拷問と処刑
グロ入ります。
気分悪くさせたらすみません。
あと、場面転換多いです。
長く、静かな廊下に響き渡る二つの足音。
俺と団長さんは国王たちに俺への処置について聞くために謁見の間へと向かっていた。
そして、俺の手足には頑丈な拘束器具がつけられている。
その器具は見た目よりも重さを感じるものだった。“死”というものを意識させるには十分だった。
“死”という明確な“終わり”。迫りくるその未来に俺は怖くなった。
「……団長さん、俺は……、俺は殺されるでしょうか……」
「……現状それが一番妥当な選択かもしれん。しかし、俺としてはお前を死なせたくはない」
「……どうしてですか?」
「……お前が魔王候補だとしても、お前にその意志が無いのであれば危険ではないと考えている」
団長さんは一旦間を空けてから続ける。
「……それに加えて、俺たちは戦争に利用するためにお前たちを召喚したのだ……」
「…………」
「お前はこの世界に召喚されなければ、元の世界で何の心配もなく生活していけたはず。それを勝手に呼び出して殺すなどおかしな話だ」
団長さんは顔が青ざめていた。
「……団長さん、ありがとう、ございます。でも、俺は多分ダメでしょうから」
俺にできる精一杯の笑顔。声は震え、言葉は途切れ途切れだった。
「ッッ! すまない……」
団長さんは俺の表情を見て、歯を食いしばっていた。握られた拳に爪が食い込んで血が流れている。
謁見の間のドアを開いて、中へと進む。
「国王様、魔王候補である服部八雲を連れて参りました」
その言葉と共に国王とその側近たちがざわめく。俺のことを忌避と恐怖と困惑の入り混じった目で見てくる。
「は、服部八雲よ。貴様は人間を、この世界を滅ぼそうと考えているのか?」
「王よ! 彼の者は魔王となり得る男ですぞ! 意志確認などせずに抹殺すべきです!」
側近の一人が俺を指さして喚いている。
「失礼ですが、王よ。八雲にそのような意志は全くありませぬ。そもそも彼を召喚したのは我ら。それにもかかわらず、勝手に殺すのはあまりに非道と考えます」
団長さんは弁明をしてくれていた。
……怖い。“死”というものが途轍もなく怖い。
でも、俺がここでアクションを起こさないと。
気を抜けば今にも倒れてしまいそうな体を必死に制御する。
さあ、死への一方通行を始めよう。
「ククク、フフッ、ハハハハハハハ!」
「な、何がおかしいというのだ!」
突然笑い出した俺にその場の全員がどよめく。
……ダメだ、言葉を止めるな。止めてしまえば、俺はもう立ち上がれない。
「いやあ、面白かったよ。素晴らしい余興だった。特にアンタ、ザイク団長。いい表情してたぜ? 魔王である俺様を心配するとはなぁ」
団長さんは困惑しているようだ。
ここで俺が踏ん張らないとこの人は自分を責め続ける。
……一瞬言葉を止めただけでもぶっ倒れそうだ。まだ続けないと。
「この俺、服部八雲はいつかこの世界を支配する男だ!」
俺の宣言にローブ姿の男たちは慌てふためき、国王は動揺している。
……言い切った。言い切れた。体から力が失われていく……。“死”への恐怖が舞い戻ってくる。
「暗部! この者を地下の独房にぶち込んでおけ!」
暗部と呼ばれた黒ローブの男が今にも倒れそうな俺を殴る。
恐怖に支配されつつある俺の頭に鈍痛が加わり、俺は意識の手綱を離した……。
♢ ♦ ♢ ♦
俺はなんてことを、なんてことをしてしまったんだろう。困惑が俺の脳内を蹂躙する。
八雲は最後に俺に向けて笑った。嘲笑ではなく、微笑だった。
アイツは何であんなことを――――、
考えを巡らせていると、俺に命令が出された。
「ザイクよ、お主は勇者たちにはこういうのじゃ。服部八雲はステータスが低いから安全な場所に移動した、と」
王は突き放すように言った。体の奥底から凍り付くような、冷たい声音だ。
