仔犬と仲間たち⑤
その後、『ああだこうだ』と話していると、執務室から隊長が出て来た。
みんな、片手を上げたら、軽く頭を下げたり、『お疲れさま』と声を掛けたりと、様々な反応をしてる。
だけど、私の様に姿勢を正して敬礼する人はいなかった。
目の合った隊長は、一瞬眉間に皺を寄せた。
あれっ、何か間違えたかな?
「敬礼をするのは、軍人だ。貴女はいつから騎士から軍人に鞍替えしたのですか」
なっ、なるほど。
だから、誰もやってなかったんだ。
3番目の兄がしていたから、てっきり正式な礼かと思っていたんだけど、違うのか……。
放浪癖がある兄だから、距離はあるものの一応隣国の、軍事国家に行ったときに見たのを真似たのかもしれない。
「追加書類だ」
そういって、ケイロンさんに渡した書類の量は、先程よりは少ないけど、それなりに多かった。
「急ぎですか?」
パラパラと書類を流し読みしているケイロンさんが確認すれば、隊長は唇の端を歪めて笑う。
それは、楽しそうではない、皮肉っぽい笑い方だ。
「まさか。ここに回される書類が、本当の意味で急ぎだったことがあるか?」
「あるわけねーよなぁ!」
豪快にダバランさんは笑う。
大きく口を開けて笑う姿は、清々しい程だ。
「ここに回されてくる書類は提出期限は定められてるけど、実際は急ぎでもなければ、決定権が隊長にないものが多いんだ」
アルコル先輩がそう説明してくれたのは、私が『?』を頭上に浮かべていたからだろう。
「では、何でそんな書類が隊長のところに来るのですか?」
んん?何で、微苦笑してるんだろう?
「本当に、何にも知らないんだな。この嬢ちゃんは」
豪快な笑いを引っ込めたダバランさんは、ボソッといった。
『何も』って、何?
「色々なことをですよ」
温度のない、冷たい青い瞳が、私を見下ろす。
薄い唇の両端がつり上がって、笑みの形を作るけど、やはり楽しいとは思っていない顔だ。
「7つの分隊の中で、なくてもいい隊。率いるのは継いではいないが爵位持ちで、陛下の覚えも目出度い、顔だけやたらといいいけすかない若造。やっかみで、色々押し付けたくなるってもんだ」
ダバランさんの揶揄する声を聞きながら、それでも私は隊長から目を逸らさないで見詰め続ける。
背は高いけど、ダバランさんやトゥーバンさんの様に筋肉質だというわけじゃなくて、だからといってスピカ先輩の様に華奢なわけでもない。
ならどうかといえば、しなやかと表するに相応しい様に思う。
やっぱり他の騎士同様、短く切り揃えられた髪は、真っ直ぐで癖のない黄金色だ。
サファイアを彷彿させる目はつり上がっていて、綺麗なアーモンド型をしている。
鼻はスッとしていて、高過ぎず、私の様に低くもない。
心底、羨ましい。
残念なところを上げるとしたら、笑顔を向ければ誰だってうっとりと見入ってしまう程の美形なのに、なかなかそれを浮かべないことかな。
皮肉気なのは、さっきのも含めていつも見てるけどね。
ほっそりとした輪郭は女性的なものとは違い、首だってしっかりしてて、肩幅も広いし、喉仏だって当たり前にある。
どこをどう見たって、隊長は男の人なのに……。
媚びず、気高い、上品で美しい猫。
私は隊長…ウルグルラ・アイルーロスに対して、そんな風に感じていた。