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『漁師町ルカ』にて

 

 

 『漁師町ルカ』はその名の通り漁で生計を立てている住民の多い町である。停泊している船は全て漁を終えており、今は市場に出荷している段階のようだ。

 競りの際の大きな声や、カモメの鳴き声も聞こえる。ん? カモメ?

 

 カモメの鳴き声のする方を見ると、なんとも滑稽な鳥がいた。体長はカモメとほぼ同じなのだが、顔が大きくアンバランスである。

 鳥版ティラノサウルスと考えるといいかもしれないな。


 しばらく観察していると、鳥ティラノはふてぶてしい表情でのっそのっそと歩き、座り込んだ。

 そのまま奴は大きく欠伸をしたかと思うと、こっくりと船を漕ぎはじめた。

 ……変な鳥だな。座り込んで眠り始めるとか、人間みたいだ。ていうか鳥って座れたっけ? よし、鳥ティラノではなく、オヤジドリと名付けよう。すごいしっくりくるなあ。


 オヤジドリを観察していると、突然髪を引っ張られた。

 え、結構痛いよ? ちょ、強い強い! 禿げる! 将来が心配になるからやめて!!


 今にも俺の頭に部分禿げをつくろうとしているのは勿論アクアだ。可愛いから許しちゃう! と言いたいが、本当に痛い。 

 

「アクアさん引っ張らないで……。わっ! 痛い! 痛いよアクアさん!!」

「へんなにおいする~」 

 

 アクアが心底嫌そうに呟いた。まさか変なにおいとは俺の頭皮だろうか? いや、信じない。信じないぞ!!

 俺は一応の事実確認のためにアクアに質問を投げかける。


「アクア、どんな臭いがするの?」

「よくわかんないけどへんなにおいなの。あっち~」


 そう言ったアクアが指さしているのは市場だった。よかった、俺じゃなくて。

 もしこの歳で加齢臭とか出てたら俺はもう外に出られないよ……。


「仕方ないよ。海の近くはこういう臭いもするんだ」


 俺は安堵の溜息を漏らしながらアクアに説明する。

 すると、アクアは納得したのか、少々くぐもった声で答えた。


「うぅ。がまんしゅる」

 

 癒しボイスが鼓膜を震わせ、俺の心も震わせた。

 聞きました!? これ絶対鼻つまんでるよ。見たい! でも見れない。つらい……。


 つらさを紛らわすために右手でフレアをなでる。どこか気持ちよさそうだ。

 俺……大人になったらスライム牧場作ろうかな……。いや、スライムランドもいいかもしれない。

  

 将来の夢について考えていると、アクアが不機嫌そうに唸った。

 そういえば小学生のころの夢ってコンビニの店長だったな……。何を考えてたんだろうか、小学生の俺。


「う~! ごしゅじんそのことあそんでばっかり!」

「ん? ああ、フレアのことか。いいじゃないか、仲間だろう?」

「……可愛い。アクアちゃんと同じ」

「ちがうもん! あくあはそのこよりかしこいもん!」


 アクアは拗ねて怒ってしまった。

 ああ、頬を膨らませた可愛い顔が目に浮かぶ。すごく見たい……。

 それは後でじっくり拝むとして、今は彼女の機嫌を直さねば。

 

「わかってるよアクア。竜王、この町ではなにか美味いものは売ってないか?」

「ふむ。確か魚の塩焼きが名物じゃな! かなり前のことじゃが……」

「それ、今も売ってますかね!? 食べたいです!!」


 意外にも、食いついてきたのはアリスだった。目がキラキラしている。

 そんなに魚が好きなのか? ……ああ、ずっと洞窟暮らしだったからか。


 そう考えるとなんだか腹が減ったような気がしてきた。


 ぐるるりゅる。……噛んだ、ベロ痛い……。ていうか俺自体がイタイ。自分で腹の音言うとかイタすぎる。いや、俺の舌なんてどうでもいいな。それより今日はあの計画を実行するとしよう。

 俺は内心ワクワクしながらアクアに提案した。


「アクア、一緒に遊びに行こう! 二人で美味しいもの探そうぜ!!」


 そう。『第一回アクアと俺の絆を深めよう!』計画である。これが成功した暁にはきっとアクアが俺にもっと親しく接してくれるはずだ。


 崇高な目的のためにも、なんとしてでも計画を成功させねば!!