俺は王のことがわからなくなった。先ほどまで怯えていた王はそこにいなかった。
今目の前にいるのは俺の知っている王ではない。俺の知る心優しい王ではなかった。
思えば王――いや、エルヒムは王位を継承したときからおかしくなっていたような気もする。
俺とエルヒムが出会ったころ、まだエルヒムが王子だったころのアイツはもっと温厚だったのに。
親を失って孤児になった俺はこの国を恨んでいた。
俺の親は大規模なエルフ狩りに動員されて死んだ。何のために攻めたのかもわからないエルフ狩りで。
両親はともに強い人だった。父は騎士団の団長を務め、母は国お抱えの魔法使いだった。俺はそんな両親を誇りに思っていた。
だから、両親を奪ったアルス王国が許せなかった。王を殺したかったが、王は王城から出てくることはない。
しかし、その息子である第一王子が町に出かけに来る日が月に一回だけあった。
身内を失う悲しみを知ればいいんだ! そう考えた俺は一回り年上の王子を殺すことにした。
王子が城下町に来たとき、俺は黒のローブを着て剣を両手で持ち、叫びながら王子に駆け寄った。
たった一つ、憎悪という感情をむき出しにして。
『死ねぇぇ!!!』
刺し違えてでも殺してやろうと思った。自分が魔法で焼かれても、剣で切り裂かれても、王子を殺せるならもうそれでよかった。
絶対に殺す。そう思って振り下ろした剣は何の感触も得られなかった。王子に避けられたのだ。
王子の側近が俺を捕まえようと動き出した。だが、王子はそれを手で制して俺に言った。
『俺のことを殺したいのなら思う存分やってみろ。俺から攻撃したりはしない』
子供だからとなめられている。俺はそう思った。
その後も殺意を込めて何度も剣を振ったが、結局一度も当てることができずに俺は倒れ、意識を失った。
目が覚めたとき、俺は柔らかいものに包まれていた。高級そうなベッドの上に寝ていたのだ。
調度品はどれも煌びやかで豪勢なものばかりだった。しかし、一点だけはそうでなかった。
ベッドの傍らには粗末な椅子が置いてあり、そこに座っていたのは他でもない王子自身だった。再び、憎悪が募る。
『おお、やっと起きたか!』
王子は笑顔で話しかけてきた。なんでこいつは俺に話しかけるのだろう。自分を殺そうとした相手なのに。
胸のあたりをどす黒い感情が渦巻く。殺意と憎悪と怨嗟の声が自分の中で鳴り響く。
『……どうして俺と話そうとする。俺はお前を殺そうとしたんだぞ』
『だが、お前は俺を殺せなかった。違うか?』
なおも笑っていた王子に俺は苛立ちを隠せず、飛びかかった。
『まだ甘い』
王子に止められて羽交い絞めにされた挙句、ベッドに投げられた。
自分に腹が立った。父さんたちを奪ったも同然の相手を前に何もできない。そんな自分の無力さが恨めしかった。
『俺は絶対にお前らを殺してやる! お前らは俺から父さんと母さんを奪った!』
『……』
『父さんと母さんは俺の誇りだった! 父さんはあの時言ったんだ! 帰ってきたら剣を教えてやる、って!』
『……』
『母さんも言った! あなたに魔法の才能はないけれど、それでもできることは教える、って!』
『……』
『俺は二人が帰ってくるのを楽しみにしてたのに! 帰ってきたのは母さんのローブと父さんの剣だけだった!』
ひとしきり叫んだ後、俺は黙り込んだ。王子も無言だった。
しばらく経ってから、王子がゆっくりと話し始めた。
『先のエルフ狩り、あれには大義名分などはない。ただ父上が欲しがっただけだ。いや、父上の側近が欲しがったからだ』
『……何のために』
『わからない。だが、父上はどこかおかしくなっている。ガルムという男が側近になってからだ』
『……』
『俺が王になったら無益な戦いはしない。だが、魔族は滅ぼす』
『……』
『お前には俺の部下になってもらいたい』
俺は耳を疑った。こいつは今なんて言った? 俺を部下に? 狂っているのか?
