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姫さま、願う

「えーと……本当に行くんですか?」


 ガコンガコンと揺れる列車の車内でオーリスの困ったような確認の質問がパトリシアに投げかけられます。オーリス達は今、列車に揺られてブルストンに向かっていました。それは他でもない、狩猟をしたいと言い出したパトリシアの願いを叶えるためです。


「ええ、もちろんよ」


 目の前の座席に座るのはこの国一番の美しき姫、パトリシア。どこか期待と不安に彩られた表情さえも息を飲むほどに美しく、後ろに流れていく窓の外の風景を見ていました。


 以前まで行方不明となっていたパトリシアが外出を許されるはずがありません。ですが国王はパトリシアにこれも見合いのためだと言われてしまえば、ぐうの音もでませんでした。





 長い蒸気機関車の旅も終え、二人とお付の者達は無事にブルストン領地に到着します。そこで辺境伯の歓迎を受けてから、狩猟に出かける事となりました。


「えーとこれから狩猟に出かけます。今日の狩りには付き添いとして平民が来ますがよろしいですか?」


「構わないわ」


(むしろわたしはロニーに会いに来たのよ。来なかったら許さないわ)


 オーリスとしては会わせたくない様子でした。ロニーがあの状態だからでしょう。ですがパトリシアがそれを許しません。なぜと疑問に思うままに、オーリスはアランはもちろん、ロニーも狩りに参加するように手配してくれたようです。


 そしてとうとう狩猟の日が来ました。オーリスとパトリシアは待合場所に馬車で向かいます。見慣れた景色が馬車の窓から見えました。しばらく馬車に揺られ、目的地に到着します。先に降りたオーリスの手を取り、パトリシアも馬車から降りました。


(……ロニー)


 視線の先に茶髪の青年がありました。紛れも無くロニーでしょう。その姿を見た瞬間、締め付けられるような嬉しさに見舞われます。そしてロニーもパトリシアの姿を見るなりどこか驚いていました。


「ワン! ワワン!」


 すると一匹の犬がパトリシアに走り寄って来ます。しっぽを振って嬉しそうに見る垂れ耳が特徴のビーグルでした。


「トビー? まさかわたしだって分かるの?」


 その犬がトビーであるとパトリシアには分かりました。そしてどうやらトビーもパトリシアの事が分かるようです。トビーはパトリシアに向かって今だ吠え続けますが、


「……ごめんなさい、トビー。今のわたしにはあなたの言ってることが理解できないの」


 そう言われてトビーは落ち込んだようにしっぽを下げます。ですがすぐに明るい表情を作り、下がっていたしっぽも振り直し、歓迎するようにまた一吠えしました。


「あぁ、すみません」


「いいえ、別に大丈夫よ」


 いきなりパトリシアに向かって飛んでいったトビーを追って、アランが来ました。すぐにパトリシアからトビーを引き離します。


「あー……えっと、こちらの二名が今回の狩りに一緒に参加するアランとロニーです」


(ええ、知っているわ)


 オーリスが若干冷や汗をかきつつ説明します。ですがパトリシアは知っていました。


「で、こちらが俺の知り合いでさるご令嬢の……えっと」


 今回のパトリシアの旅行はお忍びとされている。ゆえに身分は隠さなければなりません。オーリスが名前をどうするか悩んだその時、パトリシアがすかさず名乗りました。


「……パティよ。本日はどうぞよろしくお願いしますね」


 パティ――そう聞いた瞬間、この場にいる誰よりも驚いた表情をした人物が一人。その者に向けてパトリシアはドレスの端を持ち上げ、優雅に礼をしました。







 一行は森の中へと入って行きました。トビーを含めた猟犬が獲物を探している時です。


「パトリ……パティ様、俺が猟銃の使い方を教えましょう」


 オーリスがそう言って隣を歩いていたパトリシアを見ます。しかしいつの間にかパティはオーリスの元を離れ、ロニーの側にいました。


「ロニー、わたしにこの銃の使い方を教えなさい」


「えっ……僕がですか?」


 パトリシアに話しかけられたロニーが困惑した表情をしました。そんな彼にパトリシアは不機嫌気味に返します。


「わたしに教えるのは嫌なの?」


「あ、いえ。もちろん教えますよ……パティ様」


 ロニーはすぐに柔らかな笑顔で答えます。そしてどこか複雑そうにパティと呼びました。


(パティって呼んでくれないのね……)


 久々に見るロニーの笑顔が嬉しくて、ですが余所余所しい対応にパトリシアは寂しく思いました。




「こうかしら?」


「もう少し腕を上に……はい、そんな感じです」


 ロニーはパトリシアの言う通り、銃の持ち方を教えています。ですがなかなか上手く持てず、安定しないのか苦戦していました。


「重いわ……」


 いつもは撃っている姿を見ていただけだったので分かりませんでした。ロニー達はこれを軽々と持ってそれで狙いを定めているという事実にパトリシアは気付きます。


「もう少し上に……ちょっとお手をいいでしょうか?」


 苦戦していたパトリシアの近くにロニーが近づいてきました。パトリシアがコクリと頷くと、彼女の腕などを持ちながら持ち方の修正をします。


(あ……ロニーの匂いだ)


 懐かしい、ですが以前よりも薄い匂いが彼女の鼻を掠めていきました。ですがそれもすぐに離れていきます。


「はい、これでいいでしょう……あ、丁度鹿が来たのであれを狙いましょうか」


 遠くから犬の鳴き声がこだまします。そちらを見ればトビーともう一匹の犬が鹿を追いたてていました。


(トビーも頑張っているわね。ならわたしも……)


