表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/44

勇者サイド 『侵蝕』


 セルグは俺が団長に就任したときに入ってきた。当時十八歳だったセルグは弱かった。騎士団の象徴である剣はロクに振れないし、魔法が使えるわけでもない。いつも俺に、稽古をつけてくださいと頼み込んできていた。

 だが、それでもセルグは強くなれなかった。正直、彼に剣は向いていないと思った俺は、彼に疑問を投げかけた。


『なあセルグ。剣以外を使う気にはならないのか?』


 その頃の騎士団は剣が主流で、その他の武器はあまり好まれていなかった。というより、誰一人使うものはいなかった。騎士といえば剣、この先入観にとらわれすぎていたのだと思う。

 俺の問いに対するセルグの答えは予想外のものだった。


『え!? 剣以外の武器も使っていいんですか!?』


 その返答を聞いたときの俺の顔はさぞ滑稽だっただろう。驚きのあまり、しばらく無言になったからな。


『団長?』

『あ、ああ。使ってもいいんだぞ?』

『やった! 槍を使ってもいいんだ!』


 嬉しそうにはしゃぐセルグを見て、俺は吹き出してしまったんだよな……。

 その後、槍を使い始めたセルグは周りから批判を受けてもまるで気にしなかった。それどころか、自分の槍の腕を磨いて他の人にも槍の魅力を知ってもらうんだ、とまで言っていたな。


 数年後、セルグは本当に強くなった。周りからの評価もよく、信頼のおける団員ナンバーワンといってもよかった。

 団長を決める際に行われる武闘会で、俺は彼に負けた。圧倒的とも言える強さだった。俺の剣は全て槍の穂先に弾かれ、突きは躱される。全く歯が立たなかった。

 本来、今俺の立場にいるのはセルグのはずだった。だが彼は負けた俺に手を差し伸べて言った。


『どうです? 槍も、なかなかのものでしょう?』

『……ああ、すごいよ全く。セルグ、これからはお前が団長だ。みんなを引っ張っていってくれ』

『へ? いやいや、俺は副団長がいいんです。尊敬しているザイク団長を支えて、他の団員たちの面倒を見るのが好きなんです。ですから――』

『――ですからザイク団長、これからも俺たちを引っ張っていってください! 俺は全力でサポートしますから』


 思えば、一番気にかけていた団員がセルグだった。俺は結婚もしていないので子供もいないが、彼は俺にとって息子のような存在になっていたのかもしれない。

 今、そんなセルグと相対しているのがクルト。彼とセルグはまるで兄弟のような仲だった。



 彼と出会ったのは、魔物討伐に赴いたときだ。クルトは元々、森の中で一人で生活していた。

 騎士団が魔物を討伐するために森へ行ったのだが、魔物はすでに彼が弓で殺していた。俺は、彼が凄まじい才能の持ち主だと感じた。


 彼は森に入り込んできた俺たちを見て、警戒心を露わにしながら詠唱を始めた。彼の固有魔法――幻術だ。俺たちは幻術魔法の霧に包まれた。霧は濃く、少し先も見えないほどだった。

 その後覚悟を決めた俺たちは、怯えながらも森の奥まで歩いていたのだが、霧がなくなるとそこはすでに森の外だった。俺たちはいつの間にか、彼の霧に誘導されていたのだ。

 

『すごい……すごいですよ団長! 俺は必ず彼を仲間に引き入れます!』


 セルグは興奮しながらそう言っていた。そして彼は数日後、本当にクルトを連れてきた。しかも、クルトはセルグを師匠のように慕っていた。

 話を聞くと、セルグは自身の槍を投擲してその威力を彼に見せつけたらしい。するとクルトは、自分の弓も負けてはいられないっすね、と言って張り合ってきたそうだ。

 それから何度も何度も模擬戦を行ったが、クルトは全敗。圧倒的なまでの力の差に驚いたと言っていた。

 

 尊敬すべき人物。

 それがセルグに対する彼の評価だった。


 彼が騎士団に入ってから、彼は孤立していた。俺やセルグ以外は、クルトのことを敬遠していた。

 彼が弓使いで魔法使いだからだ。剣を使う者こそ騎士、という風潮が騎士団内で広まっていたために、クルトは異端なものと見られていた。

 しかし、それを止めたのもセルグだ。騎士団内のクルトへの差別的扱いと嘲笑に、彼は憤慨していた。

 

『騎士団が使うべきは剣だと? そう思うなら、なぜ俺を認めた? 俺は槍使いだぞ?』


 クルトに対する暴言を吐いていた者たちにセルグは詰め寄った。彼の剣幕に、まだ若い団員たちは怯えていた。

 いつも優しく接してくれる先輩がいきなり激怒し始めたのだ。しかも、それが戦闘において無類の強さを誇る副団長となれば尚更だったのだろう。

 セルグはそんな団員たちを見て、どこかあきれたような顔になった。


『どうなんだ? 俺は剣を使っていないんだぞ?』

『そ、それは……槍は近接戦闘に使うし、それに副団長が強いから……です……』

 

