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八雲、地上に立つ



「これが転移魔法陣じゃ」


 そう言った竜王の足もとには大きな緑色の魔法陣が広がっていた。

 馬車くらいなら一気に転送できそうなサイズだ。


「竜王。転移した後、俺らを乗せて飛んでいくことはできないのか?」

「ふむ。体力的には問題ないのじゃが、無理じゃな」

「どうしてです?」

「魔界内陸地の空には結界が貼ってあるんじゃ。それに、大型の魔物と空で戦うのは厳しいじゃろう」

「そういうことなら仕方ないか……」

「安心せい。近くの町で魔獣車を買うからの」


 魔獣車、というのは文字通り魔獣が荷台を引く乗り物だ。

 馬車の魔獣バージョンといった方が分かりやすいな。


 ちなみに、手なずけて仲間にした魔物を魔獣というらしい。

 なので、アクアは一応魔獣という扱いになる。魔獣なんて禍々しいものじゃないのに。アクアには天使とか女神の方がふさわしいだろうが!


 閑話休題。


「目を閉じているんじゃ。行くぞ? “転移”」

 

 竜王の言う通りにみんな目を瞑る。

 竜王が呪文を唱えた瞬間、ぐにゃりと体が歪むような感覚に襲われた。





    ♢   ♦   ♢   ♦



 少し冷たい風が吹き、サーッ、と草が揺れるような音がする。

 

「綺麗です……」

「すごーい! ね、いーなちゃん!」

「……うん。風が気持ちいい」


 期待が想像を膨らませる。音だけでもそこが素晴らしい場所だとわかる、気がした。

 目を開くとそこは――――崖の上だった。誰がポ〇ョだ! 


「うわっ! 断崖絶壁じゃねえか!」

「え? きゃっ!」

 

 アリスが驚いて足を挫き、崖から転落しそうになった。

 

「アリスッッ!!」


 叫ぶと同時にアリスの手を掴み、思いっきり引っ張る。

 なんとかアリスの転落を防いだが、引っ張った反動で俺がアリスに押し倒されるという形になった。


 テンプレっぽくて感動したのだが、それ以上に柔らかい。何とは言わないが。


「……ありがとう、ございます……」


 アリスは恥ずかしかったのか、少し横に移動するともじもじし始めた。

 いつもと違ってしおらしいその仕草に思わずドキッとしてしまう。こういうときだけ乙女になるなよ……。

 

「いや、落ちなくてよかった。 オイ竜王……」

「すまんの。崖だったことは忘れとった。まあ、落ちたところで飛べるじゃろうがな」

「確かに……。必死すぎて忘れてた。まあいいだろ」

「お主はアリスをおぶっていくんじゃぞ?」

「は?」


 見ると、アリスは足首を抑えていた。少し捻ってしまったようだ。相当痛むらしい。


「仕方ない。アリス、乗れ」

「へ? いいんですか?」

「別に構わん。気にするな」

  

 まあ、役得ですし? 柔らかいですからねえ。何とは言わないぞ!

 

「じゃあ、失礼します……」

「おう、楽にしとけ。イーナ、治療しながら歩けるか?」

「……うん。でも、時間がかかる」

「いや、それでいい。頼む」

「ありがとうございます……」


 治癒魔法は切り傷などをすぐ治せるのだが、捻挫などの間接的な痛みを治すには時間がかかるらしい。

 俺はアリスを背に乗せて、先に歩いていた竜王の後をついて行く。


 回復力が高いため、治癒魔法を掛けるとものの数分でアリスの足首はすぐに治ってしまった。

 俺が心の中で小さくため息を吐いたのは秘密だ。



    ♢   ♦   ♢   ♦





 突然だが今、俺は地上で初めての魔物と対峙していた。


 奴は柔軟な真紅の体を震わせ、こちらを見つめている。俺の力を測っているのだろうか?

 それどころか口をだらしなく開けていた。

 おそらく油断させるための作戦なんだろうな。迂闊に手を出せないぞ……。

 

 こいつはかなり手ごわいようだ。アリスと訓練している俺の殺気をものともしない。

 さすが魔界、といったところか。魔物も最強クラスなのかもしれないな。


 相対したまま数分が経ち、額に汗がにじむ。俺が汗をかくほどに緊張しているというのに、奴は汗一滴たりともかいていない。

 “魔力感知”を使って相手の魔力を測ろうとしたのだが、反応がない。

 魔力を感知させないようにするほどの技量があるということか。厄介だな。

 

 「アリス……お前と訓練していなかったら俺はすぐに死んでたかもしれないな……」

 「えっ? そうですか?」


 なっ、動揺していないだと!?

