攻略前夜
トゥムロの港街に着いたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
ここで昼食を取り、明日の『鬼ヶ島』攻略に備えて装備を調える。
この街は漁業が有名だが、人口は約三万人で、それほど大きな都市ではない。
それでも、田舎であるイフカの町とは賑やかさが雲泥の差なのだが。
さすがにこの街の冒険者ギルドはイフカより登録者が多いようで、俺達が訪れたときにも二十人ほどが討伐の報告や仕事の依頼、仲間の勧誘を行っていた。
そして彼等は『フロンティア・ミコーズ』の一団が入ってきたことに、驚きと敬意の眼差しを送っている。
彼女たちは以前にも何度かここを訪れている有名パーティーだし、目立つ装備なのですぐに気付かれる。そこに新顔で、貧弱な装備である俺とユウ、サブが加わっていることに、彼等は奇異を感じているようだ。
俺達はここで冒険者登録をすることになったのだが……。
「初回登録ギルド、イフカ、レベル0。日付は……最近登録されたのですね。それで現在のレベルは……15!?」
受付をしてくれた女性が、叫ぶような大声を上げた。
「あの、どうやってこんな短期間にレベル上げを……」
「ああ、俺達、レッサードラゴンを倒したんです」
俺がそう答えると、彼女は
「じゃあ、貴方達が例の噂の……なるほど、どうやってそんな事ができたのか疑問に思っていましたが、『フロンティア・ミコーズ』の方々のお力もあったのですね」
知らない間に、レベル1の冒険者がレッサードラゴンを倒したことは、冒険者ギルドの間でちょっとした驚きとして広まっていたようだった。
ならば今回、ミコーズのメンバーが付いている、ということもすぐに伝わるだろう。
本当は自分達だけで倒したので、真実ではない情報が伝わるのは不本意なのだが、『神の手を持っているから倒せた』なんて話が広まるのも困るし、ちょうど良い隠れ蓑になったのかもしれない。
それで、肝心の装備について。
ミコーズのメンバーに予備の武器や防具を借りられればいいのだが、四十を超える高レベルな彼女たちのそれらには全て何らかの魔法がかけられており、俺達はそれらを装備することができない。いわゆる、『必要レベル制限に引っかかっている』状態だ。
それでも、せっかくレベル15にまで上がったのだから、まるっきり初期装備状態から少しは上等な物に上げておきたい。
幸いにも、レッサードラゴンの百万ジェニーという懸賞金が手に入っていたので、それなりの装備を揃えられる。
戦士のサブは、現状では『素早さ』が足りないため、板金鎧や兜、金属製の盾で装備を購入しようとしたのだが……ここで、ミコーズのメンバー達が、金銭面で支援したい、と提案してくれた。
今の俺達の15というレベル、決して低くはなく、『中の上』ぐらいの強さだ。
例えば鎧ならばより丈夫で軽量化の魔法も施された『プレートメイル+2』が、盾も『対魔砲防御』が付加要素として追加された高級品が装備できる。
そんなこんなで……俺達三人も、町を出る頃には『一流の冒険者』の出で立ちだった。
まあ、オリジナルのミコーズメンバーにかなりの借金をしてしまったのだが、
「私達、仲間だから」
という彼女たちの言葉に遠慮無く乗っかることにした。
そもそも、全員どういうわけか、まるで家族の様に仲良くなっていたし……戦いで貢献できれば、それは彼女たちにとってもいいことのはずだった。
その日はこの街の宿屋で一泊。贅沢にも、個室を取ってゆっくり休んだ。
実は男女別に相部屋にしても良かったのだが、そこは『上級冒険者』としての見栄なのだという。彼女たちが望んでいる、というよりは、宿場町がお金を使ってくれていることを期待しているので、がっかりさせないようにという配慮らしい。
有名になると、変なところに気を使わなくてはならないのだな、と俺は苦笑した。
その夜、明日の戦いに向けて眠れないでいると、ドアをノックする音が聞こえた。
出てみると、そこに居たのはユウ。
「眠れなくて……部屋に入れてもらっていい?」
トクン、と鼓動が高鳴るのを感じた。
「あ、ああ……構わないよ」
俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに入ってきた。
明かりを灯し、二人で一つのベッドに座っている。
二人っきりで、肩が触れそうな距離……こんなシチュエーション、幼馴染みとはいえ、お互い年頃になってからは現実世界でも一度も無かった。
そもそも、彼女は相当な美少女……らしい。
らしい、というのは、周りがそう言っていたからで、物心ついたときから側にいる俺の客観的な感覚としては、まあ、それなりにかわいい、というぐらいなのだが……。
「……明日の戦いって、かなり高レベルの敵なんだよね……」
彼女が、ぽつりとつぶやく。
「ああ、らしいな……でも、あのミコーズのメンバー達がいれば大丈夫だろう。いざとなれば、ユウの能力でいつでも離脱できるんだし」
「うん……でも、やっぱり不安。レッサードラゴンのときも、私だけ逃げちゃったし……今回、またそうなったら、みんなに申し訳ない……」
