表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/44

勇者サイド 『逃亡』



「俺は『侵蝕(しんしょく)』のヴィアラ。この男の魂は俺が喰った。そして、この体は俺のものになったんだよ。わかったか?」


 その言葉を聞いたとき、頭に重い鈍器が叩きつけられたかのような衝撃が走った。

 セルグが殺され、その魂が喰われた。セルグは、死んだ……? セルグはこの世界に、いない? もう、会うことも、談笑することも、剣と槍を交えることも、ない……?

 そう考えたとき、頭の中でプツッと何かが切れたような音がした。


「ヴィアラァァァアア!」


 憎い。アイツが憎い。殺してやりたいほどに。


「ダメです団長!」 

「ダメだよザイクさん!」


 剣に手を伸ばし、立ち上がろうとする俺を止めたのは麗華と蘭だった。


「離してくれ蘭、麗華! 俺はあいつを殺す!」

 

 そうだ。あいつは殺さねばならない。殺さないといけない。

 セルグを殺したことを償わせないと。絶対に、殺す。

 

「団長。アンタ、何ができるってんだ」


 拓哉の低い声が耳に届く。だが、それでも俺はアイツを――。


「アイツを殺してやるんだ! アイツを!」

「……無理だ。少なくとも、鎧もなしに勝てる相手じゃない」

「それでもだ! 俺が殺さないといけない!」


 憎悪、殺意、憤怒、怨嗟がぐちゃぐちゃに混ざり、胸の中でどす黒い渦を形成していく。

 早くアイツを。アイツを殺さないと。


「ふざけないで!」

 

 パン、と乾いた音が響き、俺の左頬が熱を持つ。

 麗華の平手だった。


「団長! あなたはリーダーです! あなたがしっかりしなくてどうするんですか!」

「だが! だが……! アイツが……セルグを……!」


 責めるような物言いに、だんだんと感情は落ち着いていく。

 それでも、殺意だけは抑えきれない。殺してやりたい。


「冷静な判断ができない奴は戦場に立つな。これを教えてくれたのはアンタだ。俺たちとクルトさんでアイツを()る」

「しかし……!」

「今のアンタは重荷にしかならない。だから……愛華を守ってくれ。頼む……」


 冷水を頭からかけられたようだった。

 拓哉の姿を見て、俺はやっと自分の愚かさに気づくことができた。

 冷静に動けない者はすぐに死ぬ。俺が彼らに教えたことだ。それに自分が気づけなかったことが、何より情けない。


「……すまなかった。俺は、戦力になれない」

「……気にすんな。愛華を、頼んだぜ?」


 拓哉は鼻の頭を掻きながら言った。その顔は、あのときの少年と一緒だった。

 服部八雲と同じ、恐怖を必死に抑え込み、周りに心配をかけさせないようにするための作り笑顔。

 また、俺は一回り以上年下の少年にこんな顔をさせるのか。自分の非力さが、まるで一本の鋭いナイフとなって、俺に突き刺さってくるようだった。

 

「絶対に守ってみせる」

「……ありがとな団長。クルトさん、あんたは冷静にいられるか? さっきは大丈夫だったみたいだけど」

「大丈夫っす。俺だって殺してやりたいっすけど、無闇に突っ込んで勝てる相手じゃないっす」

 

 拓哉の問いかけに答えたクルトだったが、その肩は震えていた。拳を強く握りしめたせいで彼の爪は掌に食い込んで皮を突き破り、指の間を伝った血がポタポタと地面に滴っている。

 彼もまた、俺と同じく激怒していたのだ。俺は怒りに我を忘れたが、彼は冷静になることに努めていた。

 先程の俺は、癇癪を起こした子供と何ら変わらない。感情に身を任せることは戦場において死を左右するものだと知っていたのに、その判断を見誤ったのだから。


「やっと終わったか。ったく、俺の優しさに感謝しろよ? わざわざ最後の会話を楽しませてやったんだからなぁ」

「……そうね、感謝するわ。でも、一つ訂正よ。この会話は最後にはならないわ。だって、私たちはあなたに負けないもの」

「へぇ、言ってくれるじゃねえか。でもよ、そいつは無理な話だ」

「無理なんかじゃ、ないっすよ。俺はアンタを許さないっすから」

 

 そう言ってクルトが一歩前に出る。両者の距離はそれほど離れていない。どちらかが動けばすぐに接触してしまうだろう。

 

