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勇者サイド 『二日目』

今回短めです。



 修行二日目の朝、朝食を摂り終えたザイクたちは今日の予定について話し合っていた。

 一日目は密林で狩りをして終わったので、次はどこへ行くのかというのが主な議題だ。密林以外にもここにはさまざまなエリアがあるため、劣悪な環境の中での戦闘というのはそれだけでも経験を積むことができる。

 そのため、効率よくさまざまなエリアを探索するのが一番よいのだが……


「団長さん、今日はどこへ?」

「そうだな……。今日は雪山エリアに行ってみよう」

「ゆ、雪山っすか!? 絶対寒いっすよ……」

「それは当たり前だろうよクルトさん。なんせ雪山だからな」

「ちょっ、痛いっすよ拓哉さん!」


 至極当然のことを言うクルトに拓哉が笑いながら背中をたたく。痛がって抗議するクルトに拓哉は悪い悪い、と言ってたたくのをやめた。

 クルトは寒い場所が苦手だ。それに暑い場所も苦手だ。結局、クルトは過酷な環境が嫌いなのだ。

 

「私は行きたい! 雪を触りたい! ね、蘭ちゃん?」

「いや、私は……ううん、すっごく楽しみだな!」

「蘭……無理しなくてもいいのよ?」

「だ、大丈夫だよ。やだなぁもう、麗華ちゃんってば。あははは……はぁ」


 愛華の天真爛漫な笑顔と振る舞いに、蘭は否定することができなかった。そのまま蘭は強がって、麗華の心配そうな言葉も受け流す。

 もっとも、麗華は蘭が寒さを苦手としていることもわかっているのだが……蘭は愛華に気づかれないように振る舞った。蘭の乾いた笑い声の後に残ったのは諦めのこもったため息だ。


「はあ……強がらなくてもいいのに。まあ蘭がそれでいいのならいいわ。ザイク団長、今すぐに出発しますか?」 

「ああ、できるだけ早い時間に行って暗くなる前に戻ってこれるようにしたい。夜は危険だからな」

「わかりました」

「よし、じゃあお前らも準備を急げ! もう出発するぞ!」


 談笑していたクルトと拓哉、ニコニコしている愛華とひきつった顔の蘭もそれぞれ自分の持ち物確認を始めた。

 拓哉は指ぬきグローブ、愛華は杖、蘭は弓矢といった感じだ。クルトは少し大きめのリュックサックを背負っている。中身は緊急用の食料、信号弾など探索には欠かせないものだ。

 ザイクと麗華はすでに準備を終えていたようで、いつでも出発できるように待機している。

 

「団長! みんな準備終わったっす!」

「おう、じゃあ行くとするか!」

 

 その言葉に全員が頷く。いや、蘭とクルトにかんしては頷くというよりも項垂(うなだ)れると言った方が適当だろう。

 げんなりする二人を尻目に、ザイクたちは密林の方へ元気よく歩き出した。

 

 

    ♢   ♦   ♢   ♦



 密林の奥地は湿度が異様に高く、気温がそこそこ高い。生暖かい空気を麗華たち女子三人は不快に感じていた。そんな麗華たちとは対照的に、男三人はそんなものは関係ない! と言わんばかりの速度で進んでいく。

 地球であれば赤道付近の地域に分布していそうな植物が鬱蒼(うっそう)とし、上空では喧しいくらいに鳥型魔物――バイルードが鳴いている。特に攻撃的な様子もないバイルードの集団は放置しているのだが、いかんせんうるさい。甲高い鳴き声は鳥とは思えないもので、その鳴き声を楽器で表すのなら“しず〇ちゃんのバイオリン”だろう。その鳴き声がまた、麗華たちの苛立ちを増幅させた。


「うるさぁぁい! 散れぇぇぇえ! “嵐風刃”」


 苛立ちが最高潮になったらしく、蘭が叫びながらバイルードの集団に矢を放った。

 蘭の詠唱とともに緑色の魔法陣が出現し、その魔法陣を通った矢は緑色の魔力をまとって集団の内の一体に突き刺さった。すると、その矢を中心に直径五メートルほどの魔法陣が広がった。

 魔法陣からは嵐のような風が吹き、その風は周囲のバイルードを切り裂いて地に落としていく。集団の約三分の一が絶命した。


「ば、馬鹿! なにをしているんだ!」

「だってうるさかったんですもん。後悔はしていません!」


 慌てて蘭を叱るザイクだが、蘭は反省どころか胸を張っている。ザイクが叱った理由は攻撃を仕掛けたことではない。蘭の魔法がバイルードを一撃で全滅させられないほどの中途半端な威力になってしまったからだ。詠唱を省略していなければ一撃で葬ることができたのに、詠唱を面倒だと省略したことが原因である。


