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トリムルティ  作者: 姫野博志
終 章  実事求是《じつじきゅうぜ》
54/56

惜別の旅路

 翌日――

 朝靄もすっかり晴れ、そそくさと西の地平の寝床に籠った小月(テミス)が、そろそろ熟睡態勢(モード)に突入しようかという頃……

 村の正門前に佇む幾つもの人影があった。


「色々と世話になった……」


 旅装に身を整えた――といっても普段の格好と全く変わらないのだが――

 ガナが、淡々とした口調で別れを告げる。

 せめて数日の滞在を……という勧めを固辞しての旅立ちである。

 ごく一部とはいえ、哭臥竜邪(ガナ&サラ)の威容に触れた村人達の間に広がる動揺を慮っての結論であろう。

 数人の側近と家族のみのわずかな人数で、見送りに立つガリウス。

 服喪期間が過ぎ次第、正式に一族の長として起つことが決まった。

 略装とはいえ族長の衣を纏う姿は、ガナの眼にも勇壮に映っている。

 彼ならばきっと強力な指導力を発揮し、速やかな村の再建を成し遂げるであろう。


「……これから、どちらへ……?」


 案ずるような眼差しを向けるガリウス……

 その視線を正面から受け止めたガナは、迷うことなくきっぱりと宣言した。


「《機関(アムリタ)》を潰す……徹底的に――」


 決意のこもった怜悧な眼光――

 が……、雑嚢を背負いながらポツンと付け加える。


「……つもりだったんだが―どうもそれだけじゃあ、済まなくなってきたようだ」


 振り仰ぐように見上げた空は青く透明に澄み渡り、その向こう側に数多の秘密を仕舞いこんでいるとはとても思えない。

 洞窟内に残された機材からは、核たる月忌石(オミナストーン)が失われており、総て作動不能となっていた。

 おそらくは摩覇化螺(マハカラ)変容の際に吸収されてしまったのだろう。

 おかげで、サラの知識をもってしても何の情報を得ることも叶わず、様々な謎がとり残されたままとなった。

 そして……マーラと――

 より正確に言えば、マーラに取り付いていた初代乗員(オリジナルクルー)とやらと、ラクシュミーの記憶の共鳴が見せたあの幻影(ヴィジョン)―――

 半分以上は解釈不能で、ほとんど意味が解らなかったのだが……

 自分達の秘密ばかりか、この世界の在り様となにやら密接な関係がありそうだ。


「貴女とマーラの会話……理解の範疇を遥かに超えていたのだが……

 単なる狂信集団ではないようですな――

機関(やつら)》は…………

 サーラも……マーラでさえも――

 何か途轍もなく遠大で不可思議な計画の中の、ちっぽけな蟻の如き一犠牲者にしか過ぎないのでしょうな――」


 ガナと視線を合わせ、己の無力感に脱力するように呟くガリウス。

 そんな己とは違い、その黒瞳に深い闇を湛えているこの運命(さだめ)重たき娘は、これからも《機関(アムリタ)》の秘密を求め、旅を続けるのだろう……

 ――元の身体に戻るために――

 その果て無き道行きの想像を絶する険しさに想いを馳せ…………

 翻意を促せないかと、口を開きかけたガリウスだったが、


「……………………」


 娘の黒瞳に宿る――闇よりも強い意志の光に呑まれて、如何なる説得の言葉をも紡ぎだすことはできなかった。


「ラクシュミー殿――わが一族は、永代に亘ってご恩を忘れません。

 必要とあらばいつでもお呼び下さい。何があろうとも駆けつけ、忠誠を尽くします」


 代わりに口をついて出たのは、誓約の言葉―無上の友愛と無比の信頼の元に成される聖なる約束―


三人(、、、)の護武運を祈ります――」


 胸の前で右の拳を左の掌で包み、叩頭礼をとるガリウス達一同。

 ほんの一瞬、何かを探すように視線が彷徨ったガナであったが……

 右手の二本の指を立てて軽く振り、ただ一言―


「………ありがとう…………」


 そう言い残して背を向けると、振り返ることなく歩みを始めた――


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