 計画を聞いたアクアは俺の提案が楽しみだと言わんばかりに髪を引っ張った。抜けそう。


「ほんと? おいしい!?」

「ああ! 絶対美味しいぞ!!」

「おいしいのたべる!」


 掴みは上々。アクアは機嫌を直してくれたようだ。

 よかった……。嫌われたら自殺するかもしれないからな。マジで。

 しかしそこに、アリスが不平を口にしてきた。

 

「え~。私も食べたいです!!」

「じゃあアリスはイーナたちと一緒な!」

「わかりました! 行きましょうイーナちゃん! 美味しいものが待ってますよ!!」

「え? ちょっと私は……。待って! 引っ張らないでぇ~!」


 引きずられていくイーナ。哀れなり……。でも戦いに犠牲はつきものだからね! 仕方ないね!

 ちなみに戦いの名前は『第一次美味いもの大戦』。なにそれしょぼそう。


 俺が戦いの名称を考えていると、竜王が動き出した。 


「どれ、儂もぼちぼち行くとしよう」

「待て待て竜王。アンタはフレアと一緒に宿を取っておいてくれ。頼んだぞ!」

「儂も観光したいんじゃが……」

「後で交代するから! よろしくな! よしアクア、行くぞ!」

「うん!」

 

 アクアは元気よく返事をした。偉い偉い!

 我が子の成長を見るのは嬉しいものだ。


「……儂、かなしい…………」


 竜王のような声が聞こえるが、勘違いだろう。

 うん、絶対勘違いだ。そう思い込んで、俺は歩き出した。


 ……あとで肩たたきしてあげよう。ごめんな竜王。




 心の中で謝罪しつつ、数分ほど歩いたところでアクアを肩から下ろした。

 突然下ろされたアクアはどうしたの? とでも言いたげな表情だ。


「さてアクア、約束しようか」

「やくそく? なに~?」

「ここは町の中だ。喋るスライムがいたら町の人は驚くだろう?」

「おどろくの?」

「ああ。だから宿に行くまでは人型でいないとダメだぞ?」

「わかった~。やくそくね!」


 花が開いたような笑顔のアクア。守りたい、この笑顔!

 最愛の娘、アクアを抱き上げて再び歩き出す。親子に種族なんて関係ないんだ!

 

 持論を展開していると、俺は自分のミスに気付いてしまった。


「やべえ……。集合場所決めてねえ……」


 気づいたのが遅すぎた。少し遊んだら探しにいこう。


 ということで町の中心部に向けて歩いていくと、通りに人が多くなってきた。活気にあふれた商店街はアクアにとっても、俺にとっても興味の対象となっている。

 怪しげなアクセサリー店に、元気な八百屋。その他の店もかなりの賑わいだ。店員や通行人、買い物客はみんな魔人なのだが、その容姿は人間のそれと大差がない。

 

 実のところ、魔人と人間はほとんど変わらないのだ。付け加えて、魔人と人間の祖先は同じである。元は同じ場所で生活していたのだが、人口の増加により住む地がなくなったためにこちらの大陸に移住したのが魔人だ。

 カルマ大陸は魔力を構成する要素である魔素の濃度が非常に高く、生活する人々は否が応でも環境に適応しなければならない。そこで、移住民たちはその肉体に魔力を多く内包できるように進化したため、魔人となったらしい。

 魔人と言っても基本的な体の構造は変わらないし、性格が凶暴というわけでもない。むしろ温厚である。


 ま、これも竜王の受け売りなんだけどな。


「ガルガルの塩焼きだよ~! 美味いよ~!」

「ごしゅじん! あれ食べたい!」


 とてとてと走る彼女が見つけたのは三十センチほどの魚の串焼きを売っている店だった。

 ガルガルと呼ばれた魚はその頭に小さな角を携え、白目を向いている。お世辞にも美味そうには見えない。顔が厳つすぎるぜ……。

 

「お嬢ちゃん、この魚は美味いぞ! 煮つけにしても美味いんだが、俺のお勧めはやっぱり塩焼きだな!」

「わあ~いいにおいするね~」


 涎を垂らしているアクアは腹の虫が黙り込むほどに可愛かった。

 と言ってもやはり空腹は満たされないので、ガルガルの塩焼きを買うことにする。愛でお腹は満たされないのだ。

 

「二つもらおう。いくらだ?」

「おお、銀貨二枚だ! 毎度あり!」

 

 この世界の通貨は金貨、銀貨、銅貨の三種類だ。銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚となっている。あまり複雑じゃなくてよかった……。数字は敵だからな!

