八雲と勇者一行の修行
後半から勇者サイドです。
「んん……。もう朝か?」
まだ寝ていたいという欲求を突っぱね、上半身を起こす。
やはり誰もいないのだが……。
あれ? 足元に何かがいる。白い布団が動いている。
「なんだ?」
布団をめくるとそこには真っ裸の幼女がいた。
髪は淡い水色、体を丸めて「んんぅ……」と寒そうにしている。
心優しい俺はその見た目五歳の幼女に布団を掛けなおしてあげた。うんうん、一日一善って素晴らしいなあ。
そこで、俺は思考をめぐらせてある不思議な点を見つけた。
「なんじゃこりゃああああああーー!!」
どうして! なんで! あれか? 朝チュンなのか? 大人の階段上っちゃったのか?
……馬鹿野郎、何考えてるんだ俺は! 大人の階段じゃなくて地下牢への階段下っちゃうよ!
幼女だぞ、幼女! 完全に犯罪者じゃないか! 俺はなんてことを……。
念のため、もう一度布団をめくって確認する。
「ん……すぅすぅ……」
いやぁ、とっても可愛いですねぇ、はい。将来は美人さんになりそうですよぉ。
「って違うわ————!」
貴様はどこの変態さんですかこの野郎! 状況整理のための確認でしょうが!
いや、確かに欲情したりはしないけどさ! でも、二度も乙女の裸見ちゃダメでしょうが! このバカちんがぁ!
「どうしたんですか! 敵襲ですか!」
ドタドタという足音と共にアリスが聖剣を片手に部屋へ飛び込んできた。……下着姿で。
純白の下着がアリスの魅力的なスタイルを強調させていて、なんだか神秘的な絵画のように見える。
思わず、俺は両の手のひらをすり合わせて拝んでしまった。ありがたやありがたや……。
「えっと……私、何か変ですかね?」
アリスは俺の拝む姿を見て不思議に思ったらしく、自分の姿を見ようと目を下に向ける。
きっと、あの視点からはとんでもないビッグマウンテンが見えるんだろうなあ……。
実にけしからん! 俺にも見せなさい、その絶景を!
などと考えていると、アリスは状況を把握したのかみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。
あれ? これラノベ知識によると危険なやつじゃね? 殴られるとか。
すごく怖くなったので“動作予知”を発動して危険に備える。
すると、俺の首が宙を舞うという映像が視えた。即座に“迅速”を使って頭を下げる。
「八雲さんのばかあああ——!」
次の瞬間、俺の髪の毛数本が犠牲になった。聖剣が後ろの壁に突き刺さっているのだ。
と、とんでもない女やでぇ……。いつか死ぬかもしれん。仲間に殺されて。
「あ、危ないだろアリス……。お前がその格好で来るのが悪い。いいか? よって、俺は悪くない」
自己弁護をしつつ、仕方がないので布団を投げてアリスに渡す。
アリスは身をくるんで赤い顔のままこちらを睨んでいたのだが、新たな問題が露見した。
「んんぅ……さむいぃ」
布団の中に居た幼女の裸が露わになる。上半身を起こした幼女は更なる爆弾を投下した。
「あ、ごしゅじんだぁ~。おはよ~」
と言って抱き付いてきたのだ。(とても可愛い)
……じゃなくて! 俺がご主人だと!? 俺はいたいけな幼女になんてことを……。
「八雲さん? その子は一体誰なんですか?」
これは拙い。一見いい笑顔だが、目だけ笑っていない。
ゆらゆらと幽鬼の如く揺れながら歩いてくるアリス。それに怯えてガタガタ震えながら後ずさりする俺。
「知らない! 俺はこんな子は知らないよ!」
「へえ~。ねえ、あなた。どうしてここにいるんですか?」
アリスは幼女に聞くが、幼女は笑顔で答える。
「あくあはね~。ごしゅじんのともだちなの~」
へ? 今なんて? あくあ?
つまり、この美幼女がアクア? スライムの?
「な、なあ。お前がアクアって本当か?」
「うん~。あくあだよ~」
幼女は依然、アクアだと名乗る。
「で、でもアクアちゃんはスライムだったんじゃ?」
「え~? そうだよ~」
アリスの問いかけに対し、幼女はゆったりとした口調で答える。
そのとき、竜王が焦りの表情で駆け込んできた。
「た、大変じゃ!!」
「何が大変なんだ?」
「儂の研究の成果が、『進化の宝玉』が盗まれたんじゃ!」
な、なんだって~! ……いや、本当になんだよ。
『進化の宝玉』とか知らないんですが。
「『進化の宝玉』ってなんですか?」
アリス、グッジョブ! 俺も知りたかった!
