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トリムルティ  作者: 姫野博志
第四章  鷹視狼歩《ようしろうほ》
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奥津城の閃光

「…………ガナ……さん…………」


 無意識のうちに呟いたサティは……

 続ける言葉を見出すこともできずに、変わり果てたガナの姿を放心状態で瞬ぎもせずに仰ぎ見る。


 変貌を終えた哭臥竜邪(ナーガラージャ)は、緑と黒の金属的(メタリック)光沢の変化(グラデーション)を纏う竜鱗で、頭から尻尾の先までほぼ全身を覆われているようだ。

 ――というのは単に、衣服の下がどうなっているのか判らないからである。

 体格の変化に合わせて衣服が自在に伸縮するように、魔道処理を施した特殊な素材を使っていると思われる。

 指先にまで及んだ竜鱗は、末端部においては太い牙のような鋭い爪に変形していた。

 弓籠手(ブレイサー)をサティに預けたのはそのためか……


 そして……最も劇的に変貌を遂げたその頭部は――多少は人間の輪郭を残しているものの――獰猛な竜の威容を誇っていた。

 突き出た鼻梁、耳元まで裂けた口から覗く鋭い牙、ぴんと尖った三角の耳――

 とりわけ際立つのは、爛爛たる眼光を放つ紅の瞳――

 その中央には、紅い光を裂くように走る縦長の瞳孔が金色(こんじき)に輝いている。

 サティの呟きが聞こえたのか……

 それまでぴくりとも動かなかった哭臥竜邪(ナーガラージャ)が、何かに気付いたかのように頭を上げた。

 紅の眼光が空間ごと切り裂くような勢いで疾り、壮絶な視線を摩覇化螺(マハカラ)へ向ける。


「ひっ……」


 本能的な怯えが、妖女(マーラ)に防衛行動をとるよう命じていた。

 摩覇化螺(マハカラ)を動かし、大量の毒液を浴びせかける。

 毒々しい黒紫の液体が、哭臥竜邪(ナーガラージャ)の全身に降りかかり―

 そのまま何事もなく体表を伝って滑り落ちる。

 地面に広がった毒液が、嫌な音を立てて煙を上げた。


 その間も、摩覇化螺(マハカラ)へ向けた哭臥竜邪(ナーガラージャ)の視線は微動だにしない。

 無言の威圧感(プレッシャー)がいや増していく。

 目に見えてたじろぐ妖女(マーラ)――

 ブレインの怯懦に反発するかのように、摩覇化螺(マハカラ)は全身をたわめ、跳躍の体勢をとった。

 その巨大な顎門(あぎと)で挟み込み、体内に直接毒液を注ぎ込むつもりなのか――


「……や、止め――」


 己の制御を離れて暴走する摩覇化螺(マハカラ)を静止しようとした妖女(マーラ)であったが――


「ぎぃぃぃぃっっ ――っっ!!!」


 全身に溜めた力を一気に解き放ち、彼我の距離を一瞬のうちに詰める摩覇化螺(マハカラ)

 凶悪無比な二本の牙の間に哭臥竜邪(ナーガラージャ)を捉え、そのまま一気に顎門(あぎと)を閉じて寸断――

 そういう目論見であったのだろうが…………

 顎門(あぎと)の間に捉えた瞬間――

 場違いなまでにゆっくりと右手を上げた哭臥竜邪(ナーガラージャ)から、ほんの一瞬…爆発的な魔力(エナジー)が迸る。

 不可視の力が、突進してきた摩覇化螺(マハカラ)の第二体節以降を尾節の先まで真っ二つに切り裂く。

 突き進んだ余剰の魔力(エナジー)が、村を取り囲む断崖すらを真っ二つに両断し、まるで牛酪(バター)でも切ったかのような滑らかな切り口をさらした。


「うっぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――っっ!!!」


 魔力(エナジー)の余波を浴び、全身を総毛立たせて絶叫する妖女(マーラ)

 激しく痙攣を繰り返す摩覇化螺(マハカラ)の上で、強裂に振り(シェイク)されていたが…………

 唐突に――まるで重力が無くなってしまったかのように――地面に投げ出されてしまう。

 のた打ち回っていた第二体節から下が、跡形もなく消えうせていたのだ。

 (うるさ)摩覇化螺(マハカラ)を消し去って、再びゆっくりと右手を下ろした哭臥竜邪(ナーガラージャ)は……

 瞬きした次の瞬間には、妖女(マーラ)の目前に立っていた。


「ひぃっ……」


 逆光に佇む巨大な黒い影を畏怖の眼で見上げる妖女(マーラ)――

 摩覇化螺(マハカラ)の頭部で身動きひとつできない。


「「……さあ、吐いてもらおうか…」」


 悪夢のような異形に似合わず中性的に響く声は――三重唱(トリオ)のような反響を帯びてはいるが――確かにガナの声であり、なおかつサラの声でもあった。


「「お前なら知っているはずだ……私達を元に戻す方法を――」」


 魂まで凍てつきそうな哭臥竜邪(ガナ&サラ)の冷厳な眼光に……

 なぜか恍惚の表情を浮かべた妖女(マーラ)は、まるで熱病患者のような口調で答える。


「…………完璧だわ……」


「「……?」」


「ここまで素晴らしい出来だとは思わなかったわ…………

 計画は大成功よ…大躍進よ……悲願成就のための、大いなる第一段階の達成だわ――♡


「ホーホッホッホッホ、ホーホッホッホッホホッホッホッ……………………」


 狂乱状態の妖女(マーラ)一頻(ひとしき)り哄笑すると、ぎらつく視線を哭臥竜邪(ガナ&サラ)に向けて、意味不明な用語を織り交ぜた口上を捲くし立てる。


組織(アムリタ)に対する絶対の忠誠と破滅の女神(パールヴァティ)の力を併せ持つ、三位一体の合成魔神――

 お前を造りだす事は、阿修羅計画(プロジェクトアシュラ)の最終目的なんかじゃない――っ!


 還るためよ―――っ!!


 こんな原始的な汚らわしい世界ではない。

 洗練された理想郷(ユートピア)――先人たちの御座す神々の(アースガルズ)――へ帰還する主命を果たすことこそが我等の悲願……」


「「…………何を訳の解らないことを…………

  神々の(アースガルズ)? とうとう……いや、さらにますます気でも違ったか……」」


 呆れたはてたような表情で――竜の表情など判るはずもないがたぶん――呟く哭臥竜邪(ガナ&サラ)


「「そんな世迷いごとなどどうでもいい。我が問いに答え―――」」

 業を煮やして、問い詰めようとした哭臥竜邪(ガナ&サラ)ではあったが――そこから先を言葉にすることはできなかった。


 妖女(マーラ)の言葉に呼応するかのように、心の奥津城から響いてくる悲しき思念。


 ―――原型(オリジナル)ラクシュミーが泣いている………………


 そう感じた瞬間―――


「「――っ!?」」


 哭臥竜邪(ガナ&サラ)の全機能が凍結(フリーズ)した―――


 すべての感覚が消滅していく。


 次第に闇色に塗り潰されていく意識の………

 その最奥に見える白く小さな―されど強烈な光……


「「……ひ、引きずられる――!?」」



 眩い光のその先で、哭臥竜邪(ガナ&サラ)の視界に入ってきたのは――――

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