 まさかアリスは訓練の最中、俺に手加減していたのか!?

 俺は手加減したアリスに勝って喜んでたのか……。

 

 再び奴に目を向ける。奴はその場でジャンプし始めた。

 音がずれているだと!?


「まさか、黒神ファ〇トムか!?」

「なんですかそれ? ていうか早くしないと……」

「ああ、わかってる。だが、奴はこの辺りのボスだろう?」

「へ? いやいや、その辺にたくさんいますよ?」


 こいつが何匹もいるだと!? 拙い。早く倒してここを離れないと!


「アリス、ここは俺に任せろ。死んでも食い止めてやる。……お前らは俺が守る!!」

「えっ? そんな真剣な顔でどうしたんですか? ……何でこういうときだけかっこいいんでしょう」

 

 アリスはどうやら俺に仲間意識を持ってくれていたらしい。

 後半は聞こえなかったが、きっと俺を気遣った言葉を言っていたのだろう。

 

 そう考えると自然に顔が綻んできた。俺もこいつらは大好きだからな。

 最後にこのことくらい伝えておこう。


「伝えておきたいことがある」

「なんです?」

「大好きだ。お前ら全員」

 

 俺の声は震えていた。後半部分もしっかり聞こえただろうか?


「ええっ! そ、そんな。こんなところで言われても……」


 どうやら言葉の選択を間違えてしまったらしい。

 それもそうか。仲間を見捨てる決断をしないといけない場面でこんなこと言われるんだからな。

 決断し辛くさせちまったか……。


 依然、奴はじっとこちらを見ている。やはり逃がしてはくれないようだ。

 

「アリス! 早く行け! 奴が動き出す前に!」

「ふえ!? で、でも、相手はただのスライムベスですよ?」

「なに言ってるんだ! そう見せかけているだけだ!」

「ええ? どこからどう見てもスライムベスですよ?」

「あいつは魔力がほとんど感じられない。隠しているんだろう」

 

 どれだけ集中しても感知できないほどだ。

 さらには動きも読めないほどの実力を持っているはずだ。


「スライムベスは魔力をほとんど持ちません」

「で、でも、動きが先読み出来ないんだ!」

「当たり前です。スライムベスですよ? 動こうとしていないだけです」 

「ほ、本当?」

「はい」

「つ、強さはどれくらい?」

「スライムと同じ程度です」

「よかった~。俺はてっきりかなり強いのかと……」

 

 安心で腰がぬけそうだ……。

 本当にただのスライムベスだったとは……。

 

「あ、あの。だ、大好きって言いましたよね?」 

「当たり前だ。みんな仲間だろ?」

「……もう知りません。魔物にやられて死んじゃえばいいんです」

「お、おい。……なんで怒ってるんだ?」

 

 アリスは遊んでいたアクアたちの方へ行ってしまった。

 俺が無知だから怒ったのか? よくわからんが……。


『主人が悪いよ』

「ムラサメ! 教えてくれればよかっただろ!」

『主人が言ったんじゃないか。戦闘中は静かにしろ、って』

「うっ、す、すまなかった。これからは戦闘中も喋ってもいい」

『言質は取ったからね? それより、どうするんだい?』

「なんのことだ?」

『あのスライムベス、主人の仲間になりたそうだよ?』


 なんと! 先ほどまでのジャンプや見つめるといった行動は俺へのアピールだったのか!

 そう考えるとすごく可愛く見えてきたな……。


「おいで。ごめんな気づかなくて」


 両手を広げると、スライムベスが飛び込んできた。

 心なしか嬉しそうに見える。可愛い……。顔を擦り付けると幸せな気分になった。

 もしかしたら俺はスライム愛好家なのかもしれない……。


「あ~! ごしゅじんはあくあのだからだめだよ~!」

 

 スライムベスをぷにぷにしていると、アクアが駆け寄ってきて俺に抱き付いた。

 アクアは俺をお兄ちゃんと呼んでくれなくなった。アリスが禁止にしたらしい。残念だが、妥当な判断だろう。あの呼び方だと出血多量で死んでしまうからな。鼻血で。

 

「どうしたんだアクア?」

「ごしゅじんはあくあのこときらい?」

 

 な、なんてことを言うんだこの子は……そうか、俺がスライムベスを可愛がったからか。


 アクアが嫉妬してくれている。俺を巡って激しい戦闘が……。


 やめて! 私のために争わないで!!


