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懺悔

「エンプライ。最初の使い魔にしてはちょっと重すぎないかい?」

 厭味ったらしく言うエンプーサに、エンプライは言い返した。

「うるさい。私ぐらいになるとこれぐらいじゃないと相手にならないんだよ」

 強がりだった。エンプーサは嘲笑の色を込めて言う。

「咲くかどうかもわからないような遅咲きのくせに」

 本当に悔しかった。

 だから無事にトラップホームを使い魔にして戻ってきた時、彼女が心底悔しそうな顔をしていたのが最高に嬉しかった。

「……使役の首輪を使っているじゃないか」

 悔し紛れに指摘するエンプーサ。確かにギガンテスサキバスの能力があれば、首輪がなくとも使役をすることはできる。

「私は確実性をとるタイプだからな」

 本当は自信がなかっただけだが、馬鹿にされたくないのでそうは言わない。やってみた感触では、なくてもなんとかなっていただろう。

 それから二百年間ぐらい経って寿命で死ぬまでの間、トラップホームはエンプライの唯一の使い魔として大活躍した。

 あいつが死んで大泣きしたのは今でもよく覚えている。

 どうしても死体を捨てられず、剥製にして馬車として再利用した。親族からは早くそんなもの捨てろとせっつかれ、周囲からは白い目で見られる日々。耐えられなくなったエンプライが旅に出ることにしたのは、彼女が七百歳になるかならないかの頃だった。



 使い魔一匹の死に涙していた彼女は、生きるために数多の人間を犠牲にしていた。

 いつ頃からだろう。命の価値がわからなくなった。

 仕方のないことなのだが。

 一度に何百人もの命を奪い、悲鳴を浴び、悪魔だと恐れられ――そんな生活を繰り返す内に、自分の命の価値と、殺される人間の命の価値を考えてしまうようになった。

 腐れ縁のエンプーサとは旅の途中で何度も出くわした。その度現状をしつこく訊ねれるのでこのことを相談したら、偏屈な奴だと馬鹿にされただけで終わってしまった。それで片付けられれば、どんなに楽だっただろうか。

 それでも、ただただ目的もなく放浪を続けながら生きるために村落を滅ぼす――そんな日々を送っている内に、生きる意味さえも失ってしまっていた。

 しかし、プライドだけは消えなかった。

 私は誇り高きギガンテスサキバスだ。その死は厳かで、偉大なものでなければならない。

 そんな意思が自刃を許さず、無様な敗北すら許容しなかった。

 自分より遥かに強い相手と全力で身を削り合い、誇りに満ちた戦いの中で厳かな死を。それこそがギガンテスサキバスの死だ。

 そう思い始めたのは、大体二千四百歳になったぐらいの頃。

 それから程なくして出会ったのが、ジョシュアだった。

 ここまで強力な魔力を放つ人間は、長い旅の中でも初めて見る。この子なら将来的に自分をも超える逸材になるかもしれない――確信したエンプライは、彼を助けて弟子として迎えた。

 それから彼女は "人間" になった。魔物を従えるこの力を堂々と使うために魔物使いになりきり、いらない使役の首輪もわざと使うようにした。

 苦労したのはそれだけではない。

 サキバスは雌だけで生きる存在だ。初めて接する小さな男の子をどう育てて良いのかわからず、手探りの日々。わからないことばかりで今でも正しい対応ができていたのかわからない。

 生気を吸うのも我慢した。

 本能的に惹かれるキノコと、魚類の生気の塊である白子で食いつなぎ、人を殺さず済むように努力した。

 空虚な放蕩の中で過ごした千数百年。その記憶が意識の底に埋もれて消えてしまうぐらい濃厚な十一年だった。

 いつしか、このまま彼とこうしてのんびり暮らせるのなら、それでも良いかと思い始めた。

 でも、駄目だった。

 生気への渇望は日に日にその大きさを増し、我慢の限界が近いことを悟った。このままでは最悪彼を殺しかねない。焦ったエンプライは、早急にジョシュアを一人前にするべく旅に出ることにした。

 危機感からの行動だったが、意外なことに彼との二人旅は彼女の心に深い安らぎをもたらしていた。

 ふたりでデッキに腰掛け馬車に揺られる時間は、とても楽しいものだった。

 安らぎに身を任せていると、生気への渇望すら薄れていくような気がして。

 このままふたりで旅を続けていたい。

 そう思っていたのに。

 欺瞞に満ちた幸福は少しずつだが確実に綻びを見せ、たった一言によって崩壊してしまった。

 一時は有耶無耶にしてしまおうかとも思っていた真実。それでも業からは逃げられないのだろう。誰も幸せにしない真実は、遂に白日の下へと晒されてしまった。

 きっとエンプーサの横槍がなくてもいつかは明かされていただろう。

 偶然それが今だっただけだ。

 まだジョシュアに教えたいことは沢山あったのだが、仕方がない。今の彼ではエンプライと戦っても勝率は五分五分。彼にはもっともっと、強くなって欲しかった。

 もっとその姿を見ていたかった。

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