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魔王城へ

少し短めです

 

 

 リオルドを出発して二か月が経っていた。レフリ山脈を越えて、今は魔王城近郊の平野を走っている。俺やアリスの破れた衣服は処分し、今は白いダッフルコートを着ている。村でもらったものだ。


 赤焔竜の亡骸は灰となったらしい。しかしその灰の中から黒い玉が出てきたようだ。漆黒の玉の内部には何かが入っているというわけでもない。竜王によると、この玉が赤焔竜を狂わせた原因であるかもしれないとか。

 

 俺は二日間、意識を失って死人のようにピクリとも動かなかったらしい。あの魔法のせいなのかもしれない。

 あの魔法は、身体の感覚を一時的に遮断するものだと考えられる。だから解除された際に遮断していた分の痛みと熱が襲ってきたのだろう。そして苦痛がトラウマを掘り起こした……というわけだ。

 遮断できる感覚が痛覚だけなのかは不明だ。しかし現状では確かめる術がない。発動方法がわからないのだ。それに、何が起こるのか把握できていないというリスクもある。もしもあの魔法が、行使するだけで意識を失いかねないものだったのなら、容易に使うべきではないだろう。

 

「——ッ!」


 突然、右目に熱と痛みが生じた。ときどき、このように右目が疼くようになった。これもまた、後遺症なのかもしれない。


「大丈夫ですか!?」 

 

 アリスに対し、左手をひらひらと振って大丈夫だと応える。

 

「もう治ったから、だいじょうぶだ」


 まだ少し痛みがあるが、喋れなくなるほどではない。


「もうすぐで城下町に着きますから。お医者様のところに行きましょう」

「いや、大丈夫だ。竜王でさえ仕組みがわかっていないんだ。その辺の医者じゃどうせ治らないさ」

「そうかもしれませんけど……」


 とにかく大丈夫だ、と告げて目を瞑る。

 竜王は意識を失った俺を見て、『どうなっておる……』と呟いたそうだ。また、彼は『急がねばならぬ』と言っていたらしい。

 

 彼はその理由を教えてはくれない。旧友の異変に動揺している節も見られたが、それ以上になにか焦っている様子だ。御者台に座り、魔獣車を操っている彼の顔は真剣そのものであった。しかし彼は俺たちと話すときは笑顔を崩さない。それが少し寂しかった。




 魔獣車に揺られて小一時間ほどが経ったとき、竜王がいつもの調子で俺たちを呼んだ。

 話すことができないのは、彼なりの理由があるのだろう。いつか竜王が教えてくれるまで待つとしよう。だから俺も、いつも通り明るくいこうじゃないか。


「ほれ、着いたぞ。あれが魔王城じゃ!」


 魔獣車から降りて、彼の指さす先を見ると、そこには確かに城があった。中世ヨーロッパを思わせる、豪華な城が小高い丘の上に建っていた。

 そして、目の前には門とそれを門番らしき二人の兵士。竜王が彼らに話しかけてから五分ほどで門が開いた。

 

「さすが魔王城ってところだな」


 城下町までセキュリティが行き届いてるとは。全く、どこの警備会社を雇ってるんだ? アルソックか? それともセコムしてますか? 


「懐かしいですね。私がここに来たのは一年ぶりです!」

「五百年だからな? お前五百十九歳だからな?」


 アリスは十九歳だが、経った月日は五百年だ。彼女の見知った人たちも少ないだろう。というか、生きていられるのか?


「そこは忘れましょうよ……」

「過去を思い返すからこそ今の自分があるってもんだろ?」


 そう、過去があるから今がある。今があるから未来があるのだ。誰でも考えつくことだけどな。


「どうして無駄にいいこと言うんですか!? もう少し慰めてくれてもいいじゃないですか!」 

「慰めて欲しいのか? 余計みじめになるぞ?」

「それもそれで嫌ですけど……」


 実際、身体的には歳をとっていないわけだし、慰める必要性を感じない。むしろ、アリスと久々に会う魔王の方を慰めるべきではなかろうか?


「はやくいこーよ!」

「……早くいこ?」

 

 おいおい、コイツが両手に花ってやつかいブラザー? それどころか女神だろうよジョナサン!

 ……誰だよブラザーとジョナサン。


「よし、じゃあ行くかー!」 

「おー!」

 

 右手はアクア、左手はイーナ、頭の上にはフレア。今日は快晴。絶好のお買いもの日和である!


「まず、魔王に会いにいくぞい」

「やっぱりそうですよねー」


 絶好の謁見日和……なのかもしれない?



