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トリムルティ  作者: 姫野博志
第四章  鷹視狼歩《ようしろうほ》
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神々の天秤

「「――なっ!? なんだ…何が起きた――今のは…………」」


 僅かによろめき、呻くような声を上げる哭臥竜邪(ガナ&サラ)――

 周囲に視線を這わすと、太陽の位置も人々の表情も……全く変化している様子がない。


「……一万年の時を超えた……先人(オリジナル)達の……記憶(おもい)…………?」


 ほとんど(ゼロ)にも等しい最小単位の時間――涅槃静寂の境地で感じる共鳴状態(シンパシー)……

泡沫(うたかた)幻影(まぼろし)だったのか…………


 否――――


「アァ~シュラァァ~~~~~~!!!」


 地獄の底から響いてきたような驚ろ驚ろしい声が、半覚醒状態だった(ぼんやりしていた)哭臥竜邪(ガナ&サラ)を現実に引き戻す。

 第一体節のみとなった摩覇化螺(マハカラ)から上半身を再構築した妖女(マーラ)が、両腕で支えるように身体を起こしていた。

 ぎょろりと剥いた両の眼は、どこかイッてしまったような不気味な光を宿している。


「……私と一緒に、機関(アムリタ)に……還るのよ―」


 まるで熱病患者のように、右手を差し伸べた妖女(マーラ)は、


「光と闇の神々の御座(おわ)す天界と、

 罪深き人の子が惨めに這いずり回る地上界との狭間で、

 不安定に揺れ動く運命の天秤……

 その危うい均衡を揺り動かす魔の存在――

 それがお前なのさ…………」


 まるで祈祷書でも朗誦するかのような口調で語り続ける。


「……今更後戻りなど出来やしない…………

 お前は――神々の迷宮に踏み込んだのさ、

 決して生還することの叶わぬ……奥深くまでね―」


 妖気漂う妖女(マーラ)の迫力にすっかり圧倒されてしまった一同は、鬼気迫る表情に目を奪われ、声ひとつ上げられない。

 ――ただ一人……どこか痛ましげな光をその目に宿したガリウスを除いて―


「抜け出すための道標を示すことができるのは、

 この世界では唯一機関(アムリタ)だけ―

 だから……還るのよ……

 機関(アムリタ)に……神々の故郷に…………」

 

 唯一稼動可能な摩覇化螺(マハカラ)の触肢を動かし、


 ずり…ずりり……ずりりり…………ずりりりり………………


 少しずつ…少しずつ……にじり寄ってくる妖女(マーラ)――


「……この世界のすべてを支配し……

 然るべく後に、我等を(いざな)うのよ、

 ――神々の故郷・母なる大地(テラ・マーテル)へ…………」


 神の加護を求める迷える子羊のような眼差しを向けて、縋りつくように哭臥竜邪(ガナ&サラ)に手を伸ばす妖女(マーラ)


「「………わ、我……我は――」」


 もはや幽鬼と化した妖女(マーラ)の妄執に、哭臥竜邪(ガナ&サラ)は声を震わせ、気圧されるように一歩を退がる。


  あの眼が怖ろしい……

  あの声が怖ろしい……

  あの執念が怖ろしい……

  この世に生を受ける遥か以前から晒されてきた亡魂の呼び声…………

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