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絶対空間固定能力(オブジェクトフィクサー)

 帝都ウェドから離れること、約二千キロ。


 辺境の地である「イフカの平原」で、俺と、幼馴染みの優、同じく幼馴染みの三郎の三人は、初の本格的な冒険に出ていた。


 全員、レベルは1。

 これに先立って、スライムやゴブリンなどの小妖魔は倒していたのだが、この世界でのレベルアップはムチャクチャ難易度が高く、まともにやっていたら、朝から晩まで狩りをして、一月でやっとレベル2に上がれるかどうか、という事だった。


 現実世界からこのRPG風の異世界に転送されたとき、一人につき一つずつ『特殊能力』を付与してもらえたのだが、その他は一般の冒険者と変わりなく……つまり、まだ新米、最弱のパーティーなのだ。


 そんな俺達が挑もうとしている強敵……『レッサードラゴン』が、今、目の前で昼寝をしている。

『レッサー』、つまり『下位』と付いてはいるが、推定レベル三十を越える恐るべき魔獣だ。


 この「イフカの平原」は五キロ四方を険しい山に囲まれており、他の大型魔獣がやってくることはまずない。

 また、高レベルの冒険者がこんな辺境の町までやってくることはないので、このレッサードラゴンは全くの無警戒で昼寝しているのだ。


 ちなみにこの魔獣、翼が無いため空を飛ぶことはできない。

 その代わり走るのは速く、また『咆吼』という特殊能力で獲物の動きを止めることができる。

 それで野ウサギやイノシシなんかの動物を狩って生きているのだ。


 しかも、ここで生息しているレッサードラゴンはこの一匹のみ。

 そもそもどうやってこの地に住み着いたのかが不明なのだが、たまに街道を歩く人間が襲われることもあるので、難儀しているという。


 ちなみに、昼間でないと襲ってこないので、隣町に行く際は海路を利用する、もしくは朝日が昇る前や日が沈んだ直後に移動しているらしい。また、町は外壁によって守られている。