    ♢   ♦   ♢   ♦



 賑わいを見せる城下町の商店街を抜けて、魔王城へと向かう小道を通って、ようやく城門まで着いた。

 荘厳な白い門には、六頭の竜の絵と黒い杖、それに蒼い剣の彫刻が刻まれていた。竜の彫刻は六竜を象ったものなのだろう。杖と剣に関してはわからない。さらに、門の隅のほうには赤い宝石の彫刻もある。なんであれだけ隅にあるんだ?


「じゃあ私が行ってきますねー」


 そう言ってアリスは門の前に立った。


「そうでした!」


 そして、顎に手を当ててなにか考え始めたかと思うと彼女はポンと手を叩いた。


「どうしたのかなー?」

「どうしたんだろうな?」

 

 不思議そうに見つめるアクアをなでる。

 するとアリスは、とたとたと小走りで門の隅の方に寄って、徐に赤い宝石の彫刻を押した。


 ピンポーン。


「魔王ちゃんいますかー?」

『ただいま留守です。仕事を押し付けにきた人はそのままお帰りください。お菓子を持ってきてくれた人はどうぞ中へ』

「あ、じゃあお菓子買ってきますねー」

『できれば甘いやつがいいです。みーは糖分に飢えているのです』

「わかりましたー」


 笑顔で応答してアリスが戻ってきた。


「インターホン式なのかよ!? しかも居留守使ってんのかよ!」

「いんたーほん? 居留守? 何言ってるんですか、今は留守だって言っていたでしょう?」 


 騙されやすいどころの話じゃないぞオイ……。 


「よし、俺が手本を見せてやろう」


 セールスマンを断るための話術を独学で学んだからな。今の俺に敵はいない!


 赤い宝石を押した。

 俺は気づいてしまった。今、俺はセールスマン側じゃないか……。どうしよう……。 


 ピンポーン。


 ええい、ままよ!


「すみません。甘いものをご所望とのことでしたので、お持ちしたのですが……」

『そのようなことを言った覚えはないが? ああ、もしかすると姪が言ったのかもしれぬ』

「あ、その声は魔王ちゃんですか!? 私です! アリスです!」

『アリスか? 待っておれ。今行くぞ』


 プツッと接続が切れた。

 俺、なんの役にも立ってない……。


「さっきの自信はどこに行ったんですか? もしかして飛んでっちゃいました?」

「いや、それはあれだ。お前の闘争心に火をつけてやろうと思ってたからであってだな。その、元から俺が話そうとしていたわけではなく……」

「まぁ、最初から期待してませんし」

「酷くないか!?」


 といった具合のどうでもいい会話をしていると、ギィと音がしてドアが開いた。門ではない。門の横にドアがあったらしく、そこが開かれたのだ。


「門の意味なくね?」

「何を言う、体裁上必要じゃろうが。基本的に使わんがの」

「体裁とか気にしちゃうんだ!?」

「仮にも一国の王じゃからな、妾は」


 ん? 俺は誰と会話してるんだ?

 そう思って振り返ると、そこには美人が立っていた。金色に煌めく長髪を風に揺らし、海の底のように蒼い瞳でこちらを見つめている。


「お久しぶりです! お変わり無いようで少し安心しました!」

「うむ。アリスも変わってないようじゃな」

「ええ、凍ってましたからね……」


 楽しそうに話を続ける二人の美人。なかなか絵になるのだが、そろそろ俺のことを紹介してくれないだろうか……。疎外感。 


「久しいの。リサーナよ」

「お久しぶりです、竜王叔父様」


 魔王の口調が丁寧なものになった。どうやら竜王に敬意を払っているらしい。


「お菓子持ってきてくれたのー?」

「走ったら危ないよー!」


 奥から小さな女の子が走ってきて、すてんと転んだ。顔面強打である。鼻血が出てもおかしくないが、大丈夫だろうか……。

 そして幼女を追いかけてきたのは亜麻色の長髪を後ろで一つに束ねている女性だった。メイド服に身を包んでいるが、見知った顔であった。


「エリゼちゃん大丈夫!? 大理石は滑るから気をつけないとダメっていつも言ってるのに」

「ふぇ……いたぃです……」

「痛いの痛いの飛んでけ~!」


 その女性と目が合った。


「もしかして、西條か?」

「八雲くん、なの?」

 

 やはり女性は西條だった。小学校から一緒だった人物の顔を忘れるはずもない。

 それから、彼女はその場に崩れ落ちた。

 

「大丈夫か!」


 慌てて彼女の体を支える。彼女は声を押し殺して泣いていた。


「よかった……よかったよぉ…………」


 かける言葉が見当たらず、俺はただ彼女の体を支えることしかできなかった。



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