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姫さま、拾われる

「どうかされましたか!!」


 パトリシアが鏡に映る自身の姿に驚いて固まっていると、悲鳴を聞いた兵士達がやってきました。


「オオカミ!? なぜ姫さまの部屋に!!」


 兵士はパトリシアを見るなり驚きましたが持っていたライフル銃を構えます。一発発射されましたが、パトリシアは素早くベッドから飛び降りることで避けることができました。


(ま、待ちなさい、わたしよ! パトリシアよ! 一体誰に銃を向けているの!!)


 パトリシアがそう訴えるも口からは人の言葉ではなくオオカミの鳴き声しか出ません。その声によってさらに兵士達が警戒を強めてしまい逆効果でした。


 このままではあの銃によって殺されてしまいます。そう思ったパトリシアはオオカミの体にもたつきながらも走り出しました。向かう先は窓。大きな音を立てて窓のガラスを破り、パトリシアは勢い良く外へと飛び出します。命の危機がかかっているのです、これくらいなんのその。後ろから響く銃声と兵士の声から逃げるようにパトリシアは走り続けるのでした。




 気が付くと王宮の外を出て、城下町に入りました。降り積もった雪と霧によって町中はとても視界が悪いです。しかしこれはパトリシアにとってはいい事でした。なにせ今の自分はどこからどう見てもオオカミです。人間に見つかれば先ほどの兵士のように殺されてしまうかもしれません。


(どうしましょう……)


 ガス灯が照らす雪の積もった石畳を歩きながらパトリシアはどうすれば良いのか途方にくれました。街中の建物が視界の上にありそのどれもが大きく見えます。そんな街を見上げていれば雪に足を取られてしまい転びました。


 ブルブルと体についた雪を揺らして飛ばすと、雪と霧によって真っ白い前方を睨みます。どうして自分は今こんなことになってしまったのでしょうか。自分はこの国のお姫様だというのに、今は犬畜生。こんな道端で雪まみれになって寒さに震えているなどありえない、あってはならないはずです。


(これも精霊とかいう奴のせいよ! なんでわたしがこんな目に合わなきゃならないのよ!)


 パトリシアがこんな状況に陥ったのはきっと精霊様のせいでしょう。ですがこうなったのは彼女の行いのせいなのですが、パトリシアはこれっぽっちも反省もしていませんでした。たとえ犬……いえオオカミに成り果てても彼女の自尊心は簡単には崩れないようです。


(精霊なんていないと思っていたのに……)


 昔は魔法があり人間も使えたなど聞くが、そんな事はありえない存在しないとパトリシアは思っていました。だからこそ精霊などという存在も昔の人間たちが創りだしたものにすぎないと、思い込んでいたのですが……もしそうであった場合今の自分の状況をどう説明すればいいのか分かりません。


 そんな事を考えながら歩いていると未だに霧が出ていて分かりづらいですが、少し大きな所に出ました。その先に何か建物がありその扉が開いています。見た感じ隠れるのによさそうです。


(疲れたわ……少しここで一休みしましょう)


 まだ朝でいつもの彼女ならばまだ寝ている時間です。それに走り回っていた事もあり彼女はとても疲れていました。その扉が開け放たれた場所は地面から一段高く、階段はありませんでしたがパトリシアはひょいと飛び越えて登ります。中は薄暗く何やら木箱など物が置かれており、倉庫のような印象を受けました。


(こんな所で寝るなんて……)


 木の床に毛布も何もなくうずくまって寝る。王宮で蝶よ花よと愛でられて生きてきたパトリシアにとってこれはとても許しがたい惨めな事でしょう。しかし疲れによる眠気には叶わず、気づけば深い眠りに落ちていくのでした……。






 ガタンコトンという物音と体に感じる揺れに気づきパトリシアは目を覚まします。疲れは取れたようで前足を伸ばしながら背伸びをしました。そしてキョロキョロと周りを見渡してみると……


(な、何よコレ!)


 目の前には自分が入ってきただろう入り口があります。そこから見えるのどかな景色が横に移動しているではありませんか。どうやら今自分のいる建物が動いているようでそれに合わせて建物全体が揺れており、遠くから汽笛のような音が聞こえてきます。


(まさか……今わたしがいるのは列車の中かしら?)