「『進化の宝玉』というのはだな……」
話の詳細はwebで!
なんてことはないが、どうやら『進化の宝玉』はかなりすごいもののようだ。
竜王は暇すぎて進化の研究をしていたらしい。その研究の成果が『進化の宝玉』だ。
『進化の宝玉』を体内に取り込むと、その取り込んだものがなりたいと思った種になれるという代物だ。
例えば、竜になりたいと願って『進化の宝玉』を取り込んだとする。
すると、寝ている間に体に変化が起きて、目が覚めたときには「あら不思議。私竜になっちゃったわ!」となるわけだ。
おわかりいただけただろうか? ちなみにアリスは理解できていない。やはりアホの子か……。
「よくわからないですけど……。まあいいです」
「そうだな。わからないよな……。お前じゃ」
憐みの目を向けながらアリスの頭を撫でる。なんというか、うん。愛すべきアホだな。
「えへへ。ってどういう意味ですか! 私だってわかりますよ!」
「あー、はいはい。で、『進化の宝玉』はどんな見た目なんだ?」
「飴玉くらいの大きさで虹色に輝いておる」
多分昨夜見たあの綺麗な玉だろう。
しかし、あんなに露骨に置いておけば盗まれても文句言えなくないか?
「あ~。それあんまりおいしくなかったよ~」
気の抜けた声で幼女がとんでもないことを言った。
「「「ええぇぇぇぇ!」」」
食べちゃったの!? あれ絶対食べ物じゃないでしょ!
竜王は口を開けて呆然、アリスはおろおろしている。
俺は微笑んでいる。なぜかって? 幼女が可愛いからだよ!
しかし、先ほどの幼女の発言とアクアの行動を照合する。
昨夜、口をもごもごさせていたアクアは俺と一緒に寝た。
朝起きると、この幼女は俺のベッドの中で眠っていて、宝玉を食べたと言う。
……うん、完全に一致してるね。
「お前、本当にアクアなのか?」
「そうだよ~。あくあだよ~」
この目の前の幼女がアクア……。
俺の命を二度も助けてくれた、俺の大親友……。そう考えるだけで涙があふれてきた。
「アクアぁ~! 大好きだぁ~!!」
「あくあもごしゅじんすきだよ~」
思わず飛びついて抱き付いた俺をアクアは優しくなでてくれた。感動。
「そんなことより儂の研究がぁ~」
ふざけたことをのたまわっている竜王なんて無視だ!
俺はアクアと話ができるだけで……。いかん、そろそろ戻らねば。
「よし。竜王、すまなかった。でも、安全確認ができたということで許してくれないか?」
「八雲さん!? 切り替わるの早くないですか!?」
何を言っているんだ。切り替えは早い方がいいに決まってる。
それに、アクアと遊ぶのは後からでもいいからな。
「うーむ……。確かにそう考えれば……。よし、許そう」
「軽っ! それでいいんですか竜王さん……」
「まあよいだろう。八雲の修行はちと厳しくなるかもしれんがの」
「お、お手柔らかに……」
冷や汗がヤバい。修行で死ぬ可能性が今ので二割は上がった気がする……。
「そうだ。なあ竜王、俺の視力を回復させることはできるか? 正直このメガネは邪魔なんだ」
「そんなこと、造作もないわい。ちょっと目を瞑っておれ」
そう言って竜王は俺の目に手をかざす。目の周りが暖かくなった。
「もう目を開けてよいぞ」
メガネを外して目を開けても、視界がぼやけることはなかった。
どうやら本当に視力が回復したらしい。
「すげえ! ありがとな竜王!」
笑いながら竜王に感謝を述べる。
「うそ……あんなに冴えなかったのに……」
「あ? どうした? 俺の目が変か?」
「い、いえ、そんなことはないですよ! 少し驚いただけです……」
何に驚いているんだ? 心なしかアリスの顔が赤いように見えるが、まあいいだろう。
今の俺は機嫌がいいからな! フハハハハ! あー疲れた。
「ふむ。これは中々面白いかもしれんの」
「何が面白いんだ?」
「いや、些細なことじゃ。それよりも、朝食をとってから修行を始めるとしよう」
「そ、そうです! ボコボコにしてあげますから!」
いや、お前のボコボコは一般的に虐殺と呼ばれる部類に入ると思うんだが……。
「……憂鬱だ」
「何言ってるんですか! こんな美少女と一緒に特訓ですよ? 嬉しいでしょう?」
「心配すぎる……俺の体持つかなあ……」
本当に体が悲鳴をあげそうだよ……。やくも泣いちゃう!
