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番外編:フレアさん美女になる。その3


 世界は時間に支配されている。時間の流れこそが世界を巡らせ、人を動かし、すべてを循環させていく。時間は、取り戻せない。それがどんなに悲惨な結果でも。それがどんなに後悔を残す結果だとしても。

 

 俺たちはもう戻れない。一度犯した罪は、二度と覆せない。

 なぜなら、時間はその流れを止めることがないのだから。俺たちが時間をさかのぼることなんて、絶対にできやしないのだから。


 だから俺は、この状況から抜け出せない。この法廷からは、誰も逃げ出せない……。


「ということで」

「始まりました」

「八雲と」

「フレアの」


「「法廷に召喚されたのに俺だけが容疑をかけられている件について」」


 完璧。息ピッタリ。ついでにいうと、思考までピッタリでなんか怖い。

 でも……フレアちゃんとなら、私、とっても嬉しいな! 


 と、美少女的な思考をもってフレアの方へと視線を移すと――――俺と彼女の視線が重なった。

 なんでお前もこっち見てんの……。無表情とかなおさら怖いんですけど。もしかして心がコネクトしちゃってるのかな? 以心伝心君無心? ……無心なのかよ。


 でも可愛いから許す。可愛いは正義。つまりアクアは正義。 


「裁くのならアクアに裁いてほしい。たとえ俺が死刑になっても……アクアに裁かれるのなら本望ってもんさ」

「あなた。そんなこと言わないで。死なないでー」


 フレアさん、相変わらずの無表情である。寂しくなっちゃうじゃないか。なんなら頬染めて三つ指ついてもいいんだよ?

 

「末永くよろしくお願いします」


 三つ指をついたフレアは可愛かった。微笑んでたらさらにポイント高かったんだけどなー。無表情だからなー。


「でも惜しいなー。あと一ポイントでカンストなんだけどなー」


 などと言いつつ、横目でフレアを見ると、彼女は少しだけこちらに視線を遣ってから、ぷいとそっぽを向いた。無表情だけど。


「やだ、可愛い……」


 惚れてまうやろー。って思わず囁きたくなるくらい可愛い。叫んだらアクアが起きちゃうからね。俺マジ紳士。どっかの教授レベル。


「楽しそうね服部くん。天に昇りたい? それとも土に還りたい?」


 迫り来る眼帯厨二美女。あの南條麗華である。めちゃくちゃ変わってるよね、主に外見とか外見とか外見。なんなら性別まで変わってる可能性すらある。

 ……さすがにないか。


「二択がどちらもデッドエンドなんですけど? 天と地なのに差がないよ?」

 

 冷戦のさいには第三勢力ができた。つまり、俺も第三の選択肢を創る権利がある!


「しいていうのなら、アクアのところに帰りたい」

「……そう。なら死になさいロリコン」


 言ってくれるじゃないか厨二病患者め。なら、お前の厨二心をくすぐってやろう。


「ククク、クハハハハハ! 我がロリコンだと? 馬鹿な女よ」


 瞬時に厨二ポーズを取り、いかにも悪役っぽい台詞を唱える。


「な、なんですって……! では、あなたは一体……!」

「クク、我は闇と光の狭間に生きるもの……」

「ま、まさかあなたは!?」


 はい釣れましたー。厨二病患者一人、簡単に釣れましたー。

 

「そう、我こそが狭間の神だ!」

「くっ! ……でも。たとえ相手が神だとしても……私は負けない、負けられないっ……!」

「いいだろう、かかってこ――「そういうのいいですから」――あ、はい。すいませんでした」


 楽しくてつい……一度やり始めたら止められないんです……。

 なんだこの言い訳。麻薬中毒かよ。もしくはかっぱえびせん。止められないぜ、あれは。


「私は屈しないっ……! 誰が止めようとも、私は絶対に屈したりしないわ!」


 まだ演じてるんだけどこの子。女優向いてんじゃないの? もう終わりだから。演劇終わり。ジ・エンドなのだ。

 そういえば漫画とかで、「エンドじゃない。ここからがスタートさ!」みたいなことドヤ顔で言う奴いるよな? 