 いつから俺はヒロインになったんだろうか? 

 ……俺がヒロインだったらその作品崩壊しちゃうね。自分で言ってて悲しくなってきたよ。


 おお、また意味不明な思考に囚われてしまった。いかんいかん。

 今は可愛い可愛いアクアの対応をせねば。


「俺はいつだってアクアが一番だよ。目に入れても痛くないレベルだ」

「ほんと~?」


 アクアは俺をじーっと見つめている。(可愛い)

 これがジト目という奴か! 全く、アクアはどんな表情でも可愛いなあ。ぐふふ。

 

「もちろんだよ! 全然痛くないよ!」

「うそついてない?」

「嘘なんてついてないよ! 本当だ!」

「わかった!」

 

 ずぶり。


「うあぁぁ! 目が! 目がぁ!!」


 アクアは言葉の意味がわからなかったらしい。

 満面の笑みで両目に指を突っ込んできた。めちゃくちゃ痛いんですけどォ!? これがバ〇スの力か……。

 ……ちげえよ、これ実力行使だよ! 俺の目大丈夫なの!?


「ごしゅじんやっぱりうそついてたの?」


 目が玩具になっているため顔は見えないが、アクアの声が震え気味だ。

 誰だアクアを泣かせたのは! なんてことしやがる! 俺か……。


 俺は悪くないのに胸が罪悪感でいっぱいになってきた。ごめんよアクア……。

 俺の目は鍛えられないんだ……。でも、泣かせるわけにはいかない!


「だ、大丈夫だよ? ほら、痛がるフリをしてただけなんだ……」


 嘘です。めっちゃ痛いです。

 顔になにかが伝う感覚がする。あれ? 拙いんじゃないのこれ?


「ごしゅじんのめ、ちのなみだでてる~。えんぎじょーずだね~」


 アクアの声が明るくなった。笑い声も聞こえる。

 よかった……。でも、ちょっとは心配して欲しかったかな……。

 ていうか誰か瓢箪持って来い! マジで失明するから!


「反省しましたか? ……きゃあ! ゾンビ!」

「俺だよ!! 瓢箪持ってきてくれよ!」

「ええ!? あ、確かに髪が白いですね」

「判断するのそこかよ! いいから水持ってきてくれよ!」

「そうでした!! 今持ってきます!」


 俺ってそんなに特徴無いのかなあ……。なんか複雑。

 

「ごしゅじんほんとにいたいの?」

「ええと……すまん。本気で痛い。死ぬレベル」


 いやあ、拷問とか受けてなかったら発狂してたね!

 初めて拷問の成果が出た気がするよ! でもあのマッド野郎は殺す。


「じゃあ、あくあがなおしてあげるね~!」

「え? 何? すごい不安なんだけど!?」

「いいからいいから~」

 

 そう言ってアクアは俺の目を両手で覆った。

 目元が暖かくなっていき、だんだんと痛みが引き始め、数十秒ほどで痛みが完璧に消えた。


「……もしかして、治癒魔法か?」

「そーだよ! あくあすごい?」

「でも、なんで?」 

「ごしゅじんがしんじゃうのはやなの!」


 どうやらアクアは俺が死にかけるところを見ていて、すごく悲しくなったらしい。

 アクアは竜王に教授を頼んだのだが、生憎と竜王は治癒魔法を使えない。

 

 そこを買って出たのがイーナだ。

 彼女は治癒魔法や補助魔法などのサポート系に適性があるらしく、それらを教えてくれたようだ。


「アクアぁ~。ありがど~」


 アクアが俺のために頑張ってくれた。これ以上に幸せなことがあるだろうか? いや、ない! 

 しかし、同時に俺は悔んだ。アクアの成長する姿を見られなかったことを……。


「ふふふ、すごいでしょ~。でもね、あくあもっとすごいよ!」

「アクアは天才だな! って、もっとすごいのか?」

「あくあね~おみずのまほーもつかえるよ! すごい?」


 褒めて褒めて! と言わんばかりにそのキュートな笑顔を見せてくるアクア。

 ああ、水を司る女神アクアよ! なんと美しいことか! と言えばいいのか?


