……ここからしばらく西へ進んだところに港町がある。馬車でチンタラ進んでいたら三日ぐらいかかるが、お前が全力で行けば半日で往復できる距離だ」

 どんな計算をして出した答えなのかはわからないが、とりあえず手段は用意してくれていたようだ。それにしても、馬車で三日かかるのにジョシュアの脚で半日だなんて、一体どんな計算をしたのだろうか。

 なんにせよ、手段を用意してくれたのだから優しい方だろう。

「だからほら、とっとと行ってこい」

 優しくはなかったね。



 さて――

 馬車から出たジョシュアは、西の空を見上げて考える。

 全力というのはもちろん全力疾走という意味ではないのだろう。ありとあらゆる魔法を駆使してとにかく早く街に行くのだ。もっとも、あまり早くついてしまってもお店が開いていないので行きはある程度調整する必要があるのだが。

 移動と言えば転移魔法でひとっ飛びと行きたいところだが、残念ながら転移魔法は妖術師にしか扱えない特殊な魔法である。単純な物体の移動ではなく空間跳躍がウンタラカンタラ。

 なら次に身体強化だろうが、これは疲れるので却下だ。馬車で三日かかる距離を全力疾走するというのは、想像しただけで吐き気がした。

 治癒魔法で吐き気を抑え、気を取り直して考える。

 まだジョブも決まっていないジョシュアにとって一番効率のいい移動方法と言えば――

「マッドジャンプ!」

 ――高高度からの自由落下だろう。

 雲の上まで飛び上がり、両手でローブを広げ姿勢を整える。風向き良好。後は街まで一直線――

「惜しいな」

 なぜか横からエンプライの声が聞こえた気がした。しかし気配も魔力も感じない。次いで詠唱。

「散れ、バニシング!」

 背後で大爆発。

「あ゛ぁあ゛あ゛ぁぁああ゛あ゛あ゛あ゛!!?」

 盛大に爆発に巻き込まれたジョシュアは初冬の寒空に一人投げ出されてしまう。体勢もクソもあったものではない。

「バニシング!」

 もはやこれは死の宣告だ。なぜか聞こえるエンプライの呪文と共に、またしても背後で大爆発が起きる。更に加速したジョシュアは目にも留まらぬ速度で宙を舞い続ける。

「本当はもっと楽な方法もあるんだが、まあ飛んでしまったものは仕方がないよな。バニシング!」

 ああそうだ。確かに自由落下なんかより何倍も速い。

「だからって加減してくださいよ!?」

 これは絶対におかしい!!

「バニシング!」

 無視かよ。

 防壁魔法で服の破損は防いでいるが、命綱さえない上空でひたすら爆発に巻き込まれる心労は凄まじい。防げばギリギリ怪我をしない絶妙な距離で爆発が起きているのだが、巻き込まれる身からすればそんなことは関係ない。何度も爆発に巻き込まれて平常心で居られる人間が一体どこに居るというのだ。

 少なくともジョシュアは違う。

「竜! 悪魔! スカポンタン!」

「……空間よ散れ、バニシング!」

 まずい。怒らせてしまった。爆発の威力が増し、要求される防壁魔法のレベルが高くなる。

 そのまま何度も爆発に巻き込まれたジョシュアは真夜中の内に街へ落下。街のど真ん中で夜が明けるまで気絶していた。



「帰りは自分でやれよ。手を抜いたらゼロ距離デコピンだ」

 やはりなぜか聞こえてくるエンプライの声。もしかすると近くに居るのかもしれない。

「ええ……自分でやるんですか、あれ……」

「よく考えろよ」

「……はい」

 エンプライのゼロ距離デコピンは強烈だ。防壁魔法を展開したうえで受け身を取らないと内臓が破裂する。治癒魔法のおかげで死にはしないのだが、痛いのは御免だ。

 白子を買って街を出たジョシュアはしぶしぶ詠唱を始める。

「マッドジャンプ! 続いてバニシング!」

 距離を調整し、かつ防壁魔法で服や白子の破損を防ぐ。位置計算と複数魔法の同時発動。なるほど確かにこれはいい修行になるかもしれない。素人にはできない芸当だろう。

 馬鹿を言え。正気じゃない。

 頭がおかしくなりそうなのをなんとか耐えながら、正確な計算と魔法の複数展開を繰り返し続ける。

 バニシング、バニシング、バニシング。

 自我が消滅しそうだ。

 自分がなんのためにこんなことを繰り返しているのかすらわからなくなった頃、ようやく馬車までたどり着いた。

 待ち受けていたエンプライは、馬車の前に落下したジョシュアに冷たい目を向けた。

「……まさか本気でやるとは思わなかった。まあ、なんだ、その……悪かったな」

 ドン引きして珍しくしおらしい態度を取るエンプライを見ることができたのは、ご褒美と見てもいいのだろうか。

 駄目だろうなあ。

 そもそもよく考えたら適当な使い魔を借りて行けば良かったね。

用語解説:妖術師

上位ジョブのひとつ。対応しているメサイアオーダーは数あるオーダーの中でも群を抜いて手に入りにくいとされている。

その分補正は強力……というわけでもない。転移魔法が使えるようになるのはかけがえのない強みであるが、それ以外の補正は低位ジョブとあまり変わらないようなものに収まっている。補正なしでも十分なステータスを持っていれば、確かに強いのだが……。

また、地力がなければ転移魔法もまともに使いこなすことができないので、完全に達人向けのジョブである。

チームを組めば弱点も補うことができるので、パーティーを組んで戦う冒険者の中では意外と人気があるらしい。


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