新年の挨拶
「慌てずに、しっかり準備するように。」
課長からの静かな指令が職員の気を引き締める。
私の名前は松竹 梅華。みなさんも一回名前を見ただけでわかる通りあだ名は・・・
「おーい、松竹梅。第二倉庫から机持ってきてくれー。」
もう慣れた私は基本的にスルーする。
「はいはい、いくつ必要?」
「とりあえず三つかなー。」
会話している相手は、松村 鶴也である。同期で入社して部署もずっと一緒である。
「OK。春香手伝ってくれない?」
「わかった!」
彼女は桜井 春香。私の幼馴染でとても面倒見が良く、学生時代には数え切れないくらい助けてもらった。
「ありがとう、春香。じゃあ行こうか。」
そう言って私は先頭を行こうとする春香を止めた。彼女は天性の方向音痴なのだ。だから、彼女には自覚がない。
「おいおい、社内で迷子の知らせはやめてくれよ。」その一言は空気を和ませた。
「松村さん、それはないですよ。梅華は方向音痴じゃないですし。」
ここのイベント課のみんなは、このことを分かっているからジョークのように使う。
計画が綿密に立てられたので、とても準備は順調にいった。
「梅華は今年は何人くらい来ると思う?」
「去年が大体5000人くらいだったから、今年もそれくらいじゃない?」
「でも、今年は余裕あるし、特別な事をしてもっと盛り上げたいなー。」
確かに、今年はとても早いペースで準備が進んでいるから時間には余裕がある。
「やるって何を?」
「そうだなー。花火とか打ち上げようよ!」
はっ、花火?!今更言うのもなんだが、このイベントは年末年始のイベントである。
まるで夏祭りみたいになってしまう。しかし、否定してしまうのも気が引ける。
「課長に聞いてみよう。」
机を運びながら私は答えた。課長からなら言いやすいと思ったからである。
「マジか!それいいね。」
松村?賛成しちゃうの?でも、予算の問題があるだろうし、ダメだろう。
「課長、今回のイベントで花火を打ち上げませんか?」
「・・・。」
課長が何かの資料を見ている。
「・・・、課長?」
「・・・やってみるか。」
・・・えっ!?やってみる!?私は課長が見ていた資料を見ると、予算の資料で結構残っていた。
「その代わり、企画長は桜井がやるんだぞ。」
「もちろんです。ありがとうございます!」
「課長!自分も企画長をやってもいいですか?」
「松村がそう言うんなら、いいぞ。じゃあ、補佐役として松竹。君がやってくれるか?」
私は一瞬驚いたが、本当に時間があるので断る理由が無い。
「分かりました。」
「正月の花火だから、いつも通りじゃダメだよね?」
とりあえず三日後までに企画書を提出しなければいけない。
「やっぱり『ハッピーニューイヤー』は必須だよね、松村君?」
「そうですね。でも、『賀正新年』もよくないですか?」
「いいね!」
私はホワイトボートにそのアイディアを書いていった。
「松竹梅は何かアイディアある?」
「ウ~ン、なんか自分では言いづらいけど・・・」
「「松とか?」」
松村とハモった。まあ、あなたも『松』の字を使ってますから、そうなりますね。
「いいと思う!とても日本って感じが出ると思う。」
春香も企画長として、いつものようにテキパキやっていた。
それから二日間企画を練ったあと、企画書が完成した。
手をつけ始めてから三日目になり、課長に企画書を出した。
「・・・、よし結構いい案じゃないか。前々から考えてた企画みたいだ。」
「時間には余裕があったからです。それに、松村君と梅華がとてもいいアイディアをだしてくれたので。」
課長からのOKサインも出たので、やってもらう業者を探した。
しかし、盲点だった。師走に営業している花火屋はない。
「梅華どうしよう、このままじゃ花火できないよ。」
「大丈夫。どっかは受け入れてくれるって、今日は先に帰ってて。」
大丈夫な訳はない。もう、百件くらいには電話をかけたが、ダメだった。学生時代も無責任なことを言って、
結局は春香から助けてもらう事になってしまう。
「そうだね。じゃあ、先に帰るね。」
そう言って春香は自分のロッカーに行った。今日は事務の仕事が少しあるので、私はまだ残る事にした。
「梅華じゃあねー。」
「はいはい、絶対に寄り道しないでよー。」
流石に何百回も通った道は大丈夫だろうと思ったので春香をひとりで帰した。
私は仕事のために、資料室に向かった。急いで行く最中、つまずいて転んでしまった。
「痛っ!」
ドンと鈍い音が鳴らした割には、体に痛みはほぼない。
「・・・松竹梅、苦しんだけど。」
目を開けると、私の下には松村がいた。体が密着していた私はテンパった。
急いで退いたが、言葉がうまく出てこない。
「あっ、これは、その・・・。」
その時に松村が私の頭を撫でてきた。
「お前もそう言うところあるんだな。」
