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姫さま、去る

 その日の夕刻。本日はオーリスの家で食事を取ることとなりました。近所の村人も呼び集めたのでちょっとしたパーティの雰囲気です。そこに並ぶ料理はオーリスお抱えの自慢のシェフが、今日獲った獲物の肉で作ったものでした。ですがもちろんパティはその料理を口にできません。羨ましそうにその料理を眺めるだけです。


『あら人間のオオカミさんじゃない。今日はいつにもまして不機嫌そうねぇ』


 そんなパティに声がかかります。そちらを見れば鈴の音を鳴らしてやってくる猫のシンシアがいました。


『今日は何のようよ?』


『あらあらすごぶる機嫌が悪いのね。そんなにあの犬からのプロポーズは、お気に召さなかったのかしら?』


『なッ!? なんであなたがそんな事を知っているのよ!?』


『ウフフ、猫の情報網を甘く見ないで頂戴』


 シンシアはまるで笑っているかのようにいいます。そんな猫の姿が王宮に居た噂好きのご令嬢に見えてきました。


『それとも……』


 シンシアがパティの目線の先を見つめます。その先には茶髪の青年が年若い村娘に囲まれていました。どうやら結構人気があるようです。


『ご主人様を取られそうで嫉妬かしら~? あぁ大変! 変な虫が私のご主人様にたかってるわ!』


『そ、そんな事思ってないわよ!! 今すぐ止めなさい!』


 まるでパティの心の声を言うようにシンシアは言いました。それを見て恥ずかしそうに慌てるパティの様子が面白いのか、シンシアは楽しそうに笑い声のような鳴き声を上げます。


『……からかうのはここまでにしてあげる。そろそろ私のご主人様の所に戻って、虫を払ってこないといけないから』


 見れば彼女の主人も女性に囲まれています。こっちのほうがさらに人気でした。


『でもね一つ言っておくわ。……オオカミのパティちゃんのままじゃ、無理なのは分かっているでしょう?』


 シンシアはそう言った後にパティの元を去って行きます。


(何よ……何が無理だって言うのよ……わたしは別にロニーの事なんか……)


 パティはシンシアの言葉を考えつつ、今まで見ていた方角をまた見つめました。茶髪の青年がパティよりも劣るであろう女性と共に楽しそうに会話をしています。ですが今のパティではその会話に割って入ることすらできません。――なにせあの女性は人間で、パティはオオカミなのですから。


(……やっぱりロニーは人間のほうがいいのね。まぁそうじゃなかったら嫌だけど……)


 あの青年の姿を見るのがなんだか辛く感じます。もうこれ以上見ていられないほどにです。パティは静かに立ち上がると、パーティ会場から人知れず離れて行きました。







 パティは静かに雪の降る夜道を宛もなく歩きます。まるでオオカミになった頃に彷徨っていた時を思い起こさせました。ふと空を見上げると綺麗な満月が浮かんでいました。


「アオォーン!」


 思わず遠吠えをしてしまうほどに綺麗な月です。


「アオォーーーン!」


(……遠吠えなんて本当オオカミみたい……わたしは、人間なのに……)


 その遠吠えはどこか悲しさで震えていました。雪が降る月明かりの元でパティは涙を流しながら遠吠えをします。どうして自分はオオカミになってしまったのでしょうか。どうしてそのままの姿で彼に……ロニーに会ってしまったのでしょう。この姿にならなければ一生会わなかった人物に、どうして出会ってしまったのか。


(なんで……なんで……わたしはオオカミでロニーは人間なのよぉ!)


 そしてどうして自分は今人間ではないのでしょうか? あの時、ロニーが他の女性と親しそうに会話をしている姿を見ているのがとても辛く、そして悔しかったのです。パティが人間であれば、あそこに言って何か言えたでしょう。ですがオオカミの今パティではただ吠えることしかできません。


(でも……人間に戻りたいと思うけど……)


 もしも人間に戻る日が来れば、それはロニーとの別れを意味します。それに人間に戻ったパティの事をロニーは分かってくれるのかという心配もありました。……きっと分からないと思います。まさか森で拾ったオオカミがこのルプルス王国の姫、パトリシアだとは夢にも思わない事でしょう。


「アオーン! アオーン!」


 オオカミの悲しき遠吠えが、雪の夜空に響き渡っていきました。


(なんで……どうして……こんな出会い方なの……もっと普通に出会いたかった……そしたらロニーと話せたのに! ロニーに――)


 そこで物音がして、パティは遠吠えを止めました。耳を澄ますとどこからか雪の踏みしめる足音が聞こえてきます。


「パティ!」


 暗い夜道に人影が現れました。人間であれば見えないでしょうがパティはオオカミです。暗がりでもそれが誰であるのか分かりました。


(ロニー……)


 雪に足を取られながらも、こちらに向かって走ってくるのは紛れも無くロニーです。彼はパティに近づくと思いっきり抱きしめました。


「良かった! もう何処へ行っていたんだい、心配したんだよ!」


(……冷たいわね、ロニー)


 この寒空の下、ロニーは必死にパティを探していたのでしょう。抱きしめたロニーの体はとても冷めたいです。


「さぁ一緒に帰ろう、パティ」


 ロニーが立ち上がり、家の方角に向かって歩き出しますが――


「……パティ?」


 パティはその場から動こうとしません。


(ねぇロニー。わたしね、思うのよ)


