男前会長の幼馴染は報われない
あくまでも主人公は会長であります。
仮りにも生徒会の面々が揃いも揃って弱いものいじめとは……。
呆れてものも言えない。
不機嫌さを隠しもせずびくびくと怯えている小動物を背に体を割り込ませた。
目の前に居る生徒会メンバーを鋭く睨みつける。
途端、まずいところを見られたと各々が視線をさまよわせた。
「……的場、進藤、諏訪部……お前たちは揃いも揃って……暇なのか? 暇なんだな」
「いやだってよ、二階堂」
「言い訳は聞かん。今すぐ生徒会室へ戻れ、馬鹿が」
「……二階堂だって我慢してるくせに」
ぎろり、と睨めば的場は舌打ちをし、進藤はわざとらしく震えて見せて、諏訪部はひょいと眉を上げて大人しく生徒会室に足を向けた。
ふぅ、とため息を吐きくるりと体を反転させ手に持っていた数枚の書類で小動物の綿毛のような頭を軽く叩く。
「おい、犬。いつまでもびくびくと怯えるな。全く、お前は本当に男か? 少しは言い返せ。お前の存在は会長が認めたんだから堂々としていればいいんだ。……泣くなよ。今泣いたら今度は本気で殴る」
「ご、ごめんなさい……!」
ひゃあ! と己の頭を両手で覆ったのは今学園を騒がしている渡辺要と言う小動物だ。
俺が思うに昔会長……燈花が飼っていたポメラニアンにそっくりである。
ふわふわ……と言えば聞こえはいいが実際寝癖爆発の頭はこの学園の生徒としてふさわしい身だしなみとは言えない。
早朝の抜き打ち服装チェックで何度こいつを校門で呼び止め、生徒会室で頭を濡らして櫛でとかしつけたことか。
途中で燈花に「いいな、それ。私にもやらせてくれ」と水場と制服をびしょびしょにされたのは記憶に新しい。
仕事はできるが基本不器用な燈花には仕事以外の事はさせないに限る。
紅茶が好きでよく自分で入れていたが、どうやればこんな不味い紅茶になるのかと何度も顔を顰めたものだ。
茶を入れるだけならば使えなくもない、燈花曰く「生徒会のマスコット」の小動物は、気が弱く何かといじめられている。
目の届く範囲内では先程のように場を沈めるに徹しているが、か弱いお姫様ではないのだ。
そろそろ自分で対処してもらいたい。
俺との身長差では小動物……犬の旋毛までばっちり見える。
左右に揺れる旋毛を目だけで追いながらこめかみを揉み、眉を寄せる。
「犬。お前はもう少し男らしくしろ。なんだ、その少女のような反応は。泣くな震えるな上目遣いでこっちを見るな。……人間になれ。そしたら苗字を呼んでやる」
「……うぅ」
頬を染め、目を潤ませ、きゅっと口を引き結ぶその様はそんじょそこらの女子では勝てないくらい可憐だ。
乙女より乙女なその様が女子に嫌われる原因となっている事をこいつは気づいていないのだろうか?