 

 よく考えてほしい。その理屈だと、お前は今までスタートラインにすら立っていなかったんだぞ。最底辺じゃないか。

 ま、どうでもいいけど。俺はスタートしてるし。ハッピーエンドはまだ見えないけども。


「冗談もほどほどにしましょうね?」


 と言って満面の笑みを見せるアリス。

 ……超怖いよこの勇者様。聖剣抜こうとしてるあたりがすごく怖い。


「まったく、アリスさんの意見に従わない屑はどこにいるのかしら」

「ちょっと鏡見てこいよ。痛々しい美人がいるから」


 美人だがイタイな。眼帯美女とかあれだ、関わりたくないね。ていうか手のひら返しすごいね。


「そ、そんな……みんなの前で告白だなんて」

「早く耳鼻科行ってこい。もしくは精神科。たぶん入院確定だから」


 なんで頬染めてんのこいつ。今の言葉のどこに告白があったのだろうか。

 結構ひどいこと言った自覚あったんだがなぁ。


「八雲くん! ひどいこと言っちゃダメだよ! いくら麗華ちゃんでも傷つくでしょ!」


 いくら、って……君もひどいこと言ってるから。むしろ俺よりもダメージ与えてるから。

 ほら、麗華さん震えてるよ?


「さ、さぁ……本題に入りましょうか……」


 小刻みに震える南條は涙目で、顔を真っ赤にしていた。よほど恥ずかしかったんだろう。でも、いつもより可愛いなぁ、なんて思ったり、思わなかったり。



    ♢   ♦   ♢   ♦



「さて、八雲さん。なぜフレアさんと一緒に逃げていたんですか?」


 今、俺は容疑者となっている。


「起きたらベッドの中にフレアがいたから」

「それがどうして逃げることになるんですか……」


 溜息を吐いたアリス。なんで俺は裁かれてるんでしょうね。俺の方が溜息を吐きたいくらいだ。


「八雲くんは昨日の夜からずっとフレアちゃんと一緒に寝てたの?」

「それは知らん。ていうかお前らの部屋で一緒に寝てたんだろ?」


 俺の問いに、フレアはこくりと頷いた。本当に猫っぽいなぁ……。たまにエロイところとかは発情期の猫なのかもしれない。猫の性事情は知らないけど。


「ってことは、俺よりもお前らの方に非があるんじゃないのか?」

「え、ええと、その可能性は否定しきれませんが……でも、私は悪くないんですよ!」


 俺が視線を送ると、アリスは下手な口笛を吹きながら目を泳がせた。怪しい。


「つか、フレアは誰の部屋で寝てたんだ? 俺はそのあたりを詳しく知らないんだが」


 訊くと、南條が手をあげた。潔くて大変よろしい。


「私たちの部屋よ。でも、起きたとき、すでにフレアさんはいなかったわ」

「でもね、私たちだけが悪いんじゃなくて、アリスさんも悪いんだよ?」

「えっ、私ですか!?」


 どうやら、アリスにも非はあるようだ。まぁ、先ほどの様子を考慮すれば簡単に行き着く答えである。問題は、アリスがなにをしたのかということだ。


「アリスちゃんさ、八雲さんの部屋の前は通しませんって言ってたよね?」

「うっ……」


 つまりは、アリスが俺の部屋の前を陣取る最終警備だったってわけだ。しかし、フレアは俺のところに来ている。アリスは機能していなかった、というわけだ。


「今朝、あなたは言ったはずよ。私が見張っていたから、フレアさんと八雲さんは一緒にいないはずです、って」

「ううっ……」


 アリスが胸を抑えて倒れ込む。嘘の供述への糾弾がよほど堪えたらしい。

 そういえば、俺はどうなってるの? 無罪? これ、逃げられるんじゃないか? 