『俺はいつかお前を殺すぞ』
『それでいい。俺が間違ったときは殺せ』
『間違えたときじゃなくても、殺しに行く』
『いや、それはダメだ。殺すのは俺が間違ったときだ』
意味がわからない! 今すぐ殺してやる! と言いたかったが、俺はそれが喉まで上がってきたときに飲み込んだ。
王子が深刻な表情を見せ、必死に何かを思案していたようだったからだ。
なぜか、今はこの話を聞くべきだと思った。目の前の王子が憎いのは変わらないが、それでも聞かないといけないような気がした。
『……どうしてだ?』
『これはあくまで俺の推論にしか過ぎないが――――』
王子の話は俄かには信じられない話だった。
その、ガルムという男が王を騙している可能性だ。さらに、その男は見た目が十年間全く変わっていないという話。
どれも推論だ。だが、それを語る王子の顔は鬼気迫るものだった。
俺は信じなかったが、王子を殺すためにも、王子の元で働くことを決めた。
月日は流れ、王が死に、エルヒムが王位を継承した。
俺は彼を今でも恨んでいる。それが逆恨みにしか過ぎないこともわかっている。
だが、ここで王家を許すとなったら、なんだか両親が報われないような気がしたのだ。
俺だって、いつまでも恨んでいてもしょうがないとは思う。だけど、恨みを忘れることは両親の死を仕方がないものだと諦めることに等しい気がした。
それだけは嫌だった。両親は死ななくてもいいような戦いで死んだのだ。それを甘んじて受け入れることだけはしたくなかった。
俺は彼を恨んでいるが、信用はしている。これだけは不変の事実だ。
しかし、王位継承とともにエルヒムはおかしくなり始めた。
表面的にはいつも通りの民思いの王なのだが、時折見せる表情は冷たいものだった。
「ガルム。お前に服部八雲の処遇を任せる」
「仰せのままに、王よ」
ガルムだと!? 俺は驚愕した。
王と話している人物は白衣を着た怪しい風貌の男だった。
先王の代から仕えているとなれば、かなりの年齢であるはずなのに、男はまだ二十代半ばにしか見えない。
エルヒムの推論は当たっていた。ということは、エルヒムも騙されている可能性がある。
ガルムという男の姿を今まで俺は一度も目にしたことがなかった。しかし、エルヒムは子供のころから知っていた。
ということは、ガルムは王族の前以外には出てきたことがなかったのだろう。
「ザイクよ、早く訓練に戻って勇者に伝えてくるのだ」
「お、仰せのままに!」
俺は内心焦る気持ちを抑えながら、謁見の間を出た。
今はエルヒムに直接干渉することができない。ならば、来るべきその日のために俺も備えねば。
エルヒム、お前が間違えたときには俺がこの手で葬ってやる。
静かな決意と共に俺は長い廊下を歩き、勇者たちの元へ向かった。
「ザイク団長! 八雲くんはどうしたんですか?」
「団長さん? 彼はどこへ?」
真っ先に尋ねてきたのは愛華と麗華だった。
俺は王に命令された通り、八雲のことを話した。
「八雲のステータスは極端に低いんだ。だから、アイツはここよりもっと安全な場所に移動することになった」
「そうなんですか!? 八雲くん、大丈夫かな?」
「ここより安全な場所なんてあるんですか? ここが一番安全だと思いますけど」
痛いところを突かれた。
しかし、王もまさか殺すことはないだろう。ガルムに対して殺せという命令もだしていない。
「ある。ここから少し東に行った場所だ」
咄嗟に嘘をついて誤魔化す。
「そうですか! よかった~」
「……ええ、本当によかったわ」
愛華は信じ切った様子だったが、麗華はどこか釈然としない表情だった。
「よしお前ら! 訓練を再開するぞ!」
♢ ♦ ♢ ♦
目を覚ますとそこは何やら刑務所を思わせるような場所だった。
独房内の壁と床には大分前のものであろう血痕がこびりついていて、鉄の臭いが充満している。