そして……。
「……犬、会長が待っている。早くいけ」
「は、はいっ!」
途端、ぱっと華やぐ表情に苦虫を噛み潰す。
ご主人様の下に戻ろうとする飼い犬のように一目散にかけていく。
「……そして、努力もせず燈花に気に入られたお前が何よりも憎らしいよ」
小さくなる犬の姿をきつく睨みつけ、俺は書類を提出するべく職員室へ向かった。
+++
そもそも、この二人の出会いからして眉を潜めるほど滑稽なものだった。
我が学園は有権者や金持ちの子息令嬢が通う、それこそ”特別”な学園だ。
体育祭や文化祭と言った行事はある程度生徒で片付けるものの、大部分は次の日の振替休日に業者が片付ける。
そもそも準備からして業者が殆どをになっていると言うのに、ただの子供が撤収できる訳がない。
その説明もぽやーっとしていて碌に聞きもせず、一人だけで残って片付けをしていた犬には呆れてものも言えない。
それを指摘せず、にこにこと片付けを手伝っていた燈花も到底理解できない。
燈火が犬に構って無駄な時間を過ごしているとき、俺は燈花の代わりに業者を迎え入れ指示を出していたというのに。
業者との確認作業も終わり、鞄を取りに行こうと生徒会室に戻れば燈花は犬を拾ってきていた、と言うわけだ。
|燈花(飼い主)に擦り寄り、尻尾を振る犬に苛立ちを覚えたのは俺だけではない。
振替休日の次の日、当たり前のように燈花の隣にいる犬に生徒会役員達も、他の生徒たちもその瞳に嫉妬の炎を灯す。
そして予想通り、虐めが発生した。
確かに腹立たしく「何故こんな犬のようなやつが」と思うが、もう高校生にもなるというのに”いじめ”などというくだらない行為に時間を潰すのは馬鹿げている。
そもそもそう言った衝動を抑え、人間関係を円滑に過ごせる技術を身につけるためにこんなくだらない集団生活をしているのではないのか。
燈花と俺は既に高校卒業に必要な教育課程は済んでいる。
高校に通う必要は全くない。
今は経済学を主とし、今後実家を栄えさせるための知識を詰め込んでいる最中だ。
飛級もせず、高校に通っているのは、”人を使うこと”を覚えるためだ。
生徒会として、生徒を動かし、教員を納得させ、業者を扱い、親・寄付者・地域住民と言った”周り”から高評価を得るため。
「二階堂、お前は本当に真面目だな。そして可愛くない」
「それは……褒め言葉か?」
可愛いと言われるのは嬉しくない。
だが「仕方のないやつだな」という生暖かい目線で見られるのは心地いいものではない。
くつくつと女子高生らしからぬ狸爺のような笑い方をする燈花から視線を外し資料を棚に戻しながら無感情に告げる。
「燈花、俺のところにも来たぞ」
「ああ、そうか。すまない、雅也」
普段はお互いに名前を呼び合うが、学園では「会長」「二階堂」と敢えて呼んでいる。
名前で呼ぶということは、学園に関係の無い私的な内容を表す。
ここで言っているのは燈花と俺の”婚約話”だ。
無感情に言った俺も悪かったが、燈花から全くの無関心で返されてさすがに眉を潜める。
「……燈花、俺はこの話を進めるぞ?」
「ふむ、それは困るな。ただでさえお断りしにくい相手ばかりが見合いにくるんだ。雅也くらい手加減してくれ」
ずいぶん身勝手な内容だと燈花に詰め寄り、書類に向かっていた手首をつかむ。
射抜くような視線で燈花を貫いているのに、燈花は微笑んでいる。
「燈花、俺はお前が好きだと何度も言っている。こんなチャンスを俺が見逃すとでも?」
何度もかわされているが、今回はそうはいかない。
逃がすものかと燈花の手首を掴む手に力が入る。
目をそらさず、俺の視線を受け止めていた燈花が困ったように少し首を傾けた。
「雅也は一番手強いから困るんだ」
「燈花のことなら何でもわかるからな」
「そうじゃなくてだな」
何年の付き合いだと思っている、と言えば燈花は本当に困った、とまた笑う。
「恋慕とは違うが、私は雅也がとても大切なんだ。だから、迫られると正直困る」
「……ただの幼馴染にしか見られないと?」
「幼馴染であり、親友であり、よきライバルであり家族のようにも思っている。……だから、雅也に好きだと言われて悪い気はしない」
「なら」
「でも」
まっすぐ、視線が絡み合う。
嘘を決してつかない、燈花の真心。