 竜王に貰った財布から銀貨を二枚取り出して渡す。残金は銀貨四十八枚。


「お嬢ちゃんにはこの飴をやろう。これはガルガルの親玉の目玉でできてんだ。意外と甘いんだぜ?」 

「ありがと!」


 やはりアクアはどこでも天使のようだ。強面の主人の顔も綻ぶ。逆に怖い……。

 ってそうじゃねえ! 目玉を飴玉にするんじゃねえよ! ゲテモノじゃねえか!


「アクア! それを渡しなさい!」

「やー! これはあくあがたべるの!」


 俺に飴玉を取られると思ったらしく、アクアは包みを開いて口へと放る。

 世界がスローモーションに感じられた。目玉が「やあ、コンニチハ!」と言わんばかりに元気よく飛び出す。

 目玉クンはブラックホール(アクアの口)に引き寄せられて、その生涯を閉じた……。さようなら、目玉クン……。

 

「あまくておいし~」


 マジで!? 俺もその飴玉欲しい! 目玉クン? 誰だそいつは? 俺は知らん!!


 ゲテモノの存在を記憶から消去したのち、俺たちはガルガル片手に歩き出した。

 ガルガル先輩、失礼します! と念じながら口いっぱいに頬張る。

 ほんのりと磯の香りがして、懐かしい風味が舌を駆け抜けた。その瞬間、走馬灯の如く映像が流れていく。


 ばあちゃん……。ばあちゃんが作ってくれた鮎の塩焼き、俺は大好きだったよ……。俺、こんなに大きくなったよばあちゃん。俺たち白髪がお揃いだね……。

 じいちゃん、許可なしに鮎を釣っちゃダメなんだぜ……? じいちゃんよく言ってたよな。ばれなければ大丈夫、って……。


 でもさ、俺、知ってたよ……。お隣の鈴木さんが密告してたことも。じいちゃんが罰金一万円を払ってたことも。

 潔いその背中に俺は憧れを感じたよ……。


 思い出はなんとも残念な終わり方だった。俺はじいちゃんを反面教師にしたおかげでそういったことには手を出さずに生きている。


 ありがとよ、じいちゃん。

 

 俺の涙のダムが放流を始めた。その中には鮎が混じっているような気がする。


「ごしゅじんだいじょーぶ?」

「あ、ああ。大丈夫さ。ちょっと鮎が暴走しただけさ」

「あゆ?」

「それより、あそこの武器屋に行こう!」


 俺の言い訳が意味わからないので、とりあえず適当に誤魔化して武器屋に入る。

 

「いらっしゃ~い。うふふ、イケメンねえ。サービスするわよ?」

「一体何の店だここは!!」

 

 綺麗なお姉さんが妖艶に囁いたため、思わず叫んでしまった。

 アクアの教育上よろしくないよ。そんないかがわしいセリフ。ダメ、ゼッタイ。


「あらあら、ちょっとした冗談じゃない。ゆっくり見ていってね~」

 

 お姉さんがウインクをしてきた。……後でもう一回見に来ようかな。

 改めて店内を見渡すと、様々な武器が並んでいた。その中でも、一際目立つ刀を手に取る。


「それは中々の業物よ~。お姉さんのオ・ス・ス・メ」


 語尾にハートマークがついていた気がするのは俺の勘違いだろうか?

 少しドキドキしたのだが、更なるドキドキが俺を襲った。


『主人は私なんていらないのね……? いいえ、それは違う……。主人を誑かしているのは誰かしら? 私の主人を、私だけの主人を奪おうとしているのは誰? その刀ね? その刀が主人を誑かしているのね? 許せない。許せないわ。壊す。壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す…………』

「む、むらさめちゃんこわい……」

「し、喋る刀なんて、め、珍しいわね……」


 いやああああ!! 病んでるぅぅ! しかも持ってる刀からミシミシ、って音する!!