「ごしゅじんがんばれ~」
「ああ! 任せておけ!」
「やる気のスイッチが入った!? なんか理不尽です……」
俺のやる気はアクアで決まるんだ! 俺はアクアを守るためなら死ぬ気で頑張れる!
あれ? なんか大事な目標を忘れているような……。
まあいいか。どうせ大したことじゃないだろうし。
そこからは地獄だった。
ちなみに、イーナはアクアと仲良く遊んでいた。
アクアはイーナのおさがりの白いワンピースを着ている。
カメラさえ、カメラさえ持ってきていればッ……。
アクアをずっと見ていたら、アリスとの修行が厳しくなった。理不尽だ……。
♢ ♦ ♢ ♦
八雲の地獄の半年が過ぎていく一方、聖也たち勇者組も必死に訓練を積んでいた。
彼らは付き添いの騎士団員たちと共に『試練の迷宮』と呼ばれるダンジョンへと来ていた。
『試練の迷宮』は冒険者たちにとっての登竜門だ。
『竜王の大口』のモンスターたちに比べれば雑魚ばかりではあるが、駆け出しの冒険者の実力を試すには丁度いい場所なのだ。
ダンジョンにおいて最も重要なことは生き残ることだ。最下層へ進むことや、宝をより多く見つけることではない。死んでしまえばそこで終わり。
聖也たちは基本的に六人ずつのパーティを組んでそこに騎士団員が一人ずつ付く、という編成をしていた。
今、彼らの目の前には四十匹ほどの魔物の集団がいた。
魔物の名前はゾンビウルフ。体は腐っていて、所々骨が突き出ているB級指定の魔物だ。
その腐臭は酷く、聖也たちは不快感に顔をしかめていた。
ちなみに八雲が犬っころと呼んでいた魔物の名前はハングリードッグだ。名前の通り常時飢えていて、仲間が死ねば我先にと死体を貪る。
高い知性とスピードを持ち、連携を取る魔物のため、Aランクに指定されている。
もしこの場にいたのがハングリードッグだったならば、聖也たちは十分も持たないだろう。
「全員聞け! こいつらは中々素早い魔物だ。しかし、対応しきれないほどではない。囲んでから倒していけ!」
指示を出しているのは団長であるザイクだ。彼は勇者一行の指導兼護衛役としての職務を全うしていた。
「「「はい!」」」
聖也のパーティは堅実的なものだった。
勇者である聖也、剣士である中田、武闘家の拓哉をアタッカーとして、その後ろに治癒士である愛華、弓使いである赤峰蘭を後衛としている。
さらに、その後衛を守るために槍使いである麗華がいた。誰も傷つかないように済むパーティ編成だ。
他のパーティもほぼ同じような編成だ。だが、全てのパーティの中でも突出した強さをもつのはやはり聖也たちだろう。
何体ものゾンビウルフを相手に誰一人ダメージを負うことなく攻撃を加えていた。
「グルルルル……ウォンッ!」
ゾンビウルフの一頭が聖也へと飛びかかる。聖也はそれを体を逸らして避け、剣を振るってゾンビウルフを両断する。
次に聖也はゾンビウルフ三頭に向かって片手を向けて詠唱を始めた。
「我が望むは光の斬撃、我が命に応じてその力を我が剣に宿したまえ。“光斬”!」
聖也の魔法により、その剣に光が宿った。聖也が横なぎに剣を振るうと、光の斬撃が飛び出していく。
斬撃は三頭の命を刈り取り、その体を消滅させた。光属性魔法による浄化の力だ。
聖也はふう、と息を吐くと再び剣を構えた。
一方、拓哉と中田は十頭のゾンビウルフを相手に派手な戦い方を見せていた。
拓哉は集団に突っ込み、補助魔法で強化した己の拳と脚で次々に首をへし折るなど、実に武闘家らしい戦闘方法だった。
しかし、油断していたのか一頭が拓哉の後ろから迫る。次の瞬間、その頭を一筋の矢が貫いた。
「油断しちゃダメだよ、北條くん!」
「お、おう。すまん。ありがとな」