 この時代の革命的象徴とも言える蒸気機関車。その汽車の登場により国内や他国を行き来する移動は飛躍的に向上しました。このルプルス王国にも鉄道の整備はされており、王都にはもちろん駅があります。どうやらパトリシアはその駅にあった汽車の車両に乗り込んでしまったようです。


 しばらく列車に揺られていると駅に近づいたのか列車のスピードが緩んできました。完全に停止を確認した後、人間に見つかる前にパトリシアは車両から降ります。どうやらそこそこ大きな街の駅に着いたようで、駅のホームには同じ列車に乗っていただろう人たちが降りている姿が見えました。


 人間には見つからないようにしながら駅の看板を探します。


(ブルストン……王国の端っこじゃない!)


 駅の名前を見て頭に王国の地図を思い浮かべました。どうやらここはルプルス王国の王都の東にある地域のようです。隣国に近い場所で辺境伯が管理する地域ですが、この国の中でもわりと田舎と言っていい所だとパトリシアは記憶していました。


「犬……いやオオカミ!?」


(しまった……!?)


 どこからかそんな声が聞こえてきてパトリシアは慌ててその場から逃げます。まさかこんな遠くに来てしまうとはと思いながら……。


 それから彼女は人間に見つかる度に追い掛け回されたり、汚い下水道などで夜をあかしながら過ごしました。王宮という綺羅びやかな場所で生活していた昔と今は曇天の差です。


 街にいては人間に殺されてしまうのでパトリシアは、街を出て森に入りました。雪を被った木々が立ち並ぶ森です。そんな森の中をあても無く彼女は歩いていました。


「ガウゥ……」


(疲れたわ……お腹空いたわ……誰か今すぐに料理を出しなさい……ベッドの用意をしなさいよ……)


 日が落ち、薄暗い雪道に小さな足跡を付けながらパトリシアはふらふらと歩いています。もう三日も食べ物を口にしていません。自慢の髪色と同じ白毛は走り回ったからかいつの間にか汚れており、灰色に近い色に成り果てていました。


(もう嫌だ……精霊様謝るから人間に戻しなさいよ……)


 ついにパトリシアは倒れてしまいます。雪の冷たさが体の熱を奪っていき、どんどん意識が遠くのでした。


 そんな中、遠くに人影らしきものが視界に写り込みます。こんな時に人間に出会うとは、しかもその人間の手にはライフル銃を持っているではありませんか。


(わたし……死ぬのかしら……)


 逃げ出そうにも体が重く動きません。とりあえず警戒のうなり声は出しておきますがその声も弱々しいものです。


 ――そしてパトリシアは近づいてきた茶髪の人間の姿を見たのを最後に意識を失いました。







 温かい。最初に感じたのはそれでした。次に何かぱちぱちと火の爆ぜる音。恐る恐るパトリシアは目を開けると目の前にはゆらゆらと揺れる暖炉の火があります。


(ここは……)


 体を動かしてみると上に掛けられていた毛布が滑り落ちました。周りを見渡してみるとどうやら部屋の中です。木で作られた簡素なテーブルやロッキングチェアなどが置かれており、壁には鹿の角のようなものが装飾として見受けられます。


「あ、起きたんだね」


 すると隣に続く扉から誰かが入ってきました。入ってきたのは茶髪の髪を持つ比較的地味な印象を持たせる青年。その青年の姿はパトリシアが意識を失う前に見た人間にそっくりです。ですが手には銃は持っていません。どうやらこの青年、オオカミであるというのにパトリシアを助けてくれたようです。


(わたしを助けてくれたのかしら……)


 パトリシアにしては素直に感謝の言葉を言おうとしますが……


「ガウ! ガウー!」


 その声はやはり獣の鳴き声にしかなりませんでした。


「ああ、そんなに警戒しないでいいよ! 僕は君に危害を加えたりしないから!」


 鳴き声に慌てた青年は手を上げながらそう言いました。パトリシアとしては礼を言ったつもりなのですが怖がられてしまったようです。


(そ、そんなに怖がらなくてもいいじゃない! わたしってそんなに怖いのかしら……)


 パトリシアの姿を見たもの達は悲鳴を上げたり怖がったりとしていました。とても美しい容姿であった自分が恐ろしい獣の姿になってしまったのかと思うとパトリシアはしゅんと落ち込みます。そんな気持ちと同調するようにしっぽも下がりました。


「……大丈夫?」


 オオカミであっても見て分かるほどに落ち込むパトリシアの姿に、青年は困ったように首を傾げます。


「えっと……もしかしてお腹空いている?」


 青年の声にパトリシアは顔を上げました。確かにお腹はとても空いています。何せ朝から何も食べていませんから。


(ええ、空いてるわ! 準備してあるなら早く料理を運んできなさい!)