 嬉しいけど重い! 愛が重すぎるよムラサメさん!! 君の方が壊れてるよ!?


 ここで、ムラサメのヤンデレモードを解除するコツを伝授しよう! 題して、『病んだムラサメ攻略講座~』!

 ……って、そんな明るくできねえよ! まあ、方法はあるんだがな。

 

 というわけで、本格的にヤンデレモードを解除しよう。前回と同じ方法でいいはずだし。

 まず、持っていた刀を置く。俺はムラサメを手に取って話しかけた。 


『壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す……』

「馬鹿だなあムラサメは。俺の愛刀はムラサメだけだよ」

『壊す壊す壊す壊す……』

「俺はムラサメしか見てないよ?」

『壊す壊す……』

「ごめんよムラサメ。俺が悪かった。でも、俺にはムラサメしかいないんだ!」

『こわす……本当?』


 歯の浮くようなセリフを言い続けた結果、ムラサメが少し戻ってきた。

 よし、ここまで来たら最後の仕上げだ。ここまででも十分に恥ずかしいのだが、次のセリフは別格だ。

 心を決めて深呼吸。その後、ある言葉を告げる。

 

「ああ、本当さ。大好きだよムラサメ。一生一緒だ」

『主人……。うん。一生一緒だね!!』 


 俺はプロポーズをした。勿論彼女は二つ返事で了承。

 幸せの絶頂を迎えた瞬間、祝福のファンファーレが――――鳴るかアホォ!!

 顔から火が出そうだわ! 何だ今のセリフは!! 俺が口にするセリフじゃねえぞオイ!!


「「「「「「わああああーーー!!」」」」」」


 通りの方から歓声が聞こえた。どうやら先ほどの会話を聞いていたらしい。

 老人は「これが、これが真の愛じゃ……」と涙ぐみ、少女たちは「私もいつかあんなことを言われてみたい……」と恍惚とした表情を浮かべている。


 本当に黙っててくれないですかね……。お、お願いですから……。

 そんな俺の心の叫びは彼らに届かず、武器屋の前ではちょっとした宴会風景が出来上がっていた。

 人が人を呼び、その数をどんどん増やしていく。なんとまあカオスな状況だろうか。


 このままでは拙いので、俺はムラサメを左手、アクアを右手に掴み、脱出を試みることにした。

  

「騒がせてすまない! これは詫びだ!!」


 お姉さんに銀貨を数枚握らせて店を飛び出す。

 周囲は俺たちの脱出劇をさらに囃し立てた。


「駆け落ちだぞー! みんな道を開けろー!!」


 勝手な勘違いのおかげですんなりと民衆の間を通ることができた。

 その勢いに触発されたのか、ムラサメは嬉しそうに呟く。


『これが愛の逃避行なの……? 主人と一生一緒……ふふふふ』

 

 やはり重い。というか、この方法でヤンデレモード解除するたびに愛が重くなってる気がする……。

 いつか、俺が武器を見るだけでも嫉妬してヤンデレモードに入るかもしれないな。怖すぎるぜムラサメさん……。


 数分後、何とか騒ぎを抜けることに成功した。

 しかし、後ろからは「今日は祝福の日じゃぁ~!」という叫びが聞こえる。

 いい加減黙れよ……。傍から見たら人の幸せを祝福するいい人たちなんだろうが、今の俺には必要ないんだよ……。


 この日、『真の愛 ~人と刀の物語~』という本が生まれ、後々世界中で大ヒットするのだが、これはまた別の話だ。



    ♢   ♦   ♢   ♦



「ごしゅじんつかれた~」

『逃避行……ふふふ……』


 走りまくった俺たちは近くのベンチに腰かけていた。

 アクアは相当疲れたらしく、俺の膝の上で唸っている。ムラサメは知らない。何か呟いてるけど知らない。


 俺は謝罪も兼ねて、アクアに好きなものを買ってあげることにした。


「アクア。何でも好きなものを買っていいよ」

「ほんと!? じゃああっち~!!」

『私には指輪ね! きっとそうなのね!!』

  

 アクアはよほど嬉しかったのか、疲れを忘れて楽しそうに走り出した。

 ムラサメ、お前に指はない。諦めろ……。

 若干暴走しているムラサメをよそに無邪気にはしゃぐアクアを見ていると、心が癒された。


 その純真無垢な笑顔を見るだけで私の心は満たされていきます。

 ああ。女神よ! その愛らしく麗しいお顔を見るだけで私は!!


