弟子の癇癪
「足りない素材があるんだ。集めてきてくれ」
そう言われてパシリに出される生活が、もう一週間近く続いていた。
お金を稼がないといけないというのに、エンプライはずっと引き篭もって何かをしている。覗いても遠隔デコピンが飛んでくるだけだし、特に新たな金策を練っている様子でもない。
なんだかんだで彼女の身勝手な行動は我慢しているのだが、今回ばかりはいい加減にして欲しかった。
エンプライが金策に出ないのは、まだいい。
しかしジョシュアに使いを押し付けて、資金稼ぎの邪魔をするのはいただけない。そもそも素材収集程度なら、使い魔にやらせればいいだろうに。
頼まれた素材を集めながら、ジョシュアは苛立ちを募らせていた。
いつだって彼女は自分の考えを明かしてくれない。結果が出てから得意げに語るか、あるいはそのまま闇の中……どちらかだ。
心当たりはいくらでもある。彼女は秘密の多い人間だ。いつだって目的を語らずに命令だけして、狙い通りに事が運ぶ。
ズルい大人だ。
通例の通り、今回も彼女には何か大きな狙いがあるのかもしれない。それは確かに正しいのかもしれない。
だからってジョシュアになにも教えないのはどうなのか。たった一人の弟子なのに。一緒に旅を続けて、いろいろな体験をして、少しは信用してくれていると思っていたのに。
彼女が自分のことを考えてくれているのは知っている。それでも度を越した秘密主義は、やはり不信感の現れなのではないだろうか。
苛立ちが重なり心が不安定になる。彼女の手の上で転がされているような錯覚さえ感じる。疑いたくないのに、疑念が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
なんだか裏切られたような気がした。
「帰るぞ、ギラガサギ」
不機嫌なまま馬車に戻ると、エンプライは変わらずなにかに没頭していた。小ぶりな作業スペースは中を気取られることを拒否するかのように覆い隠されている。そこまでして隠したいのだろうか。
「頼まれてたもの、とって来ましたよ」
頼まれていたオカモグラの頭蓋骨を乱雑に放り投げ、ジョシュアは言う。
「ああ、そうか」
「……なにをしているんですか?」
ダメ元で訊ねてみるも、答えは決まりきっていた。
「今は言えない」
わかっていたが、やはり教えてくれる気配はない。溜まりに溜まった苛立ちは臨界点を突破して、遂には口からまろび出る。
「どうして……っ!」
珍しく声を張り上げたジョシュアに、エンプライはようやく振り返った。
「どうしてなにも教えてくれないんですか!? どうして僕にはいつも隠し事ばかりするんですか!?」
「おい、落ち着け」
堰を切ったようにまくし立てるジョシュアは、エンプライでさえも止められない。
「僕は師匠の弟子なのに、大事なことはいつも教えてくれない。あの時だって、最初からサキバスの生態を教えてくれていれば、あんな不安な気持ちになんてならなかったのに!!」
彼女が自分のためを考えてくれているのはよくわかっている。それでもなお隠し事を続けられる不安感は、まるで信用していないと宣言されているようで。
彼女が不器用なのは知っている。それでももう少しぐらい誠実に接してくれても良いのではないだろうか。これではなにを言われても不安になってしまう。
激昂。自分がここまで激しい怒りを表せることを、ジョシュアは生まれて初めて知った。
激しく責められ流石に堪えたのか、エンプライにしては珍しく声のトーンが落ちる。
「……今は話せない」
その寂しそうな声にほんの少しだけ心がチクリと痛んだが、怒りがすぐにその痛みを塗りつぶした。
「じゃあいつ話せるんですか!?」
「明日になったら、必ず話すから」
「信用できない!!」
怒りのまま、ジョシュアは自分のベッドに潜る。
「今日はもういいです。明日絶対話してください」
「……」
ベッドに潜ったジョシュアを見下ろすエンプライの背中は、どこか寂しげだった。
※
翌日、ジョシュアはチキンの焼ける匂いで目を覚ました。
「んん……おはようございます」
一晩ぐっすり寝たおかげか昨晩の怒りはそれなりに沈静化されていた。もう叫ぶことはないし、突然興奮することもない。
その様子に安堵したのか、エンプライはチキンの並んだテーブルに大小ふたつの箱を並べた。
「今日話すと言ったな」
「ああ、もういいですよ……」
無意識にそっけない態度をとってしまう。
昨日はいろいろな感情が重なって爆発してしまっただけだ。一晩経って落ち着いたせいでエンプライの目的についてはどうでも良くなっていた。不信感は、あるにはあるのだが。
しかし彼女は構わず。大きい方の箱を開ける。
「誕生日おめでとう」
それは、クリームで小綺麗に整えられたケーキだった。
「え?」
想定外の言葉にジョシュアは目を白黒させる。その様子を見たエンプライは、少女のようにいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「まったく、お前が急に癇癪を起こすから、新しいプレゼントを用意するハメになってしまったんだ。秘密で進めるのは大変だったんだぞ」
言いながら、今度は得意気に小さい箱を開ける。中身は見たことのない首飾り。
「メイジオーダーは誕生日プレゼントの予定だったんだがな……仕方がないから、召喚師の魔法石を使ってマジックアイテムを作った。お前に集めさせていた素材もこのためのものだ」
秘密にしていたという問題は別に解決していないのだが、こんなことを言われてしまえば責めることもできない。やはり彼女は、ズルい大人だ。
「そんなの、自分で集めればいいでしょうが……」
ジョシュアの精一杯の照れ隠しにもエンプライは優しい笑みを向ける。
「駄目だ。自分で使うものはある程度自分が関わっていないとな」
首飾りを手に取り、ジョシュアの首にかける。顔が近い。彼女の暖かな吐息が鼻腔をくすぐり、思わずドキリとしてしまった。今まで彼女にここまでドキドキしたことはなかった。顔が赤くなっていなければいいのだが。
「本当はこの魔法石は私の私物にするつもりだったんだがな……」
決してくだらないことではないのだが、それでも怒っていたことが恥ずかしく思えてくる。
「……すいません。昨日はなんか、取り乱しちゃって」
「……まあ、私も悪かったとは思うよ」
エンプライの顔にスッと影が差す。昨日のことを引きずっているのだろうか。
「師匠はそんなに悪くないですよ」
彼女も相応に悪いのだが、こんなサプライズをされてしまうと責めるに責められない。
それどころか、秘密主義でありながらちゃんと考えている――彼女のそんなところが、ほんの少しだけ愛しく思えるようになった。
なんでもかんでも隠すのは、やはりやめて欲しいのだが。
「もうなにも隠してないですよね?」
冗談めかして訊ねると、彼女は露骨に視線を逸した。
「どうだろうな……」
「あー! もう……」
彼女が隠し事をしているのはいつものことだ。慣れはしないが、それが不信感ではなくただ単に不器用なことに由来していることを、ジョシュアはもう知っていた。
その日一日だけ、エンプライはとても優しかった。
次の日からはいつもの彼女に戻っていたが、ジョシュアはそれでも構わなかった。




