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南海の楽園

―――――キ・・・ユウ・・・・キ・・・・・・


光の中、誰かの声が聞こえた。何年の月日が経とうとも、祐樹はその声を忘れることが出来なかった

何年経とうとも覚えている、鈴の音のように透き通った声音は他ならぬミナのものなのだ


(君は・・・まさか、ミナ!)


『祐樹! よかった。また会えたんだね・・・』


光の向こうからミナのシルエットが影となって浮かび上がってくる

昔と変わらない少女の姿。それに比べて自分は俗世にもまれて醜く老いてしまっていた

だが、後悔は無い。むしろ心の内は見事に晴れ渡っている、何故ならば彼女と再会できたのだから


(ミナ・・・ごめん。僕は何があろうとも君から離れないと誓ったはずなのに・・・・・)


思うのは懺悔の言葉だが、ミナは自分を捨てた祐樹をなじる事も恨み言を零す事も無く穏やかに微笑んでいるようだった。

だからこそ彼女に申し訳ないと思う。裏切らないなどと言っておきながら、最愛にして最大の理解者を一時の迷いで切り捨ててしまったことを


『ううん、祐樹に謝るのは私のほうだよ・・・でもね、もう安心していいの

あなたが私を選んでくれたおかげで、これからは何も心配することは無くなったんだから』


(どういう事なんだ・・・ミナ?)


祐樹は疑問を口に出そうとするが、光はまるで粒子のように拡散し眩い渦となって辺りの空間を呑み込んでいく

光のヴェールの向こうでミナが微笑んでいるように見え、祐樹は手を伸そうとするが再びあたりは闇に包まれ何も見えなくなった







「ここは・・・?」


灼熱の日差しが、じわじわと顔を炙っていく感覚を覚えて意識が覚める。やけに体が温かい

頭上には空の青さが目に痛く、その中でも太陽が一際大きく燦然と輝いている

自分は海の上で波に飲まれたはずだった。ならば死んでいるはずである

すると、ここは天国なのだろうか? それとも地獄なのであろうか? しばし迷ってしまう

しかし、それにしてはこの場所は祐樹にとって見覚えが有り過ぎる。どこかで見たような懐かしい、潮の香りがする景色


(本当に着いたのか? あの無人島に…)


それは彼が無理だと知っておきながら待ち望んだ結果だった。奇跡にも等しい偶然の博打を祐樹は再び強運を以って勝ち抜いたのだ

しかし、戸惑うところもある。ミナがまだ自分のことを覚えているとしたら間違いなく恨んでいるかもしれない

だが、もう覚悟はできていた。今度は彼女に真剣に向き直り気持ちを伝え謝罪するつもりだった

たとえ彼女に恨まれ、どんな結果が待っていようとも…それを甘んじて受け入れる。ボートを中古で買ったときから祐樹はすでに覚悟していた

しかし、ここまで上手くいくとは思わなかった。まるで夢のようだがそれでも構わない。

あのまま、辛く・・・生きるだけで精一杯の灰色の世界には二度と戻る気などしない。ここはまさに青春を過ごした天国なのだ


「オジちゃん…大丈夫?」


唐突に彼の顔を覗き込むように上から見つめる影。それで思い出すのは無人島で始めてミナに会った時を連想させる

今の自分を見ているのはミナと瓜二つの少女だった。だが、そんな訳があるはずがない

彼女の場所から逃げ出したのは十数年前なのだ。ミナが少女のままでいるはずが無い


(この子…何故ミナに似ている?)


「あはっ、起きてたんだね! オジちゃん」


錆び付きかけた記憶の中のミナに良く似ているが、それより幾つか幼い顔の少女が愛らしい顔で笑った。

彼女の面影がある整った顔立ち。だが、彼女より肌の色素は薄くて髪も肩で切っていて少しぼさぼさで癖がある。

だが、それ以外の彼女の容姿はミナそのものだった。しかし、彼女が何者かまでは流石の祐樹も解らなかったのだが、

少女がミナに由来する人物だという事ははっきり解った。何故ならば彼がミナにプレゼントした首飾りを少女が身につけていたから。


「君…まさかその首飾りは……ミナって女の人のことを知らないか?」


「ミナ…それってもしかしてママ!? オジちゃん、ママの事知ってる?」


ミナの名前を出すと少女の顔がさっと翳ってしまう。それを見てなぜか不安に襲われる祐樹


「……まさか…此処があの島なのか!? 答えてくれ、ミナは今どこにいる?」


「えっ…! 私の…私のママはね……」


少女は顔を俯かせた。祐樹の胸に刺さるような嫌な予感が心臓をぐさりと抉る

頭の中が不安に支配された。いったい彼女に何があったのか?


