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愛華たちのその後

10月11日、修正しました。

 


 八雲が『竜王の大口』に落ちて数分後、愛華は気を失い、麗華は涙を流していた。


「どう、して……。どうし、てこんな、ことに……」


 麗華の嗚咽の混じった問いに答えられる者はいない。


「どうしたんだよ二人とも。ここは危ないから早く王城に帰ろう。魔族はもう死んだんだから、ここに長居する意味もないしね。見ただろ? 僕が光属性の魔法で、この手で葬ってやったんだ!」

「そうそう、南條さんもあんなのが死んだこと気にすんなって! 魔族はひでえことする奴らなんだしさ。それにしても聖也、お前すげえな! もう国の英雄だろ!」

 

 空気が読めないどころか、自分の力に酔いしれているかのような聖也とそれを持ち上げている中田は彼女の涙の理由に気づかないまま能天気に話し出す。

 彼らが犯した罪の重さを、他でもない彼ら自身が自覚していないことに彼女たちが憤慨するのは必然。


「服部くんを殺したくせによく笑っていられるわね……」

 

 麗華は言葉に恨みを込める。


「何を言ってるんだい麗華? 僕が殺したのは白髪の魔族だよ、服部じゃない。第一、服部は弱いから安全な場所に移動したんだよ?」

「でも、私は彼の顔をはっきりと見た。彼の声を聞いたの。あれは、あの人は服部くんだった」

「南條さん、服部は雑魚だぜ? アイツがここにいるはずがねえって。それに、もしあの魔族が服部だとしても気にすることねえだろ? アイツ一人が欠けたところで俺たちは痛くも痒くもねえんだしさ。ハハッ」


 徐に麗華が立ち上がり、中田の頬を打つ。荒野に響いたその音は談笑していたクラスメイトも、付き添いの騎士団員をも黙らせた。

 中田は唖然とした。意味が分からない、といった目を麗華に向ける。麗華は嫌悪を込めた目で睨み付けていた。


「中田くん。あなたは常日頃から服部くんに悪質な行為を働いていたわよね。ずっと、最低だと思っていた。でも、まさかここまで堕ちていたとはね。顔も見たくないわ」

「は? 何言ってんだ? オイ、南條。俺が下手に出てやってんのに何だその態度は。いきなり叩いてきやがってよォ。……聞いてんのかコラァ!」

 

 中田は衆人環視の中で叩かれたために、その安いプライドを傷つけられ激昂した。

 八雲の表現した、低能な猿という名称は的を射ていたようだ。


 彼は腕を振り上げて麗華に迫り――――――――。

 ―――――――彼女の傍にいた男子に殴られ、あっさりと吹き飛んだ。

 周囲は何が起きたかわからないらしく、目を丸くする。


 当然だ。中田を殴った男、北條拓哉は格闘技全般を極めた超人であり、さらに補助魔法で筋力を増強していたのだから。


「大丈夫か麗華?」

「……ええ、ありがとう拓哉」

「おう、どういたしまして」


 そう言い、拓哉は白い歯を剥き出しにして笑う。

 

「ゲホッ、何すんだよ北條。俺の何がいけねえってんだよ。服部が弱いのは事実じゃねえか」


 衝撃で巻き上がっていた砂埃の中から声が聞こえる。それを聞き、拓哉は表情を笑顔から厳しいものへと変化させ、中田に相対する。


「お前は何にもわかってねえよ、中田。アイツはな、八雲は誰よりも強い。俺よりも、だ」


 彼らの中で一番接近戦が得意なのは拓哉だ。

 それにも(かかわ)らず、彼が八雲を強いと明言したことに全員が驚愕した。


「何言ってんだよ北條。アイツが強いわけがねえ。俺にも負ける奴が、現状最強と言ってもいいお前に勝てるはずがねえ」


 中田が自信に満ちたように言う。


「ああ、悪い悪い。俺が言ってんのは喧嘩とかの強さじゃねえよ。アイツはさ、自分が傷ついてでも誰かを助けるんだよ」

「ハッ、何言ってんだかわかんねえよ。それのどこが強いってんだ」


 中田は拓哉の言葉を鼻で笑う。


「中田、お前他人の代わりに殴られることに耐えられるか?」

「ハア? 誰が好き好んでそんなことすんだよ。馬鹿じゃねえの」


 中田は少々苛立ちの色を見せながら悪態をつく。

 

「俺が小学四年生の時だ。俺はそのころから色んな格闘技かじってたんだよ。いつも通りの下校途中にさ、地元じゃ有名な不良中学生どもに絡まれてる女の子が二人いたんだ。すっげえ怯えててさ。俺はそこで思ったわけ、助けないと、ってね。自分が同学年では一番強かったから大丈夫だ、って思って俺はそのまま突っ込んでいったんだよ。今思えばバカな話だ……」