「私は渡辺要が好きだ。告白しようと思っている」
頭が、真っ白に染まった。
燈花がまだ何か言っているが、耳が、頭がそれを理解することを拒否していた。
燈花の手首を離し、力なく腕が下がる。
「おい、雅也?」と心配する声も聞こえたが、頭の中の整理が出来ていなかった俺はそのまま静かに生徒会室を後にした。
今は、燈花から離れなければ傷つけてしまいそうで、傍に居られなかった。
生徒会室を出てすぐ、腹にどんっ、と何かがぶつかった。
「あ! 二階堂先輩! ご、ごごごごめんなさいっ」
「……」
俺の胸にも満たない燈花よりも低い身長、直毛の俺とは違う癖毛、表情をあまり動かさない俺とは違うくるくると変わる表情。
何もかもが俺とは真逆の、燈花の好きな男。
渡辺要が目の前にいた。
いつものように上目遣いでおろおろと俺を見上げている。
「会長は俺と婚約をするんだ。いつまでもお前のような犬に傍にいてもらっては困る」
「え……?」
一言だけ言って、固まった犬の横を通り過ぎる。
こんな犬相手に、何を牽制しているのか。
自分でも驚くほど冷たい声音だった。
落ち着けと何度も自分に言い聞かせ、頭を冷やす。
数刻後、いつも通りの無表情で生徒会室に戻り燈花に向き合う。
「突然居なくなってすまなかった。今日の分は終わりそうか?」
「ん? あ、ああ! ちゃんとやったぞ」
燈花がえっへんと渡してきた書類に目を通せば全てに印が付いており、ところどころ訂正もされている。
「さすが会長。仕事だけは完璧で早いな」
「だけとはなんだ、だけとは」
ふっと溢れた笑いに燈花も顔を笑ませた。
そこで部屋を見渡せば的場、進藤や諏訪部が黙々と作業を続けている。
「……犬はどうした」
「おい、いい加減名前で呼べ。失礼だぞ……そう言えば今日はまだ来ていないな」
なら、と茶器に手を伸ばし湯を沸かす。
てきぱきと無駄のない動作で紅茶と茶菓子を用意する。
「おー、二階堂のお茶久しぶりじゃーん。俺にもくれ」
「あ、僕もお願いします。二階堂先輩の入れてくれる紅茶ってすごく口当たりが良いんですよね。今日のお菓子は和三盆カステラですか、いいですね」
「俺もストレートで」
言われずとも人数分用意している。
美しく見えるようにカステラの傍に少量の小豆を飾り、皆の前に置く。
いそいそと書類を片付けそれを待っていた男三人は一口でカステラを食べ、紅茶を一気のみする。
「お前ら……」
「おかわり」とこちらを見てくる三人にため息を付きつつも、茶器を触らせたくないので仕方なくついでやる。
茶菓子はもう箱ごと渡した。
「ふむ……」
紅茶を一口飲んでは首を傾げる燈花に苛立ちを覚えた。
どうせ犬の入れたミルクティーと比べているのだろう。
殆どミルクと砂糖のあの紅茶とも呼べない甘ったるいものと。
「会長はさー、二階堂の飲み馴れすぎて渡辺のが珍しかっただけじゃねぇの」
「む」
「そうですよ。二階堂先輩のより渡辺君の方が美味しいなんてありえませんから。砂糖茶ですから、あれ」
「むむ」
「それとも会長が甘党なのか?」
「むむむ」
「やめろ。嗜好は人それぞれだろう」
「「「はーい」」」
くだらない、と止めに入れば三人とも一応素直に聞く。
父親の力関係もあるとは思うが、一応は認められているようだ。
透き通った濁りのない紅茶の水面をじっと見つめている燈花が何か決意をしているのが見て取れた。
+++
長い脚を組み、眼鏡を掛け窓辺に座って小説のページを捲る。
校庭から運動部の掛け声が聞こえ、生徒会室の窓のすぐ外にある楠木が風に揺れる。
今日は生徒会は休み。
換気の為開けていた窓の隙間から一際強い風が吹き、読みかけの小説のページをいたずらに捲った。
どうやら生徒会室の扉が開かれたため風の通り道ができたらしい。
ゆっくり、燈花が部屋に脚を踏み入れる。
俺は燈花を見つめていたが、何も言わなかった。
……燈花を見ればわかる。
腰掛けた俺のすぐそばに燈花が仁王立ちする。
「……振られた」
「そうか」
俺としては喜ばしいことだが、こうもしょげている燈花を見るとさすがに素直に喜ぶことはできない。
……まぁ、他のものから見ればただ偉そうに突っ立っている風にしか見えないだろうが。
「……癒しが無くなった」
