表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

旅立ちの朝に

 明朝。出発を前にして、ジョシュアは最後の荷詰めをしていた。

 まず、枕。ジョシュアはこれがないと眠れないので、最後の最後まで馬車に運び込むことができなかった。

 それと、昨晩から干していた手ぬぐい。乾燥魔法を使っても良かったのだが、アレを使った時の独特のニオイが嫌いなのでできればやりたくなかった。

 あとは着替えた寝間着などなど。ほとんど引越みたいなものなので、自然と荷物は多くなる。

 外に出ると、エンプライはすでに支度を終えて馬車に乗り込んでいた。 彼女の私物は謎が多い。様々な魔法道具を持っているはずなのだが、部屋は妙に片付いていたり。

「手綱が見当たらないんですけどいいんですか?」

 馬車には当然馬を操るなにかが必要だが、あの馬車にはそれが見当たらない。ジョシュアが訊ねると、彼女は馬を指差して言う。

「馬鹿言え。よく見てみろ。こいつは魔物だ。これぐらい、小屋の中からでも使役できる」

 言われてよく見ると、彼女の言う通り普通の馬とはなにかが違う。最大の特徴である角は折られているようだが、この鬣の艶と魔力放出による発光現象は紛れもなくユニコーンのものだ。使役の証の首輪もしている。確かにこれなら彼女の使役魔法で意のままに操れるだろう。普段はあまり活用していないが、これでも彼女は高位の魔物使い――エビルマスターだ。

「さあ、早く乗れ。今日は東の街に行って物資の購入だ」

 エンプライに急かされるまま馬車に乗り込んだジョシュアは、最後の荷物であるリュックをベッドの横に置いた。

 と、デッキに腰掛けたエンプライが、端に身を寄せ空いたスペースをポンポンと叩いた。どうやら隣に来いと言いたいらしい。話し相手が欲しいのだろう。

 要望通り隣に腰掛けると、彼女はユニコーンに命令する。

「さあ、出発だ。東の街まで休まず進め。貴様の命は私の手の中にあると思え」

 露悪的な態度。もしかするとこのユニコーンは過去に彼女となにか因縁があったのかもしれない。角が折れているのもその後遺症な可能性がある。しかしユニコーンは特に難色を示すこともなく馬車を引き始めた。その背中からは哀愁を感じるので、やはりなにかあったのだろう。

 それにしても大きな馬車だ。荷物も多いので、普通の馬であれば四頭ほどは必要だろう。しかしユニコーンは怪力なので一頭でも軽々と馬車を引くことができるのだ。

 意外なことにその日のエンプライは、いつもよりほんのり優しかった。

 いや、優しいというよりは、少しだけ楽しそうだった――と形容するのが正しいのかもしれない。全体的に語気が軽く、辛辣な発言も少ない。

 なんだかんだで誕生日(仮)には街でケーキを買ってきてくれるような人なので、彼女なりに弟子の成長を喜んでいるのだろう。多分。

 因みに(仮)というのはジョシュアの実際の誕生日がわからないことに起因するのだが、これには深いわけがある。

 ジョシュア・ライヘンバッハァ。

 なぜ彼が強力な魔力をもっているのか。

 なぜエンプライに師事しているのか。

 なぜ誕生日が不明なのか。

 その答えはただ一つ。

 アハァー。

 ジョシュア・ライヘンバッハァ。

 彼が、故郷の集落で、唯一生き残っていた人間だからだ。



 事の発端は十一年前にまで遡る。

 ジョシュアの住んでいた集落は、一体のギガンテスサキバスの手によって滅ぼされた。

 ギガンテスサキバスとは、魔族――魔物より強い魔性を持った種族のこと――の中でも屈指の力を持った種族である。全体的に薄い色素と暗い赤系の瞳が特徴。強力な使役能力や、人間と似た姿を持ちながら人間の生気を生きる糧としているため、定期的に人里に現れては壊滅的な被害を齎している。

 そんな怪物級の魔族に集落を滅ぼされるも、ジョシュアはなぜかひとりだけ生き残っていた。

 しかし三歳の誕生日を迎えたばかりの子供ひとりでは、とても生きていくことができない。その時に感じたなにもかも失ってしまった絶望感と、自分がこれから死ぬのだという諦念は、今でもかすかに覚えていた。

 このまま餓死を待つばかり。

 だが、そうはならなかった。

 廃墟と化した集落で今にも餓死しそうになっていたジョシュアを救ったのは、偶然通りかかった魔物使いだった。

 腰まで伸びた亜麻色の長い髪。場違いな存在を見下ろすディープクリムゾンの瞳。その光景は今でもよく覚えている。

 そう。彼女こそが、天才魔物使いのエンプライだ。

 アテもなく放浪していたエンプライは、たまたま近くにあった集落が廃墟になっているのを発見。原因を確かめるべく廃墟を探索していると、瀕死のジョシュアに遭遇した。

 ……というのが、ジョシュアが十歳の誕生日――エンプライに拾われた日――に、彼女から聞かされた経緯である。

 死に瀕していてもなお感じられる生命力。近づいただけでもわかる、年の割に強力な魔力。

 魔物使いでありながらありとあらゆる魔法にも精通する彼女は、ギガンテスサキバスの襲撃にも耐えた彼の潜在魔力に目をつけ、弟子として育てることにした。

 らしい。

 それからジョシュアは集落の仇――ギガンテスサキバスを討つために、エンプライの元で修行をしているのだった。

 ところで。

 十一年前にジョシュアを助けたエンプライは、一体今何歳なのだろうか?

 最初の遠隔デコピンは、若かりしジョシュアのそんな疑問に対する答えだった。

 外見年齢は二十代半ば。ディープクリムゾンの瞳は鋭い眼光を宿し、白い肌は磁器のような艶すら持っている。豊満なバストは服の上からでもわかるほどのハリを保っているし、細くくびれたウェストは若さの象徴だ。美しい亜麻色のロングヘアーも、少女のような輝きを持っている。

 とはいえ若作りの魔法は一般化している。流石に全身のアンチエイジングとなるとなかなか難易度の高いものになるが、しかエンプライは世界でも五指に入るような使い手だ。し彼女ほどの魔力を持っていれば、外見年齢を引き下げることなど造作も無いことだろう。

 老けるというのは凡人の発想。天才は老けない。

 本当に、何歳なのだろうか。

 その疑問が解決することは、当分ないだろう。

用語解説:エビルマスター

上級ジョブの一種。

ジョブはオーダーシステムによって定められていて、それぞれ対応するオーダー(魔力勲章)と契約することで能力に補正がかかる。

契約はひとりひとつまで。一度契約したオーダーは基本的に解約ができないため、ジョブの決定は慎重に行わなければならない。

エビルマスターに対応しているのはマスターオーダーであり、かかる補正は使役魔法の強化。

使役魔法は魔物など魔性の存在にのみ有効であり、相手の耐魔性を上回る魔力が必要なので素人ではまともに扱えないとされている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