「おい、答えてくれよ! 彼女に何があったんだ!!」


衝動が体を突き動かし、少女の細い肩を抑えて強引に揺さぶる。彼女は大き目の瞳を潤ませてただただ怯えるだけだった

ハッとなって、祐樹は彼女の肩から手を離した。はやる気持ちから無意味に少女を怯えさせてしまっている

いくらミナに生き写しといっても、会った時より若すぎる彼女はミナではない。それは分かっているのだ


「…ごめんよ、オジさんが悪かった。ミナの事がつい気になってしまって」


「…オジさん。もしかしてママの知り合いなの?」


息を呑む祐樹。知り合いといって良いのかどうかはわからない

しかしそれ以上の仲だった事は確かだ。自分が彼女を愛していたことも…そして、裏切って罵倒を浴びせてしまったことも


「ああ…そうだったよ」


「うん。わかったよ…今すぐママに合わせてあげる」


少女はにっこりと微笑んだ。控えめでいつの間にか何処かへ消えてしまいそうな笑顔がミナに重なって見えた

そういえば彼女もこの少女と同じような瑪瑙色の肌と、きらきら輝く星空のような瞳を持っていたのだ





「何で、オジさんを案内してくれるんだい?」


「うーん。わからないなぁ…なんかこうもやもやするんだけど、オジさんは何処かであった気がするの」


「何処かで会った?」


「うん! そうだよ」


穢れを知らない表情で少女は笑った。無邪気とも言える零れる様な天使の笑顔

ミナによく似た顔で笑う彼女に顔を見ていると胸が締め付けられてしまう

そして、祐樹はある事を少女に尋ねることにした。彼の予測が正しければ…もしや――――


「すまない…良かったら、君の名前を教えてくれないか?」


「わたしの名前はね、ユウミっていうの。どう、素敵でしょ? ママが付けてくれたんだよ!」


えへへ、と自慢げに言ってみせるユウミ。彼女の言葉を聞いて祐樹は自分の予想が当たっていたことに気付いた

そして猛烈に後悔する。自分が都会の中で下らない人間と過ごし、下らない生活で神経をすり減らし

政治に文句を言いながら投票にも行かず、ただ生きるだけの無駄な日々をダラダラ過ごしていた時に

愛していたはずのミナに猛烈な苦難に押し付けていた事を。そして、そのとき自分は何もしてやらなかったのだ


(そうか…まさか。この子は―――――)


「ねぇ、オジさんの名前も教えてよ。私だけが教えたんじゃ不公平だよぉ?」


「僕の名前は鏡祐樹。カガミユウキって呼ぶんだ」


「ふーん、すごく長いのね。カメハメハ大王って人みたいで少し覚えにくいし…

カガミユウキカガミユウキカガミユウキカガミユウキカガ……うわ、舌かんじゃったよぉ

ねぇ、すごく言いづらいと思わない? ママと同じようにユウミがオジさんの新しい名前考えてあげようか?」


「祐樹でいいよ」


「うん。ユウキなら短いし覚えやすいよね!」


「ちなみに新しい名前って何だったんだい?」


「カガメハメハ大王!」


(そっちのほうがもっと呼びにくいんじゃないのか…?)


「ユウキって海の外から来たの? そこの事いっぱい教えてよ!」


心の中で突っ込みを入れつつ苦笑しながらも無邪気に笑うユウミに、祐樹は色々な事を話して聞かせるのだった

せめてもの罪滅ぼしの為だと思った。彼女には済まない事をしたと思っている

会ったらどうすればいいのか? もしかしたらまた酷い目にあうかも知れない。だが、それでも構わなかった。

愛する彼女に会う。今出来るのはそれだけで、それ以外の事実は考えられなかった


「ふーん。なんかトカイって楽しそうだけど退屈そうだね」


「そうでもないんだよ。お金さえあれば生きていくには困らないものなんだ、生きていくだけには…ね。」


「なんかオカネとかコンビニとか面倒くさいなぁ。あ、もうすぐママに会えるよ」


少女は無邪気に笑った。突いた場所はあの小屋の裏だった

そこには雑に作られた二本の木の十字が突き立っている。その意味するところが祐樹には理解できなかった

これはどう見ても、墓にしか見えなかった。片方があのミイラのものならば、もう片方の下には誰が眠っているのか?

そんなことなんて考えたくも無かった。何故、現実はこうも残酷な結果を見せ付けてしまうのだろう?

自分はミナに合うために此処までやってきたのに…十数年の人生を捨ててまで彼女に会いに来たというのに…



「ユウキ、ママはここに居るよ」


「おい…嘘だろ……? なんでミナがこんな所にいるんだよ…」


「でも、おかしいよね。ママってばいくら待っても出てこないんだもん…埋めろって言われたのは私なんだけど」


ユウミは無邪気そうに首を傾げる。妙だった、自分の母親が死んだにもかかわらずこの妙な反応が

もしかしたら彼女は「死」という概念が理解できていないのかもしれない

母親であるミナと過ごしてきたユウミは他人が居なかったが故に、それを教えてくれるものが居なかったのか?


「ママ…ミナが自分を埋めてくれって?」


「うん…治療だって言ってた。こうすれば病気が治るんだって、でも…」


苦しんでいき、徐々にやせ細っていくミナの姿を祐樹は幻視していた。

どうして、間に合わなかったのだろう。どうして自分は遅かったのだろう? 悔恨が胸のうちに渦巻き、荒れ狂う。

彼女は苦しんだはずだ。少なくとも、この島に医者はおらずまともな医薬品や治療は受けられないだろう。

それでは、なぜ祐樹の事をユウミに話さなかったのか? それが腑に落ちなかった。

もしかしてユウミが彼を恨まないようにするために…? それとも、裏切った祐樹から彼女を守るためなのか?


