断章
……虚しかった……
本当はずっと、虚しさに囚われていた。
自分はここで何をしているのだろう……?
どこへ行けというのだろう。
幽霊であったときはまだ良かった。まともな思考能力はなく、ただ一点の暗い衝動に駆られていた。自分の愚かさを、意識する必要もなかった。
だけど重く、意のままに動かぬ身体を手に入れてから、その激情が徐々に火をなくし、落ち着きを取り戻してしまっていた。
自分の愚かさを悟れるだけの思考能力を手に入れてしまっていた。
どうすればいいのかも、もうわからない……。
復讐に走ることも出来ず、ましてこの身体を放棄する手だてもなく。あてどもなく彷徨いながら、結局は馴染みある学舎へと逃げ込んでいた。
――彼女と知り合ったのは。何のことはない、ただの合コンだった。
そしてそれ故に先入観に縛られた。場所も、悪かった。その為に見た目で内面まで判断してしまった。
彼女に惹かれたのは……紛れもない真実だった。
愚かな自分がそれを認めなかっただけ。
あの女は、知識だけの自分とは違い、頭が良かった。腰掛けには良かろうという、遊び程度の軽い気持ちを見抜かれていた。
初めは当たり障りのない言葉で断られた。
この自分が振られるはずがない――!
見た目はそこそこ良いし、実家も金持ちだ。そして何より、学力レベルの高いこの大学を浪人することなく入学できたのだ。周囲の人間は決まって、自分を褒めそやす。批判は妬みだと歯牙にも掛けなかった。
傲慢で、自分本位で……ただ、愚かだった。
その事に気づかぬまましつこく食い下がると、彼女は苛立ちを顕わにした。
「自分の自慢しか出来ない人は嫌い」だと、はっきりと言われた。
だけど何よりも痛かったのは……。
「誰かと比べたり、誰かを貶めることでしか、自分を誇れないの?」
この、言葉だった。
己の言動を振り返ると確かに『オレは誰々と違って……だから』『オレは誰々よりも優れているんだ』と。
薄っぺらな自分に、気づかされた。
「都合のいい科白にしか耳を傾けない、自分しか好きじゃない人に、"好き"と言われても全然嬉しくないわ」
独りよがりな、自分にも。
これまで生きていた"自分"というものが、自分の価値観が、根底からうち崩されていく。
立っていられないほどの衝撃が襲った。
手に入れようと……手に入れたいと思ったのは、間違いなく……。
だから――恨んだ。
くだらない誇りに囚われて、そうすることしか出来なかった。
そんな暗い衝動を抱えたまま、交通事故にあった。
恨みのやり場が無くて、どうしても自分のことを忘れて欲しくなくて。
気づいたら彼女のところにいた。
恨みを晴らそうとしたら激痛に襲われて、わけもわからずに闇雲に逃げた。
逃げて、逃げて、逃げ続けて――――主が不在の身体に逃げ込んだ。
しかし何故か。この、ままならぬ重い身体にいると……時間が経つ毎に、虚しさがつのっていく。奇妙な冷静さと、虚脱感が押し寄せてくる。
これは身体の持ち主の思いだろうか。
それとも単に、自分の底に眠っていた思いだろうか。
……そうだと良い……。
全ての虚脱に身を委ね、眠りに就くような穏やさで自分の本来の身体に戻りながら。そう、願えるほどに――――




