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トリムルティ  作者: 姫野博志
余 章  因果応報《いんがおうほう》
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ガナイーシャ&サティ

 ぱちぱちと焚き火の炎のはぜる音が、静謐に包まれた森の中に響く。

 ゆっくりと立ち昇る薄紫色の煙を眺めながら、ガナとサティは、まったりとした食後の一時(いっとき)を過ごしていた。


 今日一日の道のりは、二人に心地よい疲労感と眠気をもたらし、そろそろ就寝準備をと考えていた頃――

 ふと思い出したような何気ない口調で、サティが話しかけてきた。


「サラスヴァティ、ガナイーシャ、ラクシュミー……みんな珍しい名前ですよね……

東方に多い名前だって、父から聞いたんですけど……そうなんですか?」


「へぇ~そうなんだ……知らなかったなぁ」


 欠伸をかみ殺しながら、まるで他人事の様に、ガナが応える。

 細かいことには無頓着な性格なため、興味のないことは、右から左へ抜けていくようなのだ。


「父が若い頃―まだ…《機関(アムリタ)》に関わる前の話ですけど――

 武者修行の旅で東方に行っていた時に、同じ名前の人と出会ったことがあると言ってました……

 神話上の有名な登場人物なんだそうです」


「ふ~~ん……そういえば、確かサラがそんなこと言ってた……様な気もするなぁ……」


 腕を組み、小首を傾げてしばし考え込んだガナは、


「――そうそう!サティの名前もボク達と同じトーホーケイ(、、、、、、)ですわ…って言ってたんだ」


 そうかトーホーケイ(、、、、、、)って東方系(、、、)ってことだったんだな……と、しきりに感心する。


「ところで……やっぱり父から聞いたんですけど――

東方では、ガナイーシャって……男名(、、)なんだそうですね」


 お日様のような微笑を浮かべて、さりげなく付け加えるサティ。


「………………………………………………………………」


 無言のまま笑顔で硬直するガナ――口の端がかすかに引きつる……


 刹那――禍々しい妖気がその場を支配する。

 妖女(マーラ)をすら上回っていたかもしれない。


「~~~~ガ~~ナ~さ~~ん~~~~~~

 あなた……やっぱり…元々(、、)()の子なんです……ねっ!?」


「……いや……それは…………なんだ……その……………………」


 眠気もなにも一気に吹き飛んだガナは、だらだらと異様に生汗を流しながら(、、、、、)、しどろもどろで言い訳を考える――――


「だから、お風呂とか寝台(ベッド)とかで様子がおかしかったんですね――

 ……もしかしたら人格は男の子なのかな……なんて、思っていたりもしたけど――

 まさか本物の男の子だったなんて…………」



 サラとガナとの間のたった一つの違い……言わずもがな、それは性別に他ならなかった。


 ちなみに、サラは第三期生で十八歳、ガナは第六期生の十五歳。


 誕生したその瞬間から既に、原型素材(オリジナル)に匹敵する天才として群を抜いた存在であったサラ。

 そんな彼女に釣り合う素材を産み出すために、第十期生に至るまで様々な追加実験が行われた。

 性別を取り替える実験もそのうちの一つである。


 しかし、それこそ神の気まぐれか……思ったような成果は一向に出せず、サラを温存して二番手と三番手を合成したらどうかという本末転倒な案まで出る始末であった。


 けれど最終的には邪神との融合実験の成功が優先され、制御技術は持たずともサラを凌駕する魔力と無尽蔵の体力を備えたガナを追加合成することが決定されのだ。


「………あ…あの……ご、ごめん……言いそびれて……その…………」


 しょぼん…と謝るガナ……その様子を見るうちに怒る気も失せていくサティ。

 どさくさ紛れに有耶無耶になったままだが……

 身売りした身である以上、ああされて、こうされて、あまつさえナニされたところで、文句の言える筋合いではないのだ。

 自らきっぱりとそう宣言もしたはずだ……理性は納得している。

 しかしどこか感情が納得できない。


 何とはなしにお互い視線を合わせるガナとサティ……

 ――と、温泉宿の寝台(ベッド)の上で膝立ちになり、素っ裸の自分をガナにわざわざ見せつけた際の記憶が突発的に脳裏に蘇る。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ 」


 真っ赤になって俯くサティに、


「……だ、大丈夫――ほら、ボクは日頃、自分のを見慣れてるからさ……」


 ――ピキッ……


 言う必要もない余計な一言を口走り、墓穴を掘るガナ。


「……そうですね、あたしの小っちゃな胸なんか見てもどうってことないですよね……」


 消えかけていた妖気がめらめらと蘇る。


 解析端末(A-PAD)の警告音が、どこからともなく聞こえてくるような気さえする…………



 新月を迎え、登ることなき親月(ルゥナ)に代わり……


 他愛もない痴話喧嘩の声が、初夏の暗夜を賑やかに彩った。


 森の静寂(しじま)に響く喧騒は、夜更けまで絶えることなく続くのであった………………

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