 新人の団員が恐怖をその顔に浮かばせながら言った。

 そしてその瞬間、セルグの拳は団員を捉えた。頬を殴られた団員はその頬を抑えて呻いた。歯が折れているようだった。


『近接武器だから? 俺が強いから? ふざけるな!』

 

 団員の発言に、彼の怒りは頂点に達したようだった。

 セルグはさらに語気を強めながら、言葉を紡いだ。

 

『剣を使うのが騎士団の象徴? そんなのは間違ってる! お前たちは、いや、アルス王国騎士団団員全員に問おう!』

 

 場がざわざわとし始めた。セルグの突然の問いかけに、俺を含めた全員が戸惑っていた。


『お前たちは何のためにこの騎士団に入団したんだ? 剣を振るって魔物を退治することか? 違うだろうが! お前たちは、俺たちは、国民を守るためにこの騎士団に入ったんじゃないのか! 身を削ってでも守るべき人たちがいるんじゃないのか! 国民を守るためならたとえ武器が棒切れ一本でも戦うのが俺たちじゃないのか!』


 セルグの目からは涙が溢れていた。

 彼は嘆いていたのだ。俺たちが剣と強さばかりにこだわり、もっとも重要な使命を忘れていたことを。武器が違うだけで、そいつを見下すようになってしまっていた騎士団の腐敗を。

 

『武器が剣でなくとも戦うことはできる。槍でも弓でも戦うことはできる。国民を守るという気持ちがあれば、武器なんて関係ないじゃないか! 自分の得意とする道で国民を守ろうとするクルトを、お前たちは笑うのか!』 


 その後もセルグは訴え続け、団員たちはその熱意に打たれ、心を改めた。その日、アルス王国騎士団は生まれ変わった。

 俺は知っていた。

 壁の裏に隠れた少年が声を押し殺して泣いていたことを。そして、青年もまた、少年を想って泣いていたことを。その姿はまさしく、兄弟と言えた。


 しかし、今目の前にいる男を俺はセルグだとは思えなかった。



    ♢   ♦   ♢   ♦



「どうしてっすか……? どういうことっすか……」


 クルトが呟く。彼の顔からはいつもの明るさを見ることができない。

 なんでセルグがここに……。それより、セルグはなんて言った? 俺たちを、排除?

 何のために? いや、そこじゃない。誰に言われて……?


「だから、あなたたちを排除するんですよ。つまり、殺すってことです」


 俺は耳を疑った。セルグのその言葉は俺たちに重くのしかかった。


「誰に……言われた……」

「はい?」

「誰に、誰に命令されたんだセルグ! 第一、お前はそんなことするやつじゃないだろうが!」


 そうだ、セルグはこんなことをしないはずなんだ。こいつは俺の補佐を務めてくれていた。昔のエルヒムを除けば一番信頼できる人物なんだ。

 だから、こいつはセルグじゃない。絶対にセルグじゃないんだ。絶対に、違う。


「フフフ、おかしなことを言わないでくださいよ団長さん——いや、ザイク。俺はもともとこういう人間だ」

 

 目の前の男は俺を見て笑いながら言った。

 あたかも無様な人間を見ているような目で、嘲笑を含んだ声で、そう言い放った。


「どうしたんすかセルグさん……。ドッキリってやつっすか? そうですよね?」


 クルトの声は震えていた。俺の声も、震えているのかもしれない。


「だから、俺はこれが普通なんだよ。これが俺」

「……でも! 騎士団の中で優しくしてくれて、戦闘の時には庇ってくれて……ずっと俺、尊敬……してたのに……」

「……うざ。お前のこと庇ったのは信頼を得るため。そうすれば、ガルム様の命令を実行しやすくなるからな」

「がるむ……? めい、れい……?」


 ————ガルム。その名を聞いた瞬間、全てが合致した。


 セルグはこの男に殺されたか、捕まっているのだろう。そして、セルグを名乗って俺たちを動揺させようとしているんだ。

 クルトもその予想に行きついたようで、その瞳には怒りの炎がともっているように見える。

 事実、俺の胸の内でも赤い感情がふつふつと湧き上がってきている。目の前の男がセルグを――


「ガルム……!」


 その推測は俺が剣を抜く理由としては充分すぎた。

 抜刀して男に斬りかかる。男は瞬時に俺の剣を躱し、おどけたような口調で笑った。

 

「セルグをどうしやがったんだてめえ!」

「危ない危ない。団長ともあろうものがそんなことしていいのか? というか、動きが雑。俺の七割になんとかついて行けるってとこだな」

「なんだと!」


 再度、男の懐へと潜り込み、剣を振るう。しかし、それを予測していたかのように俺の剣は防がれた。


「まだだ!」


 叫び、突きを放つ。全力で放った突きは真っ直ぐに男の首を捉えていた。

 男の姿が消えたと思ったら、次の瞬間には俺から離れた位置に立っていた。目で追うことが出来なかった。たぶん、男は一瞬しゃがんだ後にバックステップして俺の突きを躱していたのだろう。 

 躱されたことに驚いたが、重心を低くして剣を構えなおす。奴が来ればカウンター、来なければこちらから突っ込む!