矢を放ったのは拓哉の片思いの相手である赤峰蘭だ。彼女は『命中の加護』持ちだ。
そのため、彼女の矢はほぼ百発百中。正確にゾンビウルフの頭を撃ち抜いた。
剣士である中田はかっこいいところを美少女コンビに見せたいがために、派手な魔法を乱発していた。
完全なオーバーキルに美少女コンビは呆れているのだが、本人がそのことに気づくことはない。
他のパーティも皆危なげなく勝利をおさめていた。
「よし! 一旦休憩とする。各自体を休めておけ」
その言葉に生徒たちは安堵の声を漏らし、談笑を始めた。
そんな中、ザイクに駆け寄っていく人物が三人いた。拓哉たちだ。
「団長、重要な話があります」
「……あのことか。わかった。場所を変えよう」
そう言ってザイクたちは他の生徒たちから離れていく。
彼らは小部屋のような場所へ辿り着いた。
「ザイクさん、そろそろ八雲くんのことを教えてください」
詰め寄ったのは愛華だ。彼女は麗華に説明をうけたあと、意外にも「そっか……」という一言を言っただけだった。
ザイクは八雲の事情をすべて知っているわけではない。
「……仕方がない。話そう。だが、これは俺の予想だ。それでもいいな?」
「「「はい」」」
「よし、なら全てを話そう」
ザイクはゆっくりと全貌と自身の考えを話し始めた。
その話が終わる頃には、愛華たちは絶句していた。あまりにも衝撃的すぎたのだろう。
「恐らく、八雲は拷問と改造をされていただろうな……」
「そんな……なんでそんなこと……」
「あくまでこれは俺の予想だ。真相は王にしかわからん」
そう言ったザイクの瞳には疑念の色が見て取れた。
ザイクは次第に王家への不信感を強めてきているのだ。
「なんで八雲を連れてったんだよ! アンタが連れていかなければ八雲は、八雲は……」
「落ち着きなさい拓哉! ザイクさんはそうしないといけなかったのよ! 彼は自分の責務を全うせざるを得なかったの!」
「……本当に、すまなかった」
激昂する拓哉とそれを抑える麗華、涙目の愛華に対して、ザイクは深く頭を下げた。
「あいつは笑っていた。ぐしゃぐしゃの笑顔だったよ。自分が処刑されるかもしれないのに」
ザイクは間をおいてからさらに続ける。
「俺には何も言えなかったッ……。何も……」
ザイクは歯を食いしばり、自分の非力さを恨む。
握りしめられた拳は爪が食い込んで血が出ていた。
「団長……。俺たちはいつか『竜王の大口』へ行く」
拓哉は宣言した。
「ちょっと拓哉!」
「別にいいだろう。この人には言っておくべきだ」
拓哉は大きく息を吸い込む。
「俺たちは八雲が生きてるって信じてる。だから、俺たちは強くなる。それまで、よろしく頼みます」
拓哉は頭を下げた。それを見習って愛華が頭を下げ、最後に麗華がため息をつきながら言う。
「私たちは強くなって必ず服部くんを見つけますから」
ザイクは驚嘆した。
現時点では自分よりも弱いものたちがあの『竜王の大口』へ行くというのだ。
他人からすれば無謀に思えるかもしれないが、ザイクはどこか確信を持っていた。
こいつらならやれる、そう思わせるほどに拓哉たちは真剣だった。
「ああ。俺はお前らを全力でサポートしよう」
顔を上げて宣言したザイクの表情は清々しいものだった。
みんなの元へ戻り、再び彼らはダンジョンを進み始めた。
彼らの近くに監視の目が光っていることも知らずに。
♢ ♦ ♢ ♦
「ふふ、王よ。いかがいたしますか?」
白衣の男が尋ねる。
「泳がせておけ。まだ非力なやつらなど気にすることもなかろう」
王と呼ばれた男が答える。
「仰せのままに」
水晶を囲んで話す二つの影。
彼らの思惑は滞りなく進んでいく。