 そんなパトリシアの反応に青年は伝わったのか彼女の前に皿を置きました。


(……何よコレ)


 その皿に乗せられたものを見て彼女は愕然とします。それは肉でした。ですが焼かれていない生肉で新鮮なのか血が滴っており、どこか獣臭さが残っています。


「今日狩って来たイノシシの肉なんだ。きっと美味しいと思うよ」


 青年は肉の説明をニコニコとしながらパトリシアの様子を遠くから見ていました。


(こんなの……こんなの……食べられるわけ無いでしょう!!)


 パトリシアは肉を見てそう思います。しかし心のどこかでは美味しそうなどという感情もありました。


(私はオオカミじゃないの! 人間なの! だからこんなの食べられるわけ無いでしょ!)


 ですが彼女の心は獣の心に屈しません。いくら今の彼女はオオカミでお腹を空かせているとはいえ、いきなり生肉を食すなど無理です。彼女は真っ赤な肉からぷいっとそっぽを向いて食べないという意思を青年に伝えました。


「え……いらないの? あーもしかして人間からのだから警戒してるのか?」


 青年はパトリシアの行動をそう解釈したようです。


「でも森で倒れていたし食べないのは心配だな……」


 ぶつぶつとそう言いながら考え込んでいた青年でしたが思いついたとばかりに扉の向こうに行きます。しばらくして戻ってくるとまた同じように手に皿を持っていました。そしてなにやら肉の焼けたいい匂いがします。どうやら先ほどの肉を焼いてきた様です。彼はもう一度皿に乗せた肉をパトリシアの前に置きました。今度の肉は焼いてあるので食べられるでしょう。ですがパトリシアは食べようとしません。


(まだ食べられるようになったけど……こんな地面に顔を付いて食べるなんてはしたなくてしたくないわ!)


 どうやらパトリシアはこの状態では食べたくないようです。今の彼女は手が使えないというのに。パトリシアは地面に置かれた肉をジッと見つめたまま動きません。


「……食べないか。なら仕方ない」


 するとゆっくりとパトリシアの様子を伺いながら青年が近づいてきました。青年は置かれた皿の近くにしゃがみ込むと――


「これ、勿体ないから僕が食べるよ?」


 皿に置かれた切れ端の一つを口に含みました。手を使わずにです。まるで犬が食べるかのように彼は皿に置かれた肉を食べました。


(なッ……何をやっているのよ!)


 そんな青年の行動に思わずパトリシアは吠えながら近づきます。


「ガウ、ガウガーアー!」


(あなた人間でしょ! こんな食べ方を人が見ている目の前でするなんてはしたないわ! 今すぐにやめてちょうだい!)


「ごめんごめん、君の肉をこれ以上盗らないから怒らないで」


 パトリシアが近づいてきたのに合わせて青年はその奇行を止めると離れて行きました。そんな彼と皿の上に置かれた肉を交互に見つつ、パトリシアは考えます。ここで自分がこれを食べなければ彼はまたあの奇行をしてしまうかもしれません。青年は今の自分と違いれっきとした人間の見た目です。そんな大の大人が目の前で犬のように肉を食べる姿を彼女は見たくありませんでした。


(もう……分かったわよ。食べればいいんでしょ!)


 彼と違い今の自分の姿はオオカミです。犬のような容姿をしていますから、見た目的にはあまり違和感はないでしょう。積極的にやりたいと彼女は思いませんが。


 彼女は恐る恐る肉に近づきます。いつもよりも効く鼻がとても美味しそうな肉の焼けた匂いを嗅ぎ取りました。一口食べれは、彼女は色々と考えていた事を捨てて夢中で目の前の肉にかぶりつき始めます。お腹が空いていた事もありますが、目の前で人間が同じような食べ方をしたから羞恥心が若干薄れた事もあるでしょう。ですがあくまで上品に食べることを忘れません。


 そんな風に美味しそうにしっぽを振って肉を綺麗に食べるオオカミの様子を青年はニコニコとした笑顔で見守っているのでした。






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