 そそくさと逃げ出す俺の前に、二本の巨塔がそびえ立った。

 恐る恐る視線を上へ。


「八雲よ。おぬし、どこへ行こうとしておるんじゃ?」


 リサーナだった。バスタオル一枚で、彼女はにこやかに笑っている。怖い。


「や、これはアレですよ。アクアのところに行きたかったんですよ」

「ふむ。なら妾もついていってやろう」

「あ、はい……ありがとうございます……」


 勝ち誇ったように腕を組み、リサーナは俺に笑顔を向けた。腕の上に乗っかってる物体は誘惑用なんですか? なんて訊いたら殺されてしまいそうだ。

 つか、早く服を着てほしい。目のやり場に困るんだよなぁ。バスタオルから伸びる脚はすごく綺麗だし。かといって上半身を見ていたら怒られそうだし。顔を見たら歌を思い出して笑ってしまいそうだ。


「リサーナさ、服着ないの? もしかして痴女なの?」

「ち、痴女じゃないわよ! みんながいるから服が着れないの!」


 リサーナは小声で怒る。そこまでしてクールを演じるのか。いや、眼福ですけどね。


「風呂場で服着れば?」

「戻ったらまた濡れちゃうじゃない!」

「また拭けばいいんじゃない?」

「面倒なのよ!」


 ……現状の方が面倒だとは思わないのだろうか。どう考えても、みんなの前でバスタオル一枚で過ごすよりは濡れた方がマシだろう。

 というか、こいつが風呂場にいってくれれば俺は逃げ出せるのだ。南條たちはまだ責任の押し付け合いをしているからな。フレアには犠牲になってもらおう。フレアは怒られることもなさそうだし。

 

「風邪ひくかもしれないから、服を着てこいよ。もし俺がその隙に逃げたりしたら、なんでも言うことを聞くからさ」

「……本当?」


 ジト目可愛い。ま、“言うことを聞く”だけだしな。誰も言うことに従うなんて言ってない。


「本当だ。なんだって聞く」

「じゃあ、服着てくる。待っててよね」


 返事はしない。ただリサーナを見つめるだけ。これで俺を疑わないだろう。

 ……待機命令に関して、俺が了承していないことに、リサーナは気づかないはずだ。卑怯だろうがなんだろうが、逃げ切れば俺の勝ちなのである。


「フレアの状況は、っと」


 振り返ると、こちらを見つめる二つの瞳があった。


「怖っ!」


 フレアだった。彼女はこちらをじっと見つめている。

 無表情なのにどこか威圧感がある。これでは猫に睨まれた鼠だ。ちなみに俺が鼠な。フレアが猫。


 一人で逃げるのは許さない、ということだろうか。それにしても威圧感ありすぎだろ。

 だが、彼女の周りには三人のアホがいる。容疑者を取り逃していることにも気づかないとは驚きだ。しかし……フレアが逃げ出そうとすれば、さすがに気づいてしまうだろう。


 どうすればいい……? このまま俺だけが逃げ出せば、フレアは俺を嫌いになってしまうかもしれない。

 それだけは嫌だ。嫌われたらうっかり自殺しちゃうかもしれん。


 なんて考えていると、フレアはゆっくりと立ち上がり、風呂場の方を指さした。


「あー。ご主人さまったら、また魔王様の裸を覗きに行ってるー」


 なんという棒読み! 


「「「えっ!?」」」


 騙されちゃうんだ……。それとも俺が信用ないのかな。へこむわぁ……。


「あ、開けようとしてるー」

「う、うそ!? 八雲、なにしてるの!?」


 いやいや、俺行ってませんけど。リサーナさんの勘違いですけど。

 しかもリサーナの声が現実味を帯びていたからか、三人とも風呂場に行っちゃったし。 


「きゃっ、開けないでよ八雲!」

「八雲くんがいない!?」

「魔王ちゃん、口調変わりました?」

「ふふふ、また騙したのね……」


 どうやら事実を知ったらしい。あと、南條がなんだかヤンデレっぽい気がした。最近ムラサメさんと会話してないなぁ。あいつ部屋でずっと寝てるし。


「逃げよ、ご主人様」


 こちらへ走りながら、フレアは親指を立てていた。


「ぐっじょぶ、わたし」

「自分で言っちゃうんだ……」


 とにかく、もう一度逃げようか。

 すぐさまベランダに躍り出て、フレアを抱きかかえる。いわゆるお姫さま抱っこというやつだ。


「フレア、ちゃんと掴まってろよ! 一気に行くぞ!」


 フレアは俺の首に腕を掛けて応える。まったく、恥ずかしいもんだ。

 だけど、こういうのも悪くない。


 思いっきり手すりを蹴って、俺は宙へ駆け出した。

 風が気持ちいい。後ろから微かに聞こえる声は無視しよう。


    ♢   ♦   ♢   ♦


 空を駆けて、数分が経った。もうアリスたちは追いかけて来ていない。


「わたし、知ってるよ」


 唐突に、フレアが呟く。


「なにを知ってるんだ?」

「ご主人様が、わたしたちを大事にしてくれてること。それと……ご主人様がアリスを特別に思ってることも」

 

