神々の天秤
「「――なっ!? なんだ…何が起きた――今のは…………」」
僅かによろめき、呻くような声を上げる哭臥竜邪――
周囲に視線を這わすと、太陽の位置も人々の表情も……全く変化している様子がない。
「……一万年の時を超えた……先人達の……記憶…………?」
ほとんど無にも等しい最小単位の時間――涅槃静寂の境地で感じる共鳴状態……
泡沫の幻影だったのか…………
否――――
「アァ~シュラァァ~~~~~~!!!」
地獄の底から響いてきたような驚ろ驚ろしい声が、半覚醒状態だった哭臥竜邪(ガナ&サラ)を現実に引き戻す。
第一体節のみとなった摩覇化螺から上半身を再構築した妖女が、両腕で支えるように身体を起こしていた。
ぎょろりと剥いた両の眼は、どこかイッてしまったような不気味な光を宿している。
「……私と一緒に、機関に……還るのよ―」
まるで熱病患者のように、右手を差し伸べた妖女は、
「光と闇の神々の御座す天界と、
罪深き人の子が惨めに這いずり回る地上界との狭間で、
不安定に揺れ動く運命の天秤……
その危うい均衡を揺り動かす魔の存在――
それがお前なのさ…………」
まるで祈祷書でも朗誦するかのような口調で語り続ける。
「……今更後戻りなど出来やしない…………
お前は――神々の迷宮に踏み込んだのさ、
決して生還することの叶わぬ……奥深くまでね―」
妖気漂う妖女の迫力にすっかり圧倒されてしまった一同は、鬼気迫る表情に目を奪われ、声ひとつ上げられない。
――ただ一人……どこか痛ましげな光をその目に宿したガリウスを除いて―
「抜け出すための道標を示すことができるのは、
この世界では唯一機関だけ―
だから……還るのよ……
機関に……神々の故郷に…………」
唯一稼動可能な摩覇化螺の触肢を動かし、
ずり…ずりり……ずりりり…………ずりりりり………………
少しずつ…少しずつ……にじり寄ってくる妖女――
「……この世界のすべてを支配し……
然るべく後に、我等を誘うのよ、
――神々の故郷・母なる大地へ…………」
神の加護を求める迷える子羊のような眼差しを向けて、縋りつくように哭臥竜邪に手を伸ばす妖女。
「「………わ、我……我は――」」
もはや幽鬼と化した妖女の妄執に、哭臥竜邪は声を震わせ、気圧されるように一歩を退がる。
あの眼が怖ろしい……
あの声が怖ろしい……
あの執念が怖ろしい……
この世に生を受ける遥か以前から晒されてきた亡魂の呼び声…………