「はぁ……んじゃ、クルト。俺の質問に答えてみろ。俺がこの体——セルグを侵蝕したのはいつだと思う?」

「……アンタが殺したんでしょう、セルグさんを!」

「残念、外れだ。元々実体を持たない俺がコイツを殺せるわけがない」

「なら、誰が殺したって言うんすか! 誰がセルグさんを!」

「オイオイ、落ち着けよ。よーく考えろ? お前はもう答えを知っているはずだぜ?」


 ヴィアラは楽しそうに問いかけた。クルトの知っている人物で、セルグを殺した奴……。

 ガルムか? それとも、エルヒム? それとも————、待て。

 本当にセルグは殺されたのか? 侵蝕というのは、死人にしか通用しないのか? それとも——


 ふと生じた疑問は連鎖的に疑問を呼び、そして、一つの解に辿り着く。

 

「まさか…………殺さなくても、侵蝕は……可能?」


 口から漏れた呟きに応答したのはヴィアラだった。


「おお! 流石は騎士団団長ってとこか? (あた)らずと(いえど)も遠からず、だぜ」

「どういうことっすか! 団員がセルグさんを殺すはずがないっす!」

「侵蝕ってのはな、対象が弱ってりゃあそれでいいのさ。別に死んでなくてもいい。後は、わかるだろ? コイツはいつ弱った?」


 ヴィアラの説明に、クルトは顔を青ざめさせた。


 セルグが重傷を負ったことが一度だけあった。竜討伐のときだ。そのときのことは、苦々しい記憶となって俺の中に残っている。

 あのとき殺されそうになったクルトを庇って、セルグは竜にその背中を抉られた。その後治癒魔法をかけられたものの、セルグは数日間の安静が必要になっていた。


「気づいたか? そ、お前だよ。クルト、お前がセルグを殺したんだ。といっても、コイツはかなり粘った方だぜ? 最後まで『クルトを守ってやらないと』って強い意志を持ち続けてたしな。ま、そんな意識は俺が喰ったけど」

「そ、そんなはず……俺が……セルグさんを……そんな、そんな……」

「認めろよ。お前を庇ったから、コイツは俺に侵蝕されたんだからな」

「そんな……俺は、俺はなんてことを…………」

 

 クルトは頭を抱えて膝を地につけた。

 拙い兆候だ。このままじゃクルトは壊れちまう。

 拓哉たちを見ると、彼らもまた放心していた。この状況はアイツの、ヴィアラの思う壺だ。まず、落ち着かせないと。


「クルト! 落ち着け! お前が悪いんじゃない!」

「でも、でも……俺が、俺が…………」

 

 顔を上げたクルトの目には、光がなかった。彼は、自己嫌悪と絶望感に呑まれていた。

 そんな彼の顔を見て、ヴィアラは嬉しそうに口角を吊り上げた。それを見て、やっと気づく。

 ヴィアラ、いや、ガルムが諸悪の根源だ。これは全て仕組まれていたんだ。

 

 とにかく、クルトは戦えない。戦意どころか、生存願望までもを喪失してしまっているだろう。

 制止する愛華を無視して、剣を片手に進む。ヴィアラはその間干渉してこなかった。


「蘭! クルトを連れてこっちに来い! ヴィアラ、てめえ……最初からセルグの体を奪うつもりだったんだな?」


 蘭は困惑しながらも、クルトを引いて後退していく。

 攻撃を一切してこなかったということから見るに、ヴィアラは俺たちに絶望を味わわせたいようだ。

 俺の目を見て、奴は口元を大きく歪ませた。

 

「そうさ、その通りだ。俺たちはこの体を奪うのが目的だったんだよ。コイツが弱ったときにかっさらう、それが俺たちの計画だったんだよ。だから、弱らせることさえできればその役割は誰でもよかった」

「何で、何でセルグなんだ……!」

「あ? さっきも言っただろ? 強いからだ。そりゃあ、勇者共も強いけどな? だが、一番お前らに精神的ダメージを与えられるのはコイツだし、そこそこの強ささえあれば俺の能力で強化は可能だからな」

「クソッ! そんな理由でセルグを……!」

 

 歯を食いしばり、殺意と憎悪を抑え込む。

 

「そんな理由で、か……。ま、お前らは知らなくていいことだ。それに、もうそろそろ戻らねえと。他の奴らに不信感を抱かせちまう」

 

 そう言うと、ヴィアラは長槍を構えた。こちらに向いた細い目は、まるで獲物を見つけた猛獣のようだった。

 

「終わらせてやるよ」










 圧倒的だった。

 拓哉の体術は全て効かず、麗華の魔法と槍は防がれる。“命中の加護”を持っている蘭の放つ矢はことごとく躱され、俺の剣はその体に傷を負わせることすら敵わない。切れ味を上げても、その槍を斬ることはできなかった。