 で、俺達がなんでこんな地方に移転させられたのかというと……元の世界でも田舎に住んでいたかららしい。酷い話だ。


 一応、この町にも冒険者ギルドの支部はあるのだが、当然の如く登録者全員レベル1という酷い状況だ。

 ちまちまレベル上げをやっていてもラチがあかないので、ここは神から授かった特殊技能を用いて(くだん)のレッサードラゴンを倒そうということになったのだ。


 うまくいけばレベルが最低でも十は上がるだろう。

 とはいえ……目の前で、なんの警戒もせずいびきをかいて寝ているレッサードラゴンの迫力に、三人とも圧倒されていた。


 体長は、約十メートル。

 首を持ち上げた体高は、三メートルを超えるだろう。


 天敵がいないためのんびりしているのだろうが……怖くて、風上でもある頭の方には回れない。

 この竜を倒すための手段はいたってシンプルで、怒らせておびき寄せ、罠が仕掛けてある「岩山と大岩の間」まで誘い出す、というものだが……。


「……サブ、前に回って、おまえの『強制空間削除能力(イレイザー)』で頭を削り取ったら一撃で倒せるんじゃないか?」


 俺より一回り大きな体格(たぶん180センチぐらい)て、強面の戦士であるサブにそう提案した。


「馬鹿なこというなっ! 匂いで気付かれて、噛みつかれたらそれで終わりじゃないか」

「やっぱ、そのリスクはあるか……これだけよく寝ているんだから、起きないと思うけどなあ……」


 そういう俺も、ドラゴンのしっぽ三メートル以内に近づくことができない。

 ちなみに、この時の会話は「念話(テレパシー)」という、最も基本的なコモンマジックで行っている。

 バトルフィールド上であれば、パーティーメンバーは念じるだけで会話ができる。戦闘中に大声を出す必要がないのだ。


 これだけ魔獣に接近した状態で声を出すのは自殺行為。しかも、とある事情で耳栓をしているのでなおのこと助かる。


「もう作戦、実行するの?」


 不安げな表情の新米魔術師、ユウ。身長153センチ、子供っぽい顔つきもあって、下手をすれば中学生と間違えられる華奢な体格だ。


「ああ、寝てる間にな。『瞬時空間移転能力(テレポーター)』、用意頼むよ」

「うん、もうしてるよ」


 彼女の能力は、右手で登録した空間に左手で触れた物体を転移する、または左手で登録した空間に右手で触れた物体を転移する、の二パターンだ。


 つまり、あらかじめ登録した二カ所を行ったり、来たりできる。

 今回、先に登録したのは岩山の中腹で、後から登録したのが現在の場所だ。

 いざとなれば、触れるだけで俺やサブを岩山に瞬間転移できる。もちろん、彼女自身もだ。


「じゃあ……やるぞ……」


 俺と優は、サブの言葉に目を見合わせてゆっくりとうなずく。


 彼は、その丸太のように太いしっぽにゆっくりと近づいていく。

 びっしりと、煌めくような鱗で覆われている。

 鋼の剣をもはじき返すと言われる、ドラゴン・スケイルだ。


 通常なら、強力な魔力を帯びた伝説級の剣か、乗馬した騎士のランスによる突撃でなければ貫けぬ竜の鱗だが……。


 サブはスッと右手を一閃させた。

 ごくあっさりと、バケツに入った水をすくうように。

 それだけで、しっぽの一部に欠損ができ、一瞬遅れて鮮血がほとばしった。


「……グオルアァァァー!」


 数秒後、平原中に響き渡るすさまじい『咆吼』を、そのレッサードラゴンは放った。

 怒りに満ちた、すさまじい形相で後方を見やる。


「ひっ……ひいいぃーっ!」

 俺は情けない悲鳴を上げて、その場に倒れ込んでしまった。


 俺だけじゃなく、サブも、ユウも同じような状況だ。

 びびって腰が抜けてしまっている状態。


「これが、『咆吼』……耳栓、役にたたねぇじゃねえかっ!」


 思いっきりそう叫ぶサブ。

 大丈夫、それだけの元気があれば問題ない。


 それよりもヤバイのは、完全にパニック状態に落ちいているユウだ。

 竜のすさまじい眼差しが、なぜか自分に集中しているのに気付いているようで、涙目になってガクガクと震えているのがわかる。


 やはりだめだ、この化け物は、レベル1の俺達が手を出すべき相手じゃなかった!


「ユ、ユウ、逃げろっ!」


 かろうじて正気だった俺は、今にも食いつかれそうだった彼女に念話で指示を送った。

 と、次の瞬間、彼女は自分の胸に右手で触れ、その場からかき消えた。


「「……えっ?」」


 俺と、サブの声が見事にハモった。


「……あいつ、自分だけ転移しやがった! タク、お前が逃げろなんて言ったからだ!」

「い、いや、俺は走って逃げろっていう意味で……」


 そこまでしゃべったところで、レッサードラゴンが痛みを堪えながら身体の向きを反転させた……つまり、こちらに襲いかかってくるつもりだ。


「……逃げろっ!」

 言うが早いか、俺とサブは脱兎の如く駆け出した。


「……ま、まあ、最初からおびき出すつもりだったから、作戦通りじゃないのか?」

 俺はユウを庇うつもりでそう言ったが……。


「あの化け物が走るスピードが、俺達より遅いならな……」

 と、恐る恐る振り返ってみると……ものすごい勢いで迫って来るではないか!


 以前、テレビで『コモドドラゴン』というでっかいトカゲが疾走する映像を見たことがあるが……それよりも遙かに迫力がある上に、速い!