俺は上半身裸で両腕を一つに縛られ、両足に鉄球をつけられて吊るされていた。
「ハッ、マジで映画に出てくるような場所だな」
「ククク、そんなことを言っていられる余裕があるなら私の拷問にも耐えられそうですねえ」
ドアが開き、大きめの箱を持った兵士と白衣姿の男が入ってきた。如何にもマッドサイエンティストって感じの風貌。正直気味が悪い。
「おい、誰だてめえ」
「これはこれは、初めまして魔王の卵。私は先祖代々この王家に仕えている研究者兼拷問執行人のガルムと申します。以後お見知りおきを」
「おもしれえ冗談だな。何が以後だよ、殺すつもりのくせに」
「殺すのは三日後ですよ。残念なことに王の命令でそれだけしか遊べないのです」
「そんなもんごめんだね。今日で終わりにしてやるよッ!!」
口の中に鉄の味が染みわたる。痛い、しかしこいつの遊び道具になるより死んだ方が数倍マシだ。
恐怖に打ちひしがれるのは嫌だった。だが、拷問の痛みであの恐怖を味わうのは嫌だった。自殺したほうが恐怖は少ない。
「フフ、舌を噛み切るなんてなかなか勇気がありますねえ。でも、私があなたのような素晴らしい遊び道具をみすみす手放すと思いますか? フフフフ」
突然、体の奥底から暖かさがこみ上げ、瞬く間に舌の痛みが消えていく。
どうなってる? 舌は噛み切ったはずなのに元に戻ってやがる。
フフフフ、という笑い声を出したガルムが楽しそうに口元を歪ませた。
「何が起きたか分からない、といった顔ですねえ。知ってますかあ?」
「治癒魔法っていうのはねえ、拷問にも使えるんですよ。とても残念なことに、大抵の方は一日で精神が壊れてしまうのですがねえ。あなたは三日間耐えられるか楽しみですよ」
「ッ! 薄気味悪い笑み浮かべてんじゃねえよクソッタレ!」
「フフ、本当に楽しみですよ。あなたのその整った顔が苦痛と恐怖に歪むその瞬間を早く見たいものです。では、早速始めましょうか」
“死”という恐怖が俺に詰め寄ってきた――――。
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夜、王城の地下には男の悲痛の叫びが響き、男の血肉が飛び散る。
磔にされた男の両肩と両太腿にナイフが突き刺さり、回転しながら肉を削り取っていく。
しかし、肉が飛び散ると同時、その部位に治癒魔法が発動し、元に戻していく。
そのさまは中世の拷問などとは比べることもできないほどの凄惨さを極めた。
「うあああああ――――ッ」
男の絶叫は彼のクラスメイトには届くことはない。
どれだけ叫んで、喉を嗄らしても。どれだけ壁を叩いても。彼女たちには届かない。
「フフ、どうですかあ? いいものでしょう、この道具は。魔力を注ぎ続けることで対象を削っていく私のオリジナルです。それにその首輪、私のオリジナルにして、私の最高傑作! エルフ数十人を拷問して魔力を絞りつくして作った、半永久的に装着者を回復し続ける最高の代物。ああ、あのときも楽しかった。エルフのメスの体は美しく、傷をつける度に奴らはいい声で哭くんです……」
白衣姿の男はどこか遠くを見るような目で、しかし恍惚とした表情で話す。
しかし、その最中にも男の悲痛の叫びは止まらない。
ナイフと首輪は止まることなく男を貫き、修復し続ける。
地下室の夜は、終わらない。
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「もう、いやだ……ごろじでぐれ…………」
男は限界だった。二日間に及ぶ拷問は長く、辛く、凄惨で、苦痛に満ちていた。
拷問の方法は多岐にわたり、男の精神状態はズタズタだった。
両手両足の爪の中に針を入れられ、それをハンマーで一本ずつ潰される。
それだけでは飽き足らず、両手両足を鋸でギリギリ皮一枚というところまで切断した。