その時の松村の笑顔はいつもと違うような気がした。そんなことを考えていたら、次の言葉が飛んできた。
「顔がとても赤いけど、大丈夫?」
私は林檎みたいに真っ赤であろうと想像できるくらい熱く、恥ずかしかった。
だから、より一層松村の顔が見れなかった。
「今日はもうそろそろ帰ったほうがいいんじゃないか?」
しかし、資料室に行かないといけないことを思い出した。
「でも、資料室に行かないと・・・。」
「じゃあ、一緒に行ってやるよ。ちょうど仕事も終わったしな。」
そう言って松村は、手を差し伸べた。あれ?こいつはこんな優男だっけと思いながらも、
手を借りて立ち上がった。その時、ため息が聞こえた。私は迷惑なのかと思い、
「用事とかはないの?」と聞いた。
「ないない。年末年始はみんな自分のことでいっぱいいっぱいだろ。」
私は安心して協力を頼んだ。松村は微笑んだ。
目が覚めると私は自分の机で毛布を掛けて突っ伏していた。
「おはようございます。これどうぞ。」
コーヒーを置いて、いつものような笑顔で私の顔を見る松村がいた。
「お、おはようございます。」
やばい、全くと言っていい程記憶がない。仕事を終えたかすら分からない私は確認しようとすると、
「仕事なら終わってたよ。そこの青いファイルだよ。」
中を見ると確かに終わっていた。でも、まだ思い出せない。
「まあまあ、細かいことはいいじゃん。」
いくら考えても思い出せないので私もいいと思った。
「それより、花火をどうするかでしょ。」
私はその言葉で我に返った。昨日は百件近くに断られてしまったのに、やってくれる所はあるだろうか。
「・・・お前ら早いな。花火の企画はうまくいっているのか?」
課長が出勤してきた。私は時計を確認すると七時半だった。ん?七時半!?早すぎでしょ。考えられない。
「いや、今日はたまたま泊まりでやってました。企画はまあまあですね。」
課長は一体何者なんだ。結婚はしているらしいがどんな生活をしているんだ。
私は、その事ばかりを考えた。
九時になると、次々と仲間が来る。そして九時半からミーティングが始まる。
「イベントの準備期間には余裕があるからしっかり確認しながらやるように。」
はい、ミーティング終わり。もはやミーティングではないね。
「梅華、今日とっても早かったね。」
「ん?ああ、そうだね。それより春香が迷子のならなくて良かったよ。」
「なるわけないじゃん!子供じゃないんだし。」
その時の笑顔で私はホッとした。事実、前に一回少し迷子になってた事があったあったから、心配はしていた。
デスクの上には昨日作った青いファイルと花火屋の一覧があった。
「課長、今日のファイルです。」
「・・・OK。企画をしっかり頼むぞ。」
滅多に感情を表に出さないのに、課長が微笑みながら答えた。
「分かりました。」
そう言って去ろうとした時、課長に声をかけられた。
「ほら、花火屋の一覧だ。流石にこれだけあれば、どこかがやってくれるだろう。」
その一覧表は花火屋のみのものとは思えないほど厚かった。
私はこのために、今日に仕事を終わらせたので、花火屋に電話をし始めた。
時だけが無情に過ぎていくかと思ったら、なんと三十分で予約が取れた。
昨日の焦りが嘘のようだった。なにわともあれ良かったと思い、私はその花火屋に資料を届けに行った。
「あのー、イベント課の松竹です。富士山 一さんはいらっしゃいますか?」
この声に反応して、奥から激しい物音をさせながら、はいはいの声が聞こえた。
「あー!君が赤井の部下の。要件は聴いてるよ。粋な事をするね。まあ、この時期の花火屋なんてここぐらいしか開いてないだろうし。・・・・」
良く喋るなー。まだまだ話が続きそう。そんな事を思っているのがわかったのか、
「松竹さん、こんなやつが赤井の親友とは思えないでしょう。」
「はい、思えないです。」
「まあ、いいや。でどんな感じの花火を打ち上げるの?」
資料を渡すと、とても話していた人とは思えないくらいの真剣な眼差しに変わった。
十分くらい待ってから返事が来た。
「・・・いいね。君たちセンスがあるよ。僕でも大体同じような感じにするよ。」
正直私はすごい自信家だと思いつつ、依頼をした。
「うちらは待つだけだね。よかった。」
そう言いながら春香が正面からもたれかかってきた。
「春香、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。いつものことだから。」
昔からこの癖だけは治っていない。ホッとすると力が抜けてしまうらしい。
実際、私もホッとした。私はイベントの調整に参加した。
午後五時が過ぎ、調整の関係上、松村のところに行くと寝ていた。
私が起こそうとして肩を叩こうとすると、課長が止めに入ってきた。
「自分が確認しよう。」
「でも、課長はいそがs・・・。」