「そうか。ならぬいぐるみでも置くか」
「ミルクティーも」
「なら今度からお前にはミルクティーを入れてやる」
「ふわふわの、毛並み……」
「それは……なんなら撫でてみるか?」
そっと燈花の指が俺の頭に伸ばされる。
髪を撫で付けるようにゆっくり、そしてその感触を確かめるかのように何度も手が上下に動かされる。
思いの外心地いい感触に目を閉じ身を任せた。
「さらさら……ふわふわがいい」
「言っておくが、俺はパーマは掛かりにくい髪質なんだ。悪いな」
「知っている。腹が立つくらい真っ直ぐで黒々と健康な髪だからな」
「恨めしげに言うな。お前だって似たようなものだろう……痛いな、引っ張るな」
髪を引かれ顔を顰めて文句を言いながら燈花を見上げて……唖然とした。
ぽろぽろと、流れる涙を拭いもせず、ぎゅっと唇を引き結んでいるまるで小さな子供のようなその姿。
燈花の泣き顔を見たことがないとまでは言わないが、流す涙は悔し涙と決まっている。
……これは、なんの涙だ。
「わ、私は、自分で思っていたより渡辺のことが好きだったらしい」
「……」
「皆、私には相応しくないと言う」
「……そうだな、相応しくない」
「雅也は厳しいな」
「甘やかされたいのか?」
雅也らしいと言って燈花は笑った。
「知っているくせに、雅也は意地悪だな」
強くあることを望む燈花は甘やかされることを酷く嫌う。
こうして、幼馴染に本音を打ち明け甘えてきたとしても、甘言を求めているわけではない。
甘えた自身を叱咤して欲しいが故に燈花は時折甘えを見せるのだ。
少し落ち着いたらしい燈花の手を取り、眼鏡を外しながら立ち上がる。
自然と目線を上げる燈花を見下ろしてゆっくりと、そっと。
包み込むように燈花を抱きしめた。
「いい加減、俺にしておけ」
耳元で、染み込ませるように低く、甘く囁く。
逃げられるように、ゆっくりと腕を回した。
今だってすぐに振りほどける程度の力しか入れていない。
それでも大人しく俺の腕の中に収まっている燈花を愛おしく感じると同時に、高鳴る俺の心臓とは真逆にどんどん落ち着きを取り戻す燈花の鼓動に舌打ちしたくなった。
「いい男だな、雅也は」
「……ご託はいい。続きを言え」
言った瞬間、背中に回された腕は俺のブレザーを強く握り締めた。
収まったはずの涙が俺の胸元を濡らす。
「私を頼ってくれる心細そうなあの感じが、私の心を鷲掴んで離さないんだ。守りたいと、そばに置いてずっと抱きしめてやりたいと、そう思うんだ」
「……」
今、まさに燈花に抱いている感情を、燈花は犬に抱いているらしい。
「ぼーっとして抜けているところも、何も考えずにヘラヘラと笑うあの笑顔も、砂糖を入れすぎて舌触りの悪いミルクティーも、可愛くて、可愛くてっ」
「……燈花」
「小さな体に大きなつぶらな瞳、ふわふわの色素の薄い髪にソプラノに近い高い声! 全てが私の理想なんだっ」
「…………燈花、お前、それは……」
貶しているとも取れる言葉の後には自分の願望を告げられ、正直呆れた。
燈花が見た目にそぐわず可愛いものが好きなのは承知している。
燈花のご両親から「娘が女に走らないよう監視してくれ」と何度か頼み込まれたことはあるが……この思考では心配されるのも仕方がない気がする。
可愛い天然女子に翻弄される男子のような台詞と態度である。
腕を燈花の肩に置き、体を離して潤んだ瞳で精一杯強がっている燈花を睨むように見下ろす。
「……お前、趣味、悪すぎ」
「!」
一言ずつ区切ってはっきりと告げると、燈花は心外だ! と顔を怒らせる。
そうか、燈花の好みはアホの子だったのか。
涙を引っ込めて「趣味が悪いとはなんだ!」と怒っている燈花の髪を一房取り、口付けた。
ちらりと燈花を見るがきょとんとしただけ。
「くそっ……お前、本当にいつか俺がいいって言わせるからな」
「……雅也は可愛さが足りない」
もはや何も言うまい。
それから幾月か後、雅也の行動に燈花は顔を赤らめるようになったりだとか。
大学に追いかけてきた主席で学園を卒業し、主席で大学に入学した要の身長が雅也ほどに伸び、声変わりをしていて、燈花が少しがっかりしたりするのは──ほんの先の未来の出来事である。
婚約者さんは二階堂……だったりするんだろうか。