「ミナは病気だったのか? あいつは苦しんでいたのか?」


「わからない…でもすごく熱くて、痛そうだった。でも、最後に言ったの『騙してごめんなさい』って」


そこでようやく分かった。彼女は全てを胸に背負い込んでこの世を去ってしまったのだろう。

恐らくユウミはミナと祐樹の娘だ。二人が愛し合って生まれた愛の証だった、それを女の手一つで此処まで育ててくれたのだ。

そんなときに自分は何もしてやれなかった。彼女に罵倒の言葉を浴びせて逃げて…都会の中で無駄に時間を過ごし、

ようやく思い切ってここに戻ってきたときはこの様だった。時間というものはあまりにも残酷だと実感する。

ミナは自分を裏切った男を苦しませることも出来たはずなのだ。ユウミを殺すことも、復讐の為に祐樹を捜す事も…

しかし、彼女は怨恨に身を窶さなかった。自分からあえて苦難の道を進んだのだ。

祐樹と彼女の間に出来たユウミという絆を此処まで立派に育ててくれたのだから…


「ユウミ…済まなかった。君の父さんはママが苦しんでいるときに何もしてやれなかったんだ」


「やっ…ユウキ、急に抱きつかないでよ! ユウキも……もしかして泣いてるの?」


いきなり抱擁してきた祐樹に対して顔を赤らめて身をもじらせるユウミは、彼が涙を流していることに気付いた

思わず祐樹は彼女を解放し、謝罪を告げる。もう、真実を告げる準備は出来ていた


「…ごめん。君のママはね、死んでしまったんだ。そして僕が君のパパなんだよ」


「ウソ…ユウキがわたしのパパなの? それに、ママが死んだってどういう事!」


(ミナ、君に許されるとは思っていない。だから僕は――――)


ユウミは祐樹の言葉から何かを読み取ったようだった。それは親子の間に存在する見えない絆からなのだろうか?

祐樹はこの世に居ないミナに謝った。そして、これからは残されたユウミを自分が育てていこうと固く決意する。

少しづつ南の海の空が闇に染まっていく。夜が近づいてきたのだ。

その前にやることがあった。過去の清算をするために、命をかけた謝罪を、


「ユウミ。今まで黙っていて済まなかった、父さんはお前と母さんを裏切って捨てたんだ

だから父親として最初に頼みたい。僕に罰を告げてくれ、どんな事もやるつもりだ」


「うん…そんなの知ってたよ。でもね…ママはパパと会っても恨むなっていつも私に言ってたんだよ。

だからユウキにどうしてもらおうなんて思ってないの、パパが会いに着てくれたことが最高にうれしいんだもの!

それにママもユウミが産まれてきた事と、パパと会えたことがミナにとって一番の幸福だって笑ってたんだから。」


徐々に沈んでゆく太陽をバックに零れ落ちる涙と共にユウミが浮かべた笑顔はミナそっくりだった。

彼女の中にミナは生きている。老いて皺が目立ってきた顔に一筋の涙が流れ、砂に吸い込まれていく

ミナの眠る無人島の大地の中に…再会できないのは残念だった。しかし、彼女は最高の宝物を残してくれた。

自分と愛する者の間に生まれた可愛いユウミという南海の宝石を…祐樹はようやく裏切りの無いの愛の真実に辿り着けたのだ。

水平線に映るオレンジと白色のグラデーションが非常に美しい。とても綺麗だな、と祐樹は思った


「僕達親子は・・・ずっと一緒だ」


「・・うん!」


南国の夜を告げ、沈み行く夕日の光が二人を照らす中、祐樹は愛する娘を抱きすくめる。

夕日を受けて、涙のしずくが流れ、水滴のように溜まったユウミの首飾りがきらきらと輝く。それはまるで南国の宝石のようにも見えなくはなかった。

これからはずっと上手くいくだろう。ミナとの約束は破ってしまったが、今度は永遠に破らないと祐樹は愛する娘に誓うのであった

物語とは、様々な解釈が可能です。


この『南海の楽園』にしても、二回の遭難で生還した主人公・祐樹の辿った人生。どこか強運過ぎるとは思いませんか?

もしかしたらこの物語の殆どが、睡眠薬を飲まされ朦朧とした祐樹の幻覚かもしれませんし、ミナだって彼の想像上の娘かもしれませんし、四十代の独身会社員が常日頃浮かべている妄想かもしれません(笑)

映像媒体とは違って、最低限の舞台と登場人物さえ整えれば読者さんによるある程度の解釈が楽しめるのが小説の良い所ですね。

まぁ、彼が娘のユウミと幸せに暮らせたかどうかは読者さんの想像に任せるとして、

私はそろそろ、いつ公開するとも知れない次回作の準備に取り掛かりたいと思います。

気が向いたら別の作品にも目を通していただけると非常に嬉しいです。

更に、感想や評価がいただければもしかすると早く会えるかもしれません。それでは・・・・

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