「……なんだ、そんなこと気にしてたのか。大丈夫だよ、俺がそう言っとく。『俺達はまだ駆け出しだから、あまり頼りにされても困る』ってな」
胸を張って言えることではないが、事実そうなのだからしょうがない。
「うん……でも、びっくりしちゃった。みんな、どこかで会った事があるような気がして。でも、どうしても思い出せなくて」
「そうだな……俺もそう思った。何か、深い縁があったのかもしれないな……」
「そうね。あと、ミツさんとサブが、凄く仲良くなってて……なんていうか、『お似合い』っていうか……」
「ユウもそう思ったのか? そうだよな、まるで恋人同士みたいで……って、ひょっとして……」
ある懸念が、俺の頭をよぎる。
「ひょっとして、そのこと気にして、眠れないのか? サブを取られるって」
「えっ……ううん、そんなことないよ。むしろ、応援してあげたいぐらい」
ユウの、びっくりしたような、慌てた表情に、なぜか俺は安堵する。
「じゃあ、ひょっとしてタクは気になるの? ミツさんを、サブに取られるって」
「俺が? まさか。俺も応援したい気分だよ」
「……じゃあ、他に気になる娘、いる?」
「……へっ?」
「だって、五人も増えたから……みんな可愛いし……」
そういえば、『フロンティア・ミコーズ』のメンバー、全員かなりの美少女だった。
「……もしかして、ユウ、それでヤキモチ妬いてる、とか?」
と、冗談っぽく問いかけてみると、
「……そうかも……」
と、わりと本気っぽくつぶやいて、下を向く。
(これって、ひょっとして……)
鼓動がさらに高まる。
今、ひょっとしたらビジュアルノベルの一シーンで、選択肢がいくつか出ている状況なのかもしれない。
「……正直に言うと……まあ、みんな可愛いとは思うけど、あんまり気にする余裕がなかった。とにかく、あのすさまじい戦闘力に圧倒されて……」
「……そうなんだ……」
あ、ちょっと間違ったか?
なんか、無難な回答の方を選んでしまったか?
ユウの反応がいまいちだ。
「……だから、誰か一人守るとすれば……俺は、ユウを守る」
「……えっ?」
「ユウが一番弱いし、レベルも低いし……そういうの抜きにしても、ずっと前から過ごしてきた訳だし……俺にとっては、ユウが一番大事だから……」
俺の、精一杯の答えだった。
「……そう言ってくれると、凄く嬉しい……いろいろ、不安だったから……」
そう言って、彼女は俺と腕を触れあわせ、そして俺の肩に頭を乗せてきた。
二人っきりの部屋の中。
ベッドの上で。
幼馴染みの美少女と、密着して、なんか良い雰囲気になっている。
もう、心臓はユウに鼓動を聞かれてしまうんじゃないかと思うほど、高鳴っている。
このまま彼女を抱き締めたい……この雰囲気なら、それが許されるんじゃないか……。
と、ユウはその気配を察したのか、あるいは別に理由があったのか。
スッと立ち上がって、
「ありがとう、安心した。明日があるから、もう寝るね」
と、屈託のない笑顔を見せた。
「あ、ああ、そうだな。ゆっくり寝ておかないと、明日、きついぞ」
「うん。おやすみ」
彼女は足取り軽く、自分の部屋に帰っていく。
……そうだな、寝不足になって、明日戦えないとまずいからな……。
俺はちょっと、悶々とした気持ちを抱きながらも、それでもユウと一層親密になれたような気がして、その日は眠ることができたのだった。
翌日、早朝から『鬼ヶ島』へと向かう。
正式な島の名前は存在するらしいのだが、今では通称の方が有名だ。
高い岩壁に阻まれた無人島で、滅多に人は寄りつかない。
このことが、高濃度の瘴気を発生させる『ゲート』出現の事実発見を遅らせた。
「あの島には高レベルの『妖魔』が出現するようになった」
と噂されるようになったときにはもう手遅れで、そのゲートを封印するためには高レベルの冒険者が挑むしかない状況なのだという。
今のところ、妖魔達が海を渡ってくる兆候は見られないので被害は出ていないのだが、漁業関係者が側を通る度におぞましげな妖魔達の数が増えているのを目撃しており、そのうち群れを成して攻めて来るのではないか、と不安に思っているのだという。
この島に出現する妖魔達は、『鬼』と呼ばれている。
実際に「オーガ」や「トロール」、小型であれば「コボルド」や「ゴブリン」といった二足歩行の妖魔が多く、いわゆる『大鬼』『小鬼』とひとまとめに表現できるのだという。
出港から約一時間後、島に接近したのはいいが、岸壁に囲まれている。
どうやって上陸するのだろうと考えていたのだが、高位妖術師である「ユキ」と魔呪力付与師の「ハル」は、『空中浮遊』の魔法が使えるらしい。
女性の場合ならば一緒に上がっていけるが、俺とサブは体重オーバーでそれができない。
ユキに
「ロープを上から垂らすから、登ってきて」
と言われ、二人で「うへえっ」と声を上げたのだが、
「なら、私の能力の出番みたいね」
とユウは微笑んだ。
一瞬置いて、みんな彼女の考えていることを理解し、誰からともなく
「なるほど」
と声が出たのだった。