集結
「そんな……48っていったら、帝都の正騎士に相当するハイレベルです。こんな辺境の町を訪れるなんて、あり得ない……」
ヤエの声は若干震えていた。
「しかも、二十歳……俺達とそんなに変わらない……なっ……」
サブの声が、途中出途切れる。
「……どうしたの、私の顔に何か……えっ……」
ミツの声も同様に、途中で途切れた。
俺と優が不思議に思い、彼女の顔を見てみると……右手を口に当て、明らかに驚きの表情を浮かべていた。
サブも、目を見開いている。
「……あの……お二人とも、どうかされたのですか?」
硬直したようなミツとサブの様子に、不審に思ったヤエが声をかけた。
「……いえ、ごめんなさい……知り合いに似てるって言うか……いえ、ずっと前から彼の事、知っているような気がして……でも、誰だか分からなくて。勘違い、かしら……」
「あ、ああ……俺もなんだかそんな気がしたんだが……まあ、それだったら後で思い出すかもしれないな……って、俺達まだこの世界に来てから一週間だから、そんなわけないのにな……」
サブは大分戸惑っているようだった。
「ところで……さっきの話、すごく興味深かったわ。私達、とある使命を受けてトゥムロの港街に移動する最中だったの。そのついでに、懸賞金がかかってて、なおかつ町人達が困っている『レッサードラゴン』を退治しようってことでイフカの平原に寄ったのだけど、既にその姿は見えなくて……それで情報収集の為にこのギルド支部に寄ってみたら、貴方達の話が聞こえて来たっていう訳よ」
「……『私達』っていうことは、仲間が他にいるっていう事なのかい?」
俺は話を聞かれていた事に少し警戒しながら、そう質問してみた。
「ええ、その通り。他に女の子ばかり、四人。『フロンティア・ミコーズ』っていうパーティー名よ」
「……ええっ、それって、最近売り出し中の攻略系パーティーじゃないですかっ! 私設冒険者グループとしては最強って呼ばれている……」
ヤエがまた驚いて声を上げる。
「……あら、あの娘たちも有名になったのね。私は最近加入したばっかりだけど……さっきこの建物に入る前にメッセージ飛ばしておいたから、もうすぐ来ると思うわ」
「そ、そんな有名人と会えるなんて、光栄です……あ、でも、トゥムロの港街ってことは、ひょっとして目指しているのは『鬼ヶ島』……」
「さすが、ギルドの受付だけあって情報通ね。その通りよ。何度か挑戦したけど、さすがにあそこは困難ね……一度諦めて、新しい武器を収集して再挑戦しようとしていたの。その途中で、たまたま『異世界から来た』っていう新米冒険者さんたちに巡り会った……これって、『イヴェント』だと思わない?」
「……なるほど、確かに……それだったら、なんとなく理解できます!」
ヤエはぽんと手を叩いた。
「『イヴェント』って?」
「あ、はい、この世界では、まれに『神があらかじめ用意していたとしか思えない』運命的な事象が発生するんです。おとぎ話なんかによくある、『助けた女性が、たまたまお姫様だった』とか……」
「……なるほど、普通に考えるとできすぎた話、ってことか……RPGでもイベントはしょっちゅう発生するし、確かにそう考えると、俺達にとってもあんたみたいな高レベルの人と出会えたのは『イヴェント』かもしれない……」
俺のつぶやきに、ユウもサブも頷いた。
「へえ、すぐに理解してもらえるんだ……だったら、話は早いわね。貴方達のステータス、見せてもらっていいかしら?」
ハイレベルな女忍者が、そう言って怪しく微笑む。
一瞬躊躇した俺達だったが、さっき『異世界から来た』という話も聞かれているし、まあ見せるぐらい平気だろう、ということで了承した。