 一人ずつ体を痛めつけて、戦闘不能にしていくその戦法は悪魔のようだった。俺を含め、戦闘していた全員が脚の腱を切られて地に伏している。苦痛に顔を歪めながらも、全員戦意を失っていなかった。


 動ける者は二人。しかし、愛華は戦いに適していない。クルトは虚ろな目でブツブツと何かを呟くばかりだった。

 

「……とことん期待外れだぜお前ら。ロクな連携も取れなければ、個々の力も弱い。はっきり言って、雑魚だ」


 クルトが戦えば俺も危なかったかもな、と言いながら近づいてくるヴィアラ。

 その表情は退屈そうで、どこか呆れを感じさせた。俺の目の前で止まり、大きく槍を振り上げる。



 ああ、死ぬんだな。

 すまない、みんな。俺には、何もできなかった。

  



 

 一陣の風が頬をなでる。死ぬ間際だというのに、何故か安心できた。






「じゃあな、ザイク」


 

 その長槍が振り下ろされる瞬間に、俺は目を閉じた。


 













 が、その槍が俺の心臓を貫くことはなかった。

 代わりに、ヴィアラの驚いた声が耳に響く。


「なっ! てめえ、戻ったんじゃねえのかよ…………緑嵐竜(りょくらんりゅう)!」


 目を開くと、深緑色の大きな尻尾が槍を食い止めていた。

 見上げれば、そこには洞窟で出会った竜がいる。俺は、竜に守られたのだ。


「何千年も前に俺を止めたのもてめえだった……。またてめえは俺を止めようってのか! ふざけんじゃねぇ! ぶっ殺してやる!」


 俺たちとの戦闘のときよりも殺気を膨らませて、ヴィアラは竜に飛びかかった。

 しかし、竜の翼の放つ強風でヴィアラは森の中へと吹っ飛んだ。翼を軽くはためかせただけなのに、とんでもない威力だ。


 唖然としていると、竜は飛び上がってその両翼で風を生み出す。嵐と呼べるほどの強風はその勢いを増しながら大きな竜巻を形成した。


 竜巻は俺たちを順々に浮かび上がらせて、竜の背へと運ぶ。そこには怪我をしていた雛がいて、愛華に飛びついた。

 愛華は治癒魔法を全員にかけ、俺たちの傷を癒してくれた。今日二度目の治癒魔法の光はなんだか弱弱しく感じられる。


「ありがとう……。私、みんなが死んじゃうかもしれないのに、なんにも、できなくて……怖くて、」


 愛華の治癒魔法を使っても、またやられるのは目に見えている。それに、全員を一度に回復させる範囲指定魔法を使えばヴィアラも回復してしまう。治癒魔法は戦闘中にはほとんど意味をなさない。

 彼女はそれが歯がゆかったのだろう。すすり泣く声が聞こえる。

 そんな愛華を見て、麗華は彼女を優しく抱きしめた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「馬鹿ね……仕方ないじゃないの。そんなこと気にしないで。みんな、わかっているもの」

「そうだぞ。あれは俺たちが弱いのがいけなかった。愛華の非じゃない。それに、愛華は俺たちの傷を治してくれているじゃないか」


 拓哉も愛華の頭にポン、と手を置いて彼女を慰める。三人の姿は、昔の自分とセルグ、クルトを思い出させた。


 そうだ、クルトは!?


 目を向けると、クルトは意識を失って蘭に支えられていた。過剰な負荷により、彼の脳はその意識を強制的に遮断したらしい。

 一先ず安心した俺は深く息を吐いた。が、そんな安堵の雰囲気もすぐに崩壊することになった。

 

緑嵐竜(りょくらんりゅう)ゥゥウウ!」


 声のする方向――――森を見ると、ヴィアラが咆哮しながら走ってくる。

 それに気づくと、すぐさま竜はスピードを上げて海上を飛行し始めた。既に俺たちとヴィアラの距離はかなり離れている。


「逃がすかよォォ!」

「なっ、拙いぞ! 槍だ!」

 

 ヴィアラは勢いのままに長槍を投擲してきた。人間の体で投げたとは思えない速さだ。

 しかし、竜は至って冷静に対処した。強風を起こして障壁を幾重にも張り、槍の速度を緩和してからその尻尾で叩き落とした。

 

 見事、としか言えない所業を見せた竜に、ヴィアラはさらに苛立ったようでその声を荒げながら叫ぶ。


「てめえのことは俺がぶっ殺してやる! 絶対、絶対にだ!」


 怒りを剥き出しにしたヴィアラの宣言などまるで意に介さず、竜は飛行を続ける。

 ヴィアラはどんどん小さくなり、ついには境界島しか見えなくなった。

 

