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疑惑と誤解と

 次の街に着くまで、二人はほとんど会話をしなかった。

 馬車の中には気まずい空気が流れ、必要最低限の会話ですら躊躇ってしまうような雰囲気さえあった。

 それは馬車を降りたところで消えることはなく、更に悪化した空気の中で二人は言葉をかわすことなく別々の方向へと歩き出してしまった。

 しばらく歩いてから、流石にまずかったかもしれないとジョシュアは思った。

 この街で数日寝泊まりする程度の金銭はあるが、このままずっと会わない訳にはいかない。それにこのまま離れ離れになってしまうのも、わがままのようだが寂しいものがあった。

 しかしこちらから話しかけるのもバツが悪い。

 使い魔バトルに勝った後も、エンプライはジョシュアをことさら褒めたりはしなかった。

 別に褒められたくてやったわけではない。とはいえ労いの言葉ひとつないというのは、やはり少し寂しいものがある。彼女がそうそう他人を褒める人間でないことを知ってはいるが、それでも、だ。

 実力は見せた。それなのに、エンプライは弟子に何を求めているのだろうか。これ以上何を望んでいるのか。どうすれば、信用してくれるのか。

 メアリーのギルドカードを懐から取り出す。

 メアリー・アンメアリー。ベテランのエビルマスターだ。実績を見ると、どうやら先日の戦いはまだ本気ではなかったことが窺える。

 彼女に師事すれば、自分はさらなる高みへたどり着けるのだろうか。

 エンプライに付き従うよりも、もっと強くなれるのだろうか。

 強くなって、ギガンテスサキバスに勝てるのだろうか。

 目的もなく街を彷徨う。

 ゾグの街の市場には、上級ジョブのオーダーが並ぶことで有名だ。

 アークメイジ、ブレイブブレイド、ホーリービショップ――そして、エビルマスター。

 上級オーダーは高位の魔法石との物々交換でのみ流通する。これぐらい手に入れられない人間では上級ジョブの力を使いこなせないからだ。

 ジョブは変えることができない。

 駆け出しの戦士でも下級ジョブの力で補正を受ければある程度戦えるようになる。しかしその道を選べば、上級ジョブへの道は絶たれてしまう。

 上級ジョブは特殊能力を持つものが多い。それがなくても戦えるならば下級ジョブでも十分かもしれないが、更なる強さを求めるならば上級ジョブの力を使いこなせるようになるまで耐えるのが望ましい。

 今の自分には、エビルマスター足り得る実力が、果たしてあるのだろうか? 今は手持ちの魔法石がないが、適当にアルラウネでも狩ればいい。その程度の実力はある。

 ベンチに腰掛け賑わう市場を眺めながら、ひとりそんなことを考えていた。

 将来のこと、あんまり考えてなかったな。

 しばらく呆けていると、急に腹の虫が騒ぎ出した。

 そう言えば、朝から何も食べていない。食欲もなかったから、気にしていなかったが――

「ん」

 不意に声と共に頭の上に何かが乗せられた。

 受け取るとそれはキノコの缶詰だった。市場ではあまり流通していない銘柄だ。そう言えばエンプライはこれが好物だったような気がする。それにこの声は……。

 遅れて声の主を見やると、思った通りエンプライだった。

「どうせ何も食べてないんだろ。やるから。それと、こっち来い」

 促されるままキノコをペロリと平らげると、彼女はジョシュアの手を取った。久しぶりに触れた細い指に、ジョシュアは柄にもなくドキリとしてしまう。

 手を引かれるまま着いた先は、海の見える喫茶店だった。なかなか眺めの良いところだ。雰囲気を重視してのチョイスなのだろうか。

「ブラックふたつ。それとキノコと白子のホットサンドを」

 どうやらチョイスの理由はメニューだったようだ。キノコと白子のホットサンドってなんだよ……。

 視線で促され、ジョシュアもメニューから適当なものを選ぶ。

「じゃあフライサンドウィッチで」

「かしこまりましたー」

 沈黙。

 程なくして、料理とコーヒーがやって来る。

 しばらく会話もなくただ黙々と食べていたが、ジョシュアが半分ぐらいコーヒーを飲み終えたところで不意にエンプライがポシェットをまさぐり始める。食事中に行儀が悪いなどと不躾な感想を抱いていると、なにかを取り出しテーブルに置いた。

「……ほれ」

 彼女がそっぽを向きながら取り出したのは、どこか高級感の漂うケースだった。ツメで弾かれテーブルを滑るそれを、ジョシュアは慌てて受け取る。

「……開けていいんですか?」

 恐る恐る訊ねると、彼女は早く開けるよう促す。

「さっさとやれ」

 そこに入っていたのは、上級ジョブであるアークメイジの証。予想外の品にジョシュアは目を白黒させる。

「これは……メイジオーダー……?」

 なぜ、これを。

「……ギガンテスサキバスは他人の使い魔や召喚獣でも無理矢理支配できる。だから奴と戦うなら、エビルマスターじゃ駄目なんだ」

 ああ、そういうことだったのか。

 なぜ彼女が、ジョシュアを魔物使いの道に進ませなかったのか。

 なぜ彼女が、わざわざこの街に立ち寄ったのか。

 なぜ最初にアルラウネから魔法石を手に入れたのか。

 すべて計算ずくの行動だったのだ。

 彼女は最初から、ジョシュアの目的を、そのためにするべきことを、ちゃんと考えてくれていた。

「……ありがとうございます」

 自然と感謝の言葉が出た。彼女が自分を気にかけていてくれたことが、素直に嬉しかった。

 それでも、秘密主義は程々にしてもらいたいのだが……。

 ジョシュアの溢れ出す喜びを感じ取ったのだろうか。照れ隠しのつもりか、彼女はまくし立てるように言う。

「言っとくが、まだ使うなよ。今のお前じゃまだまだアークメイジの力は使いこなせない。だが、それが使える時が来たら――」

 わかっている。自分も彼女も、それを望んでいる。

「はい。僕は仇を――ギガンテスサキバスを倒します」

「……よく言った」

 そう言ったエンプライの横顔は、どこか嬉しそうだった。

用語解説:アークメイジ

攻撃魔法を極めし至高のジョブ。

これといった特殊能力は持たないものの魔力に対して尋常ではない補正がかかるため、魔法を極めた者がさらなる高みを目指すためのジョブとされる。

その補正は強力であり、並の魔法使いでは自分の魔力に耐えられず死に至ると言う。

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