「服部八雲さん、今日が最終日ですよ? よかったですねえ。でも、ある意味今日が一番過酷ですよ。なにせ、エルフ、魔族、人間、ありとあらゆる種族の魔力をあなたの体に注ぎ込みますから。あなたは実験台です。いつか勇者全てを改造して、世界を手にするための犠牲となっていただきます」
白衣姿の男、ガルムの言葉に被験者となる男、八雲は反応を示した。
「今、なんて……言った……。うぐっ……勇者を、改造?」
ガルムは少し間を開けて、ゆっくりと語りだす。
「ええ、そうですよ。改造です。冥土の土産ということで教えてあげましょうか。私たちはね、この世界を征服するんですよ。あなたたちの召喚される一か月ほど前、神のお告げがあったのですよ。『勇者を召喚し、魔族を滅せよ』といった内容のものがね。そのため我々は研究を重ね、実験を繰り返していたのです」
「なんで……魔族を? なんで、俺たちを、巻き込む……?」
「国王はね、魔族が嫌いなんですよ。我々よりも優れた存在であり、広大な土地を有している。それが許せないそうです。だから潰すんです。しかし、このまま戦争をしかけても我々は負ける。だから勇者を呼び、改造して戦力を上げるのですよ」
八雲は怒りを隠せず叫ぼうとするが、その声は掠れて叫びにならない声となった。
「ク、ソ野郎が……。お前らの、方が、よっぽど……悪魔じゃねえ、か……」
「おやおや、精神は崩壊してるかと思ったんですがまだ大丈夫そうですねえ。それでは、実験を始めましょうか」
ガルムはその口元を三日月のように歪ませ、呟いた。
「成功するといいですねえ」
八雲の脳内に痛みの記憶が戻ってくる。彼の脳は恐怖に蹂躙された。
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実験後、意識を失った八雲のそばでは、二人の男の影があった。
「ガルムよ、実験は成功したか?」
「これはこれは王よ。実験は成功かもしれません。ありとあらゆる魔族の魔力を投与しましたが、これまでの実験のように体が爆発することがないですから。それに、魔力量が増え、身体能力も飛躍的に上がっています。ああ、外見的な変化があったとすれば、髪が白く変化し、右目が金色になってしまったことくらいですかねえ」
「ふむ、それくらいはよい。で、洗脳はできそうか?」
「被験者は精神力がかなり強いため、洗脳は不可能と思われます。処刑するのであれば、『竜王の大口』から落とすことを推奨します。普通の処刑方法では殺すことができないでしょう。それと、目を覚ましたら暴れる可能性がありますから、意識のないうちに落とした方が得策と考えます」
国王は微笑し、頷く。国王が謁見の間で恐怖の色を浮かばせていたのは演技だった。
彼は暗部と呼ばれる部隊を側近においている。しかし、側近というのは表面上だけで、裏では気に入らない者の暗殺などをさせていた。
その中でも嗜虐心が一際強かったガルムは拷問執行人とされていたのだ。
「では、勇者の東條たちに止めをやらせよう。あいつらにも処刑に加担すれば我たちを一方的に責めることはできまい。勿論、東條たちには悪い魔族と思い込ませてな」
「王も悪いお人ですね。まあ、そのお蔭で私も楽しめているわけですが」
二つの影が蠢き、嗤う。
勇者である聖也たちは八雲の状態も、自分たちが良いように利用されようとしていることも、まだ知ることはない。
♢ ♦ ♢ ♦
正午、聖也たちは団長に呼び出され、城下町郊外にあるまるでクレバスをさらに深くしたような場所、通称『竜王の大口』へと向かっていた。
「団長、今日は午後の訓練はないのですか?」
八雲を除いたクラスメイト三十九人の中で、最初に口を開いたのはリーダー的存在である聖也である。
彼らは午前の訓練を終え、昼食にしようとしたところを団長に召集されたのだ。
「なんでも魔族が出たらしく、それの処置を任せたいとのことだ。訓練はそのあとでもいいだろう」
