仔犬と仲間たち④
にこにこと可愛い笑顔を向けてくれるスピカ先輩だったけど、少なくとも見回り前の格好とは違っていた。
騎士服は普段の黒いものだが、暴漢に襲われたかの様にボタンがいくつもなくなっていて、中に着ているシャツが見えている。
肩の生地同士が縫い合わされた部分が破れかけていた。
危うく、片腕だけ袖無しになりそうだ。
黒い騎士服のため、乾いた土なのか埃なのかわからない白っぽい汚れが目立っている。
それは騎士服だけではなく、肩までの長さがある鮮やかな赤い髪はグシャグシャで、あちこちと跳び跳ねている。
総合すると、全体的によれていると判断出来る。
なんて、心の中で冷静に判断してみたけど、実際は……。
「うぇぇぇっ!?一体、何ががあったんですかっ!!」
奇声付きで叫んでしまった。
「心の中としゃべりのギャップがすげぇな、あいつ」
「……(頷く)」
私がおろおろしていると、スピカ先輩は、『大丈夫だよ』って、背伸びしつつ頭を撫でてくれた。
「任務だからね」
それ以上は、質問に答えてくれなかった。
守秘義務があるからというのもあるけど、先輩が大丈夫というのだから、そうなんだと信じるしかない。
侮るつもりはないけど、私と身長が変わらない小柄で華奢なこの人は、騎士としてもやっぱり先輩だ。
こんな状態でも、当たり前に替えの騎士服に素早く着替える。
…相変わらず、可愛い顔似合わず、ガバッと脱ぐやり方は豪快で男らしい。
「それで、何を話してたの?」
あぁ、そういえば、さっきから話が逸れてたなぁ。
結論からいえば。
「私が、貴族のコネで入隊して、隊長に対してこの筋肉の少ない身体を使ってこの隊に配属される様に仕組んだという噂を耳にしたんですよ」
「へっ?」
夏の木々のような、深緑色の瞳を見開いたスピカ先輩の口からは、ちょっと面白い声が出た。
うーん、私の説明じゃ上手く伝わらないかな?
「我が家は下級貴族ですから、そんなコネらしいコネはないと思います。しかも、ここよりずっと北の、田舎領地出身ですし」
王都に出て来てからあまり経ってないのに、故郷の話をすれば懐かしく思い出す。
短い夏と、長い冬がある、国の中で最も北の地。
更に北には、どこまでも続く森。
1年を通して、雪化粧をしている木々。
ホームシックになるには、少し早いけどね。
「でも、貧相な身体で隊長の目に留まったというのは、いまいち意味がわからないです。確かに、筋肉モリモリの中では目立ちますけど……」
だからって、…なぁ。
この騎士団の7つの隊の内では、確かに私たちが所属するところが、筋肉の付き方が乏しい人が多く見える。
隊長自身だって、決して筋骨隆々という程じゃない。
もちろん、ダバランさんやトゥーバンさんの様な身長も体格もいい人もいるけど、隊員の人数が他の隊より少ないせいで、あまり注目されないのだ。
つまり、対比の問題だと思う。
だけど、何で貧相な身体だと目に留まるのかなぁ?
そういう人を育てるのに、隊長は熱心だと騎士団では有名だとか?
「なぁ、さっきから、嬢ちゃんがいってることの方がわからないんだが?噂していた奴らは、嬢ちゃんを使って隊長を侮辱したかったってことじゃねぇ……」
「やっぱり、そうなんですか!?隊長は、私が貧相だから侮辱されたんですかっ!!」
「落ち着け!何か、勘違いしてないか?」
アルコル先輩は、どうやらフォローをしてくれようと言葉を掛けてくれるけど、どう思い出しても噂の内容はそうとしか考えられない。
うぅ、私が不甲斐ないばかりに、落ち度のない隊長が……。
「あぁ、だから急に腕立ての量を増やそうとしてたんだね」
「なるほど!筋力アップするためってことか〜」
そうなんですよ!
「騎士服を着ていてもわかるくらい、筋肉質になればそんなこといわれませんもんっ!」
もちろん、無理はしないように、気を付けます!!
トゥーバンさんを見ると、彼は首を横にふるふると振った。
…?
わからないでいると、『やれやれ』と、肩を竦められた。
なっ、何なんだろう?