 詠唱というのは本来魔法を形作るものであるが、一番重要な役割は使役する魔法のイメージを強く想起させるためのものだ。なぜなら魔法というのは想像力と魔力があればオリジナルを作ることもできるからである。しかし、裏を返せば、魔法というものは強いイメージをするだけでそれを使役できることになる。そのため、詠唱の省略もできるのだがイメージが弱ければ威力も自然と弱くなるのだ。

 苛立っていた蘭はイメージが弱く魔法が不完全になったから全滅させることができなかった、ということである。


 ザイクの怒っていた要因のもう一つ、それは————


「早く逃げるぞ!」

「なぜですか?」

「あれが見えないのか! 早く走れ!」

 

 そう言ってザイクが指差す方向を見ると、麗華は顔を青くした。

 

「「「「「「ピギャァァアーー!」」」」」」


 残ったバイルードたちが憤怒の鳴き声を上げて飛んできたからである。

 その数は百はくだらない。いちいち相手にしていると魔力がなくなってしまうため、この状況における最善の策は逃げに徹することだ。


「早く逃げるぞぉぉお!」

「うわぁぁぁあ! なんなんすかあれ!?」

「何言ってんだよクルトさん。鳥だろ? それ以上でもそれ以下でもねえよ」

「そういうことじゃないっすよぉぉお!」


 ザイクの声で全員が駆け出した。拓哉の言ってることは正解なのだが、クルトの求めた答えからは遠く離れている。

 クルトは叫びながらも殿(しんがり)になって、バイルードに対し魔法を放つ。が、その魔法も足止め程度にしかならずバイルードはさらに迫ってきた。

 

「全然効かないっす! 団長、幻術使っちゃダメなんすか!?」

「ダメだ! お前の固有魔法はそのうち役に立つはずだ!」

「でもこのままじゃ追いつかれてしまいますよ団長さん!」


 息を荒くしながら麗華が言う。確かに、このままでは遅かれ早かれ追いつかれて戦闘になってしまうだろう。

 ザイクもそれは重々承知なのだが、クルトの幻術魔法はあまり使いたくはない。クルトの幻術魔法は彼独自の固有魔法である。対象に幻術魔法をかけたり、範囲指定することでその場をカモフラージュすることもできる。これは魔属性の隠蔽魔法の上位互換のようなものだ。

 クルトは指定範囲に幻術をかけてバイルードを撒こうとしているのだが、それだとあまりにも広い範囲にかけなければいけなくなる。となれば消費する魔力も膨大なものになってしまうため、あとで窮地に陥った場合に使えなくなってしまう可能性が高い。ザイクはそれを懸念して、今も自力で逃げようとしているのだ。


「わかっている。しかし、ここで使うのは――「団長さん!」――なんだ?」

「あっちに洞窟があるみたいです! 精霊さんが教えてくれました!」


 愛華の指さす方には入口がそこそこ大きな洞窟があった。


「よし! クルト! 洞窟に入る直前で魔法をかけてくれ!」

「はいっす! じゃあ、入ろうとしても入れない仕組みのやつにするっすよ!」


 ザイクたちは走るスピードを上げて、洞窟へと向かう。バイルードの群れも突然の方向転換になんとかついてくる。

 あと数十メートルというところで、クルトが走りながら詠唱を始める。ブツブツとつぶやくように唱えているその魔法は洞窟に入ろうとするものを阻むためのものだ。

 

「よし、全員もっとスピードを上げろ! クルト!」

「……この境界より内に入らんとする敵を阻め! “拒絶の霧(リジェクションミスト)”! みなさん、もっと奥へ行くっす!」


 魔法陣が洞窟の入り口にかかり、そこから霧が排出されていく。バイルードたちは洞窟の内部に進もうとするが、中には入ってこれない。

 “拒絶の霧(リジェクションミスト)”は狭い通路などで有効な幻術魔法である。その霧は術者が解除するまで晴れることがなく、入ろうとするものは進んでいくうちにいつの間にか戻ってしまうのだ。そのため、バイルードたちも洞窟に入ろうとしては戻ってきてしまう。他のバイルードも仲間が霧の中から飛んでくるという不思議な現象に驚いているようだ。しかし、諦めずにけたたましく鳴いている。


 ある程度洞窟の奥に進んだザイクたちは腰を下ろして、深く息を吐いた。


「成功したんで入ってくることはないっすけど、諦めてはいないみたいっすね」

「……みたいですね。弓使いとしての技量もすごいですけど、それ以上にすごかったんですね! 師匠と呼ばせてください!」

「いやいや、自分はまだまだっすから。自分よりも蘭さんの方が実力は上っす」

「でもでも、固有魔法ですよ! すごいです!」

  