「ふぅ……ヒヤッとしたぜ。で、俺たちはどこに向かってるんだ?」

 

 竜は「まぁ、着いてからのお楽しみだ」と言わんばかりにそのスピードを上げる。

 この方向はアルス大陸か? いや、アルス大陸なら距離的にはもう見えていてもおかしくない。ということは……


「カルマ大陸、なのか?」

「えっ!? ダメじゃないですか! 危険すぎます! 竜さん、アルス大陸に行ってください!」


 麗華の言うことももっともだ。だが、今のアルス大陸に戻ったところで俺たちが安全でいられる保証はない。

 ヴィオラやガルムから逃げようとしても、指名手配をかけられればいつかは捕まってしまう。それならば、カルマ大陸で身を隠して生活してもいいかもしれない。


「麗華、このままカルマ大陸に行った方がいい。アルス大陸に戻ったところで俺たちは安全じゃいられない。それに、この竜は俺たちを助けてくれたんだ。その恩人、いや、恩竜の進む場所なら大丈夫だろう」

「ですが……そうですね。今はそれしかありません」


 麗華はうなずいてくれた。他のみんなも概ね同意のようだ。

 

緑嵐竜(りょくらんりゅう)、と言ったか? 頼む。俺たちを安全な場所へ連れていってくれ」


 正確に聞こえているのかはわからないが、緑嵐竜(りょくらんりゅう)は鼻を鳴らした。

 愛華と戯れている竜の雛は嬉しそうに彼女の頬を舐めていた。涎でべとべとになった愛華は苦笑しつつも、雛をなでていた。


 カルマ大陸に着いたら、まずはクルトを休めてやらないと。

 そして、彼が起きたときには俺が全てを説明してやろう。彼は暴走するかもしれないが、時間をかけてでも落ち着かせてやる。

 

 セルグの“死”は俺にも重くのしかかっている。今だってヴィアラのことを殺してやりたい。だが、そのためには力が足りなすぎる。


 いつか、いつか俺はアイツを殺す。そして、セルグの体を弔ってやるんだ。


 息子のような存在であった青年のことを思いつつ、俺たちはカルマ大陸へと向かった。




    ♢   ♦   ♢   ♦




 魔界————カルマ大陸に着いた俺たちに待ち受けていたのは魔人たちによる歓迎だった。

 戦闘とかの意味ではなく、本当の意味での歓迎だ。

 このことにも充分驚いたが、なにより驚いたのはその姿だ。俺の想像していた魔人とは違って、彼らは人間と同じ姿だった。


「ウィンブラスト様がお戻りになった! 人間族の者も一緒だ! 客人を丁重にもてなせ!」

「ぼく初めてウィンブラスト様のこと見た! かっこいいね!」

「背に乗ってらっしゃったのは人間族の勇者らしいぞ! 偉大なお方たちだ!」

「オイ見ろ! ウィンブラスト様のご子息だ! なんと愛らしい!」

 

 俺たちはとある町中に降り立った。その町は『緑嵐竜(りょくらんりゅう)の町ウィンドラ』といい、その名の通り緑嵐竜(りょくらんりゅう)を崇めている街のようだ。

 町の住民は俺たちを見るなり、歓声を上げていた。さらには町長らしき人物が現れて、俺たちを家へと招待してくれた。

 一連の出来事に、俺たちは呆然とするばかりだった。


 町長の屋敷は広く、王城とまではいかないもののかなり豪華な造りだった。

 クルトを客室の一室に寝かせると、町長は俺たちを応接室へと案内してくれた。


「改めまして、ようこそいらっしゃいました皆様方。この町ではあなた方の来訪を心より歓迎いたします」

「……なぁ、俺たちはお前らの敵だぞ? 敵をもてなしていいのか?」


 拓哉の質問を聞いて、町長は不思議そうな顔をした。

 魔王は俺たちを滅亡させると宣言しているのだから、俺たちは魔人にとっては敵のはずだ。

 

「なぜ敵になるのです? 魔王様は仰っていましたよ? 人間が訪れてきたら丁重にもてなせ、と」

「魔王は私たちのことを殺そうとしてるのに、そんなことをするわけないじゃん!」

 

 信じられない、とでも言いたげに蘭が語調を荒げた。

 

「なんのことです? 第一、人間を滅亡させても我々はちっとも得をしませんし、祖先が同じ種族をどうして殺すことがありましょう?」

「待ってくれ。種族が同じ? 魔人ってのは魔物の上位種じゃないのか?」

「なんと! まさかそのように思われていたとは……嘆かわしい…………」

 