 とこんな風に詩的な表現でアクアの可愛さを表していたところ、周囲からの視線の多さに気が付いた。

 その中でもかなりの眼光の鋭さでこちらを射抜いている人が三人。全員おばさんだ。チラチラと俺を見ながら、おばさんたちは井戸端会議を始めた。


「あれ何かしら?」

「変質者じゃないの? さっきから小さい子を追いかけているもの」

「ええ!? 大変じゃない! 通報しないと!!」


 不穏な空気が流れている。おばさんたちの中で、俺の評価が最低ランクに落ちているようだ。

 いや、確かにニヤニヤしながら舞い踊ってたけどさ。

 ……客観的に見ると気持ち悪いし、不審者にも思えるな。ちょっと納得。


 ていうか通報とかあるのこの町!? 詳細は知らんがとにかく止めないと!


 状況を変えるために俺は必至で弁明を始めた。


「違います!! 俺はあの子の保護者なんです!」

「きっと嘘よ。変質者の常套句だよ」

「まあ怖い! 大丈夫かいお嬢ちゃん?」


 恰幅の良いおばさんがアクアに尋ねる。頼むアクア! パパかお兄ちゃんと呼んでくれ!!


 期待の視線を向けると、彼女は白い歯を見せて笑った。


「だいじょーぶ!! ごしゅじんやさしーよ!」


 ピシッ、と空気が凍る音がした。


 アウトォォォ!!! それアウトォォ!!

 ダメだから! それ余計勘違いされるやつだから!!

 妙に冷たくなった空気の中、凍り付いていたおばさんたちは再び活動を始める。

 

「ご、ご主人!? これはかなりひどいね!」

「ええ、許せないザマス」

「誰か警備隊を呼んでー! 変質者よー!」


 俺を勘違いしているおばさんの一人が大声で叫び始めた。

 こ、これは拙い! 最終奥義“助けを呼ぶ(ラウドボイス)”じゃないか!!

 危険を感じた俺はアクアの手を引き、逃げるよう促す。

 

「アクア! 早くこっちに来て! 逃げるぞ!」

「なんで~? おばさんあめくれたよ~?」


 アクアはさも不思議、といった顔を向けた。


 餌付けされてるぅぅぅ! 飴玉一個でそっち側に行っちゃうのアクアさん!? 君のご主人大ピンチだよ! わりと本気でヤバいやつだよ!?

 悲しいかな、俺はアクアの中の天秤から落ちてしまったらしい……。


「変質者はどこですか! あっ、お前だな!」


 会話を聞いていた誰かが連れてきたのであろう、胴体のみを甲冑に身を包んだ青年が走ってくる。 


「違う! 俺は無実だ!」

「変質者っていうのは決まってそう言うんだ! さぁ、着いてきなさい!」 


 俺の心の叫びは届かず、駆け付けた警備員のイケメンにあっけなく捕まった。アクアは終始笑顔だったからまあいいかな……。いや、よくないけど。

 何でムラサメは説得してくれないんだろう……?