「魔族ですか!? まさか攻めてくるのでは?」
「いや、単体らしいからな。これだけの人数がいれば安全だよ」
「聖也には敵わないけど、俺がいれば魔族なんて余裕だっつーの」
自信有り気に話すのは、八雲に度々絡んできていた中田である。
たしかに中田は聖也に敵わずとも、かなりの実力を持っていた。
「仁、確かにお前は強い。しかし、慢心はしてはいかんぞ。魔族は単体でもかなり強い場合があるからな」
「うす。すんませんザイク団長」
「分かればいいんだ」
中田は剣士であり、また、様々な魔法を使えるようになっている。
八雲が違う場所に移動したと聞いて、彼は清々した。
中田は愛華と麗華が八雲に構っていることに嫉妬していたのだ。
そのため、学校では彼を罵倒して自分の優位性を確認するとともに、周囲に自身の力を誇示していた。
そして今、件の八雲はいなくなり、愛華と麗華は他の奴に目移りなんてしない。
中田がそう思っていると、ザイクが大きな大地の切れ目に向けて指をさしていた。
「お、見えてきたぞ。あれが『竜王の大口』、太古の昔に竜を統べる王が開けたとされる大穴だ。ちなみにあそこの下には何があるのかは現状わかっていない。ダンジョンがあるともされているし、火口になっているともされている場所だ」
「団長さん、あれはなんでしょうか? 見たところ十字架のようですが……」
聖也が指さす方向、『竜王の大口』のすぐそばにそれは立っていた。
さながらキリストが磔にされた十字架のように立っているそれは突風が吹けば倒れそうに見える。
「誰かあそこに括り付けられているぞ!」
誰が叫んだのか、しかしその叫びで彼らは現場の状況を把握した。十字架には黒いローブの人らしきものが磔にされている。
「助けてあげないと!」
「待て聖也。あれが魔族かもしれん。王からの伝令を待つぞ」
少々緊迫した空気を破ったのは、使い魔らしき鳥だった。王族の刻印が刻まれている。
王族なのに使い魔とかそれ悪魔じゃね? なんて言ってはいけない。気にしたら負けなのだ。
「ザイクよ。聞こえるか?」
「この声、王ですか? あれは一体何なのです?」
「あれが件の魔族だ。奴に攻撃を加えて大穴に叩き落とせ」
生徒たちには少なからず動揺の色が見える。
「国王様、あれは人に見えますが、交渉の余地はないのでしょうか」
「勇者聖也よ、あの魔族は城下町で殺人を犯そうとしていたのだ。お主はそんな悪逆非道の者を許せるのか? 我は許せぬぞ!」
聖也の顔が怒りの表情へと変わる。相当頭に来たらしい。
「俺はそんな行為を許すわけにはいかない! 俺が始末します!」
「いいぞ聖也! やってやれ!」
「東條! これが俺たちの魔族討伐の第一歩だ!」
聖也を支持する男子が聖也を鼓舞し、騒ぎ立てる。
しかし、愛華や麗華は乗り気ではなく、止めようとしている。
「聖也くん、ダメだよ! それは人殺しだよ!」
「聖也、一旦落ち着いて。話し合いましょう」
二人の精一杯の宥めにも聖也は応じようとはしない。
むしろ、聖也は自分を心配しての発言だと思い込んでいる。何ともご都合主義な頭である。
「二人とも、俺なら大丈夫だよ。俺がみんなの希望の光になるんだ! 俺がみんなの道になる! いくぞ……」
聖也は魔力のコントロールを開始、詠唱に入る。
「この地に宿りし光の精霊よ。我に力を与え、我の敵を討ちとらせたまえ! "閃光”」
刹那、聖也が十字架に向けた手の先に魔法陣が現れ、一筋の光線が撃ち放たれる。
光線は魔族と思われる人型の対象の左肩を撃ち抜いた。
その瞬間十字架はバランスを崩し、『竜王の大口』に向かって傾き始める。
落ちるのはもはや時間の問題。しかし、聖也の取り巻きたちは十字架の確認もせずに聖也をほめたたえ始める。
「やったな聖也! 初の魔族討伐だぜ!」
「これからも団結して頑張ろうな聖也!」
相馬や中田が囃し立てる中、一陣の風が吹いた。