 町長はその皺の深い顔に悲嘆を浮かばせた。

 俺たちはもしかしたら、魔人を勘違いしていたのかもしれない。


「ということは、私たちの認識は間違っていたのでしょうか?」

「……ええ。では、全てをお話しいたしましょう」

 

 そう言うと、町長はゆっくりと語り始めた。






 一時間ほど経っただろうか。町長の説明は終わった。

 魔人は元々、カルマ大陸に渡った人間であること。そして、魔王は人間を滅ぼすつもりがないこと。

 それらの説明はどれも俺たちの考えを根底から覆すようなものだった。

 

「俺たちはどうやらアンタらを勘違いしていたらしい。本当にすまなかった……」

「いえいえ、仕方ありませんよ。気にしないでください」


 そのとき、ドタドタという足音が聞こえ、ドアが勢いよく開け放たれた。


「失礼します! お連れの方がお目覚めになりました!」

「クルトが!? 今行く!」

 

 駆けこんできた召使いについて行き部屋に入ると、クルトは上半身を起こして窓の外を眺めていた。


「クルト! おい! しっかりしろよ!」

「俺のせいで……セルグさんが……」


 怒りが湧き上がった俺は彼の襟をつかんだ。


「いい加減にしろ!」


 俺は大きく腕を振りかぶって、クルトを思いっきり殴りつける。

 その虚ろな目は見開かれ、俺に焦点が合った。


「全部お前のせいだなんて傲慢なこと言ってんじゃねえ! お前が危険な目に遭ったのは俺たちの責任でもあるんだぞ! それなのに、てめえ一人でそれを背負うんじゃねえよ!」

「でも、俺が油断さえしなければ……」

「やめろ! お前じゃなくたってセルグは必ず庇ったはずだ!」


 俺がそう言うと、クルトは顔を伏せた。


「いいか、よく聞け。俺は必ずアイツを殺す。セルグの仇を討って、俺はセルグを弔ってやるつもりだ。お前はどうなんだ? セルグの死を受け入れずにここで寝腐ってるか? それとも、俺と同じか?」

 

 クルトは黙り込んだままだ。

 好機とばかりに俺はクルトに畳みかける。

 

「セルグだったら、どうしていただろうな。アイツなら仇を討つと言いそうだが、お前はどうだ? 仇を討ってセルグを弔ってやりたいとは思わないのか?」

「俺は……俺は…………」

 

 クルトは顔を上げた。彼の頬には涙が流れている。


「俺はッ、セルグさんを……弔ってあげたい…………!」


 彼は拳を握りしめ、歯を食いしばっていた。


「……なら、ついて来い」

 

 俺の言葉に、クルトは頷いて返した。彼の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

 目頭が熱くなる。溢れそうな涙を必死に抑えて、俺は部屋を出た。


「……もうしばらく一人にしてやってくれ」

 

 全員にそう言ってから、俺は応接室へと戻った。

 

 

    ♢   ♦   ♢   ♦



 翌日、俺たちは町の出入り門の前に集まっていた。昨夜クルトを抜いた全員と話し合った結果、俺たちは魔王城へと旅立つことにした。

 人間が戦争を起こそうとしていることを伝えるためだ。それに、もしかしたら俺たちももっと鍛えることができるかもしれない。

 最終的な目標は戦争を止めること。そしてヴィアラとガルムを討つことだ。


「町長、本当にありがとう」

「いえ、お気になさらず。ですが、クルト様は……?」

「アイツはそのうち来るから気にするな」


 町長たちは魔獣車を用意してくれて、さらにひと月分の食糧までくれた。本当にいい人たちだ。

 緑嵐竜(りょくらんりゅう)は元々この町に住んでいたようで、旅にはついてこない。しかし、雛は愛華にべったりなので仕方なく連れていくことになった。

 荷物を積み、愛華たちも乗っていく。そのとき、声が聞こえた。

 

「ザイク団長!」


 肩で荒く呼吸しながら走ってきた彼――――クルトは宣言した。


「……用意、できたっすよ団長。俺も行くっす!」

「……よし。じゃあ出発だ!」


 笑顔でそう返して、御者台に座る。

 

「ここから魔王城までは三か月ほどかかります。お気を付けて」

「何から何まで本当にありがとう。魔王に伝えておくよ。すごく親切にしてくれる奴がいた、ってな」

 

 笑っていた町長たちに別れを告げる。手を振ってくる住人に手を振り返して、門を出た。


 絶対に強くなる。そしてセルグを『侵蝕』の呪縛から解放してやる。 


 その思いを胸に抱いて、俺は魔獣車を進ませた。 




これで勇者サイドは終わり……です!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