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アルラウネの巣

 旅に出てから四日が経ったある日のこと。

 東の街を出てからこれまでずっと移動を続けていたのだが、ようやく最初の目的地に着いたらしい。馬車を停めたエンプライは、美しく色づいた森林を指差し言う。

「着いたぞ。アルラウネの集落だ」

 アルラウネは高位の魔族だ。下半身が巨大な花になっていて、そこから生えた四本の触手で移動する。ギガンテスサキバスに比べればその力は微々たるものだが、油断してかかった冒険者が犠牲になったという話は絶えない。

 生息地は水辺の森林が多い。今回もそのご多分に漏れず、小さな森のすぐ横には陽光を美しく照り返す澄んだ湖があった。

「アルラウネは強力な魔法石を隠し持ってることがある。それが出るまで、しばらくは狩りだな」

 これが今回の修行……というか、実益も兼ねている気がする。確かに魔法石はいくらあってもいい消耗品だ。しかしこの言い方だと、ひとつで大丈夫なのだろうか。

「ひとつでいいんですか?」

「私の分はひとつで良い。お前が別で欲しいなら勝手に集めろ」

 ひとつだけでいいということは、何か特定の目的があるのだろう。魔法石の用途は挙げていけばキリがないので割愛するが、とにかく多いので目的が読めない。

 わざわざ強力な魔法石を必要としているのだから、それなりに大きな目的なのだろうが……彼女は度を越した秘密主義なので簡単には教えてくれないだろう。もう少しぐらい、情報を共有させてくれてもいいと思うのだが。

「ボサッとしてないでさっさと狩ってこい。私は後ろからついていくが、手は貸さないものと思え」

 森を眺め、ジョシュアはゴクリとつばを飲んだ。

 エンプライやその使役する魔物との戦闘訓練、あるいは森に自生する魔物の討伐などは数え切れないほどこなしてきたが、魔族との実戦はこれが初めてだ。

「腑抜けるな。そんなんじゃギガンテスサキバスなんて夢のまた夢だぞ」

「わかってますよ……」

 足の震えをなんとか押さえ込み、ジョシュアは森に脚を踏み入れた。

 ここは通路だろうか。明らかにそこだけ草が刈られていて、地面もある程度踏み固められている。

 周囲を警戒しながら進むが、アルラウネの気配はない。魔力に敏感で警戒心の高い種族だ。エンプライも一緒にいるこの状況では、そうやすやすと姿を見せてはくれないだろう。

 エンプライもそのことに気づいたらしい。ジョシュアから距離を置き、あたりを見回す。警戒を解くために、一度離れるつもりだろう。

 一人で戦えと言外に言われたジョシュアが深呼吸していると、しかし彼の推理が的はずれだったことを思い知らされる。

「……面倒だな」

 エンプライは呟くと、彼女を中心に大きな魔法陣を展開した。これは、まさか――

「叡智と勇気の炎よ。焼き尽くせ、エクステンション!!」

 高位の魔法使い特有の短い詠唱。

 刹那――森は巨大な炎に包まれ、次の瞬間には見るも無残な丸坊主になってしまっていた。すんでのところで防壁魔法を発動していなければ、ジョシュアも木々と運命を共にしていたことだろう。

 これならアルラウネも一網打尽。さて、後はアルラウネの落とした魔法石を拾うだけ――というわけではない。それではジョシュアの修行にならないし、エンプライもそれは織り込み済みの行動だったのだろう。

 ジョシュアと同じように防壁魔法を展開していたアルラウネが、一斉にこちらを睨みつける。

「ヴァニッシュ」

 エンプライはすぐに撹乱魔法を唱え、その姿を消した。彼女の撹乱魔法は凄まじく、目視は愚か魔力探知にも引っかからない。多分離れてはいないと思うのだが、どちらにせよアルラウネの狙いはジョシュアに集中するだろう。

 アルラウネは、全部で十五体。まさかこれを一度に相手にしなければならないのか。

「勘弁して下さいよ……」

 まさかこんな展開になるなどとは露ほども考えていなかったジョシュアは、超特急で次の一手を思索する。

 エンプライの大胆な行動のせいで辺りは平地。身を隠すものも何もない。

 早くしなければ、防壁を解いたアルラウネが一斉にこちらに襲い掛かってくる。

 一番有効なのは炎による攻撃だが、安易にそれを使ってどうなるかは今の状況が示す通りだ。相手も自分の弱点ぐらいは把握しているので全力で防御に回る。

 だから一般的にアルラウネ相手に有効とされる属性は――

「晴天よりの蒼い霹靂、ディガンマ!」

 落雷だ。

 青い空から一閃。落雷の速度に不意を突かれたアルラウネは高電圧にその身を焼かれ、耐えきれずに発火。通常の炎魔法と違い直上からの攻撃だ。それに加えて速度もある。防壁の展開は遅れ、それが致命傷になるのだ。

 普通は森の中なので何度も狙い撃つことは難しいのだが、この状況なら話は別。

 続けてもう一発、二発、三発。四発目は防がれてしまった。流石にもうこの手は通じない。

 なら次の手は――

「大地を砕け、ギガパンドラ!」

 大地が砕ける。その独特な体型により動きの遅いアルラウネは対応できずにその半身を地面に埋没させていく。範囲を絞って威力に振ったため、かかったのは五体。

「――!!」

 超音波にもほど近いアルラウネの悲鳴が一斉に響く。長時間聞いていると精神に異常をきたす連中の特殊技能だ。しかしそこが弱点にもなる。耳触りな音を感覚制御で打ち消し、ジョシュアは唱える。

「神に愛されし人々の叡智と勇気の炎よ。下船の輩を焼き尽くせ、エクステンション!!」

 叫んでいる間のアルラウネは無防備になる。完全に不意を突かれたアルラウネ達は、為す術もなくその身を炎に焦がされた。

 ここまで魔法石なし。

 残るアルラウネは七体。半分を切ってしまったが、今は深く考えている暇はない。

「空間よ散れ、バニシング!」

 空間爆発魔法。規模は大きいが予備動作も大きい魔法なので、これはアッサリと防がれてしまう。

 だが、それでいい。

 七体のアルラウネが一斉に防壁を解いたそのタイミングを狙うのだ。

「もう一度――空間よ散れ、バニシング!」

 決着。

 ゴトリと何かが落ちる音がしたところで、ジョシュア初めての実戦は終わりを迎えたのだった。

用語解説:詠唱

魔法の威力を高めるための呪文のようなもの。魔力の弱い人間でも強力な魔法を使うために考案された空間魔力を制御するための慣用句。

魔法の威力は使い手の魔力と詠唱によって発生する魔力の乗算で求められる。本人の魔力が強ければ強いほど短い詠唱で同じ威力の魔法を使うことができる。

因みに魔法の名称も詠唱の一部である。高位の魔法ほど名前が長いのはそのため。熟練の魔法使いであれば得意な魔法は無言で使っても十分な威力で放つことができる。

余談だが、エンプライが使ったエクステンションと同じ威力のエクステンションを一般人が使う場合はおよそ一ヶ月程度の詠唱が必要になる。

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