 パトリシアはゆっくりと狙いを定めます。動きまわる鹿がいつか見せる隙を狙うように……。そして引き金を引きました。その弾丸は見事鹿を撃ち抜きます。


「……やったわ」


 初めての射撃がまさか当たるとは思わず、嬉しさがこみ上げてきます。


「凄い! 凄いよ、パティ! 良くやった!」


 すると近くにいたロニーも嬉しそうにパトリシアの頭を撫で回しました。しかしすぐにハッと気が付くと速やかに手を上げて離れていきます。


「す、すみません……」


 ロニーはとても困惑していました。今の自分の行動に、自分でさえ驚いている様子です。


「いいえ、構わないわ」


 撫で回されぐしゃぐしゃになった髪の毛を直しながら、パトリシアはとても嬉しそうにロニーに笑いかけます。ロニーはそんな彼女をしばらくボーと眺めていました……。




 日が落ち夕方になります。狩りはここまでとなりました。森の中を移動し、森の入り口で待機させていた馬車の元まで戻ります。


「あの……パティ様」


 馬車に乗り込む前に、ロニーがパトリシアに話しかけました。


「その……失礼を承知でお聞きしますが、以前どこかでお会いした事はありませんか?」


 パトリシアを見つめるロニーは、とても複雑そうな表情でした。喜びと迷いが混じったようなもので、そして目の前にいる存在が一体誰なのか探ろうとしています。


「……いいえ、ないわ」


(少なくとも……パトリシアとしてはね)


 パトリシアは静かに首を振ります。崖下で一度出会っていますが、それを肯定すれば自分が王女であると言うようなものです。


「そうですか……質問に答えてくださりありがとうございました」


 ロニーはパトリシアの答えを聞いた瞬間、がっかりとした様子でした。ですがすぐに笑顔でお礼を言います。


 それを最後にパトリシアは馬車に乗り込み、ロニーと別れました。








 その日の夜。綺麗な三日月が星の夜に浮かんでいます。誰の足あともついていない雪の平原が館の窓から見えました。


「ロニー……」


 そんな部屋でパトリシアは一人思います。今日ロニーと久々に会いました。オオカミの姿でなく、人間の姿としてです。念願叶い、ロニーとも話が出来ました。ですがどうしてでしょう? こんなにも満たされない思いなのは……。


(……会えればそれだけでいいって思ったのに……それだけで……)


 ですが自分の気持ちはそれだけでは飽きたらず、それ以上を望みます。ロニーと会うのは止めておけば良かったと後悔しました。ロニーの顔を見た瞬間に、離れたくない、もっと一緒にいたいという気持ちが溢れでて止まることがありません。


 それならあの場で言えば良かったのでしょうか? 自分がパティと。オオカミのパティだと。


(……でもそんなこと誰が信じてくれるのよ)


 ですが彼女は言う勇気がありませんでした。何よりもロニーに嫌われるのが最も恐ろしいことです。そんな最悪の結果を彼女は迎えたくなく、どうしても言えませんでした。


(もう一度……彼に会いたいわ)


 そう思いますが明日には帰る予定となっています。この館を今から抜けだそうにも、監視の目がキツくて無理でしょう。


「……それにできればオオカミの姿でね」


 思わずそう呟きました。皮肉なものです。あんなにも嫌っていた姿になる事を、今は望んでいるのですから。ロニーを思う気持ちが大きいのは、きっと別れをきちんと出来なかったからだと、パトリシアは思いました。今度こそオオカミのパティとなって彼との別れをできればこんな思いにも悩まされる事無く、王女のパトリシアに戻ることが出来るはず――と。


「ニャー」


 その時、鈴の音の音と共に猫の鳴き声が聞こえてきました。


「シンシア? あなたどこから入ってきたのよ?」


 振り返ると窓際に座り込む猫のシンシアが居ます。どこかパトリシアをじっと見つめていました。


『お馬鹿なパティちゃんだこと。人間に戻ってもその脳みそは犬以下のようねぇ……』


「……なんですって? それはどういう意味よ!」


 パトリシアはシンシアの言葉に怒りを露わにします。――だからとある事実に気づきません。


『そのままの意味よ? さっさと事実だけを伝えればいいのに……これだから人間は面倒な生き物ね。まぁそれが面白いのだけれど』


 そう言ってシンシアは唄うように鳴きます。


『特別に願いを叶えてあげる。だからありがたく思いなさい――人間のオオカミさん?』


 そうシンシアが言い終わると、部屋が光りに包まれました。



(な、なんだったの……)


 パトリシアが閉じていた目を恐る恐る開けます。そこには以前変わらぬ部屋の風景がありましたが、どこか目線が下に下がっていました。シンシアがいた窓際を見ますが、そこに猫の姿はありません。代わりに窓が開け放たれており、寒い冬の風が部屋に入ってきます。


(まったく何が願いを叶え……えっ?)


 パトリシアはよくよく自分の姿を見てみます。下を向くと白い毛に覆われた自分の手……ではなく前足が見えました。そしてどこか懐かしい体の感覚があります。


(まさか……またオオカミになっているの!?)


 どうやら本当にオオカミになってしまったようでした。


「パトリシア様?」


 よく聞こえる耳にそんなメイドの声が聞こえてきます。ついでにこの部屋に向かう足音も。慌ててパトリシアは開け放たれた窓から外へと飛び出しました。ここは二階ですがオオカミなので問題ありません。


「――大変よ! パトリシア様がいないわ!!」


 館を離れる時にそんな悲鳴に近い声が聞こえてきましたが、それには振り返らずにパトリシアはとある場所に向けて走りました。





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