 唐突すぎる彼女の言葉に、返事ができない。

 こういうときに、なんて返せばいいのかわからない。


「聞いてるだけでいいよ」


 風切り音の中で、フレアの声はやけにハッキリと聞こえる。


「ご主人様はたぶん、わたしのことを女性としては見てないと思う。ご主人様の好きは、家族の好きだと思う」


「ご主人様は、わたし――フレアっていう魔物のご主人様だったから」


「でも、今日で終わり。わたしはもう、魔物じゃなくて、一人の女性」


 そう言って、彼女は俺の頬にキスをした。柔らかな唇の感触に、少しだけ戸惑う。

 数分、いや、数秒だろうか。それくらいに時間が長く感じられた。いつしか、俺は立ち止まっていた。


 驚いている俺を見て、微笑んだ彼女は、


「アリスにはまだ敵わないけど、いつか奪ってみせる」


 と俺の唇に指をそっと当てた。


「わたし、八雲のことが好き」


 耳元でささやく彼女。絡みつくような吐息。甘い痺れが脳髄を溶かしていく。


「……絶対に奪ってみせるから。覚悟、しといて」


 彼女の瞳は潤んでいる。フレアの告白が、頭の中で何度も何度も反響している。


 目を閉じて、一つ深呼吸をする。視覚から入る情報が遮断されたことで、他の感覚が研ぎ澄まされていく。


 暖かい陽が降り注いでいる。熱い吐息が耳に入る。彼女のふんわりとした柔らかい匂いが鼻腔をくすぐる。


 そして、気づいた。


 ほんのすこし、ほんのすこしだけ、彼女の体はふるえていた。

 彼女は恐ろしくなかったのだろうか。もしも拒絶されたのなら、とは考えなかったのだろうか。

 

 ……いや、考えないはずがない。だって、彼女はふるえている。

 彼女は勇気を出したのだ。この告白のために、持てる勇気を振り絞ったのだ。


 俺は彼女の想いに、真摯に向き合わなければならない。それが、俺の義務だ。


「俺は、アリスが好きだ」

「……知ってる」

「今から俺は、最低なことを言うと思う」

「……うん」


 こんなことを言うのは、決して許されない。俺は、最低だ。


「いつか、俺のことを振り向かせてみろ。フレアがそう決めたのなら、俺が振り向くまで頑張ってみろ」


 こんなこと、俺に言う資格はないのに。最低なことなのに。

 でも、これしか言えない。


 だって、彼女は言ったのだ。「絶対に奪ってみせる」と。

 彼女は諦めていない。だから俺は、彼女の想いを折ることをしたくなかった。彼女の想いを否定することはしたくなかった。


 残酷な言葉を口にした、という自覚はある。

 俺は、彼女の想いを受け止めるわけでもなく、彼女の想いを拒絶するわけでもない選択をした。一番彼女が傷つくかもしれない選択を。

 

「……わたし、絶対に振り向かせるから。だから、そんな顔しないで」


 彼女は、俺を見つめていた。涙を流すこともなく、強い眼差しで。


「わたしたちのこと、護ろうとしてくれてるんでしょ?」

「……ああ」 

「だったら、前だけを見て。わたしが八雲を支えるから」


 ……こんなにも、彼女は俺を慕ってくれている。


「……ああ」


 涙は絶対に流さない。彼女が強くあるのだから、俺はもっと強くいないといけない。

 俺は彼女たちを護ろう。この身を犠牲にしてでも、俺は彼女たちを護ってみせよう。


 それが俺の覚悟であり、俺自身に課した誓約だ。




フレア編は終わりです。

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