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織田信長

作者: 不動 啓人

信長のぶなが様、お待ちください!」

「政秀、どけ!」

信長は平手政秀ひらてまさひでの制止を振り切ると、本堂へと続く黒光りした廊下をけたたましく、足早に向かった。赤下着に柿帷子かきかたびら、袴もはかずに裾をまくり、腰には朱鞘の大刀。髪は普段通りの茶筅ちゃせん

「信長様、どうぞ、どうぞ、お控えください」

政秀は直垂ひたたれの裾を蹴り上げ信長の前方に回り込むと、膝を突いて信長の所業を諌めた。

だが、信長は立ち止まろうとしない。

「信長様!」

政秀は必死の思いで信長の背に呼びかけた。

すると信長は急に歩みを止め、振り返り、政秀を見下ろした。

「なぜ子である俺が、父の葬儀に出てはならんのだ!」

「これは尋常の葬儀にあらず」

「何が尋常ではないのだ!」

「それは……」

 政秀は言葉に詰まった。信長に伝えるにはあまりにも言い難い事であった。

――この葬儀の場が織田家嫡流、勘十郎信行かんじゅうろうのぶゆきのお披露目の場である事など。

 天文十八年(1551)3月3日、尾張の武将、織田信秀おだのぶひでは44歳でこの世を去った。この時信長17歳。

 信長は信秀の次男として、この世に生を受けた。幼き頃より天衣無縫な性格で、その性格は17歳になっても変わらず、普段の常軌を逸した行状は人々に「うつけ者」との印象を与えた。

 一方の信行は、この時16歳。信長とは正反対に、幼き頃より利発聡明で素直。容貌も美しく公子の風があると評判で、家臣にも親しまれていた。

 信秀は生前、この信行をもって織田家の嫡流としていた。

 信行は信秀の三男である。上には信広のぶひろ、信長の二子があった。それにも係わらず信行が嫡流に選ばれたのは、産みの母親に理由があった。

 信行を産んだのは名門六角家の娘なのである。それに比べ、信広と信長の母は小豪族の娘であった。そのため信秀は、信行を跡目として考えたのである。

 だが信長はこの信秀の采配に不満を抱いていた。

(なぜ、信行などを跡目にするのだ。なぜ俺ではない。どう考えたって、武に優れているのは俺の方ではないか!)

 信長は幼き頃より武技を好み、昼夜分かたず野山を駆け巡っていた。それは信長が幼いながらも戦国の世というものを理解し、何が必要なのかと模索した結果だ。

(今の世に必要なのは古い仕来たりや血統の権威じゃない。武だ!力ある者が全てを制する!)

 だか、父の信秀は古き伝統や血筋などに弱い男であった。例え戦費を削ってまでも朝廷に献金する男だ。血の正当性は何よりも尊い。信長の想いなど、通じる筈がなかった。

 そして信秀が死に、その葬儀の日、信長は兄の信広共々、葬儀に出席する事を禁じられたのである。全ては後継者たる信行の、諸方に対するお披露目であるが為に。

 信長は答えに窮している政秀を置き捨てると、再び歩き出した。そして本堂の正面に立った。

 突然の信長の出現に、場は騒然となった。みな一様に腰を浮き上げ、変事に備えての構えをみせる。

 信長はその様子を憮然と見ていた。驚いた様子の信行の顔も見える。嫡流に相応しく折り目正しき姿。

 信長は口の端を釣り上げて少しだけ笑って見せた。だが、その笑いに気付いた者はいないだろう。

「焼香ぐらい構わぬであろう!」

 甲高い声を上げると、信長は無遠慮に祭壇の前に立った。父の位牌が目の前にある。そして焼香は手元にあってユラユラと細い煙を立てている。

(父上、あなたの考えは間違っている。今の世を生き抜くためには、武力をもって制するしかない。朝廷の権威や血統など、なんの意味も持たない。その証拠を、この俺が見せて差し上げる)

 立ち尽くしていた信長が突然、香を鷲掴みにした。何をするのかと周りから驚きの声が上るが、信長はまるでその声が聞こえないように掴み上げた香を信秀の位牌に向かって投げつけた。

(これであなたとは決別だ、父上)

 信秀と決別するという事は、織田家とも決別するという意味だ。

(この俺が、新しき織田の家を造ってやる!)

 みなが唖然とする中、信長は悠然と立ち去った。


 そして弘治2年(1556)、ついに信長は信行に謀反を起こし、これを破る。

 さらに翌年には、一度降伏した信行が謀反の動きを見せると、これを謀殺した。

 ついに信長は新しき織田の当主となり、戦国の世を、武力をもって駆け抜けたのである。

※この作品は明石散人著:【二人の天魔王「信長」真実】を参考としています。

信長と信行の関係性において通説と異なる為、特に記しておきます。

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