 そんなことないっす、と謙虚に否定するクルトとそれに否定を重ねる蘭。それを見て、拓哉は面白くない顔をした。やはり、想い人が同年代の男と楽しげに話している姿は妬ましいようだ。

 麗華と愛華は嫉妬で不貞腐れている拓哉を見てクスッと笑った。二人ともお互いの笑い声で驚いたかと思うと、顔を合わせて笑い出した。


「ふふっ。麗華ちゃん、笑っちゃダメ。ふふふっ」

「そういう愛華こそ。ふふ、でも拓哉があんな顔するなんてね。笑うしかないじゃない」


 拓哉は二人が自分を笑っていることに気づき、一層不貞腐れた。

 愛華と麗華はそれを見てさらに吹き出し、それに気づいたクルトと蘭は不思議そうな顔をしている。


 そんな中、ザイクが立ち上がった。彼の顔もほころんでいる。


「お前らは本当に明るいな。いつだって前向きで、こっちも元気をもらえる」

「……だって、そうじゃないとやってられませんから……」


 答えたのは愛華だ。彼女は笑顔のままだが、その笑顔はどこか悲しみの色も(うかが)える。

 実際、明るく振る舞っていないと八雲の姿が脳裏に浮かんでしまうのだ。それは麗華も拓哉も同様で、それぞれ沈んだ表情を見せる。


「……すまなかった。あれは俺の責任でもある」

「……いえ、団長さんは職務を全うしただけですから。それに、私たちは八雲くんが生きてるって信じてます。いえ、信じていないといけないんです」


 そうじゃないと壊れちゃいそうになるから、という愛華のつぶやきは誰にも届いていない。彼女の心を辛うじて繋ぎ止めているのが『八雲の生存を信じること』である。

 これは彼女にとって唯一の希望であった。強さはいらないから八雲に会いたい。この気持ちが彼女の心の内の大部分を占めている。もちろん、他のクラスメイトも大事だし、麗華たちとはずっと一緒にいたいと思っている。


「ザイク団長。前にも言いましたが、私たちは服部くんを探しにいきます。これは魔王の討伐よりも最優先に考えているくらいです」

「……麗華の言った通り、俺たちは八雲を探す。確認もしていないのにあいつを死んだと思いたくはない。諦めたくないんだよ」


 麗華と拓哉の瞳には強い意志が感じられた。ザイクはその瞳と拓哉の言葉に硬直した。

 彼は拓哉に自分の姿を見た。両親の死を甘んじて受け入れることはしたくない、この自分の想いと拓哉の想いの双方はどこか似ている。ザイクはそう思ったのだ。

 

「団長? 大丈夫ですか?」

「……え? あ、ああ。大丈夫だ。全く、歳をとるとこれだから嫌になるぜ」


 ザイクの目には涙が溜まっていた。自分でもなぜ涙が出ているのかはわからないザイクは、一人洞窟の奥へ向かう。

 彼の背中は大きいのに、なぜかその時だけはやけに小さく見えた。

  


    ♢   ♦   ♢   ♦


 

 十分ほどでザイクは戻ってきた。とりあえず落ち着いたらしい。

 

「すまなかったな」

「気にしないでください。泣いちゃうときって誰でもありますから」

「な、何を言っているんだ愛華。俺は泣いてなどいない!」

「……団長。鬼の目にも涙ってやつっすね!」


 慰められるザイクに向けて親指を立ててウインクするクルトはドヤ顔を決めていてウザいものだった。

 ザイクにシバかれたのはまあ、予想通りだろう。


「で、まだ鳥たちは諦めていないのか?」

「みたいっすね」

「どうしましょうか? このままだと戻ることは出来ませんが……」

「戻れないのなら先に進むまでだ。幸い、この洞窟はどこか違う場所に通じているようだしな」

「そうっすね。じゃあそろそろ行くっすか?」

「ああ。食糧も確保していないからな。早いところ進もう」


 洞窟の先に進むことを決めたザイクたちはすぐに準備を整えて立ち上がった。

 

「よっしゃ。行こうぜみんな!」

「師匠! 頑張りましょうね!」

「……師匠じゃないっす」


 蘭に元気に声を掛けた拓哉だったが、無視された上にクルトに負けたという敗北感で拓哉の心は折れそうになった。若干涙目である

 当の蘭はクルトを師匠として尊敬しているだけなので、拓哉が不安がる必要は皆無なのだが。


「ほれ、いくぞお前ら!」


 やけに大きなザイクの声と麗華と愛華の押し殺した笑い声が洞窟内に響いた。

 すすり泣くような音はきっと拓哉のものではないはずだ。たぶん。 

 


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