 『えへへへ……。一生一緒だよ……』


 彼女は寝言とともに、俺の背筋を凍らせた。


 四面楚歌なう。




    ♢   ♦   ♢   ♦




 今、俺の目の前には一本のトーテムポールが立っている。トーテムポールは両手と頭を床につけ、背筋からつま先までをピンと伸ばしていた。

 なんというか、見る人が見たら芸術だと喚くかもしれない感じの光景である。


 俺がじっと観察を続けていると、トーテムポールが言葉を発した。


「申し訳ありませんでしたぁ!」

「いや、別に気にしてないから大丈夫」

「しかし、私は事実確認もせずにあなたを連行してしまいました! 警備隊として許されざる行為です!」

「今回は怪しい雰囲気出してた俺も悪いからさ。だからその、三点倒立はやめようぜ?」


 三点倒立をしながら必死に謝罪してくる好青年。先ほど俺を捕まえた警備員だ。この三点倒立は日本でいう土下座と同じく、最上級の謝罪方法らしい。 


「本ッ当に申し訳ありませんでしたぁぁ!」 


 この警備員――マルクスはかなりの責任感の持ち主のようで、かれこれ十分ほどはこの状態で謝り続けている。

 正直、異世界人である俺からするとふざけているようにしか見えない。しかし本人が至って真剣なのがそのシュールさをより際立たせている。


「いや、本当に大丈夫だから。そろそろ俺らも行かないといけないしさ」

「まさかそちらの少女がスライムだったとは! それなら主従関係があるのは必然であり、呼び方もそれ相応のものとなるはずです。なのに私は早とちりしてあなたを変質者だと思い込んでしまった。その罪は深いものです。どうぞ処罰を!!」

 

 断固としてその体勢を維持するマルクス。早く止めて欲しいものだ。腹筋が崩壊してしまう。

 一応説明はしたのだ。スライムに人化の術を使わせている、と。

 魔人の中には魔物に酷似した姿のものもいるため、人化の術は結構一般的である。そこで、『進化の宝玉』の存在を知られないためにも俺はそう言った。


 そうしたところ、マルクスは目を丸くすた。……くそつまんねえ……。


 とまあ、こんな感じのいきさつだ。隣にいるアクアも当初はこの状態を面白がっていたのだが、すでに十分が経過しているため興味を失っている。

 おばさんにもらった飴も全て食べてしまったようで、手持無沙汰のようだ。


「ごしゅじん~。はやくかいもの~」

「ほら。うちの子もこう言っていますし、もう顔を上げてください」


 俺がそう言うと、マルクスは顔を上げた。三点倒立から逆立ちへとその形態をシフトチェンジして。

 逆立ちしながら顔だけこちらを出しているその光景はあまりにも衝撃的だった。疲労と筋肉の苦痛に顔を歪めたイケメンがこちらを見ているのだ。笑わないようにするのが大変である。


「この度は誠に申し訳ありませんでした! もしこの町で何かあった際にはこの警備隊詰め所へとお越しください!」


 マルクスはつらさで顔をプルプルさせながら言いきった。


 いかん、笑いが抑えきれなくなりそうだ。腹筋われそう。

 このままだと本当に腹筋がヤバいので、俺は口を抑えながらマルクスに礼を言ってその場を立ち去ることにした。


「ぷっ、ま、マルクス。あ、ありがとな。何かあったら来ることにするよ」

 

 何とか言いきってアクアを連れて詰め所を出るとき、振り返るとマルクスは依然笑顔のままだった。

 そのさまが可笑しすぎたので、笑いながら逃げるように走ってしまった。


「はぁっはぁっ。あいつ面白すぎるだろ……。ぶふっ、やべえ、思い出しただけでも笑えてきた……」

「……ごしゅじんかいもの~」

 

 笑いが止まらない俺にアクアは少々苛立っているようだ。

 小さな頬を膨らませて、袖を乱暴に引っ張っている。


「あー笑った。ごめんな。よし、好きなところへ行こう」

「うん! えーっと、あそこいきたい!」


 アクアが指さしたのは古びた本屋だった。

 何だか怪しげだが、それでいて懐かしいような場所に見える。

 ああ、子供のころによく行っていた駄菓子屋に似ているんだ。


 思い出に浸って遠い目をする俺をよそに、アクアは目を輝かせていた。

 

