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崩壊―Ⅱ

 ――「エンプライと同じ、 "ギガンテスサキバス" さ」

 突然現れた疾風のエンプーサと名乗る女性は、確かにそう言った。

 エンプライと、同じ。

「可愛い可愛い一番弟子なんだろ? もう隠し事はやめたらどうだい?」

 エンプーサはからかうように言う。対するエンプライは立ち尽くし、ただただ地面を見つめていた。次の言葉を考えているようにも、黙って誤魔化そうとしているようにも見える。

「どういうことなんですか?」

 大問題だった。ジョシュアが訊ねると、エンプーサは腕を組み少し迷ってから答える。

「……まあ、本人が言いたくないんじゃ仕方ないよね。お姉さんが代わりに教えてあげよう」

 エンプーサが口を開くと、エンプライは顔を上げて彼女に掴みかかった。

「やめろよ!」

 ――刹那。

「アンタは黙ってな」

 エンプーサの瞳が妖しく光ると、エンプライは動きを止める――いや、動きを制限されているのだろう。傍目から見ても筋肉が震えているのがわかる。

「さて、本題だ。お察しの通り、エンプライはギガンテスサキバスだよ。それもかなり強い。 "迅雷のエンプライ" なんて異名もあるぐらいだ」

 残酷な真実。

「ヤツは偏屈な女でね。沢山の人間を殺して生気を吸って生き長らえる自分が嫌になっちゃったんだ。私は別に仕方ないと思うんだけどね。まあ本人が気になるならいいんじゃないかな」

 しかしそれだけでは謎は解けなかった。まだまだ聞きたいことは沢山ある。

「それがどうして、僕を弟子に……」

 ジョシュアの質問に、エンプーサは喜々として答えた。

「これがまたヤツの面倒なところでね。自分の生態は嫌いだけどプライドは無駄に高いから。自殺はできないし、そこらの馬の骨に殺されるのも嫌だときたもんだ。我儘だよねえ」

 そこまで飄々と語っていたエンプーサだが、急に声のトーンを落とし、ジョシュアに顔を近づける。お互いの息が混ざり合い、鼻の頭が触れ合いそうなほどに――とても美しい顔立ちだが、その時はただただ恐怖のみを感じた。

「そこでね、考えたのさ。ぶっ殺した集落にひときわ魔力の強い子供が居たから、そいつを育てて自分を殺させようってね」

 断片的な情報。

 具体的な事は言われていない。

 しかしそれが何を意味するのか、ジョシュアは一瞬で理解してしまった。

 ギガンテスサキバスに滅ぼされた集落で生き残っていた、ひときわ魔力の強い子供。

「自分と全力で戦って殺してくれる相手を、自分の手で育て上げる……イカれた女だよね」

 どうしてエンプライがジョシュアに目をかけてくれていたのか。

 どうして仇のことを教えてくれたのか。

 どうしてギガンテスサキバスに勝つための教育を施してくれたのか。

 どうして瀕死のジョシュアを助けてくれたのか。

 騙されていたのだ。

 いや、嘘は吐いていなかったかもしれない。彼女はただただ隠していただけかもしれない。それでもジョシュアを利用していた事実は変わらないが、決して騙していたつもりではないのかもしれない。

 彼女がジョシュアに与する義理は、確かにない。善意ですべてが回るわけではないことも知っている。それでも、人生の半分以上を一緒に過ごしてきたジョシュアは彼女を信じていた。

 勝手に信じていたと言われてしまえば、それまでだ。

 それでもあの温もりは、あの暖かさは。

 目をかけてもらっていた自覚はある。師匠としてジョシュアに接してくれていたあの時間は、すべて野望のための偽りのものだったのだろうか。

 応援してくれていると思っていたのに。

 それがジョシュアにとっては、とても重大な裏切りに感じられた。

 エンプライに視線を向ける。

 彼女は露骨に視線を逸らし、決して目を合わせようとはしてくれなかった。

「こんなものまで使って人間のフリしちゃって。どうせサキバスじゃ契約もできないんだから捨てちゃいなよ」

 エンプーサはエンプライの懐からマスターオーダーを奪い取り、乱暴に地面に投げ捨てる。それからジョシュアに顔を向け、底冷えのするような声を出した。

「キミもさ、ボケーッと突っ立ってないでさ。せっかく目の前に憎くて仕方がない仇が居るんだからさ。もっとこう……ないの?」

 苛立ちとも退屈から来る不満ともとれるその言い方は、ただただ自らの愉悦を求めているかのようで、恐ろしい。言葉自体は、ジョシュアの敵討ちの背中を押しているだけだというのに。

「僕は……」

 彼女の趣向に乗るのは癪だったが、それでも放置できない真実があった。エンプーサを押しのけてエンプライに掴みかかるったジョシュアは、下を向いた彼女を見上げて強引に目を合わせる。

「師匠、どうしてなにも教えてくれなかったんですか?」

 それでもなお視線を外すエンプライ。なんでこの女はいつもこうなんだ。どうしていつも大事な時に黙っているのか。

「……殺せ」

 ポツリと、彼女は呟く。ジョシュアの求めた答えではない。

「殺せ。仇が目の前にいる。今のお前ならアークメイジの力だって使いこなせるだろう」

 それは歩み寄ったわけでも、打ち明けたわけでもなかった。

 ジョシュアが聞きたかったのは、そんな言葉じゃない。

「早くやれ。教えただろう。獲物を前にモタモタするな。メイジオーダーを使え。私と……戦え」

 知った事か。

「師匠……アンタはいっつもそうだ!」

 エンプライを突き飛ばし、ジョシュアは叫ぶ。

「クソッタレが、結局なにひとつ教えてくれてなかったじゃないか! 信頼してもらえたと思ったのに、認めてくれたと思ってたのに……!」

 信じた自分が馬鹿だった。

「ああ、わかったよ。戦ってやる。アンタの望みどおりにな!! それでいいんだろう!? なあ!?」

 だがお前の本当の望みは絶対に叶えてやらない。

「……そうだ、来い。私がお前の追い求める最強のギガンテスサキバス。エンプライだ」

 どこまでも傲慢なアンタに、僕の力を思い知らせてやる。

「僕だってやれるってところを見せてやる! エクステンション!」

 言葉と共に、ジョシュアは爆炎魔法を放った。

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