脱出
野生《、、》の家鴨の編隊が上昇気流に乗り、みつよつ、ふたつみつと山の上の住処目指して家路を急いでいる頃――
夕暮れ前のどんよりした雲がやたらと近く感じるほど高い崖の上から、サティは村を見下ろしていた。
喧騒はすでに遠ざかり、村人はおろか巨体の獣人ですら豆粒ほどにも見えない。
あの後……妖女や獣人達の目を掻い潜り、サティが向かった先は、人の背丈ほどの潅木が生い茂った藪の中であった――
集会所から程近い崖面に接したこの藪の奥に、サティだけが知る秘密の抜け道があるからだ。
一見して単なる岩のひび割れにしか見えない隙間を、十数米ほど横這いになって進むと、斜め上方に向けて延々と伸びている幼児の背丈ほどの空間に出くわす。
ほのかに発光している月輝石が所々にある所為か、完全な暗闇とはなっておらず、薄ぼんやりと視界が利いた。
しかし、安易に方向転換もできないような狭隘な空間が、数百米も続いているのだ。
これまでたまたま入り込んだものがいても、恐怖心に駆られ数米も行かずに引き返したことであろう。
そんな道なき道を、なぜサティが知っていたのか……?
何のことは無い――
数年前、村の子供達とのかくれんぼの際、潜り込んだひび割れの中を、好奇心からどんどんどんどん進むうちに、崖の上まで行き着いたに過ぎない。
もちろん、かくれんぼの最中にいなくなったサティを探して村中大騒ぎになり、後でこっぴどく叱られる羽目になったのだが……
このときサティは、未発見だった抜け道があると誰にも喋らなかった。
ろくにわけも聞かずに怒り出した大人達への反発もあったし、小さな子供である自分ひとりがやっと通り抜けられるような道なら悪用されることも無いだろうと考えたからである。
そしてなによりも……自分ひとりの秘密の抜け道…♪という子供心が強く働いたのも否めないだろう。
日頃のお転婆ぶりが、今回期せずして役に立ったわけだが…………結果的にサティは誰からも見咎められずに、村から脱出することに成功した。
全身についた泥や光苔をはたき落としながら、サティは今後待ち受けているであろう困難に思いを馳せつつ、村の状況を注意深く観察した。
自分を観察する怪しげな視線に気付くこともなく…………