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美しき悩み

 結局魔法石はひとつしか手に入らなかった。自分用にもひとつぐらい確保しておきたかったジョシュアは落胆しつつ、転がり落ちた魔法石を回収する。

「私ならあと三十秒は早かったな」

 不意に現れたエンプライが、背中越しに手を伸ばして魔法石をひったくる。流石に驚いたジョシュアは、彼女の憎まれ口に言い返す余裕もなかった。

 沈黙。

 驚きと疲れの入り混じったジョシュアの顔を見たエンプライは、何か思うところがあったのか腕を組んで口をもごもごさせる。

「ん……まあ、しかし……その……うーん……まあ」

 ハッキリとしない物言い。

「えーっと……あの、あれだ。初めての実戦にしては、思ったより幾分かはマシに振る舞っていたな」

 彼女は他人を褒めるのがとても苦手なのだ。

「あ……ありがとう、ございます」

 反射で飛び出した感謝の言葉。師の不器用な一面を久しぶりに垣間見て、ようやくジョシュアは落ち着きを取り戻した。

「ところでそれ、何に使うんですか?」

「ああ、これは……そのうちわかる」

 はぐらかされてしまった。この様子では当分教えてくれないだろう。もしかすると一生教えてくれないかもしれない。彼女は嫌になるぐらいの秘密主義なのだ。

 なので茶化してやるべく 「アンチエイジングとかですか?」 と言いそうになったが、痛いのは嫌いなのでやめた。

「んー、しかし疲れたな。いい感じの湖もあるし、今日はここで休むとするか」

 あんたほとんど隠れてただけだろと言いたいところだが、まあこれはジョシュアのことも考えての判断なのだろう。

「そうですね。しばらくお風呂にも入っていないですし」

 水を生み出す魔法というのもあるにはあるのだが、こうして生み出した水は成分の違いからか天然の水よりも硬い。それに大量の水を生み出すためには相当な魔力を消費するので、お風呂に入るために無駄に疲れてしまうのだ。

「服も洗ってしまうか……よし。デビルアライグマ!」

 エンプライが呼ぶと、小ぶりの魔法陣を介して三匹のデビルアライグマが現れる。これは彼女がすでに使役済みの魔物だ。普段は異空間に住んでいるらしい。ジョシュアは馬車から溜まった服を運び出し、彼らに渡す。乾燥は最悪でも魔法を使えば一瞬なので、あまり考えなくても良い。臭いはこの際我慢だ。

「さて、と……私は水浴びをしてくるから、お前は湯船を用意しろ。日が暮れるまでな。それ以外は自由だ」

 言うが早いか、彼女は服を脱ぎ捨てて湖へと駆け出していった。デビルアライグマが慌てて宙に舞った服を回収する。地べたに落とすとこっぴどい仕置を受けるのだ。

「もうだいぶ涼しいのによくやるよ……」

 すでに薄着では肌寒い季節だ。夏の暑い中ならば水浴びというのも楽しいのだが、この時期のそれは懲罰にも採用されるほどのもの。つくづく謎の多い人だ。

 しかし……水と戯れる一糸まとわぬ彼女の姿は、思わず見惚れてしまうほどに美しかった。

「無防備なんだよな、まったく……」

 エンプライという女は、ジョシュアの前でも平気で脱ぐ。別に見せつけているというわけではないのだろうが、まるで意に介していないかのように脱ぐ。妖蜘蛛の糸で編まれたネグリジェはよく透けているし、お風呂上がりはしばらく下着姿でうろついている。

「黙ってたら、やっぱり綺麗な人だしさ……」

 そういった羞恥に無頓着なのか、あるいはジョシュアを性の対象として見ていないのか。真偽は不明だが、思春期の男子であるところのジョシュアは気が気でなかった。打つ手はない。指摘すれば絶対に馬鹿にされるだろう。

 思考が乱れる。

 気を取り直したジョシュアは風呂桶の用意に移る。

 こういった豊富に土のある場所であれば風呂桶の用意は容易だ。木が残っていれば更に楽だったのだが無い物ねだりをしても仕方がない。

 まず掘削魔法で粘土質が出てくるまで地面を掘る。粘土が出てきたら後はそれを風呂桶の形に整形し、火炎魔法で焼き固めるだけだ。表面は研磨してやてもいいかもしれない。

 同じ手順でかまども作成。後は水を張ってかまどに火をつければ湯船の準備は完了だ。

 日が暮れるまではまだしばらく時間がある。というかそもそもまだ正午すら回っていない。ならジョシュアが次にやるべきことは昼食の用意だろう。指示はされていないが、多分放置しているとエンプライは不機嫌になる。彼女はそういう人間だ。

 湖もあることだし、久方ぶりに魚でも食べよう。

 馬車から釣りセットを持ち出したジョシュアは、湖の畔でのんびりと釣りを始めるのだった。



 半刻でカゴいっぱいの魚が釣れた。この湖はどうやらアタリらしい。魔法の疑似餌を使ったとはいえここまでの釣果はなかなかない。

 早速調理しようと馬車に戻ると、水浴びを切り上げたエンプライと鉢合わせてしまった。

 気まずい。

 水の滴る彼女の柔肌は、燦々と降り注ぐ陽光を照り返す。全体的に肉付きがよく均整のとれたプロポーションは美術品のような美しさすら持っている。

 この世のものとは思えない美しさは、見たものに罪悪感すら植え付ける。

「ご、ごめんなし!」

 見てはいけないモノを見てしまった。そんな気がしたジョシュアは、思わず顔を隠してしゃがみこんでしまった。これがまずかった。

「ふふん、なるほどな。水浴びをしている時に感じた視線もお前のものか」

 そう言われてようやくジョシュアは自らの過ちに気づいた。

「確かにお前も年頃だ。下心を持ってもおかしくはないな。すっかり忘れていたよ」

 嘲り笑いながらエンプライは続ける。切れ長の目を細め、ディープクリムゾンの瞳に嘲笑を浮かべていることぐらい、見なくてもわかっている。

「これからは気をつけてやるよ。悪かったなぁ」

 心底楽しそうなその声は、普段であれば喜ばしいものなのだが。

 悔しい。

 自らの屹立した一物を必至に隠しながら、ジョシュアは声も上げられず静かに涙を流す。

 その日の晩。ジョシュアはひとり馬車を抜け出し、茂みに隠れて自らを慰めたのだった。

用語解説:水を生み出す魔法

落雷や爆発は空気中の物質を操作するだけで用意に可能だが、水の精製は空気物質の分子構造の入れ替えが必要になる。

これは他の無から有を生み出す魔法にも同じことが言える。これらの魔法は非常に多くの魔力を消費してしまうのでリスクが高く、リターンに釣り合うかどうかは魔力量次第と言えるだろう。

エンプライほどの達人でも風呂桶一杯分の水を生み出すと半日は動けなくなるため、常人にはほぼ使われない魔法である。

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