  

 しかし男は俺の構えを見て、心底面倒そうに息を吐いた。


「はぁ……じゃあ、やってみるか? 行くぞ? 槍術“鎧砕き”」

「…………え?」

 

 その瞬間、俺の鎧は音を立てて砕けた。何が起きたのか、何をされたのか、全く分からない。

 鎧は砕けているというのに、俺の身体は傷ついていない。


「ほらな? 全力だと視認することもできないみたいだな。なら、終わりにしようか」


 そういうと、男が俺に迫ってきた。今度はよく見える。それどころか遅いように感じられる。

 しかし、身体は思うように動かない。俺の身体が徐々にしか動かない中、男の長槍は俺の心臓へと向かってきた。


 時間がゆっくりと進んでいく。咄嗟に反応した俺の身体はなんとか心臓への直撃を免れたが、右胸が貫かれて強烈な痛みが走った。

 

「ゴハッ……」

 

 時間の流れが戻った。男は三日月のように裂けた笑みを浮かべ、笑う。

 

「どうだぁ? 痛いだろう?」

「騎士団団長たる……もの、やすやすと痛みを叫んだりはしない……」


 喉から掠れた声が出る。激痛は治まることを知らず、息を吸うたびに右胸からは空気が抜け出る音がしている。 

 男はさらに笑った。おもちゃを見つけた子供のようで、そして獲物を狙う狼のように獰猛な笑みだ。


「へぇ……やっぱりアンタ、いいよ。実にいい……」

 

 その声音と笑顔に、俺の脳は警告を出した。冷や汗と脂汗が混じり、“恐怖”と多量出血で身体の体温が下がっていくのを感じる。

 怖い。その純粋な“恐怖”は俺に近づき、ゆっくりと俺の身体を包み込む……。


「団長!」

「チッ、邪魔くせえ」

 

 震えが止まらない。

 激痛と寒さが俺を襲う。寒い痛い寒い痛い寒い————


「愛華さん、団長を!」

「は、はい! 」

「大丈夫か団長さん!」


 寒さが、痛みが、恐怖が、止まらない——


「天よ、我が願いを聞き、その御力を貸したまえ。“天恵”」

 

 光が暖かい。それに、痛みも和らいでいく。

 瞬時に俺の傷はふさがり、自然と震えは止まっていた。


「あり、がとう、愛華……」

「団長さん! よかった……! 本当に、よかった……!」

「……ありがとう。でも、今はそれよりあっちだ」

 

 クルトと男は対峙していた。両者は一言も発することなく、互いを注視している。

 クルトは今、どんな気持ちだろうか。今まで自分のことを鍛え、庇い、共に戦ってきてくれた男と相対して、彼はどんな思いを抱いているのだろうか。

 

「セルグさんかどうか確かめさせてもらうっすよ!」

 

 セルグが立て続けに矢を放つ。俺が視認できるほどに、どの矢も強力な新緑色のオーラを纏っている。おそらく、風属性だろう。

 鋭い風切り音を上げながら加速した三本(・・)の矢は、男の体を的確に捉えている。しかし、その全ての矢は男の身体を貫くことはなかった。

 

「こんなもんかよ……がっかりだぜクルト?」


 男はニヤニヤと気色の悪い笑みと共にクルトを嘲笑った。

 しかし、クルトはさも不思議という顔で次の言葉を放つ。


「何言ってるんすか?」


 次の瞬間、俺は驚愕した。

 男の肩には一本(・・)の矢が深々と刺さっていた。

 

「……あ? どうなってやがる?」

「幻術魔法を掛けただけっす。何度使ってもセルグさんには通用したことのない技、つまり————」

 

 クルトは男を指さし、告げた。


「————アンタは、セルグさんじゃない。アンタは、偽物だ」


 彼の顔は怒りに満ちていた。自分が慕った人に成りすました男が許せない、そんな顔をしている。

 一方、クルトの言葉を聞いた男は、痛がる素振りも見せずに矢を強引に抜いてから、笑った。


「ハッ、いいねぇ。役作りも面倒だ、冥土の土産に教えてやるよ」


 男は笑いながら、矢を自身の心臓へと突き刺した。

 左胸から鮮血が飛び出すことはない。見ると、肩の傷からも血は出ていなかった。


「俺は『侵蝕(しんしょく)』のヴィアラ。この男の魂は俺が喰った。そして、この体は俺のものになったんだよ。わかったか?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