「わかったよ」


 そう言って、俺はアクアと手を繋いで本屋へ向かった。


 本屋の中は意外と綺麗で、子供向けの絵本や童話集なんかが多く置かれている。


 アクアはそれらをあちらこちらと見て回った末、作者名のない一冊の本を持ってきた。新品らしく、その本の外装は綺麗だった。

 表紙には悲しそうに佇む男の絵が描いてあり、題名は『なにもない男』というよくわからないものだ。


 パラパラとめくってみても、少しの文字の羅列があるばかりで挿絵はなかった。童話のようではあるのだが、何か違うような気もする。


「これでいいのか? 絵本とかじゃないけど」

「なんかね、これをかったほうがいいなっておもったの」


 アクアは自分でもこの本を選んだ理由がよくわからないらしい。だが、本人がこれと決めたものならば口出しは不要だろう。


 そのまま銀貨五枚の会計を済ませ、外へ出る。その間、俺とアクアは何故か無言だった。

 何か違和感が残る。頭の隅に霧がかかっているような、そんな感覚だ。


 しばらく歩いていると、アクアが俺の裾を引っ張った。


「どうした?」

「これ、かえったらよんで」

「ああ、わかったよ。宿に行ったらな」


 アクアの声音はいつもと違って少し冷たい感じがした。

 なぜかはわからない。でも、何かが違うような、そんな気がした。


「おーい八雲! ここじゃここ~」


 しゃがれた声のする方を見ると、竜王が宿の部屋の窓から手を振っていた。

 どうやら彼らのいる場所が今晩の宿らしい。外見は綺麗だ。


 中に入り、竜王と合流する。まだアリスたちは戻ってきていないようだ。

 観光を楽しんで来いよ、とだけ竜王に伝えて部屋へと移動する。

 三部屋をとっていたようで、部屋割りは俺とアクア、アリスとイーナ、竜王とフレアだ。 


 早速本を読んであげよう。しかし、取り出した一冊は本屋で見たときとは異なって、シミだらけのボロボロだった。

 何故かはわからないが、そういう偽装魔法でも使っていたのか? 全く、とんでもない悪質商法だ。明日殴りこもう。殴りはしないが。


 物語を読み聞かせるためにスライム型に戻ったアクアを膝に乗せたのだが、彼女は読み始めようとしたところで眠ってしまった。

 余程疲れていたのだろう。すぴょー、とよくわからない寝息を立てている。彼女をそっと運び、ベッドに寝かせた。幸せそうな顔だ。

 

 その後無性に物語が気になったので、俺はベッドに腰掛けて本を開いた。





 『なにもない男』



 その男には家族がいました。

 また、親しい友達や仲間もいました。


 男は英雄と崇められるほどの強さを持っていました。

 そんな男はある時、一人で未知の遺跡に出かけます。

 その遺跡の魔物は強く、誰も踏破することのできない場所でした。


 遺跡の中は真っ暗で、不気味でした。

 男は進みます。道中、たくさんの魔物を倒しました。


 男は遺跡の奥に辿り着きました。

 遺跡の奥では何かが光っています。

 不思議に思った男はそれに近づきました。


 それは全部で十個の台座だったようです。

 台座にはよくわからない言葉が彫られていました。


 『再生』、『破壊』、……、『調和』、……、『浄化』、…………『虚無』。


 その言葉が彫られた十個の台の上にはそれぞれ黒い玉がおいてありました。

 黒い玉の中には漆黒の波のようなものが渦巻いています。

 男はその玉を持ち帰ろうと思いました。

 しかし、台座に触ろうとすると魔法陣が現れてバチッ、と男の手を弾きます。


 どうしても玉が欲しくなった男は思いっきり剣を振り下ろします。

 何度か剣をぶつけたところで、魔法陣はパリン、と割れました。


 すると、九個の玉が浮かび上がり、その場から消失しました。

 残った一つ――――『虚無』の玉は男の胸の中に入ってきました。


 ………………。

 …………。

 ……。


 男は全てを失いました。

 




 物語はそこで終わっていた。


「なんだこれ? 何が言いたかったんだ?」


 本屋で見たときには確かに文字が書いてあったはずなのに、途中からは字が読めなくなっていた。十個の玉の名称も所々読めなくなっている。辛うじて読めたのが五個。


 『再生』と『破壊』と『調和』、それに『浄化』と『虚無』だ。


 それぞれに何か意味があるのだろうか? これらの玉は封印されていた? でもなぜ?

 童話にしては伝えたいこともわからないし、主人公の伝記にしても詳細が全くわからない。

 そもそもこの『なにもない男』という物語は何を意図して作られたのだろうか?

 

 真相の究明がしたいが、文字が読めなくてはどうしようもないので俺は本を閉じた。 


「ま、考えてもわかんねえな。本なんてそんなもんだろ」


 窓の外を見ると既に日は傾き、藍色の空に紅の月が弓を張っている。

 意外にも、俺はたかが一冊の本に集中していたらしい。


 薄く霧がかかった『漁師町ルカ』。

 あんなにも騒がしかった町は一転、静寂に包まれていた。


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