奥津城の閃光
「…………ガナ……さん…………」
無意識のうちに呟いたサティは……
続ける言葉を見出すこともできずに、変わり果てたガナの姿を放心状態で瞬ぎもせずに仰ぎ見る。
変貌を終えた哭臥竜邪は、緑と黒の金属的な光沢の変化を纏う竜鱗で、頭から尻尾の先までほぼ全身を覆われているようだ。
――というのは単に、衣服の下がどうなっているのか判らないからである。
体格の変化に合わせて衣服が自在に伸縮するように、魔道処理を施した特殊な素材を使っていると思われる。
指先にまで及んだ竜鱗は、末端部においては太い牙のような鋭い爪に変形していた。
弓籠手をサティに預けたのはそのためか……
そして……最も劇的に変貌を遂げたその頭部は――多少は人間の輪郭を残しているものの――獰猛な竜の威容を誇っていた。
突き出た鼻梁、耳元まで裂けた口から覗く鋭い牙、ぴんと尖った三角の耳――
とりわけ際立つのは、爛爛たる眼光を放つ紅の瞳――
その中央には、紅い光を裂くように走る縦長の瞳孔が金色に輝いている。
サティの呟きが聞こえたのか……
それまでぴくりとも動かなかった哭臥竜邪が、何かに気付いたかのように頭を上げた。
紅の眼光が空間ごと切り裂くような勢いで疾り、壮絶な視線を摩覇化螺へ向ける。
「ひっ……」
本能的な怯えが、妖女に防衛行動をとるよう命じていた。
摩覇化螺を動かし、大量の毒液を浴びせかける。
毒々しい黒紫の液体が、哭臥竜邪の全身に降りかかり―
そのまま何事もなく体表を伝って滑り落ちる。
地面に広がった毒液が、嫌な音を立てて煙を上げた。
その間も、摩覇化螺へ向けた哭臥竜邪の視線は微動だにしない。
無言の威圧感がいや増していく。
目に見えてたじろぐ妖女――
頭の怯懦に反発するかのように、摩覇化螺は全身をたわめ、跳躍の体勢をとった。
その巨大な顎門で挟み込み、体内に直接毒液を注ぎ込むつもりなのか――
「……や、止め――」
己の制御を離れて暴走する摩覇化螺を静止しようとした妖女であったが――
「ぎぃぃぃぃっっ ――っっ!!!」
全身に溜めた力を一気に解き放ち、彼我の距離を一瞬のうちに詰める摩覇化螺。
凶悪無比な二本の牙の間に哭臥竜邪を捉え、そのまま一気に顎門を閉じて寸断――
そういう目論見であったのだろうが…………
顎門の間に捉えた瞬間――
場違いなまでにゆっくりと右手を上げた哭臥竜邪から、ほんの一瞬…爆発的な魔力が迸る。
不可視の力が、突進してきた摩覇化螺の第二体節以降を尾節の先まで真っ二つに切り裂く。
突き進んだ余剰の魔力が、村を取り囲む断崖すらを真っ二つに両断し、まるで牛酪でも切ったかのような滑らかな切り口をさらした。
「うっぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――っっ!!!」
魔力の余波を浴び、全身を総毛立たせて絶叫する妖女。
激しく痙攣を繰り返す摩覇化螺の上で、強裂に振り回されていたが…………
唐突に――まるで重力が無くなってしまったかのように――地面に投げ出されてしまう。
のた打ち回っていた第二体節から下が、跡形もなく消えうせていたのだ。
煩い摩覇化螺を消し去って、再びゆっくりと右手を下ろした哭臥竜邪は……
瞬きした次の瞬間には、妖女の目前に立っていた。
「ひぃっ……」
逆光に佇む巨大な黒い影を畏怖の眼で見上げる妖女――
摩覇化螺の頭部で身動きひとつできない。
「「……さあ、吐いてもらおうか…」」
悪夢のような異形に似合わず中性的に響く声は――三重唱のような反響を帯びてはいるが――確かにガナの声であり、なおかつサラの声でもあった。
「「お前なら知っているはずだ……私達を元に戻す方法を――」」
魂まで凍てつきそうな哭臥竜邪(ガナ&サラ)の冷厳な眼光に……
なぜか恍惚の表情を浮かべた妖女は、まるで熱病患者のような口調で答える。
「…………完璧だわ……」
「「……?」」
「ここまで素晴らしい出来だとは思わなかったわ…………
計画は大成功よ…大躍進よ……悲願成就のための、大いなる第一段階の達成だわ――♡
「ホーホッホッホッホ、ホーホッホッホッホホッホッホッ……………………」
狂乱状態の妖女は一頻り哄笑すると、ぎらつく視線を哭臥竜邪(ガナ&サラ)に向けて、意味不明な用語を織り交ぜた口上を捲くし立てる。
「組織に対する絶対の忠誠と破滅の女神の力を併せ持つ、三位一体の合成魔神――
お前を造りだす事は、阿修羅計画の最終目的なんかじゃない――っ!
還るためよ―――っ!!
こんな原始的な汚らわしい世界ではない。
洗練された理想郷――先人たちの御座す神々の国――へ帰還する主命を果たすことこそが我等の悲願……」
「「…………何を訳の解らないことを…………
神々の国? とうとう……いや、さらにますます気でも違ったか……」」
呆れたはてたような表情で――竜の表情など判るはずもないがたぶん――呟く哭臥竜邪。
「「そんな世迷いごとなどどうでもいい。我が問いに答え―――」」
業を煮やして、問い詰めようとした哭臥竜邪(ガナ&サラ)ではあったが――そこから先を言葉にすることはできなかった。
妖女の言葉に呼応するかのように、心の奥津城から響いてくる悲しき思念。
―――原型ラクシュミーが泣いている………………
そう感じた瞬間―――
「「――っ!?」」
哭臥竜邪の全機能が凍結した―――
すべての感覚が消滅していく。
次第に闇色に塗り潰されていく意識の………
その最奥に見える白く小さな―されど強烈な光……
「「……ひ、引きずられる――!?」」
眩い光のその先で、哭臥竜邪の視界に入ってきたのは――――