「……凄いわ、本当に『異世界人』なのね。それに、『独自特殊能力』……こんなの、私でも初めて見たわ。どんな力なのか……確認させてもらっていいかしら?」
ミツは、遠慮なく突っ込んでくる。
さすがに俺達の『秘密兵器』を見せるのはちょっと、と断ろうかとも思ったが、
「大丈夫、この人は信用できる……俺、分かるんだ」
という妙なサブの自信に押されて、少しぐらいならいいか、という気になった。
「……わかったよ。じゃあ……えっと、そこの羽根ペン、借りていいかな?」
「え、あ、はい、構いませんけど……」
俺はヤエから羽根ペンを一本借りて、ちょっと広くなっているスペースまで行き、胸元ぐらいの高さにそれを『空間固定』した。
「あ……浮いてる……」
ヤエは驚きの声を上げた。
「……これでもう、俺が解除しない限り、この羽根ペンは絶対に動かすことは出来ないし、壊すこともできない」
「へえ、絶対に、なんだ……触ってみてもいいかしら?」
「ああ……けど、例えば先の方を勢いよく殴ったりしたら怪我するから、気を付けて」
「なるほど、ご忠告ありがとう」
ミツはニヤリ、と笑みを浮かべ、その羽根ペンに触れ、動かそうとしてみた。
そして何度か揺すろうとしてそうできないことを確認し、次に力を込めて動かそうとしても無理で、最後にはそれを掴み、身体を縮め、足を浮かべてぶら下がってみたりもした。
「……本当、ピクリとも動かないわね……」
と、さすがに驚いたような表情になった。
そして今度は、ステータスウインドウを操作して短刀を出現させ、鞘から抜いた。
「あ、それはやめた方がいい。刀のほうが壊れる」
「大丈夫、これは予備の短刀だから壊れても平気……閃空破断!」
ミツは、魔力を込めた強力な攻撃を羽根ペンに向かって放った。
キャシーン、という破断音と共に短刀の刃先が宙に舞い、くるくると回転して、ぽとりと床に落ちた。
ヤエは腰を抜かし、俺達も思わず両手で防御の構えを取ってしまうほどの迫力だった。
「強化魔法のかかった短刀が折れた……なのに、羽根ペンは全くの無傷……どうやらこの力、本物みたいね……」
ぼそっとつぶやくミツに、
「驚かさないでくれよっ!」
と、俺達は一斉に抗議した。
「ごめんなさい、手加減はしたんだけど……でも、絶対に壊れないっていうのは本当みたいね。この羽根ペン、少なくともこの短刀よりは強度が上って分かったわ」
「……あの、ちなみにその折れた短刀、どのぐらいの価値があったんですか?」
恐る恐る尋ねるヤエ。
「これ? ちょっと大きな街に行けば手に入る、そんなに珍しいものじゃないわ。まあ、百万ジェニーってとこかしらね」
「「「百万っ!」」」
俺もユウもサブも、一斉に声を上げてしまった。
ちなみに俺達、全財産は二万ジェニーだった。
と、その時、扉が勢いよく開いて、装備の整った四人の少女達が次々と入ってきた。
「こんにちは-……あ、ミツさん、いたーっ!」
まだ子供の様にも見える先頭の娘が、ミツの姿を見つけて大きな声で叫んだ。
「あら、みんな早かったのね……ほら、この人達が、メッセージにも書いてた『異世界人』よ」
ミツが、俺達の事を彼女達に紹介する。
「あ、始めまして……えっ……」
元気な少女の表情が、驚きに変わる。
そして俺も、彼女達の顔を見て、驚愕した。
初めて会ったはずなのに、どこかで、出会ったことがあるような……。
いや、それどころか、旧知の間柄……まるで心から信じ合い、苦楽を共にした家族の様にさえ思え……切なさと、懐かしさと、愛おしさの入り交じった、胸が締め付けられるような思い。
それは、隣のユウも同じだったようで……涙さえ浮かべている。
四人の娘達も、同様に俺達のことを見つめ……しばらく、時間が止まったかのような、そんな出会いの瞬間だった――。