 ……ダメだ。俺が言っているところを想像したら吐き気が……。


「ふぉっふぉっふぉ。アクアは水属性に関しては天才かもしれんぞ? 魔力もなかなかの量じゃ」

 

 本当にアクアは天才だったようだ。いかん、この年になると涙腺が弱くなってきて……。


「うう……。世紀の瞬間に立ち会えなかった……」

「ごしゅじんまだどこかいたいの~?」


 この世に絶望して俯いていた俺に救済の女神が現れた。

 女神は心配そうな顔で俺を覗き込んでくる。これが希望の光か!!


「大丈夫だよアクア。少し目にゴミが入ったんだ」 

「あくあのゆび、きたない?」

「違う違う! アクアほど綺麗な存在はないよ!」

「よかった~。じゃあ、いーなちゃんとあそんでくるね!」

「ああ、遊んできなさい」


 ふふふ。微笑ましいなあ……。

 無邪気なアクアとそれを見守りながら一緒に遊ぶイーナ。

 俺、生きててよかった……。


「八雲、お主どうしたんじゃ? 悟りでも開いたのか?」

「なに、ただ心が洗われただけさ……」


 そうだ、宗教作ろう。アクア教? イーナ教? 癒しの女神教?

 いい! 癒しの女神教いい! 世界が平和になるだろうなあ……。


 新興宗教設立案を立てていると、泣きそうなアリスが走ってきた。


「八雲さぁ~ん! 大丈夫ですかぁ~」


 手には瓢箪を持っているため、一見酒好きの女に見えなくもない。


「ありがとなアリス。でも、もう大丈夫だ。アクアが治してくれたよ」

「え……。私の意味……。でも、よかったですぅ~」


 アリスは安心したのか、その場で座り込んでしまった。目には涙が浮かんでいる。


「アリス、本当にありがとう」


 必死に俺を助けようとしてくれていることはすごく嬉しい。

 だから、しゃがんでアリスと目線を合わせ、感謝の意を込めて頭を優しくなでた。

 

「ふえ!? は、はい。八雲さんは仕方ない人ですね……」

「ああ、俺はまだまだ弱いしな。これからも末永くよろしくな」

「すっ、末永く!? いえ、こっ、こちらこそ!!」

 

 アリスは湯気が出そうなほどに顔を真っ赤にさせた。

 なんというか、本当にこいつが居てくれてよかった。心の底からそう思える。


『なんだか口から砂糖を吐きそうだよ……』

「うむ。全くじゃの」

「何言ってんだ? 竜王はともかく、ムラサメは砂糖なんて食べられないだろう?」

『例えだよ例え! 二人とも爆発すればいいんだ!』

「怖いこというなよ……」

 

 あり得そうで怖い。というよりあるから怖い。

 竜王とか普通に使ってきそうだし。まあ、俺も使うが。


「それより、町ってどこなんです?」

「すぐそこじゃよ。海が見えるじゃろ?」

「ああ、というか最初から見えてただろ……」

「そう言うな。ほれ、あそこに町がある」


 竜王が指さす先にはそこそこ大きな町があった。

 海に面していて、ここは漁師の町だ! とでも言いたげに船が何隻も停泊している。


「ちなみに町の名前は?」

「うむ。『漁師町ルカ』じゃ。確か盛んに漁をしていたのう」

「いや、当たり前だろ……。名前に『漁師町』ってついてるじゃねえか……」

「そうですよ……」

「む? まあ、そうじゃな。ふぉっふぉっふぉ」


 俺の中で若干竜王の頭にアルツハイマーの疑惑が掛かった。

 

「わ~! でっかいね、ごしゅじん!」

「ああ、そうだな。肩車、するか?」

「うん! かたぐるますき~」


 アクアをだっこして肩に乗せると、彼女は鼻歌を歌い始めた。

 ちなみにアニソン。俺が選び抜いた神曲の数々である。


 アクアが楽しんでくれると、俺も自然と頬が緩む。一人を除いて、他のみんなの表情もにこやかだ。

 やはりアクアはムードメーカー的存在でもあるらしい。


「……羨ましい」

「ん? 後でイーナも乗せてあげるからな」


 イーナの頭に手を置いて笑いかけたところ、彼女は顔を赤らめた。

 まあ、十二歳だからな。少し恥ずかしい部分もあるのだろう。


 俺たちは『漁師町ルカ』に向かって歩き始めた。


 

 









 あ、スライムベスをこっそり仲間にしたのは秘密な?

 名前は安直かもしれないが、フレアにしておいた。


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