 拓哉はどこか遠くを見ながら語る。その語りに不安気な表情を浮かべる者が一人。

 耳を傾けながら拓哉を見つめ、いや、拓哉を通してこの場にいない誰かを思い浮かべている様子だった。

 

「そのお前が馬鹿だったって話がどうして服部の強さに繋がるってんだよ」

「いいから聞け。まだ続きがあんだって」

 

 最初は突き放すように、後半は宥めるような口調。

 その場の誰も言葉を発することができない。その威圧感ゆえに。

 

「突っ込んだ俺がどうなったと思う? ボコボコだよ。文字通り手も足も出なかった。体格の違い、踏んだ場数の違い、人数、要因はたくさんあった。ボコボコにされた俺は怖くなって謝った。みっともなく泣いて、鼻水垂らして謝り続けた。でも、許してはもらえなかった。そのあとも殴られそうになった……」

 

 拓哉は一旦語るのを止め、深呼吸する。

 息を吸って、吐いて、吸って、再びゆっくりと語りだす。


「そんときに、アイツが来た。そこは俺の道だ、どけ。って言ってさ。笑っちまうよな。武術も何もやってない同年代の奴が俺よりも強い奴に喧嘩売ったんだぜ? でも、大層な口聞いてんのに、アイツの足はがくがくに震えてたんだ。虚勢張ってても、今にも顔は泣き出しちまいそうだったよ」


「それからは俺んときより酷かったぜ。俺以上にボコボコだった。でも、アイツはそれでも屈しなかった。アイツは俺と女の子二人の方向いて何したと思う? くしゃくしゃの顔で涙ボロボロ零しながら、笑ったんだ。俺たちは何故か、怖かったはずなのに、その笑顔見た瞬間安心しちまったんだ。そのあと、少ししてからアイツが呼んでいた大人が警察官連れて助けに来た。アイツは救急車で運ばれていったよ」


「体で負けても、心は屈しねえ。それがアイツの強さだ。俺にもお前にもない強さだ」


 拓哉は断言する。そこには絶対的な信頼と尊敬を伺うことができた。

 

「ケッ、馬鹿じゃねえの。俺の知ったことじゃねえ、俺は先に戻るぜ」


 中田は不快感を抑えきれないのか、唾を吐いて城へ向かう。他大多数のクラスメイトもみな同様に沈んだ面持ちのまま中田に続く。

 彼らは皆、八雲を妬んでいたものだったためか、拓哉の語りを聞いてどこか腑に落ちないといった表情だった。


 残ったのは拓哉、気を失った愛華、麗華、聖也、ザイクと一部のクラスメイトのみ。

 

「聖也とザイク団長たちは愛華を連れて先に戻っててくれ。俺は麗華に話がある」

「あ、ああ、わかった。行こうみんな」


 聖也が拓哉たち二人以外を連れて歩き出す。

 やはり、リーダー的存在である聖也のカリスマ性により、不満を言うものは居なかった。


「悪かったな。嫌なこと思い出させちまって」

 

 拓哉は申し訳なさそうに渇いた笑みを浮かべた。


「拓哉。私たちは服部くんだけじゃなく、あなたにも感謝しているの。あの時、助けに来てくれてありがとう」


 麗華は感謝を述べた。

 負けてはいたけれど、自分たちを助けようと体を張ってくれた。二人を守ってくれた。

 彼女たちにとって、拓哉も八雲も等しくヒーローだったのだ。

 

 拓哉はずっとそれを気に掛けていた。だから麗華の言葉を聞いた瞬間、熱いものが込み上げてきたらしい。


「あり、がと、よ……。情け、ねえな、俺は……」


 空を見上げながら話す拓哉の言葉が途切れ途切れなのも、彼の肩に数滴のシミができているのも、きっと、太陽が眩しいからなのだろう。

 麗華はそんな拓哉をしばらく微笑みながら見つめていた。

  

 ――――――――――――――――――――――――

 ――――――――――――

 

「そんで、こっからが本題だ。……八雲のことだ」

 