 パティが静かにロニーを見上げます。いつもの優しい温かい笑顔をパティに向けていました。


(わたしは人間に戻りたい。でも、人間に戻ったらこうやってあなたとは出会えないと思うの。ううん、あなたがわたしを拒絶するかもしれないって思っちゃうの。そんなことロニーはしないだろうけど……)


 どちらにせよ、今の関係が崩れてしまうのは変わりありません。パティがパトリシアになってしまえば、きっとロニーも今までどおり接してはくれないでしょう。


(だから……いつかあなたと別れるのが分かっているなら……)


 ――ロニーとの関係が崩れるくらいなら、ロニーの中のわたしだけはオオカミのパティのままでいさせて欲しいの。


「どうしたの、パティ?」


 ロニーが心配してかがんでパティの様子を見ます。目線のあったそのロニーの瞳にパティのオオカミの姿が映り込みました。


(だから――)


 パティはロニーに顔を近づけます。まるでキスをするように。ですが人間とオオカミなのでそうは見えないでしょう。


「パ、パティ?」


 パティの行動に呆気に取られたのかロニーが困惑します。そんな反応しかしてくれないロニーに、パティの心が痛みました。


「パティ!!」


 その悲しみを振り払うように、パティは素早くロニーの側を離れます。


(……さようなら、ロニー)


 遠くからロニーの声が聞こえてきますが、それすら振り払うように彼女は全力で走り、森へと消えていきました。












 パティがロニーの元を去って一週間が経ちました。


「……おい、ロニー。いい加減元気を出せ」


 ロニーの家にやってきたアランが言います。ロニーはあれからというもの猟師の仕事を休むほどに落ち込んでいました。


「すみません……アランさん」


 心配してやってきたアランにロニーは申し訳なく思いますが、今だ気分は落ち込んだままです。


「そんなにパティが居なくなって寂しいか?」


 アランが不思議そうにロニーを見ます。アランの娘もパティは居なくなって寂しそうにしていましたが、ロニーの落ち込みようはそれ以上でした。


「……はい、とても。その……パティはその人間ぽくて……一人で暮らしてる僕にとってはまるで家族のように思えて……それが余計にきているのかもしれませんね」


 ロニー自身もここまで自分が落ち込むとは思いもしませんでした。それはそれだけパティという存在が自分の中でとても大きな存在になっていたからでしょう。


「そうか……」


 アランもそれ以上は何も言えませんでした。この傷ばかりは時間が癒やしてくれるのを待つことにしたのでしょう。



 その翌日。暖炉の火のみが部屋を照らすその場所で、ロニーがロッキングチェアに腰を掛け、目線はいつもパティがいた暖炉の前を見ていました。


「ロニー! 居るか!」


 扉を叩く大きな音とともに、オーリスの叫び声が聞こえてきます。慌ててロニーが扉を開けると、新聞を片手に雪を被ったオーリスがいました。


「おい、ロニー! 新聞見たか? その様子だと見てねーな!」


「ど、どうしたんだい、そんなに慌てて……」


 オーリスが手に持っていた新聞を突き付けます。久々に見る新聞を受け取ったロニーはその一面を見て驚きに目を見開きました。


「――人食いオオカミがパトリシア姫殿下を殺害した可能性大。……警察は白いオオカミを指名手配。その首を持ってきた者には賞金を……な、なんだいこれは!?」


 その新聞には王宮がパトリシア姫が行方不明になっているという発表がなされていた。そしてその上で行方をくらませたその当日に、姫の部屋で白いオオカミの目撃がなされている。その情報から姫はオオカミに食べられたのではないかという疑いが持たれたようです。


「なぁ……白いオオカミって」


 オーリスがロニーを見ました。その目はこの新聞のオオカミはパティではないかと言っているようです。


「そんな訳ない! パティがそんな事をするはずかない!」


「あぁ、そうかもしれないが俺が聞きたいのはそっちじゃない。ロニー、パティを拾ったのはいつだ?」


「……この姫様が失踪したっていう日付より後だよ。それがどうかした?」


「そうか……なら良かったよ」


「まさか君、僕を疑っていたのかい?」


「ちょっとだけだ。でもそれなら良かったよ」


 少しだけほっとするオーリスでした。友人が王族を殺した犯人であったなど目覚めが悪いものではないでしょうから。ロニーはオーリスを責めはしませんでした。いえ、今の彼にはそんなことどうでもよいのです。


「ねぇ……オーリス」


「なんだ?」


「白いオオカミが手配されているって事は……パティが間違われてしまうかもしれないね」


 そう思うやロニーは家を出ていこうとしました。しかしオーリスに止められます。


「待て待て! あのオオカミが本当に姫を殺してないって確証はねーんだぞ!?」


「パティが本当に殺してないか本人に聞きに行く!」


「本人って動物が答えるわけねーだろ! それに今白いオオカミを庇えばお前はどうなるか分かっているのか!?」


「だから行くんだよ! パティを守らなきゃいけない!」


 どうしてもパティの元に行くつもりのロニーをオーリスは止めることができません。そうこうしているといつの間にか外に出てしまいました。その時――


「えっ警察!? 早いなもう!」


 この家に続く道の先に警察の姿が見えました。その彼らの手にはライフル銃を持っており、明らかに白いオオカミを追っているようです。


「オーリス! 君は彼らの足止めを頼んだよ!」


「はぁ!? ちょっと待てって! ロニー!!」


 ロニーはオーリスを置いて走っていきました。あの時、パティが向かっていった方角は雪山です。あの場所にいるのか分かりませんが、ロニーはそれでもその場所に向けて走りました。






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