「やばい、追いつかれる! タク、何とかしろっ!」

「なんとかったって……そうだ! とりあえず、この盾を……」


 俺は左腕に付けていた『皮の盾』を外して、空中に『固定』し、再び逃げ出した。


 レッサードラゴンまでの距離、わずか十メートル。

 そしてほんの一秒後、その魔獣はもんどり打って前のめりに倒れた。

『固定』した『皮の盾』に前足を派手にぶつけ、転んだのだ。


絶対空間固定能力(オブジェクトフィクサー)』、俺の能力だ。


「……助かった……ナイス固定! このまま振り切るぞ」


 足をしたたかに打ち付けたレッサードラゴンは、その忌々しい盾に噛みついたり、爪でひっかいたりしていたが、全て無駄な行為だ。

 なぜならば、あの空間に固定された物体は、俺が解除をしない限り、どんなことがあっても壊れず、1ミリたりとも動く事が無いからだ。


 やがてレッサードラゴンは学習したのか、諦めてまた俺達を追いかけて、猛烈な勢いで走ってくる。


「また来やがったが……これだけ開いてれば大丈夫か。『あの場所』へ誘導するぞ!」

「ああ……でも、いざというときは、今度はこいつを固定する」


 俺は上着を脱ぎながら、必死で走り続ける。

 ちなみに俺の能力にかかると、布のような柔らかい物体でも、完璧にその時点での形状に固定される。

 しかも、どうやらその内部の時間は『完全停止』するようだ。


 と、そこに念話(テレパシー)が入ってきた。


「二人とも、ほんっとにゴメン! パニクっちゃって、自分だけ移動しちゃって……」

 驚いてよく見ると、レッサードラゴンの後方から、ユウが必死に追いかけて来ていた。


「ユウ、律儀に帰ってきたのか? 危ないから、そのまま岩山で待ってりゃ良かったのに」

「うん、でも二人の事、心配だったから……」


 俺とサブは、顔を見合わせてニヤリと笑った。

 そして何とか、罠を仕掛けたポイントに魔獣をおびき寄せることに成功した。


 岩山と大岩で狭くなった空間。

 レッサードラゴンが一頭、やっと通れるだけの広さしかない。


 息を切らしながら、そのスペースを走り抜ける。

 途中、ちらりと上方をみて、その物体がちゃんと『固定』されていることを確認した。


 レッサードラゴンも、先程『皮の盾』に足をぶつけた痛みと、走り疲れたこともあったのか、大分スピードが落ちていたが、それでもしっぽの肉を一部切り取られた事に対する怒りは相当のようで、目を真っ赤にしてすさまじい形相で俺達を追いかけてくる。


 そしてその場所を通った。

 ……魔獣は二歩ほど進んで、ピタリと動きを止めた。


「ウグログオルアァァァー!……グッ……グロウァ……」

 しっぽを傷つけられたときよりも、明らかに苦しげな咆吼。


「……やった、上手くいった!」

 俺とサブは、後を振り返って歓喜の声を上げた。


 レッサードラゴンは苦しそうにうごめいているが、もがけばもがくほど傷は深くなる。

 事前に、約二メートルの高さに設置・固定したのは、『氷』を剣のように鋭く削ったオブジェクトだった。


 それは透明で見つけづらく、空間固定による時間停止効果により決して溶けることがなく、ミスリルよりもオリハルコンよりも遙かに強度の高い、絶対空間固定能力(オブジェクトフィクサー)の力で創造された『剣』だった。


 高さ二メートル……それは誤って自分達が刺さってしまう心配が無く、かつ、体高三メートルのレッサードラゴンにとっては、ちょうど胸元に突き刺さる高さだった。


 やがてレッサードラゴンは血を吐き、痙攣を起こし始めた。


「タク、もうそろそろいいだろう」

「ああ……解除(リリース)!」


 俺がそう叫ぶと、魔獣はがくんと、その場に崩れ落ちた。空間固定を解いたのだ。

 それにより、ピンで固定された虫のように倒れる事すら許されなかったレッサードラゴンが、ようやく大地に寝そべることができたのだ。


 しかし、それでその魔獣が楽になったわけではない。


「……グッファラァ……」

 力ないレッサードラゴンの、最後の咆吼。

『氷の剣』は水だけではなく、猛毒を混ぜて凍結させていたのだ。


 やがて魔獣は、ビクン、と大きく身体を痙攣させ、そしてその肉体を霧散させた。

 後に残ったのは、『魔核』と呼ばれる水晶のような魔獣の『核』と、数本の牙、そして大きな角だ。

 これがいわゆる、ドロップアイテム。これらはギルドや道具屋で高く売れるし、剣や防具の素材にもなる。


「やった……勝ったぞ、あの化け物を倒したっ!」

 サブの雄叫びに、

「これで俺達も、ドラゴンスレイヤーだ!」

 と俺も応えた。


 恐怖から、歓喜に変わる。


 ユウも、ちょっとバツが悪そうに追いついてきたが、とりあえずハイタッチで勝利を祝った。

 そして俺達はステータスを確認し、目を見開いた。


「レベル十五……すげえ、いきなりミドル・ハイクラスの冒険者だ!」

 ユウも含めた全員が、そのレベルに達していた。


 レベル1の新米冒険者三人だけで、レベル三十のレッサードラゴンを倒した。

 その事実は、イフカの町はおろか、帝都にまで驚愕を伴って知らされたのだった。


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