 未だ目元が赤い拓哉だが、その表情は真剣そのものだった。

 対し、麗華も深刻な表情で頷く。


「お前は八雲の死を黙って受け入れられるか? 実際に死体を見たわけでもないのに」

「……でも、あの高さからじゃ…………」 


 麗華は俯き、涙を流した。それを見た拓哉は拳を握りしめ、無理矢理笑顔をつくる。


「……八雲は生きてるって信じたいんだ。俺は八雲の死なんて認めたくない……」 

「それは私だって……」

「なら……信じようぜ。あいつは生きてる、って」 

「……そうね。信じましょう」

「ああ。俺たちは信じることしかできねえからな」

「愛華にも説明しなくちゃね……」


 愛華はショックのあまり、気を失った。

 彼女が次に目を覚ました時にはもしかしたらもう一度暴れてしまう可能性もあるのだ。

 それを予期している二人にとって彼女は正に火薬庫といえる程の危うさを内包している。


「……わかってくれるだろ」

「そうだといいわね……」


 空気が重くなる。そこで、拓哉は話題の転換を図った。


「それに、麗華はお返しがしたいんだろ? あの時の」

「……ええ、そうよ」

「びっくりしたよな。麗華を庇って乗用車に跳ねられたときは」


 八雲たちが小学六年生ほどのとき、道路に飛び出した猫を助けようとした麗華は車と接触しそうになった。

 しかし、反対側の道路から走ってきた八雲に押し出されて、轢かれることはなかった。

 幸い、乗用車もあまりスピードを出しておらず、八雲は足の骨折だけで済んだのだ。

 その時から麗華は八雲に感謝している。


「ええ……本当に感謝しているの」


 麗華は微笑み、それを見た拓哉は吹き出した。

 そして、笑いが収まるかというときに、拓哉は爆弾を投下する。


「ああ、腹いてえ。いやあ、お前八雲のこと好きすぎるでしょ!」


 場が一瞬固まった。というか、凍った。


「ふふふ、北條くんは何を言っているのかしら? 私がその、服部くんに、こ、好意を抱いているなんて……」


 キャラがぶれ過ぎだ。

 前半はまるで氷河期のように冷たい雰囲気だったのに、後半は顔全体が紅潮し、言葉も尻すぼみになっている。


 美少女二人が同じ人物に好意を持っているとは、驚愕するばかりである。

 全く、八雲め。どことは言わないが、もげろ。


 しかし、一番の驚きといえば、


「お前……。マジ?」


 こいつが狙って言ったわけではないことだろう。なんという藪蛇。

 それもそうだ。拓哉たち四人グループにはトップクラスのイケメンがいるのだから。


「言っちゃ悪いが、八雲より聖也の方がイケメンだぜ? そりゃあ八雲もメガネ外すとイケメンだけどよ……」

 

 そう、八雲もメガネを外せばイケメンなのだ。しかし、残念なことにメガネを外すとテンプレ通りの動きをするのだ。

 先日、メガネを落とした八雲が「メガネメガネ~」とか言って机に頭をぶつけたのは記憶に新しい。

 

「聖也と拓哉は兄弟みたいなものじゃない。あまり異性として意識しないわよ」

「んー、まあ確かに俺もお前らを意識しないからなあ」

 

 麗華は至って普通の対応をしている、ように見えるが、脳内で八雲(メガネ無し)の映像を構築している。

 たまに彼女がにやけるのはそういう妄想をしている時だ。


「それより、拓哉はもっと積極的になった方がいいわよ」

「んん!? な、何のことだね南條くん?」

 

 どうやら拓哉も残念な部類の人だったようだ。

 ちなみに聖也は「思い込み激しい人」代表だ。


「まあ、いいわ。蘭のことは後で聞きます」

「なんで知ってんだよ!?」

「視線でわかるわよ。それで、話が変わるけど、これからどうする?」


 一転、場の空気が重くなる。

 

「どうするって言ってもな……。今の俺らじゃ八雲を探しにはいけねえし……」

  

 彼らはまだこの異世界に来てから一週間と経っていないのだ。そのため、八雲を探しに行ってもすぐに死ぬことくらいは目に見えている。

 

「私としては、このまま訓練を重ねていって、一人前になったときにここを出ようと思うの。でも、一つ問題点があるわ」


 麗華は深呼吸した。


「問題点はこの王国が安全かどうか、ということよ」

「どうして安全じゃないんだ? ここの人たちはみんな優しいぞ?」

「表面上は、ね。本当に安全なら、なんで服部くんを殺すの? それに、覚えてる? 彼は白髪で、何故か右目が金色だったわ。明らかに何かを施されたという証拠よ」

「……そうだな。よし、これからは周囲に気を付けて生活することにしよう」 

「ええ、そうしましょう」

「うし! なら帰ろうぜ!」

 

 そう言って拓哉は歩き出した。


「……心配だわ……」


 麗華の独り言だけが残った。荒野には生物と呼べる存在はいない。

 




 しかし、とうとう彼女たちは気づかなかった。

 雑談の最中、小さなトカゲが舌を出さず、その場にいたことに――――――。

 

 

次は八雲に頑張ってもらいます。

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