「まあ、いいじゃないか。それより松竹は鈍感なんだな。今日は終わりだろ?」
「あ、はい。残りは私がやっていたので。」
鈍感とは、気が使えないということなのだろうか。私はよくわからないが今日は帰宅した。
家で私は富士山さんの事を調べた。あれ?『日本屈指の花火職人』!?そんなすごい人なのか。
残念な事に、このことが気になってしょうがなかった私は、進行状況を聞くついでにそのことも聞いてみることにした。
「あのー、富士山さんはいらっしゃいますか?」
また遠くから激しい物音を鳴らしながら、返事が聞こえた。
「おー、松竹ちゃんじゃないですか。もう花火はできてるよ。」
は?出来ている?まだ三日しか経っていないぞ、そんなわけあるはずがない。
「早くないですか?あなたが日本屈指の花火職人なのは知ってますが・・・。」
「そうかな。一週間くらいあれば、大半のものはできるよ。」
一週間?そんな事を思っていると、
「それよりも、僕のこと調べてくれた?自分で言うのもなんだけど、すごいでしょ。」
「はい。でも、なんであなたが、課長と仲がいいんですか?」
「まあ、地元がおんなじで僕が赤井の事を興味持っただけだよ。もともと僕は花火屋の息子だったから、作業場ばっかり行ってる馬鹿に頭がいいあいつは興味がないと思ったけど、初めて花火のことを話したら、とても食いついてきたんだ。」
意外な一面を知った私は、誰でもそのような思いがあるものだと思った。
仕事場に帰ると、春香が松村にもたれかかっていた。春香は私に事情を説明した。
「課長が花火が出来たって、たった今教えてくれたからまた力が抜けちゃって・・・。」
春香は嘘がつけないので、信じていない訳ではないが、なぜか胸に異物が引っかかった感覚に襲われた。
そのあともいろいろな準備が順調に進む中、事務の仕事も少しやっていった。ある日、また松村が寝ていた。帰るようにと言うため起こそうとしたその時、
「・・・鶴海、そっちに行ったらダメだろう?」
鶴海って誰だ?私はそう思いながらねていねてい寝ている松村に毛布をかけた。
となりのデスクで仕事をしていると、松村が話しかけてきた。
「鶴海なのか?」
私は寝言だと思い仕事を続けると、松村が頭を撫でてきた。
「無事でよかったー。死んじゃったらどうしようかと思ったよ。」
私は、寝ぼけている松村をデスクに戻し、また毛布をかけた。
また少し経つと、松村が起きた。今日は、みんなは早く仕事が終わったので私と松村の二人だった。
「鶴海さんってだれ?」
「・・・なんでその名前を知ってんの?」
松村にしては珍しく、動揺していた。
「・・・妹だよ、双子の。死んじゃったけど。」
双子がいて、しかも亡くなっていることを全く知らなかった私は驚いた。
「兄妹ケンカをして鶴海が家を出ちゃって、そこで交通事故に遭っちゃったんだ。」
話を続ける松村を見ているのが私は辛くなってきたが松村は話を続けた。
「で、鶴海が生きていたらこんな感じかなー、なんて思ってりして、」
そう言って私の頭を撫でた。
「こんなことをしてみたくなっちゃうんだよねー。」
私は松村の笑顔が悲しく感じた。
それからも準備は順調で、何も問題なく進んだ。そしてイベントが始まった。
私は松村とたまたま同じ休憩時間だった。しかも、ちょうど年の変わり目の時である。
花火が始まると、課長がポツリとつぶやいた。
「富士山のやつ、いい花火を打ち上げるなー。」
その時の課長の目は少年の目だった。
松村と私は休憩時間に入った。
「いやー、花火が綺麗だなー。」
「そ、そうだねー。」
二人ベンチに座りながら、喋っていた。
「・・・ちょうどこんな感じの夏祭りの時だったんだよ。」
「え?」
「妹とケンカしちゃったのがね。」
私は言葉が出なかった。しかも、まだ胸に引っかかるものがあった。
「ごめんね。年末年始にこんな事言っちゃって。」
そう言って微笑む松村だが、やはり悲しさを感じた。
それからは無言で花火を見ていた。そしてカウントダウン花火が上がり始めた。
5から始まって花火が五つ上がった。そして、新年が来た。
「もうそろそろ時間だから、行くか。」
そう言って立ち上がった松村の腕を掴んだ。
「待って!新年の挨拶にはふさわしく無いかもしれないけど・・・」
「す、好きです。付き合ってください!」
あまりにも普通すぎるような告白だが、私からしたら最大限の言葉だった。しかも、胸にあった異物が消えた。
「・・・ベターだな。」
「ゴメン。でも・・・。」
その瞬間また私の頭を撫でた。
「そう言う不器用な所が俺は好きだよ。」
その時見た松村の笑顔はさっきの笑顔とは違った。
どうも、柚檸檬2号です!
読んでくれてありがとうございます。
皆さん、お気づきになりましたか?
少し乱暴だったでしょうか?
2015年がよい年になることを祈っています!