風は黒いローブを捲り、対象の顔を露わにする。
全体的に白い髪、しかし見知った顔。
愛華、麗華、そしてザイクが気づくのは一瞬だった。
「八雲くん……? 嘘、八雲くん、なの?」
愛華は呟くと同時に駆け出し、落ちかけている八雲を視認しようとする。
麗華もまた、愛華の呟きに反応して走る。ザイクも一瞬ののち、駆け出した。
「八雲くん、やっぱりそうだ……」
「服部くん!!」
八雲の姿を見て、愛華と麗華は叫び、彼の名を呼ぶ。
「八雲くんッッ!!」
手を伸ばすも、十メートルほど離れている八雲に届くはずがない。
麗華は八雲を認識し、愛華は手を伸ばし続ける。
「やめろお前ら!!」
「やめて麗華ちゃんに愛華ちゃん!! 落ちちゃうよ!」
無謀にも八雲を助けようとする二人を必死に抑え込んだのはザイクと、クラスメイトの赤峰蘭だった。
ザイクは愛華を引っ張り、蘭は麗華を抱き留める。それでもなお、愛華と麗華は手を伸ばすことをやめなかった。
「離して!! 八雲くんを助けないと!」
「蘭! あなたも見たでしょう!! 服部くんだったのよ!」
「ダメだ!! お前らまで死ぬつもりか!?」
「わかってるけど、もう無理だよ麗華ちゃん!!」
「無理じゃない! 絶対に助ける! 彼がそうしたように今度は私が彼を!!」
「ダメ! 麗華ちゃんまで行ってどうなるの!!」
ザイクはすでに愛華を完全に抑え込んでいるが、蘭はいまだ麗華を止め切れていない。
そこへ、北條拓哉が走ってきた。彼は遠く離れた位置にいたのだが、愛華と麗華の異変に気づいて駆け寄ってきていたのだ。
彼には八雲を視認することは出来なかったが、それでも何か拙いことになっていることを察していた。
「なにしてんだ麗華!! お前は今何をしようとしているのかわかってるのか!?」
「服部くんを助けるのよ!!」
振り向いた麗華は涙を流して叫んだ。普段冷静な彼女にとって、八雲はそれだけ重要な人物となっていた。
八雲、という言葉に拓哉は驚いたが、再び麗華を止め始めた。
流石に、屈強な肉体を持つ拓哉に対しては麗華もなす術がない。彼女も抑え込まれた。
その間にも八雲が磔にされている十字架は傾く。その瞬間、八雲は目を開いた。
彼は聖也のに撃ち抜かれた瞬間に覚醒していた。
自分を助けようとしてくれていたその姿勢に、肩の痛みも忘れて八雲は微笑む。
「――――――ありがとう」
(まさか気が付いた瞬間に東條に撃ち抜かれるとはなあ。人生いろいろあるもんだ。それにしても、西條と南條が来るとはなあ。まあ、最後に美少女コンビの顔を拝めただけ、よしとするか。終わりよければ全てよし。けだし名言だな――――――)
下らないことを考えながら、八雲は再び目を閉じ、意識を手放す。
愛華たちからは、すでに八雲の姿は視認できなくなっていた。
「離して団長さん! 八雲くんのところに行かないと!!」
「やめろ!! お前が行って何になるんだ!!」
青ざめたままのザイクが愛華の頬を打った。
愛華は驚いて放心すると、その場で座り込み、虚ろな目を『竜王の大口』に向ける。
「八雲くんが、八雲くんが……」
彼女の空虚な呟きが小さくなっていく。
何を言っているのかも判別がつかない。彼女の虚ろな目から涙が零れた。
その瞬間、彼女は意識を失った。脳がショックに耐えられなかったらしい。
麗華もまた、その体から力を失い、蘭に寄り掛かった。
彼女は八雲の死を受け入れられなかった。いや、受け入れたくなかったのだろう。
「服部くん……」
八雲を失ったという事実が、彼女たちの胸にぽっかりと大きな穴を開けた。
♢ ♦ ♢ ♦
八雲が意識を手放してから数十秒。
八雲の体は奈落の底に横たわっていた。傷は光線によるもののみ。
彼の心臓は、拍動を止めていなかった――――――――。
次回はまず愛華たち視点から始めます。
めちゃくちゃ修正しました。